4話目
大きく円を描く、小さな円で急旋回する、スピードを一気に上げ、緩める。
ロスの少ない曲線を航路に設定し、正確になぞる。
障害物を最小の動きで避けるためのストームブルーの技術は、この先に必要な作業の全てに応用できる。
この基本の技術を全て習得してから対人戦闘模擬訓練の1to1を始めるのは、1to1がそれだけ危険な訓練だからだ。
Aクラスは障害物走を1to1の前に必ず行い、基礎を確認しておくのだが……今日は様子が違った。
エースのディックと、二番手で虎視眈々とエースを狙うセリアが、正確さではなく速さを競い合ってあっという間に皆と差をつけてしまったのだ。
なにをしているんだと教授が驚き、セリアとディックに通信をつなぐ。
『ケンカでもしたのか!? 賭けごとか!?』
「始まったら全部どうでもよくなった! オレは誰よりも速くゴールする!!」
「わたしも負ける気はありません!」
『このスピード馬鹿ども!! わかった!! さっさとゴールして頭を冷やしてあとで説明しろ!!』
教授は早々に原因追及を諦めた。なにかはあったのだろう。でも本人達は元々の原因を忘れ去り、今は目の前の勝負に夢中になっている。こんなときはなにを言っても無駄だ。
セリアとディックは、教授の声という邪魔が入らなくなったおかげで、再び操作だけに意識を集中させることができた。
「流石ですね……ディック! でもこのトンネルで追いつきます!」
直線的な動きが得意なディックとは対照的に、セリアは曲線を描く動きが得意だ。魚のような自由さでストームブルーを泳がせ、ロスを徹底して減らす。
ぐねぐねとした、毎回違う設定にされているトンネルへ、セリアはディックから少し遅れて入る。最もロスが少ない動きを一度たりとも間違えずに選びとり、技術力の高さと度胸と、そして圧倒的な才能とこれからの可能性を見せつけた。
(――負けない、もっと、もっと速く! ストームブルーはわたし、わたしはストームブルー! そんな動きを……!!)
もどかしいとセリアは手を動かしながら思う。
操縦桿やペダルを操作してからの実行されるまでの処理時間、それは一秒にも満たないのに、長く感じる。
この処理時間がゼロになればいいのに。自分の手足のようにコンマ四秒で動かせたらいいのに。――いやコンマ四秒も遅すぎる。
「予想して、もっともっと先に、これしかないとベストになるよう『読んで』!!」
読みに必要とされる
どの資格も、セリアにとって必要なものだ。無駄なんて一つもない。
(ここは、一見減速して直線的に曲がった方がいいように思えるけれど、違う、正解は『内側にくる方のエンジンだけを減速させて大きく曲がる』こと!)
最後の大きな曲線で、セリアは大きく膨らんだようなコースをとった。
ディックも、教授も、見ていた本物の
片方のエンジンだけずっと最高速度を保っていたセリアは、ストームブルーの再加速から最高速度到達までの時間がより短縮できる。
膨らんだ分の距離で差が更に開いたように見えたが、数秒後には一気詰めた。
誰もが『両方のエンジンでの減速』を選ぶところを、セリアはより差が出るように思えた『大きく膨らむ片方のエンジンだけでの減速』を選び、見事ディックに並んだのだ。
けれどディックも負けていなかった。ストームブルーのスピードを上げて、最後の障害物となる赤外線の網を減速なしで一気にくぐり抜ける。
セリアも負けじとアクセルを踏んで――……ストームブルーのモニターが切り替わり、順位が表示された。
「……二位、かぁ……負けちゃいました」
悔しいとセリアは拳を握る。最後の最後で、ディックは強さを見せた。網の目を減速せずにくぐり抜けた。セリアも同じように減速なしで突っ切ったはずなのに。
でも差がでた。それは多分、心の迷いの差だ。
己の腕を信じ切ってぶつからないと確信しているディックは、最後の微調整をせずに走りこんだ。セリアは、安全策をとってすれすれで飛びこみはしなかった。
「ぶつからないぎりぎりのところ……ディックの強さはそこなんですよねぇ……」
だからスピードを維持できる。う~んとセリアは唸りながら、ディックの動きの記録を再確認しようとして……『こらぁ!』という教授の声に悲鳴を上げた。
そういえば、うっかり当初の目標を忘れ、教授の制止も振り切り、ディックとの勝負に夢中になってしまった。しまったと冷や汗をかく。
「す、すみませんでした!!」
『本気を出すのはいいことだが、まだウォーミングアップだ。身体がついて行かずに操縦ミスをしたらどうするんだ!』
「はいっ! その通りです!」
『ケンカか?』
「ケンカ?」
はい? とセリアが首を傾げてしまう。なぜそういうことを訊かれたのか、さっぱりわからない。
『……ただの張り合いならまあいいか。とにかく、教授の指示は絶対だ。それを忘れるな』
「はいっ!」
セリアは見えていないとわかっていても頭を下げた。
ディックと共に本物の
『――全員ゴールしたな。それでは今日の1to1を始める。最初の組み合わせを送る。各自確認後、承認ボタンを押すように。それから位置につけ』
「了解!」
セリアはちらりと宇宙港の方を見る。
今の自分の精一杯をディックとぶつけた。彼らは煽られて、一緒に泳いでみたいと思ってくれるだろうか。
「教授は特になにも言っていなかった……ですね」
難しいなぁとセリアはモニターで対戦相手の名前と番号を見て、承認ボタンを押す。
気合いを入れ直して、さぁ今日もがんばろうと意識を切り替えた。
実習時間が残り五十分を切ったとき、それは起きた。
教授から緊急の通信が入り、サプライズだと告げられる。
『最前線で活躍している船外活動士が、君達と1to1をしたいと申し出てくれた』
セリアはぶわっと鳥肌が立った。それは喜びと、興奮からだ。
煽られてくれたのか、それとも元々そういう予定だったのか、善意で申し出てくれたのかはわからない。大事なのは結果だ。今、ここで『本物』を相手にできる。
『Aランクを取った以上、今更基本的なことを教えてもらう必要はないだろう。1to1を身体に叩きこんでもらえ」
現在、月面カレッジに在籍する生徒のうち、
『よし、学籍番号の順に五人ずつだ。配置に付け! 残りは待機!』
「
最高学年の四年生である十二期生の五人が、ストームブルーで指示されたエリアに向かう。残りのAランク修得者は目の前の小さなモニターで、本物の
1to1のルールはシンプルだ。擬似レーザーが武器で、相手を追いかけて攻撃する。または相手の攻撃から逃げる。レーザーが機体の何処に当たったか、何秒当たったかでダメージ量が決まり、蓄積ダメージが100%を越えると撃墜扱いとなり、そこで勝敗がつく。または制限時間いっぱいになったとき、ダメージ量で勝敗をつける。
誰だって勝利がほしい。なにもない宇宙空間で、勝利を手にするために現役と学生が技術を駆使し、競い合っていた。
「魚と、人間……」
セリアは目の前のモニターで繰り広げられている
「どうして?」
セリアは
今回の1to1は十五分間の時間制限を設けられた。だが十五分待たなくても、100%のダメージが蓄積され、勝敗が次々についていった。――どの1to1も学生側の負けだ。
最初は負けるものかと自信を持っていた学生達は、目の前の圧倒的な実力差に言葉を失いう。皆、頭の中では自分なら……というシミュレーションを繰り返していた。
『交代だ。次の五人、配置に付け!』
「了解!」
戻ってきた学生側の五機と入れ替わり、新たな五人が戦闘エリアに向かう。
セリアは一瞬たりとも見逃せないとモニターを見守る。
『――俺たちと、何が違うんだ?』
現役と対戦し、負けた学生が呟く。通信がオンになっていたため、皆のストームブルーに届いた。自分達の不甲斐なさに、怒りを感じている。
セリアも自らに問いかけた。
――なにが違うの? まだわからない。同じ動きをしているはずなのに、負けるのはなぜ?
次の五人の生徒は、一組目の戦闘を見て対策を練ってから現役に挑むことができた。
素早く回避し、反転迎撃。学生側だってAランク修得者だ。先程の現役の動きを綺麗にトレースすることができる。なのになぜかレーザーは当たらない。回避されてしまう。
次の五人に交代する頃には、重たい空気が立ちこめていた。通信がオンになっていても、誰も口を開かない。皆の頭の中にあるシミュレーション結果は全て敗北だ。勝つイメージが全く掴めない。
『次の五人、配置につけ!』
そして十三期生もストームブルーに乗りこむことになる。セリアとツァーリ、ディックもこの回だった。
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