2-02『当たるも当たらぬも』

「よくいらっしゃいました。さあさあ座ってください、どうぞどうぞこちらに。あ、わたしお茶を淹れてきますね! 少し待っててください。津凪おねーさんも」


 ――お母さんかよ。

 などという突っ込みを差し挟む隙すら与えず、僕らを(というか主に桐畑きりはた鶴羽つるばを)居間に案内した真代ましろは、そのままとたとたと奥の居間に駆けていく。

 彼女的には、ここに仕種しぐさがいることなどより、むしろ僕が友人を連れてきたことのほうが驚きに値するらしい。ここはわたしの出番だと言わんばかりの勢いで、歓待の用意をし始めた。


「あ、お構いなく……ああ」


 鶴羽が止める間もなく消えていく真代。津凪つなぎもまた特に意に介する様子なく、むしろ少し慣れた様子で今のテーブルに落ち着いた。まあそれはいい。

 問題があるとすれば、それはやはりもうひとりのほう。

 時原ときはら仕種。

 彼女はなぜ当たり前の顔をして、テーブルで落ち着いているのだろう。

 ……いやまあ、僕が入院している間に、なんらかのやり取りというか取引があったことは明白だ。そしてこの状況を真代と津凪が受け入れている以上、翻ってそこにあの人が――特別指定級魔術師である井峯いみね出水いずみさんが関わっていることもまた明らかである。なら僕としては確かに、問題視することでもない気はする。


 というか。

 そんな話を、曲がりなりにも一般人である桐畑と鶴羽の前でできるかという話であった。


「――で?」


 と僕はそれでも言う。だからといって、見過ごしていいわけではないはずだから。


「なんでお前がここにいるの?」

「あれ。この格好見てわかりません?」


 きょとん、とした風に仕種は首を傾げて微笑む。

 たおやかというか、落ち着いた笑みだ。つい最近まで、本当に殺し合っていた相手とはとても思えない。

 その口調もまた《なのだな》語尾の特徴的なものから変わっている。


 仕種は立ち上がると、その場でくるりと一回転してみせた。

 彼女の穿いているスカートの裾が、舞うようにひらりとはためく。


「どうですか、せんぱい?」

「…………」


 どうですか、と訊かれても。

 答えはひとつだった。


「転入してきたのか? 真代の学校に?」

「――む」


 それ以外には考えられなかったのだが、何が不満なのか仕種はむっと唇を尖らせる。


「そういうことを訊いたわけではありません。せんぱいはデリカシーがありませんね」

「なんで責められなきゃいけないのか、僕にはちっともわからねえよ」

「むぅ。この制服が似合っているかどうか訊きたいに決まってるじゃないですか。せっかく見せびらかしに来たっていうのに」


 ――もう誰だよコイツ。

 出る寸前で呻きを堪えるばかりの僕だ。

 なんだろう。これはもしや新種の呪術なのだろうか。

 冗談ではなく新種の呪術を創り出せる存在であるところの津凪は、けれどこんな風に言う。


永代えいたいにそういう機微を求めても無駄だぞ。ぼくだってちゃんと褒めてもらっていない」

「というか……えっと。こっちの子も知り合いなのか、永代?」


 と、受けるように桐畑が言う。

 そういえば、彼らのことをほったらかしにしてしまっていた。

 なにぶん自宅に友人を招くなんて経験は稀だから、気の遣い方が下手だった。

 それどころじゃないとも言える。


「あー……どう言ったものかな」


 僕自身、まさかここに仕種がいるなんて予想だにしていない事態だ。いったいどういうことになっているのか、それだけでも訊き出そうというつもりだったのだが、制服の件に話を逸らされてしまった。

 もともと見た目はいい仕種だ。着ぐるみ姿のときは気にも留めていなかったが、確かに制服も似合っている。あるいは少しばかり日本人らしくない外見の真代よりも、むしろ着こなしは上だろうか。

 そんな、言ってしまえばどうでもいいことで悩む僕に、助けを出したのはその仕種だった。


「すみません、ご挨拶が遅れてしまって。せんぱいのお知り合いの方ですよね?」

「え……あ、えと。私は鶴羽っていうんだ。鶴羽ここの。こっちは桐畑直智ただち――えー、その、鴻上こうがみと、というか永代とは同じクラスでね。招待されて来たんだよ」

「鶴羽先輩に桐畑先輩ですね、覚えました」


 少し狼狽えながらも名乗った鶴羽に、笑みでもって仕種は答える。

 彼女は膝を折り、いっそ優雅とも言えるほどの動作で丁寧に頭を下げると、それから人懐こそうな笑みを崩さないままに言う。


「時原仕種です。真代ちゃんと同じ中学で、今日はお呼ばれして来ちゃいました。津凪さんや永代せんぱいにも、お世話になっているんですよ」

「そうなんだ……なんていうか、奇遇なんだね」

「津凪さんとは同じところの出身でして。この時期に転入になったのも、その辺りの関係なんです」


 ……という設定なのだそうだ。もう何も言うまい。

 まあ、大半は設定も何も事実だろう。仕種は別に嘘をついてはいなかった。

 時期としては半端だし、転入が偶然で重なるなどというよりは、俺と真代を軸に繋がりがあったと言ってしまうほうがむしろ納得はしやすいはずだ。少なくとも鶴羽は、特に不審には思わなかったらしい。


「そうなんだ。なんていうか、よろしくね。――えっと、仕種ちゃんでいいかな?」

「ありがとうございます! わたしも先輩のこと、九先輩って呼んでいいですか?」


 女性陣は、なんていうか打ち解けるのが早いと思う。

 それはそれで、別に悪いことではないはずで。何も言わないでいた僕に、そのとき桐畑が近づいてきた。

 彼の表情はどこか暗い。


「――なあ永代」


 耳打ちするように、小声で囁く桐畑。


「何かな?」

「えっと……さっきの白い髪の子が義妹いもうとさん、であってるんだよな?」

「うん。鴻上真代――血は繋がってないけど、確かに僕の義妹だ」

「で、津凪ちゃんとも知り合いで、こっちの仕種ちゃんも永代の知り合い、と。どっちも転入生なのに」

「……そうだね。そうなる」

「それは……いくらなんでもおかしくないか?」

「――――」


 意外といえば意外だったが、当たり前といえば当たり前のことを桐畑に突っ込まれる。

 自然が不自然かで言えば間違いなく不自然だ。僕がこのところ休みがちだったことを加味すれば、あり得ないとまでは言えないけれど。桐畑が疑問に思うのも無理はない。

 これで桐畑は決して馬鹿ではない。鶴羽が受け入れたのに、彼は違和感をどこかに覚えていたらしい。

 さて、どう誤魔化すか。そう悩む僕に、桐畑は真面目腐った顔で続けて、言った。


「なぜお前の周りにばかりこんなにも美少女が集まる」

「……。……は?」

「おかしいだろ。なんでこんな可愛い子ばっかりなんだよ、あり得ねえ。お前さてはラノベの主人公か?」


 一瞬でも桐畑を評価した自分が馬鹿だった。

 そこかよ。

 そこなのかよ。

 いや、言いたいことがわからないわけではないけれど。


「……真代は家族だし、仕種とははっきり言って初対面とほとんど変わらないよ。たまたま事情があったから知り合いになっただけで、別に仲がいいってわけじゃない」

「でも、津凪ちゃんは許嫁なんだろ」

「だから違うって。だいたい許嫁ってのはおやが決める結婚相手のことだろ?」


 遠回しに、僕の家に親はいないという話を絡める。

 この手を使うのは卑怯かもしれないが。


「……じゃあ、あの《婚約者》発言は津凪ちゃんのお茶目ってか?」

「――――」


 いやまあうん。そうだとは思っているけれど。

 でも確かに思い返してみれば、ほとんどプロポーズみたいなことを僕も言ったような記憶はある。

 いっしょの墓で死のうとかなんとか。結婚を申し込むにはどうなのって発言だし、そもそも場所と状況がかなりアレだったから、まさか津凪がそんな風に受け取ったとは考えていないけれど。


 ……そんなわけないよね?

 どうしよう。場合によっては僕、この歳で本当に婚約者ができてしまうのだろうか。

 確かに、津凪のに僕が背負うべき責任は大きいけれど。


「やっぱなんかあんだろ……」


 と、僕の無言を怪しいと睨んだらしく、桐畑は思いっ切り胡乱そうに目を細めて僕に言った。

 こんなときだけ勘がいいとは。曖昧に笑って、誤魔化すことしか僕にはできなかった。

 ちょうどそのとき、お盆に湯呑を載せた真代が居間に戻ってくる。僕はほっとひと息ついて言った。


「あー……お帰り真代。ありがとう」

「何してるんですかおにーさん」


 返ってきた真代の言葉は冷たい。

 彼女は僕を睨んでいた。


「――なぜ、お客様をまだ立たせているんですか馬鹿なんですか。それくらいきちんとしてくださいわたしが恥ずかしいです」

「ごめんなさい……」


 つらい。



     ※



 ――とはいえまあ。

 形としては、兄が連れてきた友人と、妹が連れてきた友人がたまたま出会ったという程度のこと。裏に絡む複雑な事情さえ考慮しなければ、そう珍しい事態ではないだろう。

 加えて言うなら、桐畑と鶴羽はもともとコミュニケーション能力の高いふたりだ。仕種も演技は上手いらしく、すぐに打ち解けると談笑が始まった。真代もどこか嬉しそうに、学校での僕の様子などをいろいろと聞いている。津凪も同様だ。


 椅子が四つしかなかったため、僕と、そして仕種だけが少し離れた位置で壁に背を預けて立っている。

 仕種が「わたし、せんぱいの隣がいいでーす」などと不気味極まりないことを宣って、こちらにやって来たのだ。

 僕はそもそも、仕種から《せんぱい》と呼ばれることそのものに、まだ慣れていないというのに。


 その仕種が、あるときこんなことを言った。


「――そうだ! 先輩たちって、占いとか興味ありますか?」

「占い?」

「はい。わたし最近、ちょっと占いに凝ってまして。どうです、一占いっせん


 ――どうだい、一杯。

 みたいなノリで誘う仕種に、鶴羽は興味を持ったようだ。


「へえ……じゃあちょっと占ってもらおうかなー」

「ではっ」


 言うなり仕種は、どこからともなく小さなぬいぐるみを取り出す。

 ……いや本当にどこから出した。ポケットに入るサイズだが、間違になくポケットからではなかった。胸元とかだった。

 しかも。


「あっ、これパッチーだ?」

「そうです。ほほう、さては先輩も好きですね、パッチー」

「うん。なんかぼろぼろで可愛いよねっ」


 ある意味で思い出の、パッチワーク風ツギハギネズミ《パッチー》。

 クレーンゲームの景品にあった時点でわかっていたけれど、鶴羽も知っている辺り、どうやら本当に流行っているらしい。僕はまったく知らなかったのだが。

 仕種が取り出したパッチーぬいぐるみも、ちょうどゲームセンターの景品らしき小さなものだ。チェーンがついていて、鞄に取りつけることができるタイプのものである。非売品だとしても、そう貴重なものではないだろう。


 そういえば、あのとき津凪といっしょに取った景品は今も僕の家に置いてある。

 居間からも見える位置――棚の上に、ちょこんと鎮座ましますのがそれだ。僕は何気なくそちらを見て、津凪もまた同じことをしていた。戻るときに互いの視線が合う。

 津凪は小さな、声のない苦笑を僕に見せた。つられて僕も小さく笑う。

 そんな僕らを尻目にして、仕種の占いが始まっていた。


「――では九先輩。このパッチーを胸に抱き締めてください」

「それが占いになるの……?」

「はい。もふもふするんです、もふもふ。もふり具合で運勢がわかります」

「もふもふ……」


 若干、洗脳されたみたいに《もふもふ》言いながら、鶴羽が両手でパッチーを受け取る。

 あまり障り心地がよさそうには見えないが。掌でパッチーを包むようにして、もにゅもにゅと鶴羽がそれを揉む。

 なんだかシュールな光景だった。

 それは実際にやっている鶴羽も同じ風に思ったらしく、少し胡乱そうに彼女は目を細めて言う。


「……これでなんかわかるの?」

「わかりますよ。ありがとうございました、先輩。もう大丈夫です」


 パッチーが鶴羽の手から、仕種のもとへと戻っていく。

 仕種はまるで小さなパッチーと正面からにらめっこでもするみたいに、人形の表情を正面から覗き込む。無駄に真剣そうな様子を見て、占われている鶴羽がごくりと息を呑んだ。地味に流されやすい奴だ、意外と。

 やがて、仕種は小さく頷くと、言う。


「――どうやら先輩、恋愛運が上向きみたいですよ」

「え、本当に? ……というかこれ恋愛占いだったの?」

「別にそういうわけじゃないですけど」


 ふむふむ、と口に出して呟きながら仕種は首肯を繰り返す。

 その視線はパッチーへと一点に注がれたままだ。人形と会話しているようですらある。


「悪い未来を占っても仕方ないですからね。いい未来だけ見るようにしてるんです。まあ当たるも八卦、当たらぬも八卦くらいの気持ちで」

「そっか……なんか、どうなの? 恋人とかできそうかな?」

「ええ、チャンスはあると思いますよ。障害は多いみたいですが……いえ別にライバルがいるとかではなく、むしろまったく関係ないところで大変な感じですかね、これは」

「関係ないこと?」

「消費税が上がるとか。テストのヤマが外れるとか」

「まあ障害といえば障害だけど……」

「ただ、愛と勇気でそれを乗り越えることができれば、素敵な恋人ができると思います」

「……喜んでいいのかな、これ?」


 鶴羽はなぜか僕のほうを見て訊ねてきたが、僕に訊かれてもという感じだ。

 ただ別に、鶴羽ならば特に苦労せずとも恋人くらいできるだろう。この占いもあまり具体性はないし、鶴羽だって心から信じているわけではないはずだ。僕は適当に頷いて答えた。


「いいと思うよ」

「適当だなー。いや、いいけどさ。永代ってそういうトコあるよね」

「確かに」


 相槌を打ったのは桐畑である。

 ふたり揃って、なかなか失礼なことを言ってくれるものだ。否定できないけれど。

 そして、気がついてみれば鶴羽が僕のことをナチュラルに名前で呼ぶようになっている。なんだろうな。桐畑もそうだけど、これはもしかして、僕のほうからも名前で呼ぶべきなのだろうか。

 今だって気を抜けば敬語になってしまいそうなくらいなのだが。


「――むむ。さては永代せんぱい、私の占いを信じていませんね?」


 と、そんなふたりの言葉に乗るようにしてか、仕種が唇を尖らせて僕のことを睨めつけてくる。


「別にそんなことはないけど」

「そんなに疑うなら、せんぱいのことも占ってみますから、はい」

「…………」


 聞く耳が行方不明というか。仕種がこちらにすっと手を伸ばしてくる。

 上向きに開かれた掌。その上には、ちょこんと座っているパッチーのお姿。なんか目が合ってしまった。

 半ば押される形で受け取ってしまった僕は、仕方なく、さきほどの鶴羽のようにパッチーを握る。


「凶悪に似合わないな」

「モフり方が下手じゃない?」

「おにーさんが人形持ってるとキモいですね端的に」

「パッチーかわいー……」


 口々に観客たちが呟く。ほとんどが好意的な反応ではないのが気にかかったが、無視。

 しばらく無言で耐えていると、さきほどのように再び仕種がパッチー人形を持って帰って言う。


「せんぱいは……特に上向いている運勢はないですね」

「おい」


 やらせておいてそれか。というかどういう基準で何を判断しているんだ。

 僕の不満を表情から読んだのか、仕種は眉根を寄せる。


「仕方ないじゃないですか。別に私が運勢を決めているんじゃないんですから」

「……そもそも、何を見て運勢を判断してるんだよ」

「そりゃ表情ですよ。パッチーの」

「パッチーの」

「人相判断の亜種みたいなものですね。揉まれて寄った皺によって、揉んだ人の運勢がわかります」

「……これ人ではなくない」


 明らかに、突っ込むところはそこではないのだが。


「というわけでせんぱいは、特に幸運なことはありませんね。むしろ不幸です」

「悪いことは占わないんじゃなかったの……」

「いいところがわかるんだから悪いところもわかりますよ。全般的にせんぱいには幸運が訪れません。ざまあ」

「最後なんか言った?」

「何も」


 しれっと仕種は首を振る。

 それから、彼女はパッチーの顔から視線を切ると、僕のほうをまっすぐに見つめる。

 その表情に笑みの気配はなかった。


「……大変ですね、これから。いろいろと厄介なことが、いくつも重なってせんぱいに訪れます。それが留まることはしばらくの間ないでしょう。まるで負債を催促されるかのように、ひっきりなしに。……でもせんぱいの場合、それはのようですからね」

「――……」

「まあ、これでも私は献身的な後輩を自負していますから。そのときはぜひぜひ、私のことを頼りにしてくださってもいいんですよ?」


 にっこりと。さきほどまで消えていた笑みを表情に戻すと、仕種は首を傾げてそんな風に言った。


「……覚えておくことにするよ」


 とだけ、僕は答えた。

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