第5話


冴子は、高知にいた。特急で大阪まで来て、そこから岡山へ。そこから瀬戸大橋線、土讃線と乗り継いで高知へ。今では、考えられないルートだが、一番金のかからない帰省の方法だった。以前は連絡船があったので、さらに安く上がったが、廃止された。金の無い者には、厳しい世の中になった。余談だが、バイトで金に余裕が出るまでは、夏冬の帰省には、各駅停車を使っていた。今時の女子では考えられないことだった。

「突然、呼び出してすまんのう冴子」

 父親の正人が、湯呑の茶をすすりながら言った。

「何かあるが」

「それがやねえ」

 正人が目配せすると母親の祥子が、居間のテーブルの上に出したのは、男の人の写真だった。明らかにお見合用だ。

「何い、これって。まさかやろ」

「冴子、ま、聞きや。家によう来てくれるお客さんの、安達さんて言う方が、持って来てくれた話しなんじゃきね」

 安達は、高知でも名の知れた建築会社の社長で、冴子の実家が経営するホテル『太平望洋閣』の上客だった。

「この人は、東京におるんじゃき。高知の人やけど、東京の大学を出て、今、大手の化学薬品の会社に勤めちゅうが(勤めてるんだよ)」

「ほなけんど、私、卒業してもすぐには結婚したくないし。せっかく、大学やってもろうちゅうに、何しに、高いお金出して行かせてもろうたか、分からんちや(分からないじゃない)」

「そらそうやけど。今すぐに、結婚するんとは違うきね」

「そやけど、いくいくはするが、じゃろ」

「ま、そらお互いの気が合えば、そうなってもええけんど、ね」

「それに、お父さんも、お母さんも知っちゅうろ(知ってるでしょ)。私には、博君がおるし」

「あんた、この前の正月に帰った時、その博君が、卒業の年には就職が間に合わんかも知れん、言うとったが」

「それは、そうなんじゃけんど。今、自分探しの旅に出ちゅうき、それが終わって帰ってきたら、何か変わっちゅうかも知れん、て思うちゅうが」

「お父さんもお母さんも、安達さんの話じゃき、言うとるがや無い。あんたには、ぴったりの人じゃ、思うて、言うとるだけなんじゃきね。今すぐに返事せんでもえいわ。ゆっくり、考えや」

「ほんなら、今年中でえいの(いいの)」

「いや、そらああかんぜよ」

「やろ。ほんなら、いつまで。いつまでに返事せんといかんの」

「安達さんに聞いてみるけど、まあ、年度初めでもあるし、遅くとも二、三カ月くらいかねえ」

「ほな、分かったけど、決して期待せんときや。上客の人かも知れんけど、私にとっては一生の事やきね。良く考えてから返事するわ」

 その晩、久しぶりに自分の部屋で寝た冴子。今すぐにでも、博に連絡を取りたかった。

“いつ帰るんやろ。早(はよ)う声、聞きたいわ”

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