1-04『変人の襲撃』

 僕と津凪つなぎは、揃って自宅アパートの近くにある公園まで戻っていた。

 六路木むつろぎ駅前の繁華街から、徒歩でおよそ四十分ほど。住宅街の一角に位置する小さな公園だ。

 人の姿はない。だが場所が場所であるため、騒ぎになれば近隣住民がすぐ気づくだろう。六路木に住む者ならば、何かあれば真っ先に結社へと通報してくれる。

 そうでなくとも、僕はすでに携帯電話を使って出水いずみさんたちに連絡を取っていた。場所は伝えてあるから、いずれ応援が派遣されてくるはずだ。


『――もっとも今回は、個人的な伝手を使わざる得ない。あまり期待はせず、自力で対処できるよう心がけろ』


 電話越しに出水さんはそう言っていた。

 津凪の情報を、彼女が個人で止めているからだ。《名無しの王国》に敵意を持つ呪術師は、この街だと特に多い。結社が津凪を守ってくれることはないだろう。

 だから僕が個人的に、彼女の護衛を勤めなければならなかった。


「心当たりは?」


 公園の真ん中に立ったまま、僕は津凪に訊ねる。

 彼女は小さく答えた。


「間違いなく、王国からの追手だろう。逃げ出してきたぼくを、連れ戻すために派遣されてきたんだ」


「……なるほどね。いやまあ、ほかにないとは思ってたけど」


 とは言ってみたものの、実のところ少し意外だった。

 脱走したとはいえ、所詮は一介の呪術師に過ぎない津凪にわざわざ追手が派遣されるとは思っていなかったのだ。替えならいくらでも利くのだから、そんな手間をかける必要はないだろう。本来なら。

 それでも追手が来たということは、つまり。


 王国にとって外部に漏らしてはならない情報を津凪が握っているか。

 あるいは、津凪自身が王国にとって替えの利かない呪術師であるかの二択だ。


 僕は黙って待つ。誰かがこちらに接触してくるのを。

 ――人影は、やがて静かに現れた。

 まるで散歩にでも来たかのような気軽さで、公園の入口から普通に歩いてきた。


「いやあ、どうも。話が早くて助かりますよ本当」


 現れたのは、四十代くらいの冴えない中年男。春先には少し暑いだろう、くたびれたコートを纏っている。

 うだつの上がらない窓際族のサラリーマンだと紹介されれば、僕は信じたかもしれない。細身で、まるで枯れ木のような印象を与える男だった。へりくだるように腰を曲げ、片手で頭を掻いている。

 それが演技には見えなかった。


「迎撃するでも罠にかけるでもなく、話し合うためにここを選んでくださった。その判断力に敬意を表します」


「いえいえ。デートの出歯亀なんて趣味が悪いと、ひと言文句を言ってやろうと思っただけですからね」


「ああ、それは申し訳ありません。私としても、若い人の逢引を邪魔するのは心苦しかったのですが……なにぶん、こちらにも事情はありまして。誠に勝手ながら尾行させていただいた次第です」


 申し訳なさそうに頭を掻く中年男。ことが、逆に不可解だった。

 肩を竦める僕。本当に勝手な話ですね、と態度で示した。

 へこへこと恐縮しながらも、男はこちらを真っすぐに見据えて続ける。


「おわかりとは思いますが。王国所属の呪術師――三谷みたに秋生しゅうせいと申します」


「……初めまして。戦闘呪術師、鴻上こうがみ永代えいたいです」


「これはご丁寧にどうも。鴻上さん。生憎と名刺などは持っておりませんが、以後お見知りおきをお願いします」


 あまりにも普通すぎる名乗りに当てられ、そのまま普通に返事をしてしまった。

 毒気を抜かれた、とは言わない。外見など当てにはならない。ただ、それでも意外ではあった。


 そもそも僕は、こんな事態に陥るなんてまったく考えていなかったのだ。

 津凪を信用したのではなく、これは出水さんを信用しての判断だ。

 もしもそういう、何かが津凪にあるのなら、それを出水さんが見過ごすとは思えなかった。あのとき――津凪が裸に剥かれ、僕が部屋を出たときのことだ。

 出水さんは津凪を調べたはずだ。本人が隠している事情でも、あの人ならきっと割り出す。そもそも裸に剥かれたこと自体、かけられている呪術を探るという以上に、何かを隠し持っていないか探られていたのだろう。

 物理的な意味でも、精神的な意味でも。


 その出水さんが何も言わず、僕に世話を任せたという時点で、津凪は本当にの呪術師だと判断した。そう判断したのであろう出水さんを信じた。

 あとは一定期間、津凪の周りでを確認すればそれでいい。僕は津凪の護衛だが、同時に津凪を見張る役目を負っていたわけだ。だから出水さんも、津凪と僕を同棲させようとした。

 その考えは、けれどどうやら誤っていたらしい。


「……なんのご用でしょう? 王国所属の呪術師が六路木に入るなんて、それだけで危ないですよ」


「ご心配には及びません。六路木の結界のことは存じておりますし、いざとなれば仲間もいっしょに来ていますからね。もちろん結社とコトを構えるつもりもありませんよ。用事さえ済めば出て行きます」


 なんのつもりで言っているのか。三谷はそんな風に語った。

 気になる部分は多いが、呪術師なんて大半が嘘つきだ。言葉尻などいちいち捉えてはいられない。

 だから、端的に用件だけを僕は訊ねる。


「そのご用事とは?」


「結社に、我々からメールが届いてはいませんか? 呪具を取りに伺う、と」


「……らしいですね。本物かどうかは疑わしいと聞いていましたが」


「本物ですよ。なにせ送ったのは私です」


「…………」


 なんであんなメールを、と一瞬だけ思ったが、考えてみれば上手い手かもしれない。

 結社本部はあんな電子メールを信じまい。だが少なくとも《名無しの王国》という組織を知っている時点で、送り主が呪術師である可能性は高い。一般に知られている名前――そもそも名前ではないのだろうが――ではなかった。ならば結社所属の戦闘呪術師には、その存在が一応は知らされるだろう。

 そして、そのメールを送ったことを、津凪と接触している人間に伝えれば信憑性は一気に上がる。結社が動く前に僕に接触する、という前提での話にはなるが、難しいことではない。

 こうして、街の中に入ってしまっている以上は。


「……しかし、そう言われましてもね」


 肩を竦めて僕は言う。話の主導権を握られるのは避けたかった。

 まあ、たぶん難しいとは思うが。


「少なくとも僕は、それらしい呪具の存在なんて知りません。津凪もそう言ってましたよ?」


「……彼女の言うことを信じたのですね」


 ちょっと意外そうに、三谷が目を細めて言った。想定していない返しだった。

 三谷は片手を顎に当てて、考え込むような仕種で続ける。


「いえ。正直、彼女を見つけるのは結社の人間だろうと思っていたもので。今日一日、ずいぶんと楽しめたんじゃないですか?」


「…………それは今、関係のある話なんですか」


「すみません。単なる感傷ですので、特にお気になさらず」


 ちら、と僕は横合いに立つ津凪を盗み見た。彼女は顔を伏せていたが、その表情には感情がない。

 まるで無表情。悲痛でも沈痛でもなく、ただ貼りつけたような無表情を保っている。左手が右腕の袖を二の腕辺りで掴んでおり、そのままの形でほとんど棒立ちになっている。

 首を振り、僕は視線を三谷に戻す。

 三谷は温和な笑みを浮かべ、僕に向かってこう告げた。


「別に、話を誤魔化したわけではありません。というよりも、誤魔化しているのは貴方のほうだ」


「……なんのことですか?」


「もうお気づきなんでしょう? 彼女がどこまで話したかは知りませんが、たとえ何も聞いていなくたって状況からわかるはずだ。違いますか?」


「――……」


「我々が取り返しに来たとは、ですよ」


 ――そんなことだろうとは、もちろん僕だって思っていた。

 望まずして呪術師になった人間が――望まずして呪術師にされた人間がいる。高い適性から強要されるか、

 逆坂津凪は後者だ。そのことに、気づいていなかったと言えば嘘になる。だから僕は問わなかった。

 同い年の男の子と街を歩くのは初めてだとか。ラーメン屋にも、ゲームセンターにも入ったことがないとか。そこまで言われて、気がつかないほうがどうかしている。


 呪術の才能を、ひと口で表すことは難しい。

 ひとつの呪術を高い練度で修得することはもちろんのこと、ほかの誰にもない呪術の適性を生まれ持つことや、あるいは呪術に対する抵抗力も上げられる。

 一般に、呪術への抵抗力とはのことを言う。ストーカー氏の呪術を無意識で抵抗レジストした出水さんがわかりやすい例だろう。

 だが、それだけじゃない。

 呪術には、という意味での抵抗力もあった。


 おそらくだが、津凪はそういう意味合いでの呪術抵抗力が高かったのだろう。

 ずっと呪術に晒され続けると、やがて呪いという概念に――人間の悪意と害意と敵意と殺意とあらゆる負の感情をないまぜにした地獄のような渦に親和性を持ち、新しい呪術の才能を発現することがある。

 そういう意味で創り出された、ヒトの形をした呪いの道具。

 それが、逆坂津凪という少女の正体だ。


「――話の早い鴻上さん。どうか、彼女を


「……、……」


は、私たちに必要ななのです」


 片手をこちらに差し出して、三谷はそう僕に言った。

 三谷にとって、逆坂津凪は人間じゃない。逆坂津凪とは道具の名前だ。その所有権はこちらにあるのだから、持ち主にきちんと返すべきだ。奴の言葉はそういう意味だ。

 だから、僕は答える。


「ええ。返していただけないですよ」


 しれっと、そう即答する。その言い回しは日本語として間違っていたが、何、皮肉だと思えば問題ない。

 隣に立つ津凪が、びくりとわずかに身じろぎした、気がする。それを無視して僕は続けた。


「理由はひとつ。彼女はこの街に逃げてきたと言いました。あなたにとって彼女は道具かもしれない。でも僕にとっては――この街にとっては違う。この街で、呪術師はひとりの人間です。その助けを僕らは無視しない」


「……そんな義理が貴方におありだと?」


「義理がどうこうの問題じゃないんですよ。別に見返りを求めてるわけじゃない――むしろ見返りなんて貰ったら、僕は死ぬかもしれませんね」


 割と本気で、洒落にならない発作を起こすかもしれない。

 ただ、そんなことは知らないだろう三谷には通じなかったようだ。彼は目を細めている。


「助力を求められたのなら、それに応えるのが僕という呪術師の在り方です。ただそれだけですよ。事情も都合も何ひとつ関係ありませんね。ええ、だからよく覚えて帰ってください。――


「…………」


「その意志に逆らうというのなら、お相手するだけのことですよ」


 そこまで言い切って、僕は隠し持っていた拳銃型の呪具――呪銃《白翼カラス》を抜き放つ。

 それを、けれど三谷に突きつけることまではしない。

 奴だって馬鹿じゃないはずだ。結社のお膝元であるこの六路木で、呪術戦闘に踏み切るには相応の覚悟がいる。僕が応援を呼んでいることくらい、尾行つけていた奴なら気づいているはずだった。

 というか、それを知らせるために僕は電話を使ったのだし。ほとんどブラフで、実のところ応援が間に合うかどうかかなり怪しいとしても。


 戦闘呪術師ってのは、別に私兵団とかではないのだから。

 どちらかと言えば傭兵に近く、有事だからといってそう人数を確保できたりもしない。そもそもの絶対数が少ないということもある。

 クリーンな組織であるところの結社では、たとえ所属の戦闘呪術師だろうと危険な仕事を社員――そう、社員に強制させることはできないのだ。少なくともそういう建前はある。さすが日本だ、平和でいい。


「……なるほど。それは困りましたね」


 どう考えているのかはともかく、実際に困ったような表情で三谷は言った。

 古びた茶色のコートがわずかにはためく。その一瞬、


「――――!」


 僕は背後に向き直り、呪銃を思いっ切り発砲した。

 乾いた音が空気を震わせた。

 身を硬直させる津凪が視界に映る。その一切を構わず僕は彼女の手を握り、


「わっ……!?」


 問答無用で、彼女を自分の近くに抱き寄せた。


「悪いけど動かないで、津凪」


「――うわあ、最悪」


 と、割と嫌なタイミングで僕を批判する声が飛んだ。

 けれどそいつは、果たして僕のことを見ているのだろうか。


「最悪。最悪だよボク、もう本当に最悪。話は長いし突然撃たれるし。ああもう呪わしいなもう、もうもうもう!」


 気味の悪い男――男だよね? たぶん男が立っていた。

 僕よりも、歳はおそらく下だろう。見たところ中学生くらいの少年といった感じだ。肩口を越すほどの長髪は薄い紫色で、童顔というか、美少年然とした綺麗な顔立ちをしている。

 ただ、その瞳は濁り切って死んでいた。趣味の悪い、何かの衣装なのかと疑うような黒ずくめと――そして片手に巨大な鎌を持っている。銃刀法違反とかいうレベルじゃない。

 ありていに言うならば。

 それは、死神のコスプレといったような感じだった。


「……三谷さん? 突然襲ってくるとか本当、真摯な振りして呪術師らしい」


 僕は言う。背後から突然襲ってきた謎の少年を、僕は銃で牽制している。

 挟み討ちの形だった。咄嗟に津凪を引き寄せ半身になり、どちらにも警戒できる体勢は取ったが、状況がいいとは言えないだろう。


「いや、まあ私も呪術師ですからね。必要とあらば卑劣な手段もそりゃ選びますけれど――今回はこれ、私のせいではないんですよ。私は本当に、この場でコトを荒立てるつもりはなかったんです」


 答える三谷さんは、その言葉の通りさきほどの瞬間、こちらに攻撃してくることはなかった。

 彼がどれほど戦えるのかは知らないが、それくらいのことはできたはずだ。やろうと思えば。


「んじゃやっぱり、このV系を拗らせた厨二病みたいなの、お知り合いですか」


「……V系を拗らせた厨二病……」


 三谷さんが、わずかに俯いて肩を震わせた。なんだかウケたみたいだ。やったね僕。

 などと冗談のように言っていられる余裕は当然にない。どころか状況は、さらに最悪のほうへと進む。

 今度は正面からだった。

 またひとりの人間が姿を現す。少女だった。


「やー、お兄さん面白いことばっか言うのだな! さっきから隠れて聞いてたけど、もうあたし、笑いを堪えるので精いっぱいだったのだな?」


「……そんな面白い口調で、そんな面白い格好した子に言われたくはないなあ」


「え? あれ、可愛くないのだな?」


 現れた少女は、ひと言でいうなら着ぐるみ姿だった。

 もうひとつ言うならパッチーの着ぐるみだ。もしかしてこれは高度な精神攻撃だろうか。

 だぼだぼの着ぐるみを纏う少女。小柄なことから、おそらくは先ほど少年と同じくらいの年齢――たぶん中学生とかだろう。学校に通っていればの話だが。

 さっきの少年並みに死んだ目をしたパッチーフードの下から、わずかに覗ける髪は茶色に見える。たぶんさっきの少年よりは短そうだ。円い双眸が爛々と輝いていた。


「それで、君も?」


「あたしは時原ときはら仕種しぐさというのだな! そっちのは佐藤さとう夜羽ヨハネっていうのだな」


「ああもうどこから突っ込めばいいのかわからない」


 三谷さんは地味なのにお前らキャラ濃いなとか、その喋り方じゃ肯定か否定かわかんないよとか、ていうか語尾でキャラづけしてくるのやめてとか、あと少年のほう苗字は普通なのに名前がキラキラしすぎだろとか、死神じゃなくて聖人なのかよとか、いや本当になんだこの状況。

 あれか。《名無しの王国》というのは、実は芸人の養成所とかなのか。そりゃ津凪も逃げ出したくなる。だって完全にキャラが負けている。


「……最悪だ」


 さきほどから俯いてぶつくさ呟く、大鎌を所持した少年――ヨハネくんが言う。

 なんだか、さっきより輪をかけて絶望的な表情をしていた。


「長い話に耐えられなくなって出てきたのに……ボクはいいことをしたはずなのに……」


 それはどうだろう。


「……なのに、どうしてボクの恥ずかしい名前が暴露されなくっちゃいけないっていうんだ! 最悪だよッ!!」


「あれ、なんかダメだったのだな?」


 鎌を振り回すヨハネくんだった。ヨハネくんじゃなくて佐藤くんと呼んであげたくなる。

 ……なんなんだよもう。めっちゃ気にしてるじゃないか。やめて差し上げろ。その気持ちは少しわかるぞ、僕。

 救いを求めるよう、僕は三谷さんのほうを見た。仮にも敵に救いを求めてどうするという話だが、僕が助けを乞うのは非常に珍しい事態だと思うので諒とされたい。


「――ああ。えっと、ご心配なさることはありませんよ、鴻上さん」


 ふっと笑って三谷さんは言う。


「鴻上さんも割とすごい感じになってますから。片手に拳銃持って女性を人質に取るとか、もうその時点で悪役風のキャラ立ってますから。なんなら羨ましいくらいだなあ。私ほら、影薄くって」


「そういう話じゃないんですけど」


 いや、確かに傍から見たら、僕のほうが悪役みたいな格好になってるけど。

 津凪を抱き寄せて「動くな」とか言ったからな……。それも片手に拳銃を持って。

 口角を引き攣らせる僕に、三谷さんは首を振ってこう続ける。


「いえ、本当に評価しているんですよ。フリーの呪術師だというお話でしたが、咄嗟に彼女をとする判断力、その若さで大したものです。だからふたりも動けない」


「…………」


「楽な仕事だと思ったのですが、これは困りましたね。――まあ、仕方ありませんか。五分ですよ!」


 と、最後のひと言を、三谷は僕ではなく仕種とヨハネとかいうふたりに向けて言った。

 五分間。その間に僕を殺して、津凪を取り返せという意味だろうか。


「それ以上は難しい。私は逃げ道を確保してきますから、ふたりでどうにか彼を倒してください。――難しいとは思いますけれど」


「……三人がかりで仕留めないんですか、僕を?」


「私、そういうのってんですよね。どの道、今日で全てを決めるつもりはありませんでした。そのふたりの血の気が多いのは――もう、私だってこれ予想外なんですよ。隠れててって言ったのに、どうして出てくるかな……」


 本当に面倒そうに言いながら、現れたときと同様の自然さで三谷はそのまま公園を出て行ってしまう。

 残されたのは僕と津凪。そして仕種とヨハネのふたり組。

 数の上では対等だ。だがさきほどから、津凪の様子がおかしかった。まるで怯えたように、彼女は僕の腕の中で震えている。僕のセクハラに怒っているわけでなければ――、


「……津凪、どうかしたの?」


「もう、いい。ぼくのことを解放しろ、永代」


 彼女は力なく首を振る。諦めたみたいに。


「あのふたりは――駄目なんだ。王国でも上位の強さを持つ戦闘呪術師だ。勝ち目がない」


「……だろうね。変人の呪術師はだいたい強い」


 決して冗談でも笑いごとでもない。呪術師とはそういうものだ。

 ふざけたように見えるということ自体が、ふざけていても平気なだけの実力を示している。

 あるいはあのふたりにとっては――ふざけてさえいないということ。


「ただまあ、僕も変人の知り合いは少なからずいるからね。対処法は知ってるつもりだよ」


「そんなことを言っている場合か! 冗談じゃないんだぞ、本当に――永代が殺されてしまうかもしれない。駄目なんだよ、んだ……っ」


 言い募る津凪。この状況で、彼女は僕の身を案じてくれている。


「……かもね。でも」


 それでも、僕は津凪を守ると決めている。

 彼女の望みを叶えると。決めた以上は曲げられない。たとえ死んでもそれは変えない。

 それが、僕という呪術師の在り方なのだから。

 望むか望まないかなんて関係ない。そんなことを迷っている暇はない。守ると決めたならやるだけだ。

 だから僕は駄目なんだろう。出水さんにも真代にも、そのせいでいつも迷惑をかける。

 それでも、告げる言葉はひとつだけだった。


「――大丈夫だよ、津凪。大丈夫。君の望みはきっと叶える」


「君は……本物の大馬鹿だな」


 悲しそうに、津凪は笑った。僕も笑う。


「そうだね、そう思う。誰だって僕を馬鹿だと言う」


 偉そうな態度を取りながら、誰かを守るだなどとご大層なお題目を平然と口にする。

 そういう奴は、得てして嫌われるものだ。正論しか口にしない人間など、誰かに好まれるはずがない。


「でも馬鹿だって、開き直って突き通せば意味は生むさ。自分の望みすら口にできないような奴に、僕は何を言われても気にならないね」


「……永代」


「それに、もうひとつ言っておこう。――そっちのふたりにも」


 牽制のための銃口をあえて前方から外す。代わりに自分のこめかみに、自分で銃を突きつけた。

 ふたりの表情が変わる。それは津凪も同様だった。

 だが何かを言われるよりも先に、僕は行動を開始する。


「――僕だって、意外とそれなりには強い」


 同時。自らのこめかみを、僕は自分で撃ち抜いた。

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