1-09『お約束外し』

 地下道を駆け抜ける僕は、騙されたことに気がついていた。

 誰に? 当然、それは出水さんにである。もう少し早く気づくべきだった。


「……クッソ! あのヒト、絶対に最初からこのつもりだったな!!」


「何を言ってるんですか、おにーさん」


「お前のことだよ! お前がついて来てるコト言ってんだよ、真代さん!」


 僕にしては珍しいと自覚するほど、思わず声を荒げてしまった。

 ――やられた。何が『私が真代を守る』だ、あの人は。初めから分断されるのを見越してたに決まってる。

 戦闘呪術師としての登録をしていない真代でも、もちろん戦闘が認められる。戦わざるを得ないとわかっていて連れ出した辺りかなりの確信犯(誤用じゃないと思う、これは)だが、思えば出水さんが真代という戦力を遊ばせておくはずもなかった。こんちくしょう。


「……無理だけはするなよ、真代。お前に何かあったら僕は死ぬからな」


「斬新な脅しですね、おにーさん」


 後ろをついて来る真代は飄々としたものだ。

 真代は体力はないが、決して運動能力が低いわけではない。僕の後ろを平然とついて来ている。

 ……足が遅ければ、それを理由に置いていくこともできたのに。ついて来るより、そのほうが安全だろう。

 頭では真代にいてもらったほうがいいとわかっていても、なかなか納得はできないものだ。


「脅しのつもりはないよ」


 僕は言う。実際、それは本心だった。

 なんために真代と暮らしているのか――その理由を失うくらいならば。


「真代が死ぬくらいなら僕が先に死ぬからな。言っとくけどマジで」


「おにーさんが死ぬくらいなら、庇ってでもわたしが死にますからね。言っときますけどマジです」


「……わがままを言いおって」


「何がわがままですか。そうならないよう、気をつけましょうねってことです」


 ――初めから死ぬことを考えるなんてらしくないです。

 真代はそう言った。その通りだと僕も思った。

 目指すべきは最高の結末ハッピーエンドだ。それ以外の未来など、考えるだけ余分だった。


「――さて、おにーさん。少し止まってください」


 と、そんなときだ。真代がそんなことを言ったので、僕はそれに従って立ち止まる。

 彼女が言うなら、それはだということなのだから。

 さきほど、仕種しぐさ夜羽ヨハネの到来を僕よりも、出水さんよりも先に気づいたのは伊達じゃない。

 身体が弱いせいなのか。真代は、脅威というモノに誰より敏感だ。


 どれくらい走ってきただろう。

 わずかに蛇行する線路は、初めから列車が通ることを想定されていないように思える。このまま進めば、方角的には街の外に出るはずだが……さて。

 立ち止まって、少しだけ後ろにいる真代を振り返った。

 真代は僕のほうを見ていない。進む先を見据えて、それから小さく頷くと少し前に歩く。

 ちょうど、僕の一歩前へと出るように。


「――いることはわかっています。出てきてはどうでしょうか」


「驚いたな。正直、バレるとは思ってなかったよ」


 言葉と同時、人影がひとつ目の前に

 そう、まさに現れたのだ。何も存在していなかったはずの虚空がゆがみ、ひずみを帯びた空間そのものが人間のカタチを取ったかのように。なんの前触れもなく、ひとりの少年が姿を現していた。

 金髪の――ひと言で表すなら美少年と言っていい子どもだった。

 見覚えはない。この期に及んで、なんの伏線もなしに新キャラが登場するのは僕としても予想外だ。


「うん、さすがは《雪被り姫ホワイトシンダー》だ。隠形には自信があったつもりなんだけどな。参考までに、どうして気づいたのか教えてくれない?」


 くすくすと。それこそ年相応の子どものように彼は微笑む。とても愉快そうに。

 一方、僕の前に立つ真代の声音は、どこまでもつまらなそうに冷徹だった。


「わたしはおにーさんと違って性格が悪いものですから。初めからあなたたちが三人で来てるだなんて思ってなかっただけですよ。後詰め要因くらい用意してるに決まってるじゃないですか。逃げるために」


「ま、そりゃそうか。そうだよね、うん、正解だ。いると踏んで探してれば、いくら隠れるのが得意でも見つかっちゃうよね。キミも特級だし。そ、大当たりだよ。正確に言えば後詰めというよりむしろ先行で、自分が彼らを六路木むつろぎの中に案内してあげたんだけど。でなきゃこんな地下通路、彼らが知る由もないだろう?」


「ずいぶんとお喋りですね、好きになれそうにありません――が、あえて乗るなら、もともと結社側だったということですか、あなたは」


「六路木のことを市民より知ってるんだから、そういうことになるよね。それも正解。ま、そこから自分のことを辿るのは無理だと思うけどさ。はは、自分がいなくなったあとの六路木にも、キミみたいな呪術師が育ってると思うと嬉しいよ。うん、《雪被り姫》の二つ名コードは伊達じゃないってコトかな」


「さきほどから繰り返して言ってきますが、その名前で呼ぶのやめてもらえます? 恥ずかしいのですよ」


「そうなの? せっかくかわいいし、似合ってるのに……」


 心底から残念そうに表情を歪める少年。見たところ十代の前半くらいにしか見えない。振る舞いだって、外見相応のものだった。

 にもかかわらず、この脳裏を痛烈に刺す違和感はなんなのだろう。僕には目の前の少年が、一種のバケモノにしか見えない。。なぜ、こんな怪物がこんなところに現れる。

 まずい、まずすぎる。完全に想定外だ。

 この少年、下手をすると三谷さんより強いかもしれない。ラスボスを目指してダンジョンを駆けていたら、いきなり裏ボスが現れたかのような感覚だ。

 もちろんそれは感覚の話でしかない。呪術師の強さなんてものを、見ただけで判別することはできない。それでも、真代のような強者ならば、自分と同格に近い存在は察するのだろう。

 こうして話に付き合っていることが、その何よりの証明だった。


「――ま、お喋りはいいか。どうする? 自分も一応、仕事だからね。キミをここで止めないといけない」


 少年はあっさりとそんなことを宣った。

 特別指定級呪術師――鴻上真代を目の前にして。止めてみせると彼は言う。

 真代は、その言葉に首を傾げた。


「わたしだけ、ですか」


「そうだよ。自分は――いや結社は、この街の特級を決して舐めてはいないからね。キミひとりならともかく、そちらの鴻上永代くんまでふたりがかりで止めるのはさすがに難しい」


「それでも普通なら、特級呪術師に言う台詞ではありませんね。わたしはそんな肩書きに価値を見出しませんけど」


「奇遇だね、それは自分もだ。そんな邪魔な肩書きは、


 その言葉は。自分が元特別指定級呪術師であったと暴露するに等しく。

 ――さて、どうする?

 金髪の少年は笑顔で問う。僕にではなく、特級ましろに対して。


「ここから先、通っていいのはひとりだけだ。さっきの彼女みたいにして、キミも格好よく、自分と戦ってみせるかい?」


「……そうですね」


 真代は小さく頷くと、それから僕のほうへと振り返った。

 その表情は、少しだけ笑顔になっている。だから僕は言った。


「――真代」


「おにーさん」


 けれど言いかけた僕の言葉は、真代によって封殺される。

 真代は軽く肩を揺らして、僕に向かってこう言った。


「ここは任せて先に行け、あとで必ず追いつく――ですかね、お約束は。カッコいいですけど、わたしじゃさすがに出水さんほど決まりませんね、どうも」


「できない。ふたりがかりでやるべきだ。そのほうが確実だし早い」


「そんな時間があるかどうかわかりません。向こうはもう津凪おねーさんを取り戻しているんです。いつこの街からいなくなったっておかしくない」


「……それは」


「だから、おにーさんはこの場をわたしに任せて、先に進むべきなんです。津凪さんを助けてあげられるのは、おにーさんだけなんですから」


 そこまで言い切ってから、真代は小さく笑みを零した。

 僕の顔をまっすぐ見て、それがとても間抜けであったかのように噴き出している。


「――と、普通なら言うべきところなんでしょうけれどね」


「真代……」


「わかってますよ、おにーさんがそんな言葉に納得できないことくらい。そしてわたしも、そんな向こう側の思惑に乗ってやるなんて甚だ不愉快です。わたしの全ての決定権は、おにーさん以外には渡しません」


 ――ですから、おにーさん。

 真代は僕を呼び、視線を前の少年に戻して背中で語る。


「そこで見ていてください。いいですね?」


「……頼まれちゃあ、仕方ない。ずるいよ、それは」


「お約束なんて知りません。利用できるものはすればいいんです。ぽっと出のクセして、空気も読まずに強キャラ感を演出してくるような輩に付き合ってやる必要なんてないでしょう? ――要するに。足止めされなければいいということですよ、おにーさん」


「……ふうん、なるほど。そういう結論になるわけだ。面白いや」


 微笑む少年の余裕は消えない。けれど確かに、さきほどよりずっと表情には力が込められていた。

 まるで真代の選択を、彼自身が諸手を挙げて称賛しているかのように。

 その表情を、真代は正面から見据えたまま断言する。元特級の呪術師を相手に、現特級の呪術師が告げる。


「――ええ。残念ですが、あなた程度は使い捨てキャラです。一瞬でケリをつけてしまえば、それで終わりという話ですよ。二度と出てこなくて構いません」


 無論、真代にはわかっている。それはきっと、僕よりも。

 目の前の少年が、そんな言葉で片づけられるような存在ではないことくらい。

 わかった上で彼女は言う。


「秒殺します。せいぜい噛ませていてくださいね」


「かかっておいで。その覚悟に敬意を表して自分も名乗ろう。ほら、名前を名乗っておけば重要人物って気がするだろう?」


 その発言は、単に真代の言い回しに合わせただけなのかもしれない。

 少年の纏う雰囲気は、何ひとつ変わることがなかった。


「――《名無しの王国ネームレス・キングダム》幹部、倉崎くらさき真絃まいとだ。名前だけでも覚えて帰ってね、後輩」


「特別指定級呪術師、鴻上こうがみ真代ましろです。覚える必要はありませんよ、先輩。あなた程度は、思い出にさえ遺さない」


 そして、直後。

 特別指定級の呪術師同士による、刹那の戦闘が開始された。

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