1-05『夕闇を染める白』
ぐにゃり、
世界が歪むような感覚。酩酊感と浮遊感。胃の腑から込み上げるような気持ち悪さに、僕は思わずたたらを踏む。
だが実際に歪んでいるのは僕だ。
「――な、」
と、隣で
「ば、馬鹿か君は!? 自分で自分を呪ってどうするっ!」
津凪の罵倒が、僕の鼓膜を揺さぶった。けれど答えられるほどの余裕がない。
実際、彼女の言う通りではある。頭おかしいんじゃないの、と直接的に言われないだけマシなくらいだ。
「……何やってんの。最悪。期待したのに意味ないじゃん」
苛立ったように大鎌を振るう拗らせ系、夜羽の声が届いてきた。
血の気が多い、と彼らを評したのは
「もういい。こんなの殺して早く帰ろうよ」
彼はあっさり殺害宣言をすると、大鎌をすっと持ち上げるように構えた。
眼前に立つ仕種が「あ、ちょっと――」と何かを言いかける。彼女のほうは、夜羽に比べてまだしも冷静らしい。
一方、津凪は狼狽えている。呻くように歯噛みしたあと、僕を庇うように前へ出ようとした。
それを僕は、視線だけで止める。彼女を腕の中に抱きかかえたまま、《
「――どうかしましたか? まさか呪われた状態の僕が怖いわけじゃないでしょう?」
自分でも、低レベルな挑発だとは思う。こんなものに乗るのは余程の間抜けだけだ。
幸い、夜羽はその《余程の間抜け》であるらしかった。
「は? 怖いわけないだろ、死ねよ」
黒づくめの死神が、大鎌を掲げてこちらへと突貫してくる。彼の戦法は、戦闘呪術師としてはスタンダードな近接型らしい。
もちろん大鎌なんて取り回しの悪い武器を使っていることには意味があるはずだ。どうせ呪具だろう。
まっすぐに、策もなく突っ込んでくる夜羽。だから僕もまっすぐに、彼を狙って引鉄を弾いた。
「そん――」
なものは効かないよ、とでも言おうとしたのだろうか。夜羽は大鎌を身体の前に出し、盾として扱うように走ってくる。目に見えない呪いの弾丸は、さきほど不意討ちを防いだときのよう、あっさりと大鎌に弾かれる。
その瞬間、夜羽ががくりと体勢を崩した。
二発、三発と立て続けに撃ち込む。呪銃に
続く追撃は、さすがに通用しなかった。再び大鎌を盾にして防がれるが、今度は
「ああもう、言わんこっちゃないのだな!」
叫ぶ仕種には、僕が何をやったのか伝わっているらしい。僕は銃口の向きを変え、今度は彼女目がけて撃ち込んだ――が。
「うわっちょ!? 危ないのだな、もうっ!?」
効かない。弾丸は全て命中したにもかかわらず、込めた呪いは完全に消されきっていた。
纏うパッチーの着ぐるみに何か特別な呪術でもかけられていたらしい。これなら実銃を撃ち込んだほうが数倍マシだった。呪術とかホント使えない。
とはいえまあ、これで彼らの戦力はだいたい把握できた。
つまり、弾丸に込められる程度の呪詛では、まったく通用しないということがだ。
僕は頭を掻きながら、仕方なく今度は呪刀《
なんて考えつつ、腕の中から津凪を解放した。
「――ちょっとここにいて。んで、流れ弾とかには注意しててね」
「永代……君、もう動けるのか……?」
軽く呪刀を振るっていると、疑念に満ちた目で津凪がそう言った。
僕は軽く頷き、当然だとばかりに答える。その間も、銃口だけは外さない。牽制にはなるはずだ。一応。
「解呪したからね」
「自分で自分を呪って、その呪いを彼に移したのか……」
「正解。一度成立した呪いは強いからね。普通じゃ防がれる呪いでも、《
こともある、とまでは言わなかった。
反射呪詛。こんなものを使うのは僕くらいだろう。自己解呪の呪銃である白翼は、僕にかかっている呪いを弾丸として撃ち出すことができる。もちろん自分で呪術を弾にすることもできるが、もともと用途が違う上に、僕程度の呪いでは簡単に
だが、一度成立した呪いならば強度は段違いだ。
呪詛は成立する前は、《誰かを害する》という負の意思でしかない。実体のないそれは酷く弱い。だが現実に害として成立した呪詛は、その強さを途端に増す。呪いとは常に、かけるより解くほうが難しいのだ。だから防げない。
さらに言えば、僕がすでに呪われているという前提がある以上、
「君という奴は……っ! そんな綱渡り、危険すぎるじゃないか!」
あり得ないモノを見る目で、津凪は僕にそう言った。その通りだと思う。
一度でも自分を呪う以上、少なくともその間は僕の体調が著しく悪くなってしまう。自分が機能停止しないような呪いでは、たとえ相手に与えたところで意味がない。そもそも一度自分を呪って、それから解くという二度手間を挟むため、酷く効率が悪かった。
だが、そうでもしなければ僕では彼らに敵わないだろう。
――このふたり、思っていたよりずっと強い。
「生憎と、僕はあんまり呪術が得意じゃないからね。こうでもしないと、彼らに呪いを通すなんてできそうもない」
「さっきは自分で『意外と強い』とか言っていたじゃないか……」
「それはそれ。呪術師としての実力が低いことと、戦闘呪術師として戦って強いかは話が別だよ」
――僕は戦闘呪術師だ。振るう力は、目的を果たせるだけあればいい。
右手に呪銃、左手に呪刀。やむにやまれず編み出した、一銃一刀の
両手に握る武器は呪うためではなく、呪いを解くためのもの。誰かを傷つけずにはいられない呪銃でも、誰かを傷つけなければいけないだなんて思考停止はしたくない。なら弱くたって構わない。むしろ弱いほうがいい。
必要なのは守る力。傷をつけるだけの能力なんて僕には必要ない。
この世に死んだほうがいい人間はいても、死んでもいい人間なんていないのだから。
「――というわけで。戦闘呪術師、鴻上永代。参る――」
名を名乗る。憚ることなく音に乗せる。
誰かを助けるためならば、いつだって胸を張っているべきだ。
そのことを、僕は絶対に恥じたりしない。
――後悔なんて、一生しない。
呪銃を仕種に乱射しながら、僕は夜羽に向かって駆け出す。能力の見えない仕種よりも、前衛に出て戦うらしい夜羽を先に仕留めるべく僕は狙った。
仕種は銃弾を防ぐ。ただし今度は自らも呪術を使って。
「――っ!」
右手を胸に、左手を前に突き出す仕種。それを横目で確認していた。夜羽はともかく、彼女はわかっているのだろう。
別に、自分を呪うのに自分でこめかみを撃ち抜く必要なんて僕にはない。そんなことしなくても、《思う》だけでそれは為せる。当然だ、だって僕は自分の呪いに抵抗なんてしないのだから。
それでもあえて見せたのは、ひとつの作戦でしかなかった。生憎、何も考えない夜羽には逆に意味がなかったようだが、仕種は全て防ぐしかなくなっている。
少なくとも着ぐるみに自動でかかっている程度の防御ならば、おそらく貫けるからだ。反射呪詛の弾丸か、それとも単なる弾丸か、彼女は見抜くことができない。
そちらを銃で牽制しつつ、僕は夜羽に呪刀で斬りかかる。呪刀とはいえ所詮は
そして近くにいる以上、仕種も夜羽を援護しづらい。弄せるだけの小細工を僕は弄する。
「――ぐ、くそ、最悪だ……!」
夜羽が大鎌を振るう。《
だから身を低くしてそれを躱すと、僕は夜羽――ではなく、彼が持つ大鎌を斬りつけた。
硬質な、金属のぶつかる異音。響くそれに、夜羽は腹立たしげに大鎌を返す。その斬撃を僕が身を引いて躱す。そしてまた大鎌を斬りつける。
刃零れしそうな強度だが、壊れるほど力を入れていない。
「何、を――して」
「攻撃してるんですけど。え? 見てわかりません?」
「馬鹿にするなあっ……!!」
煽りながら繰り返す。強大な力に上から押し潰されているような重圧を感じているはずの夜羽は、だが膂力だけで僕を上回っていた。呪詛がなければ、とてもじゃないが接近戦などできない。細身の夜羽からは信じられない筋力をしている。
それでも、動きが悪くなっていることは事実だ。夜羽の攻撃を躱し、呪具で斬る。それを繰り返す。
最初に気づいたのは仕種だった。
「――夜羽、馬鹿! 奴のナイフを受けすぎるななのだな!」
「もう遅いと思いますよ」
と僕。跳び退るように距離を取って、夜羽を遠くから見据える。
夜羽には特に影響がない。僕では彼を呪えないことが初めからわかっている。
「呪ってるんじゃない、奴は解呪してるのだな――夜羽の大鎌を!」
その通り、などとは答えない。だが当たっていた。
そう。呪具が《誰かを呪う武具》なのは、あくまで結果論でしかない。それこそ昨日のストーカー氏と同じ。
呪われた道具だから、その呪いを周囲に撒き散らしているだけのことでしかなかった。
ならば単純だ。呪具が呪われた道具であるのなら、その呪いを解呪してしまえば効果を失う。
大鎌。《
もちろん、モノにかけられた呪術を解くのは、ある意味でヒトにかけられた呪術を解くより難しい。だが解呪刀である《
そうなれば夜羽はもう、ただ鎌を持っただけの病人でしかない。
それでも危険と言えば危険ではあるが、結局はその程度でしかないのなら対処法はある。
「……あと二分。仕方ないのだな、これは」
大鎌を持ったままこちらを睨む夜羽を尻目に、仕種が小さく呟いた。
「正直、あんまりやる気なかったけどなのだけど。このままじゃ夜羽が負けそうだし、うん、仕方ないのだな」
「…………っ」
その瞬間、背筋を怖気が貫いた。このままではヤバいという直感だけが脳裏を駆け抜けていく。
妙な話し方を気にしている余裕なんてなかった。
僕は失敗したらしい。夜羽ではなく、初めから仕種のほうを狙っておくべきだったか。
彼女が、被っていたフードを取り払った。その下から現れた童顔に表情はなく、年齢を感じさせない冷徹さが張りついていた。
「――わたしは人形」
呟く仕種。彼女は自分の人差し指で、自らの胸を軽くついた。
その直後に僕は喀血した。
「が――、ぶっ!?」
血を吐きながら、それでも僕は咄嗟に《
だが。夜羽は今度、大鎌の腹ではなく刃で、その弾丸を受け止める――不可視の弾丸を切り払ったのだ。
――駄目だ。斬られた弾丸は、おそらく効果を発揮しない。
そして呪いは払っても、呪いで傷つけられた僕の内臓が回復するわけではない。
「――、」つぅ。
と、仕種の口からわずかに血が流れだす。僕の吐き出した量に比べれば微々たるものだが、それでも赤が彼女の顔を汚していた。
彼女が何をやったのか、僕には容易に知れていた。それは呪術師なら誰もが――いや、呪術師でなくとも知っているほどに
「……丑の刻参り、ですか……」
僕の呟きに、血に汚れた唇を歪めて仕種が答える。
「そうだよ。この国では最も有名な《類感呪術》。わたしの傷は、拡大解釈されてあなたに返る。わたしとあなたは
「……いやいや。充分、あり得ないほどすごいと思いますけどね……っ」
類感呪術。似ているモノは影響し合うという、呪術においてあまりにも有名で基本的な考え方。
戦闘呪術師は本来、そういった呪術らしい呪術をほとんど使わない。それらは簡単に防がれるし、何より戦闘の中で使えるほど単純なものではないからだ。
逆説――それを容易に為す彼女の実力は、おそろしいまでに高度であると知れる。
着ぐるみを着ているのは、なるほどそれが理由だったわけだ。自分を人形に模したということ――人形が傷つけば人も傷つく。そういう概念。
奇特な喋り方も、人形としての自分と本来の自分を区別するものだと考えれば納得がいった。現に今は一人称すら少し違う。
だが、その程度で呪術師を呪えるなんて本来はあり得ない。
「――ぐ、」まずい。
あまりにもまずかった。足がふらつく。下手をすると心臓になんらかの傷をつけられた可能性さえある。
まあ、その場合は即死コースすらあり得たため、実際には《胸に傷》という概念だけを貼りつけられたのだろう。それが現実に影響を及ぼした――これはそういう呪術だった。
「あと一分。――夜羽、ここで終わらせるなのだよ」
妙な話し方に戻った仕種が、夜羽に向かって告げる。
夜羽は頷き、大鎌を構えると言った。
「ああ――最悪だ。まったくいいとこなしじゃないか……格好悪い……死にたい……」
「舐めて呪具を初めから使わないからなのだな。使ってれば、夜羽のほうがあたしより強いのだな」
「……うん。そうだね、最悪だ。だから最後は
その言葉に僕は身構える。だが夜羽はその場から動かなかった。
ただ、その大鎌を後ろへと引く。溜めて、その場を刈り取るような姿勢で。
――これ、このままだと本当に死ぬかもしれないな……。
僕は両腕に持っていた銃を、刀を手放して地面に捨てる。びくり、と津凪が震えた。
その表情を僕は見る。彼女は怯えたようにこちらを見ているだけで、口を開いたのは仕種だった。
「降伏なのだな? それともそれに助けを求めてるなのだな? だとしたら、それは意味がないなのだな」
「……」
「それには何もできない。何も知らないし、何も知らされてないし、戦う力だってまったくないのだな。それは使われるだけの道具で、道具に自分から何かを為すなんてできないのだな」
「――は」
と、その言葉に僕は笑った。そんなことは知ったことではない。
「僕は助けを求めない。どんな状況でも、自分でやったことの責任は自分で取ると決めている」
「それで死んだらどうするのだな。それとも、この状況から逆転できる方法があるのだな?」
「知ったことじゃないよ、そんなこと。僕は津凪を助けると決めた。最後までそうするだけのことだ。――たとえ、どうなったとしても」
「……理解できないなのだな」
首を振る仕種。僕だって別に理解されようとは思っていない。
そんなものだろう。僕が通す我は、僕だけがわかっていればそれでいい。そう思う。
「もういいのだな――夜羽。もう終わりにするのだな」
仕種が告げた。幕を下ろすように。
だが、その言葉に答えはない。夜羽は動かなかった。
――否。動けなかった。
「……? 夜羽――っ!?」
「――いやまったく本当ですね。理解できないですよ、まったく。というか理解したくないです」
その声を発したのは僕じゃない。津凪でもなかったし、仕種でも夜羽でもなく、もちろん三谷でもない。
高く響く鈴のような、透き通る声音だった。だが僕にはその声が、怒りに震えているとわかる。
「できればもっと言ってやってほしいくらいです。なにせ自分の生き方が歪んでいると信じ切っている男ですから、その歪みに誰かを巻き込むのを病的なまでに厭うんですよ。本当、面倒臭いおにーさんです」
白い少女がそこにいた。
果たして、いつの間に現れたというのだろう。公園の奥側から、静かに少女は歩いてくる。
鴻上真代が。
顔に満面の笑みを浮かべて――つまりは最高にキレた状態でそこにいた。
「とはいえ、まあ。そんなおにーさんでも、一応はわたしの
「……なんか今、とんでもないルビを振らなかった?」
「しゃらっぷ。黙りなさいですよ、おにーさんは。初めからわたしを呼んでおけば、こんなことになるはずなかったというのに――わたしを巻き込みたくないとか宣うなら、こんなことに初めから首突っ込むなってんです。そういうとこホント嫌いなんで、あとで教育的指導をマジ覚悟しろですよ、いいですね?」
「はい……」
頷くしかない僕だった。実際、こうやって助けられてしまった以上は言葉もない。
二日続けてこのザマである。真代はもう完全にキレたと思っていい。キレた真代は誰より怖い。
「――五分です。どうやらここまでですね」
と、真代の現れた方向と逆側から、さきほど立ち去った三谷が戻ってきた。
彼は頭を掻きながら、なんだか疲れた表情をしてこう告げる。
「引き上げますよ、仕種。夜羽。――というわけですから、どうかふたりを解放してやってはいただけませんか?」
「……いきなり現れて勝手言いますね?」
「貴方とて、そう簡単に戦っていい立場ではないでしょう? 影踏み――この状況でふたりを動けなくする呪術はお見事ですが、貴方はそう簡単に戦いの場に出られる体力がない。別に含むところもありませんので、どうか手打ちとはいきませんかね?」
「……わかったんですか。そうですね、ならこちらもわかりました」
一瞬の間があってから、真代は静かに頷いた。
それから一歩横にずれると、途端に硬直していた夜羽と仕種が動き出す。
「賢明で助かります。さて、帰りますよ」
軽く笑うと、三谷がふたりにそう言った。
なんの警戒もしていないような、どこから見ても自然体の男である。
それは、確かに異常な光景ではあった。
「でも――」
三谷の言葉に反駁する夜羽。納得がいっていない、という感情があからさまに出ていた。
だが、三谷は静かに首を振るだけだ。そして静かにこう呟く。
「約束は、守りましょう?」
「――う」
「そろそろ結社の呪術師たちが到着しますからね、時間切れです。それにどの道、ふたりでは彼女に勝てませんよ。そうでしょう、《雪被りの姫》?」
「知ってるんですか、その名前」
「さすがの私も、敵地のことくらい調べてから乗り込んできますよ」
「……」
「ええ、もちろん。――この街にただ六人だけの特級呪術師の存在を、知らないはずないじゃないですか。そうでしょう、鴻上真代さん?」
その言葉に、息を呑む声がいくつかあった。
だがそれは事実だ。彼女は紛れもなく呪術師の頂点に君臨する存在。出水さんと同じ――六路木にただ六人だけの特別指定級呪術師。
その病弱な身体さえ健康なら、僕なんかより遥かに多くの人間を救っているだろう。
「また来ます。――今度は素直に、彼女をこちらに返却してくださいね。何度も言いますが、我々は結社とコトを構えたいとは思っていないんですよ。今回は彼らの独断ですし、お灸は据えられたようですからね。そちらの言い分もあるでしょうが、こちらも所有物を盗まれているんですから。おあいこということでお願いします」
――それでは。
と、言うだけ言って三人は公園から出て行った。その気配すら残さずに。
街に張られた結社の結界を、完全に誤魔化して侵入したのだ。逃げることくらいは容易だろう。
「……っ」
直後、張り詰めていた緊張の糸が切れたみたいに、ふらっと真代がよろめいた。
僕は慌てて駆け寄り、真代を抱き止める。汗の浮かんだ顔で義妹は僕を睨みつけると、
「……わたしよりよっぽど重傷のくせしてセクハラとはいい度胸です」
「そこまで言う?」
「言い足りてません。妙な気配を感じて、まさかと思って来てみれば案の定じゃないですか。連絡くらいしてください馬鹿じゃないんですか本当に」
「ごめん。ありがとう」
「……他人の感謝は受け取らねーくせにこれですよ……。はあ、まあいいです。甲斐甲斐しいおにーさんに免じて、今日のところは説教あと回しで許しましょう」
「あとで結局は怒られるんだ……」
「当たり前です、馬鹿おにーさんめ。一回死んでその馬鹿を治したらどうですかってんです」
「……死んで治るなら死ぬとこだけどね」
僕は肩を竦め、それから津凪に向き直る。
津凪は黙りこくったまま、感情のない表情でただ俯いていた。
真代が言う。
「とりあえずは、いったんおうちに帰りましょうか。結社にはあとで話しゃーいいです、面倒ですし。あとなんでまだおにーさんが津凪おねーさんといっしょにいるのか聞いてないですし」
「ああ……そうだ。なんかいろいろあって、しばらく津凪と一緒に暮らすことになったから」
「端的に死ねです」
「だそうだから、僕が死なないよう、津凪もいっしょに説得してくれる?」
「――えっ?」
名を呼ばれ、そこで初めて気がついたという風に、津凪がびくりと肩を震わせた。
明らかに様子がおかしいことには、僕だってもちろん気づいている。
だが、それをこの場で言ったところできっと意味はないだろう。そのことも僕にはわかっていた。
溜息をついて、場を執りなすように真代が呟く。
「――とりあえず、帰ってごはんにしましょう。今日は腕によりをかけますから、おねーさんも楽しみにしててください」
津凪は、頷くだけでそれに答えた。
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