1-16『エピローグ/これにて塞がり』

 ――それから、およそ半月が経った。


 三谷を倒したあと、追いついてきた出水さんと真代に手伝ってもらい、僕と津凪は地下道を脱出。

 三谷秋生、佐藤夜羽、時原仕種の三人は結社に捕らえられたという。生憎と、倉崎真絃の消息だけは杳として知れなかったが、おそらくすでにこの街を脱出したのだろう。

 出水さんの話によると、倉崎はやはりかつての特別指定級呪術師だということらしい。その名前は結社のデータベースに残っていた。奴はかつて六路木の住人だったということだ。

 数年前に結社を抜け、その後の行方は不明だという。それから《王国》に向かったということらしい。


 事件のことは、全て出水さんに任せている。三谷たちどころか、津凪がどうなったのかさえ僕は知らない。

 そう。僕はあの日以来、津凪と一度も会っていなかった。

 使った機能の反動で、入院することになったからだ。


 当然だ。あんなことが、そう簡単にできるわけがない。三谷の言っていたことは正しく、呪術ひとつを完全に世界の歴史から消し去るなんて機能は、人間に許されていいものじゃない。

 僕は結社の呪術病院で精密検査を受け、絶対安静を言い渡されていた。

 十日余りの入院ののち、退院したあとは自宅療養。真代に介護されていた。

 楽しそうに僕を詰る真代には辟易したが、文句を言えるような立場でないことは事実であり。甘んじて受け入れ、しばらくの間は彼女の機嫌を取っていた。

 知っているはずの真代も、津凪がどうなったのかは教えてくれなかった。


 この日。

 僕はしばらく振りに高校へと登校した。



     ※



 普段通り、朝ぎりぎりの時間に通学すると、さっそく注目を浴びてしまった。

 僕が入院していたことは、結社を通じて学校に伝わっているはずだが、まあ久し振りすぎては仕方ない。

 さっそくのように話しかけてくれた鶴羽つるば桐畑きりはたの存在は、いっそありがたいくらいだった。


「――鴻上、久し振り! 大丈夫だった?」


「おはよう鶴羽。ま、こうして登校できるんだから大したことないよ」


「でもなんか大怪我したって聞いたぜ?」


「頭を打っててね。大事を取って検査が長引いたってだけ。今はもうなんともないよ、桐畑もありがとう」


 頭がおかしいと目されていたのは、ある意味で嘘ではなかった。

 自分で言ってて、割と悲しくなってくるけれど。


「そっか」


「ならよかったよ!」


 そう言って笑うふたりだった。

 そんな風にふたりが笑ってくれるなら、敬語をやめた意味はあるだろう。

 ――これもまた、僕が少しなりとも変わったということなのか。

 最近は、そんな風に思うことがよくあった。

 僕は津凪を助けたが、そういうことになっているが、けれど津凪だって僕にいろいろなものをくれたのだろう。その恩を、僕は返却したに過ぎない。


 やがて教師が現れたので、僕たちは席に着いた。

 隣席の鶴羽が、僕に耳打ちするように小声でこんなことを言う。


「――にしても間に合ってよかったよ、鴻上」


「ん、えっと……何が?」


 首を傾げた僕に、話を聞いていたらしい、前の席の桐畑が振り返る。


「おう、その件だ。聞いて驚けよ? なんと今日、転入生が来るんだぜ!」


「あ、ちょっと! それ言おうと思ってたのに」


「え? あ、ごめ――いやそれ俺が謝らないとダメ?」


「もうっ!」


 恒例のやり取りを繰り広げるふたりを尻目に、僕は考え込む。

 ――いやいや、そんな。まさかそんなお約束な。

 首を振って浮かんだ考えを払う僕だが、考えてみればこの街の人間は、基本的にお約束が大好きだった。


 やがて。教師に導かれて、ひとりの少女が教室に現れる。

 黒く美しいその髪に、クラス中の視線が注がれた。


「……マジかー……」


 そのお陰か、思わず呟いた僕の言葉は、どうやら誰にも聞こえなかったらしい。

 少女の自己紹介が始まっていた。


「――え、えと。初めまして。その……逆坂津凪といいます」


 教室がざわめく。「かーわいいー……」と桐畑や、クラスメイトたちが呟いた。

 女子である鶴羽ですら、津凪の姿に見惚れているようだ。元より彼女は、それくらいに素材がいい。

 僕は微妙な心境だった。せめて教えてほしかった。

 とはいえ、直前で読めてしまうのだから、サプライズとしては失敗だろう。残念だったな、とこれを企んだであろう出水さんと真代の顔を思い浮かべる僕だったが。

 甘かった。

 思えばこの街の人間は、お約束を外すことも好きだった。


「この街には越してきたばかりで、慣れない点が多いとは思いますが――」


 当たり障りのない、普通の自己紹介を続ける津凪。

 だが、彼女だって呪術師だ。

 言葉で人を呪うのは、お手の物だということを忘れてはならない。


「――それと」


 彼女はそこで、初めて僕に視線を向けた。

 目を見開いた僕に、そう、僕に向かって彼女は笑みで告げる。


「そこにいる鴻上永代は、ぼくのですので」


「ぶほぉっ!?」


 噴いた。それはもう盛大に噴き出した。

 クラス中の視線が、津凪から僕へと移り変わる。……嘘ぉ。


「――ふたりともども、よろしくお願いいたします」


 してやったりと頭を下げる逆坂津凪。

 その様子を見て、僕は肩を竦めて諦めて笑った。


 なるほど。これは確かに怒れない。

 それもまたひとつの呪い、ひとつの縛りではあるのだろう。けれどそれを、笑って受け入れられるなら意味がある。

 だって彼女は、きっともう。


 この街に染まっているのだから――。






 塞がりのカースコード

 第一章『呪術師の街』了。

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