10話目
「個人的には、新たなカレッジの誕生を歓迎したいと思っています。そしてミスタ・コールマンの理念も素晴らしいと感じました。――ですが、なぜ、既に
セリアとツァーリは、たしかに挫折を経験した生徒の一人だ。でも
オズウェルのやりたいことはわかったのに、その意図はまだ見えなかった。
「セリア・カッリネン、エーヴェルト・ラルセン、君達二人の話を色々な人に聞いたよ。生徒から、教師から、親御さん達からもだ。そして私はこう感じた。新しいカレッジには君達という目標が必要だと」
オズウェルは決まって同じことを皆から聞かされたのだと説明した。
あの二人は、
月面カレッジの十三期の生徒のレベルが高いと言われるのは、勿論
「君達は
セリア達を、皆の目標に。憧れという目標ではなく、ライバルという手の届く目標として迎え入れたい――……。
セリアはそこにオズウェルの理想を感じた。
艦長であるオズウェルのことを尊敬している。そして今は彼の教育理念にとても惹かれていた。月面カレッジは、たしかに厳しすぎる。成功者より挫折者を多数生んでしまい、それでもアフターケアはなに一つないシステム、本当にこれでいいのかという疑念はずっと抱いていた。
ここで『イエス』と言えば、セリアは新設カレッジからの全力のサポートに安心して身を委ね、自分のやりたいことをやりつくし、満足して卒業できるだろう。
――だから『ノー』だ。
「ミスタ・コールマン、身に余るお話を頂けて光栄です。ですが、わたしは卒業までこの月面カレッジに身を置きたいと思っています」
セリアはツァーリが口を開く前に、自分の意志を告げる。
オズウェルは意外という顔を見せた。最初から厳しい態度だったツァーリはともかく、セリアは好意的な姿勢が見えていた。なのに真っ先に転学の可能性を否定したのは、セリアだ。
「理由を聴いても?」
「わたしは自分のことをよく知っています。艦長となるために欠けている素質があることも、充分にわかっています。いつも他人と足並みが揃わない、一人の世界に慣れすぎている、頼られたことなんてない、信頼もされない……。だからわたしはこれ以上、甘えることに慣れたくないんです。差し出される手を待つことに慣れたら、わたしはきっと今よりも他人とコミュニケーションがとれない人間になってしまいます」
今だって、迷ったらツァーリを見る癖がついてしまっている。それでは駄目だとセリアは常々思っていた。うしろを歩きたくない、せめて、一歩前へ出てななめうしろを歩きたい。
「……僕も同じ考えです。自分に必要なものを自分で揃えることができない人間が、艦長になれるとは思えませんから」
ツァーリもセリアに同意し、新しいカレッジへの編入をはっきりと断った。
オズウェルは強い意志を秘めたまっすぐな眼を見て、諦めの微笑を浮かべる。
「残念だ。――本当に、残念だ。私は君達のような生徒を、私の生徒にしたかった」
セリアはありがとうございますと礼を述べる。
今までの自分の努力が認められたことが、純粋に嬉しかった。
「わたしも残念です。十四歳のときに月面カレッジとミスタ・コールマンの新設カレッジのどちらかを選べたのなら、きっとわたしは貴方を選んでいました」
「ありがとう。君達の未来に、栄光があらんことを」
セリアはオズウェルと固い握手を交わす。
新設カレッジを楽しみにしていますと告げたのを合図に、会談は終わった。セリアはツァーリと共にオズウェルを正門まで見送ったあと、少し冷たさを感じる風にそよぐ髪を押さえる。
少しぼうっとしてしまったが、ツァーリの行くぞという声に慌てて足を動かした。小走りになることで、ようやく距離か縮まる。
「……自覚あったんだな」
ななめうしろにいたセリアは、突然ふられた話題についていけず、聞き返した。
「自覚って、なんのことですか?」
「電波だってことだ」
ツァーリから見たセリアは、自分の世界に生きることに満足しているように見えていた。他人をそこまで気にしているようには思えなかったのだ。
「そのぐらいの自覚はありますよ、わたし、友達づきあいが本当に下手ですから。ツァーリも知ってるでしょう?」
「『親友』が何度新しくなったのか、全部覚えてるぐらいには知ってる」
「でも友達がいないツァーリよりはましですよ」
ふふんとセリアは勝ち誇ったように胸をそらす。
優秀であればあるほど、色々なことが人と違う。違いを上手く誤魔化したりフォローしたりする術を、セリアは持ち合わせていなかった。
今まで、作ってはなくした親友達の最後のセリフは同じだ。
――私の気持ちなんて、あんたにはわからない!
いつもこの言葉で関係が終わってしまう。何度も自ら傷つくことを繰り返すセリアを、ツァーリは理解できなかった。
「ユーファは長いな、そういえば」
「ええ、今度こそ大事にしたいです。ユーファに呆れられないように、がんばらないと」
セリアはユーファと出逢ってから二年半が経った。今までの親友記録を順調に更新して言っている。
「ユーファ、ツァーリに似てますね」
雰囲気とか、性格とか、美形なところも。
こういうタイプとなら上手くいくのかなとセリアは思ったが、ツァーリの大きな手のひらが突然がっつりと頭頂部を掴んできた。
「全ッ然、似てない」
「あぅ! っい、痛ぁ……」
握りつぶすような力をこめられ、セリアは悲鳴を上げる。
だが、その光景を見てしまった月面カレッジの生徒は、何も思わない。ああまたコギト・エルゴ・スムがツァーリに苛められているんだなと、日常の一部分と認識していた。
セリアは月面カレッジに残ることを選択した。そしてツァーリも月面カレッジに残った。
身近にいる人間が身近なままだったせいか、セリアは新設カレッジの影響がとても大きかったことを想像できていなかったし、気づくのも遅れた。
「今月で同期八人目、と。……多いのか少ないのか、微妙ね」
メディア部の部長であるリジーが、カフェで端末を片手にうーんと頬机をついている。向かい席についたセリアは、ぱちぱちと長い睫を動かした。
「何がですか?」
「転学者。全員にインタビュー断られちゃった。こそこそ出て行くからうしろめたい思いすんのよ、胸張って出ていきゃいいのにね」
明日発行の新聞の草稿でも見る? とリジーの端末からデータを送られ、セリアは自分の端末で見てみた。
「……え、え? 新設カレッジの話、進みが速くないですか!? 今から三カ月後にはプレ開校って……」
「よく読んでちょうだい。独占インタビューに応じてくれたアドミラル・コールマンの話は充実してるわよ。私の新聞を月面カレッジ向けの宣伝に使おうとしてる、あったまのいい奴だしね」
オズウェル・コールマンのロングインタビューでは、新設カレッジについての詳しい情報が明かされていた。
新設カレッジの準備は、相当前から進めてあったこと。
インパクトを重視してぎりぎりまで伏せてあったこと。
当初の予定では、カレッジを地球の宇宙港近くに作るつもりだったこと。
必要な機材は既に発注済みだったこと。
実習の受け入れ先の手配や、卒業後の宇宙開発機関への就職の打ち合わせはすんでいたこと。
――なにを思って、どうしたのかを、色々と書かれていた。
オズウェルは企業スペースが一つ空いたと前に言っていた。一から作るのではなく、地球で作る予定のものをそのままそっくり場所を移すだけなら、ここまで展開が速いのも納得できる。
「はー……流石ですね。色々抜かりないって感じです」
ざっと目を通したセリアに、リジーもだよねと頷いた。ついでにと、入学要項パンフレットもデータで送ってくれる。
「三カ月後のプレ開校時の生徒は、みんなここからの転学者と、Aランクをとりこぼした社会人再入学者だけみたいね。見てよ入学金の項目、これは高すぎだよね。私立だから仕方ないっちゃ仕方ないけど」
「うわ……わたしの家、絶対に出せません、こんな金額……」
ひえええとセリアは目を丸くする。
私立の入学金は元々高い。おまけにこのカレッジの場所は宇宙だ。医学部に行くよりも遥かに高い金額となっていて、金持ちしか入れないのではないかと心配になった。
でなければ、現役で
「プレ開校時、つまり一期生の締め切りは一カ月前みたい。残りあと二カ月か、……うちの生徒、どのくらい減るんだろうね」
「でもこの入学金だと経済的に無理って人が多そうですよ」
一割ぐらいはいなくなるんじゃない? とセリアとリジーは予想を立てた。だが事態はもっと深く、広く進行していったのだ。
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