第6話
冴子と話をした正人は、その夜、安達に電話をしていた。
「どうもお世話になりました。おかげさまで話が出来ました。これで、きっかけができますき、次に話す時には、もっと、強お、押せるんじゃないかと、思うちゅうとこです。本当にお世話になりました。また、ぜひお出でください。サービスさせてもらいますき」
「いやいや、奈良原さん。冴子さんやったかな。彼の方がごっつう気に入っちゅう(入ってるので)で、ぜひ、まとめてくれ、ちゅうことやったぜよ。なんとかなると、ええがやき(いいですね)。坂井さんとこは、ここも実業家でな。奈良原さんも知っちゅうろ。あの、土佐山田にできた大きなディスカウントセンター。今や、関西だけやなく、関東進出も目論んどるらしい。息子さんの会社勤めは、研修のつもりなんじゃ。いずれは帰って、後を継ぐ言うとるらしいが、奈良原さんとこは、跡継ぎはどうなさるん」
「実は、おらんのですが。次女は、絶対嫌って言うてからに、お姉ちゃん頼んでって。これがまた、言い出したら聞かんのです」
「ちゅうことは、今回の娘さんかね」
「そうなるんです。そこがちょっと、難しい所なんですが」
「そうしたら、言うてみますわ。あそこは、男ばっかり三人。どうにかなるろ」
「娘も、東京でしばらく働きたい、なんて甘っちょろい事言うとらんと、気に入ってくれる人がおる時に、お付き合いだけでもしておけばええんですが」
「ま、そう言う事とじゃき、できたらまとまるとええなあ、思うとるぜよ」
「ありがとうございます。何とか、口説いてみますきに」
「ほな、よろしゅうに。こっちも、何とか言うてみます」
卒業もしていない学生にお見合い話とは、美智子とも話した通り、余りに早過ぎる。
まさか、親が何か企んでいるのではないか、と勘繰ってしまう冴子だった。実はそうなのだが、親がそう言う事を企むとは、信じたくなかった。
次の日、高校の同級生で地元の大学に通っている、麻実に連絡を取ってお茶をした。麻実は、地元の銀行に就職を決めていた。卒論も終わり、卒業まではもう、ゼミだけしか無いので、今、バイトをしていると言う。
「ほんで、麻実は他は受けんの」
「そら、そうよ。私、あそこに行きたくて、経済学部行ったんじゃきね」
「そいで、求人は多いが」
「いや、少ないわあ。家のお父さんが言いよったけんど、お父さんらの時は、売り手市場だったちゅうて、レベルさえ合えば、どんだけでも会社を選べた、って言うとった」
「会社は、買い手市場になると、いきなり難しくなるんじゃろ」
「そうよ。私らのゼミの先生も、できるだけ早う就活せえよ、言うて、お父さんらがびっくりするくらい、早くから活動するねんよ」
「そうかあ。就職は、今は厳しいんやね、どこでも」
「そうよお。じゃけん、冴みたいに、理系で目標持って行った者が一番強いわ。後は資格やね。教員とか薬剤師、医者、税理士、弁護士等々。私ら、雇われ者に応募するのは、まったく弱いんよ」
話を聞くと、その厳しさが十分すぎるくらい感じられた。改めて、卒業までの時間を大切にしたいと思う冴子だった。
ほかの友達とも会って、三日後。来た時と同じルートで帰京した冴子は、早速美智子と相談していた。テーブルの上には、ポストから持ってきた【見附島】の、絵ハガキを置いて、珍しく缶チューハイを二人で飲んでいた。
「何の話かと思ったら、何とお見合いの話だったわ」
「さっすがあ。ミス日総大は、みんながほっとかないわね」
「ちょっと、ミッチ。まじめに聞いてるの。こっちは大変なんだから」
「はいはい、すみませんでした。羨ましいなあ、冴ちゃんは。でも、行く前に言ったとおりだったね」
「そうだった。どうしよう。このまま進められたら。何か断るいいアイデアは無い。ほら、これもあげるから、考えてよ」
そう言うと冴子は、カカオフィズも美智子の方に押しやった。
「おっ、ゴチになります」
「ねえ、どうしたらいいと思う」
「で、あなたの本音はどうなの」
カチンとリングプルを引っ張って、早速カカオフィズを口にする美智子。
「本音。本音は、やっぱり博君と結婚したいな。でも、仕事も続けてみたい。だから、希望としたら、東京で就職して、しばらくしたら結婚してって、思ってるんだ」
「じゃ、その気持ちを伝えればいいじゃない」
「ところが、博君が、今迷路に入り込んでるのよ。だから、そのまま伝える訳にもいかないんだよ」
「でも、それしか無いんじゃない。それかあ、田舎のご両親に、はっきり長谷川さんと結婚したいから、って伝えておくか」
「博君の事は知ってるんだけど、あんまり、好きじゃないらしいんだ」
「何で。あんな優しい人」
「私、妹と二人でしょ。妹は、高校に入る前から、高知どころか四国には住まない。東京か、せめて大阪。都会に憧れてるから、絶対、出て行くって決めてるんだ。もう、関西の大学、いくつか選んでるんだよ。だから、旅館を私に継いでほしいみたい。すると長男である博君。しかも遠い九州の熊本。できたら結婚してほしくないみたいなんだ」
「そしたら、この前のお見合いの人も、東京じゃん。どうするの」
「それなのよ。いい具合に東京にいるでしょ」
「こりゃあ、困ったね。もてる女はつらいなあ」
グビッと、チューハイを口にすると、美智子はおつまみのポッキーをポリポリかじり始めた。冴子も、ピンクカルピスを口にして、ポッキーをつまんだ。学生二人の頭では、おとなの考えを理解したうえで、自分を納得させるまでにはたどり着かない。
“早く帰ってきて、博君”
【見附島】の絵ハガキの文字を見ながら、冴子は心の中でもがいていた。心の中の暗雲が渦を巻き始め、その輪が台風のように大きくなっている。冴子はその中で飛ばされないように、何かに、必死につかまっている。それは、何なのか。博の手であってほしい。しかし、早く両手でしっかり抱きしめてもらわないと、冴子の力が尽きてしまう。
冴子の心の叫びは、博に届いたのだろうか
冴子が、悶々としている頃、男子二人は、やっと東京に戻っていた。
「上野、上野、上野でございます」
雑多な音、喧騒と人いきれ。人の波。北陸から東京に戻った長谷川と青木は、一瞬たじろいだ。帰りの電車の中で、十分心構えをしてきたはずだった。やはり、大都会東京の一都市である。そのラッシュの時間帯に、降り立つ事になってしまった。帰りの時間を、完全に間違えた。今まで、わずか二週間足らずとは言え、自分たちの時間で、自分たちの流れで、自分たちの気持ちに任せ、ストレスの無い、静かな自然とのふれあいを満喫した二人である。いきなりコンクリートの中。周りは人だらけ。その中で、その人達の流れに乗って、その人達の速さで動く事を余儀なくされる。鉄道の、バスの、車の時間に合わせなくてはならない。
“ここは東京だ。人の足は速いぞ、人の数は膨大だ。頭を切り替えろ。ここはもう、北陸じゃない。ここは、上野だ”
駅の改札を出る時でさえ、後ろから押される。まだ、足が付いて行かない。改札を出て眺める人の流れは、まるで雨後の大きな川だった。身構えて入って行かないと、押し流されそうであった。二人はため息を吐いて、山手線に乗り込んだ。中はまるで雑炊だった。
周囲からはひんしゅくを買いそうな、大きなザックを前に置いて、つり革につかまった。冷えきっている体が、人の多さでむしむしする車内の暖気に、温められてきた。
「なあ、青木」
「何だ。聞こえないよ」
車輪の音が会話さえ断ち切る。高田馬場へ着いたらしい。早稲田の学生がたくさん乗って来た。就職の話をしながら。同じ四年生だろうか?二人は、その止まっている僅かな間隙に話をした。
「おい、こりゃたまらんなあ」
「ああ、いつもこうだよ。帰ってくると一気に疲れんだよなあ」
「若干回復した心が、すでに萎れそうだな」
「ああ。だから明日からの日々を、次の《山行き》まで、どうやって気持ちを持たせるか、すでに、今から考えてるよ」
プシュー。電車が再び動き始めた。人と機械の様々な音が、車内を占領する。たいていの人は、イヤホンで自分の世界に入っている。高校生の友達同士でも、そう言うグループがある。そうかと思えば、仲良く部活や大学の事を話しているグループもある。そんなたくさんの人達を眺めながら、だんだんと人の動きの速さに、目が慣れて来た。しかし、いよいよ次は新宿。大きな流れが待っている。しかも速い。意を決したように、人混みの流れに乗り、小田急線のホームへ急ぐ。四年間で、すっかり慣れた場所なのに、人の波から波へ渡っていけない。些か戸惑っている。わずか数日間離れただけで、すっかり以前の流れに戻っている。東京とは、体の中のスピードが違う。しかし、こういう自分が、
“東京にいても良いかな”
と思ったりもしている。自分の本音が分からない。やっとの思いで小田急線に乗った。
旅の疲れもあり、二人とも黙りこくっていた。しかし寝るのはご法度だ。一回目をつぶったが最後、今までの疲れが一気に出て、小田原まで寝過ごす可能性が十分ある。その沈黙の間に、線路の継ぎ目を渡る音が定期的に流れ、さらにその隙間に、踏切の警報機の音が流れた。博は、ふと四年前を思い出していた。
“そもそも、なんで東京に来たんだっけ。確か、自分から行きたいとは言っていない。関西の外語大か、外国語学部を受験する予定で、予備校の講師とも年度当初から相談していた。なのに。予備校にやってもらう時点でも、下に妹と弟がいる長男のため、これ以上は親に負担はかけられない。だから、九州内かせめて関西の大学に行く、と親にも言ったはずだった。そう言えば、この日総大に父親の友達がいて、教授をしていた。取り敢えず経済に入学して、歯学部に転学すれば歯医者になれる、と言う話だった。そうか、それで、急きょ東京のこの大学に来たんだ。しかし、その歯医者になるためには、学費だけで数千万かかると言われ、そんな金は出せない、とそのままになったのだった。そうか、そうか、思い出した。はあ”
思い出したからと言って、今さら、何かが始まる訳ではない。ただ、少なくとも自分のやりたかった、外国語関係の勉強を出来ていれば、今の、こんな悩みなんて無かったはずだ。何となく腑に落ちない博。ただ、ここまで考えてやっと、いつものポジティブが戻って来た。旅に出る前は、こんな気持ちさえ湧いて来ないほど、心理的に追い込まれていたのだろう。
“そうだ、当時の事を今さら言っても、どうしようもない。冴ちゃんのような、素晴らしい人と知り合いになれただけで、この東京に来て良かったってことだろ。頭がよくて、面白くて、リズムが合って、キュート、そして歌も上手くて、スポーツも抜群だ。今まであんな女性は、俺の前には現れなかった。もし、現れたとしても、相手にしてもらえたかどうか。あの、学食のテラス席での昼食で、たまたま同席したのが縁だったのだ。縁とは実に不思議だ。『袖振りあうも他生の縁』と言う。とても大切にしたい。しかし『合縁奇縁』の、奇縁で終わるかも知れないと言う不安。まだ、完全に前は向けない”
確かに、ポジティブが取り柄の博。その博が、四年前を思い出して、危うくネガティブになりかけた。この旅で、やっと元の自分を取り戻そうと言う時に、危ない場面だった。やはり重症だ。
いろいろ思い返していると駅に着いた。南口方面をちらっと見て、冴子を思い浮かべながら、北口に降りた。駅を出ると農大通りがあり、その通り沿いに商店が軒を並べる。
昔ながらの風情だ。その緩やかな坂を下りるとT字路があり、左側に行くと博のアパート。右へ行くと青木のアパートだった。互いに来週からの、ゼミを励まし合いながら別れた。アパートへ着くと、おばちゃんに挨拶をして、ちょっとした漬物のお土産を渡し、部屋に戻る。十一日ぶりの自分の部屋に入るなり、ドンとザックを置くと、たたんである布団に横になった。
“ちゃんと敷いて寝ないと、多分このまま寝てしまう。おい、こら。冴ちゃんに連絡はしなくていいのか”
と、頭では思いながら、案の定、一分も経たないうちに眠りに落ちた。どれくらい眠っただろう。はっと目を覚ました。夜の九時を過ぎている。まだ、寝てはいないはずだ。携帯を取って、久しぶりに冴子に電話した。
「今、帰ったの。お帰りなさい。ちょっと早かったね。二週間、って言ってたから。あっちは寒かったんじゃないの。また野宿でしょ」
「ごめん、遅くなって。夕方帰ったんだけど、知らない間に眠りこんじゃって。ごめんね」
「別にいいわよ。早く帰ったのなら、嬉しい」
「あ、あの明日、時間無い」
「あ、いいわよ。どこに」
「あの、【エルム】はどうかな」
「分かった。何時に」
「昼前は自信ないんで、二時とか三時とか、どう」
「じゃ、二時?」
「いいよ。じゃ、明日待ってるから。おやすみ」
「じゃあね。ゆっくり休んでね。おやすみなさい」
取り敢えず連絡できてほっとした。変わりなさそうだったので、安心した。次の日、二人は、十二日ぶりに会った。
「お待たせ。早いじゃない。元気でしたか」
博が待っていると、対面にすっと冴子が来た。
「いやあ、割と早く目が覚めたので、良かったよ」
「で、何にする」
「あ、私マンデリン」
「じゃ、注文するね。僕はブラジルで」
「どうだった。未知の土地【北陸】は」
「毎回、知らない所へ行くけど、毎回、楽しいよ。本当なら、君も連れて行きたいんだけど」
済まなそうに頭をかきながら、答える博。
「いいわよ、気にしなくても。お願いしても連れて行ってくれないんでしょ」
拗ねた振りをして、カップを両手で持ち、すすりながら言った。
「いや、連れていきたいのは山々なんだよ、本当に」
必死に言い訳する博。しかし、『今度は、連れて行くから』とは言わない。その理由はお互いに重々分かっている。
「分かってるって。大丈夫よ。行こうって言われても、あんな旅、付いて行ける訳無いじゃない。むふふ」
ニコッと微笑み、いたずらっぽく舌をちょっと出した。
「そ、そりゃ、そうだね。えへへ。うん。確かに」
今までを思い出すように、天井を眺めながら呟いた。
「だって、宿泊、食事代を浮かすんでしょ。って事は、宿に泊まらないって事。って事は、最高でも駅のホーム。そうでなければテントか野宿。風呂は有れば銭湯。それが無ければその日の風呂は無し。歯磨きは、トイレや川の水。一日夕食のみ、だなんて、女の子は誰も行かないわよ。って言うか、行けないわよ。安心して。博君の絵ハガキで十分です」
「す、済まない。経済的に限界で行くので。しかも、ひどい時は、目的地さえ電車に乗ってから決めたりするし。無理だろうなあ、って思いながら行ってたんだ」
「で、今回は特別な旅だったんでしょ。どうだった」
「うん。少しだけど、光が見えた気がしたよ」
「うわあ、それは良かった。行った甲斐があったね」
ブラジルを飲み干し、頷きながらカップを置いた。
「そうだよ。本当に行った甲斐があったよ。ちょっと、寒かったけどね」
「あら、そう。北陸でもやっぱり、まだ寒いのね」
「いや今回は、食事代を浮かす事、寒さを凌ぐ場所の確保、移動手段の確保を、全てをクリヤ―するために、いいアイデアがあってね。レンタカー」
「ああ、なるほど。そうか、全てがクリヤ―できるね。すごい。ただ、やっぱりお風呂は考えていないんだ」
冴子は、吹き出しそうになっていた。しかし、その冗談には気付きもしない。それどころか、いいアイデアに少々疑問を持っていたらしい。
「僕たちが大切にしていた、アナログの世界を少し外れてしまったんだ。言い換えれば、不便な世界さ。点から点への旅では無くて、線でつなぐ旅をしたかったんだ。ほら、今年の初めに信州へ行ったろ」
「連休あたりだったっけ」
「そう。あの時は、野辺山を拠点に動いたんだ。でも、テントを張れる場所が、駅から一キロ以上あったかな」
「そう言う所でも歩いて行くの」
「そうさ。その時に一番困ったのが水。駅のトイレにしか水が無いんだ」
「どうしたの」
「ああ、それで交代で水汲みさ」
「食事作って水汲み、手洗いに水汲み、朝飯の分の水汲み等々。大変だった。でも、僕たちが常々やってるのは、ゆっくり景色を見ながら旅先の土地、自然、文化、食なんかを感じて歩く事。ま、金の無いのが一番の理由なんだけど。今回はそれが唯一、心残りだね」
「へえ、良い旅してるのね。初めて聞いたわ。私も、でもそんな旅が好き。時間に追われる事無く、自分たちのペースで、携帯で探してピンポイントで行くことも良いけど、やっぱり、ゆっくり、のんびりした旅が良いわよね」
「ああ、良かった。僕と同じ考えの人で」
「でも、宿には泊まりたいわ」
二人は、にこやかに笑った。
「さ、じゃ帰ろうかな。楽しい話も聞けたし、今夜のご飯の準備もあるし。博君は、今夜は何」
「そうだなあ、今夜からカレーかな」
「また、一週間分のカレー作り」
「そうだね。今月の残りは、バイト代が入るまで、昼食も抜きだよ」
「男の人って、凄いなあ。そんなことできるんだから」
まじまじと博を見つめながら、感心したように冴子は言った。
そんな四年生の連休。冴子は高知に呼び出されていた。春先に紹介されたお見合いの話で、相手に一方的に気に入られた冴子。どうしても会いたい、と言う先方の話に、一回だけと言う約束で、ただ会いに来ただけだった。
「一回会うだけでえ。もう、断ってほしい、言うたんに」
「そんな言わんと、相手さんがとにかくお気に入りやき。とにかく一回帰って来(き)いや。ほいから話すぜ」
昨夜、帰るなり電車の中で貯めて来た不満を、一気に吐き出すかのように、怒った冴子だった。
“あんまり待たせるといかん”
と言われ、帰京して一カ月たたずで、断りを入れてもらったつもりだったが、先日、急に母親から、
“この前の人がどうしても、もう一度会いたい、って仰るから”
と言う電話があった。電話で何度も押し問答したが、『帰るだけだから』と言う切り札を出して仕方なく帰った。しかし、どうもすっきりしない。両親の口から出る言葉に、納得の行かない冴子だった。一般的にはどうなのかは知らないが、相手の側から断りを入れたら、それでご破算になるのではないかと思っていたのだが。博にも、急用で実家に帰ってくる、としか言っていない。しかし、なぜ学生のこの時期に、会わせようとするのか分からなかった。
“自分は、東京に残って会社で研究がしたい。ひょっとしたら、博君と結婚するかも知れない。確かに、博君との事は、あまり進めたくないような言い方だった。あちらは、長男で跡取り。こっちは、長女でやはり跡取り。どちらかが跡取りを止めないと、結婚は無理だ。だから両方が跡取りを止めて、東京で家庭を持って暮らす。それだったら良いではないか。今、博もその方向に光りが見えたと言うのなら、十分、説得できるのだが。それを早く決めてほしかった。そうすると、自分達の夢が可能になる。彼と結婚したいのだ”
電車の中でそう言う事を考えていたら、納得のいかないことを、ごり押しされているように思えて来て、どんどん不満が膨らんで来たのだった。
タクシーで街に行く。正人の車があるのに、なぜ。怪訝に思った。しかしタクシーの中でも、冴子の気持ちは収まらない。
「何で、何で、今なが(今なの)。四年生が始まったばっかりやき。しかも、私はしばらくでもいいから、東京の会社で働きたいって、言うちゅうろ(言ってるでしょ)」
「結婚とか何とか、考えんでもええきに」
「で、どこ行きよるが」
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