1-02『迷子の子犬を拾った責任』

 唯物結社カンパニー本社ビル。六路木で最も背の高い建物がそれだ。

 一見して、それはごく普通の――よりはちょっと大きなオフィスビルでしかない。二回見ても変わるまい。

 呪術の元締めとはいえ、あくまで企業、株式会社だ。特に変わった何かがあったりはしなかった。

 実はここ、一般向けに危険性のない呪術抵抗のお守りなんかを販売している。売れ行きは上々らしい。


「……言うても、さて、どうすりゃいいんだかなあ」


 ビルの前に立って僕は呟く。後ろに立つ津凪が首を傾げて、


「どうかしたのかい?」


「いや、ビルまで連れてきたはいいけどさ。いったいどの部署に連れてけばいいんだろうと思って」


 いくら嘱託の戦闘呪術師とはいえ、所詮は所属なしのフリー。普段は高校生だ。

 いきなり現れて「代表に会わせてください」なんて言えるわけもないし、そもそもどのレベルの話なのかがいまいちわからなかった。下っ端で処理できる案件……なのかどうなのか。謎だ。

 だから、悩んでいたところに助け船が現れたことは、正直かなり助かった。


「――永代じゃないか。そこで何をしている?」


 声は背後からかけられた。人通りの多い表通りなので、別に珍しいことじゃない。

 聞き覚えのある声に僕は後ろを向く。津凪も、それに倣って振り返った。


「入口の前でぼうっとしているな、通行の邪魔だ。というかお前は学校じゃないのか?」


 説教じみた声。その通り、彼女はとても説教が好きだ。尼かよと思う。

 それが僕は嫌いじゃなかった――というより、彼女のことを好んでいるのだと思う。僕を対等の個人として扱ってくれる大人で、何より僕と真代にとっては恩人だから。

 そうか、ちょうどこの人の出勤時間だったか。


「――どうも。おはようございます、出水いずみさん」


「ああ、おはよう」


 そのときだけは朗らかに、笑顔を見せながら挨拶をくれた。

 目つきがキツイ系の美人なのだが、こうやってときおり見せる柔らかい表情に落とされる男は多いらしい。瀟洒と言える腰ほどの長い茶髪を、優雅に流す格好が実に様になっていた。黒のライダースーツも決まっており、美しいというか、いっそ格好いいと言えるような人なのだ。


「昨日はお疲れ。感謝は言わないでおくが、ひとつ借りにしておいてやる」


「……えっと、はい?」


 唐突なその感謝に、僕は思わず首を傾げた。昨日、出水さんと会った覚えはない。

 感謝の言葉で僕が発作を起こすことを、出水さんは知っている。だから言葉では告げず、別の面で融通を利かせてくれることがたまにあるのだが、しかし今回はそもそも思い至ることがなかった。


「なんだ。聞いてなかったのか、お前」


 少し驚いたように目を見開く出水さん。疑問する僕に彼女は続けて、


「昨日の深夜の一件。呪詛返しで狂ったストーカーを助けたのはお前だろう?」


「……それはそうですけど。ああ、てことは?」


「そのストーカーに目をつけられていたのは私だ。咄嗟に返してしまって、仕方なく結社に連絡をな」


「……そういうことだったんですか……」


 まったく面倒なことになった、と出水さんは渋面を作る。

 一方の僕は納得していた。おかしいとまでは言わないにせよ、疑問自体はあったのだ。

 あのストーカー氏は、ストーキングの対象だった女性を呪い殺そうとして、呪詛返しカウンターを食らったという話だった。その上で異形化するほど呪詛に囚われたということは、呪術師としての実力者がそれだけ高かったということである。

 つまりその呪われた女性は、結社など頼らずとも自力で対処できたはずだということになる。


 襲われた以上、たとえ殺し返したところで呪術師は罪に問われない。それは正当防衛が成立する云々以前に、呪術を人間に使うという行為それ自体が、その時点でという契約書に捺印したようなもの――遺書を書くようなものなのだ。

 呪術師は、だからプロの戦闘呪術師でも、スパイよろしく殺人許可証みたいなものを持っているわけじゃない。少なくともこういった場合、法律の上では、犯罪を犯した呪術師の死が《自殺》として扱われるだけのことだ。


 もちろん昨日の場合、ストーカー被害に遭った女性が「これ以上、その男に関わりたくないから」と判断して結社に任せたと考えることはできた。僕は普通にそう思っていた。

 ああいう風に、存在するだけで周囲を呪うほど異形化が進んだ存在への対処は、結社所属の戦闘呪術師の仕事だ。きちんと通報した段階で、被害女性がするべきことはなかったと言っていい。


 とはいえ、それがまさか出水さんだとは思っていなかった。

 彼女の場合、性格的にはむしろ嬉々として報復に臨んでもおかしくないと思うのだが。


「……出水さんの立場じゃ、おいそれと仕事には出れませんか」


「反撃するだけならまだしもな。呪詛を撒き散らしながら逃げる奴を追うには、許可が下りないと駄目だった」


「出水さんには、そう簡単に戦闘許可なんて下りませんからね。仕方ないとは思いますが」


「こういうとき融通が利かなくていかんよ、結社は。返した時点で殺してれば面倒が少なかったものの、あの野郎、私が常時張っている防御だけであの状態になりやがった。最初は気づきもしなかったくらいだ、クソ! 私を殺そうとするだけの気概があるなら、もう少し腕を磨いておけと言うんだ!!」


 途中からもはや理不尽な方向に起こり始めた出水さん。僕は苦笑するほかない。 

 なまじ実力が高すぎるというのも、意外に考えものなのだ。昨夜のストーカー氏も、まさか無意識化の呪術抵抗力だけに弾かれて自爆するとは考えていなかったのだろう。そんなことができるのは出水さんだからだ。

 というか彼は、出水さんの正体も知らずにストーキングしていたのか。ストーカーなら対象の個人情報くらい調べ上げていそうだし、あるいは単に出水さんを舐めていたのかもしれない。


「――それで、永代。そっちの可愛い少女は誰だ? 彼女ができたのなら紹介くらいしておけ」


 先ほどから僕の後ろに立ったまま首を傾げている津凪に視線を投げ、出水さんが問う。

 僕は頷き、それから言った。偶然だが都合がいい、このまま出水さんを頼ってしまうとしよう。


「ちょうど紹介しに来たんですよ。いや、彼女ではないですけど」


「ふん。まあいい、名前は?」


「こちら逆坂津凪さん。いろいろあって街の外から来た呪術師だそうです」


「外から……?」


 一瞬だけ怪訝そうな瞳を見せる出水さん。

 だがすぐに表情を戻すと、津凪に向けて手を差し出した。


井峯いみね出水いずみだ。よろしく」


「あ、ああ……よろしくお願いします。逆坂津凪だ」


 切れ長の眼光が実に鋭い出水さん。津凪は気圧されながらもその手を取った。

 厳しい人だが、別に真面目というわけではない。ただなぜか普段から怖いというかキツイというか、そんなイメージを出水さんは周囲に撒き散らしている。その辺り、どうやら狙ってやっているらしい。

 

 という時点で僕たちは、彼女の術中に嵌まっている。原初の呪術にかけられている。

 服装や髪型から、話す言葉まで。呪術師ならば、全て計算であってもおかしくなかった。ちなみに僕は、ほとんど気を払っていなかったりするのだが。だってお金ないしね。


「出水さんは、この街にもほとんどいない《特級》のひとりなんだよ」


 と、付け加えるように僕は言った。その言葉に津凪も驚いたよう目を見開く。

 特級呪術師。特級とは特別指定階級の略であり、要するに呪術師として最高クラスの能力を持っている個人であることを示す肩書きだ。その実力は単一の個人で武装した一軍に匹敵すると言われており、名指しでその能力に制限をかけられていることも同時に表している。

 昨夜、出水さんが自由に動けなかったのも、特級呪術師が結社の許可なしに戦闘することが、正当防衛を除いては認められていないから。ひとたび特級の指名を受けると、結社によって強制的に呪力に制限がかけられてしまう。その代わりに大きな特権と恩恵を手に入れるわけだが、それが見合った対価なのかは人によるだろう。


「――ふむ。なるほどな」


 と、津凪の手を握ったまま出水さんは呟く。

 怪訝そうな表情を見せた津凪に、彼女は小さく唇で弧を描いて言う。


「肌が荒れているな。せっかくこの街に来たんだ、これからはもう少し気を使っておけ」


「……え、えっと……?」


「この街に来ることと肌の手入れって、なんか関係あるんですか?」


 反応に困っている津凪に変わって、僕が出水さんに訊ねた。

 彼女はやはり気取った風に笑ったまま、肩を揺らしてこんな風に答える。


「そんなこともできないくらいの生活を送っていたんだろう。どこからか逃げてきたな?」


「……わかりますか」


「どうせそんなことだろうと思っていた、というほうが正しい。肌を確かめたのはただの趣味だ」


 ――可愛い女の子は好きなのさ、と笑う出水さん。

 津凪が若干、身を引いていた。危険を感じ取ったのかもしれない。そして、その警戒はおそらく正しかった。

 出水さんは冗談ではなく、だろう。

 困惑する津凪から、助けを求めるような視線がこちらへと向けられたが、すまないけれど何もできない。


「まあ、そんなわけで彼女をこの街に置いてほしいってことを伝えに来たわけでして」


 できないけれど、それでも助けてしまうのが僕という人間だった。いやーいい奴だなー、と内心で思っていることそのものが馬鹿みたいだ。

 求められるとどうしても断れない。出水さんだってもちろん冗談だろうし、津凪だって何も本気で嫌がっているわけじゃないこともわかっている。わかっていても手が伸びるし口は動くし頭も働けば足だって進む。


「……それくらい好きにすればいいだろう、ここは別に役所じゃない――と、本来なら言うところだが」


 津凪の手を放し、出水さんは本社ビルの入口へと進んだ。その途中で振り返り、優しげな表情で微笑む。


「事情があるらしいな。立ち話もなんだ。中に入れ永代、津凪。茶の一杯くらいなら用意してやる」


 まったく頭が上がらない。思えば僕と真代だって、こうして出水さんに導かれてここに来たのだ。

 そんな感謝の気持ちを込めて、僕は肩を竦めながら答える。


「出水さん、お茶淹れるの下手じゃないですか」


「ならお前が淹れればいいだろう」


 その通りでございますね、と僕は答えなかった。



     ※



 その後、ひと通りの話を、僕と津凪で出水さんに伝えた。

 特級呪術師であるところの出水さんは、結社ビルの上のほうに個人用の部屋をひとつ持っている。これも彼女に与えられた特権のひとつということ。

 それは一室で、僕と真代が住んでいるアパートよりも広さがある。応接間もあれば研究室や給湯室も揃っており、なんなら普通にここで暮らすことができるだろう。結社の特級の中には実際、ビルの中で生活している者もいると出水さんは言っていた。その彼女は今朝もあった通り、別に自宅を持っているのだが。


 給湯室で僕が淹れたお茶を飲み干すと、話を聞いていた出水さんが、座っていた椅子の背もたれに深く身体を預けて呟く。その表情にはどこか翳りがあった。

 彼女はちょっと待て、と呟くなり立ち上がり、奥の部屋へと一度引っ込んだ。

 しばらくして、プリントアウトされたらしい書類を二枚持って、応接間へと戻ってくる。


「――これだろうな。今、私のパソコンに届けられていた情報を印刷した。間違いないか?」


 渡された書類に津凪が目を落とす。どうやらそれは、結社で掴んでいる街への侵入者情報らしい。

 六路木を覆うように張られた結界を外部から呪術師が通過すると、その情報が伝わってくるという仕組みだ。


「ああ……うん、間違いないと思うよ。時間的にぼくだろう」


「わかった。とりあえず捜索の件に関してはこちらで取り下げておこう。昨日の今日だから、まだ本格的には結社も動いていなかっただろうし、どうとでもなる」


「ありがとう、出水」


 微笑んだ津凪に、出水さんも気にするなと笑う。

 短い間に、彼女たちはだいぶ打ち解けているようだった。


「別に構わない、それが仕事だ。――問題は」


 こっちだ、と出水さんがもう一枚、別の書類をテーブルに置く。

 応接用のそれを挟んで、反対側に腰を下ろす僕と津凪は、それを同時に覗き込んだ。

 どうやら一通の電子メールをプリントアウトしたものであるらしい。

 それにしても、呪術師がこうして電子機器に頼るというのも、なんだかおかしな話ではある。


「――先日、結社の公開用アドレスに送られてきたメールなんだが。まあ見たほうが早い、差出人を確認してみろ」


 と出水さん。見てみると、そこにはこんな文字が記されている。

 そのまま言葉に変える形で、小さく津凪が呟く。


名無しのネームレス……王国キングダム


 それは、津凪が出奔してきたという秘密組織の名前。

 結社と敵対する、最大規模の呪術組織にして――犯罪を犯した呪術師たちの楽園。


 記されていた内容は、要約するならこうだ。

 曰く――こちらで製造していた新型の呪具が六路木に流れているかもしれないので、もし発見したら代表者が引き取りに行くから返してくれ。

 とまあ、そんな感じだった。


「正直、こちらに関して結社はほとんど取り合っていなかった」


 出水さんは語る。特級呪術師がイコールで結社に協力的というわけでは必ずしもなかったし、全員が結社に所属しているわけでもなかった。

 その中でも出水さんが結社で大きな影響力を持っているのは、彼女が特級だからというわけではなく、それを抜きにしても優秀かつ結社に協力的だからだ。

 ゆえに彼女は、結社の内部事情をかなり多くのところまで知っている。この街の戦闘呪術師の顔と言ってもいい。


「なにせ本物かどうかもわからない、ただの悪戯であるほうが可能性は高かった。仮に本物だとしても、呪具をわざわざ王国に返還してやる必要はない――そのことを向こうもわかっているはずだからな」


 そりゃそうだろう。もし本当にのこのこ王国の呪術師がやって来たら、間違いなく捕まって尋問される。

 こんなメールを、王国側が結社に送ってくる理由がない。


「が――そこに津凪が出てくるとなるとな、話も変わるだろう。ひとつ訊ねるが、何か持ち出してきたのか?」


「呪具らしいものは、ぼくは何ひとつ持っていないよ。そんなものが与えられるほどの立場にはいなかったしね」


 津凪は静かに首を振った。実際、ぼくだってひとつも見ていない。

 出水さんも大して期待していなかったのか、深く追及することまではしなかった。


「そうか。まあそうだろうな。なら関係ない――とまでは、今のところは言わないでおくが」


「……どうするんですか?」


 と僕は問う。正直、この時点で津凪に対する義理というか、助力は果たしたと見做してもいいだろう。

 あとは結社の判断に任せて、僕は家に帰ってもいいし、遅れて高校のほうに顔を出してもいい。そんなことは当然わかっていた。

 とはいえ、まあ津凪がどうなるかは僕も普通に気になるところだ。乗り掛かった船ならば、それが大海をきちんと航海できるとわかるまで僕は降りない。そのせいで結局、目的地まで行く羽目になるのは、まあ仕方あるまい。

 津凪がこれからこの街に住むなら、いっしょに仕事をすることもあるだろうし。そうでなくとも、僕は思いのほか彼女を気に入っていたため、出水さんの判断は確かめておきたかった。


 果たして、彼女はこう答える。


「――そうだな。とりあえず、津凪、


「は?」


「へっ?」


「服を脱げといったんだ。肌を晒して私に見せろ」


 僕は津凪と、揃って素っ頓狂な声を上げてしまう。この方は今いったいなんと言ったのか。

 あまりに突然すぎて、僕も津凪も咄嗟に対応することができなかった。その反応をどう捉えたのか、重ねて出水さんはこんな言葉を続ける。


「自分で脱げないのなら、私が脱がしてやっても構わんぞ。そのほうが私は興奮できる」


「いや、あの――ええっ!?」


 狼狽する津凪が見られるのは面白かった。

 パッと見、結構クールな奴なので、ちょっと頬を赤らめている様子はなかなかに可愛らしい。

 ふむ。このまま行けば、僕は津凪の裸が見られるということなのだろうか。

 ――じゃあしばらく黙ってよう。

 そう決意した僕の顔を、縋るように津凪が見つめてきた。助けてほしいんですね、わかります。……ちっ。


「出水さん出水さん。突然の発言に津凪が困ってるんで、理由を説明してやってください」


「ん、ああ。さっき肌が荒れてたからな、この機会に身体の調子を調べておこうと思ったのさ」


「それ、出水さんがやるんですか?」


「真面目な話、何かの呪術がかけられている可能性だってあるだろう。私が調べるのがいちばん手っ取り早いし、悪いが拒否権を与えるつもりもない。――《名無しの王国》から来たと言う以上はな」


「……意外と理に適ってますね」


「意外とは失礼な奴だ。ふざけているつもりはないよ」


 怒るでもなく、小さく苦笑しながら出水さんは言った。

 実際、津凪に呪いがかけられているとして、それを見抜くに最も適任なのが出水さんであることは間違いない。

 放置しておけば津凪どころか、この街が危険な状態に陥る可能性もある。たとえば昨夜の例のように、呪われた人間は、その影響を無関係なところにまで振り撒いてしまうのだ。

 この街に入った以上、結社としての判断に津凪は従うほかなかった。


「……わかったよ。ぼくもわがままは言えない、恥ずかしいけれど従おう」


 意を決したように呟く津凪。出水さんは例の優しげな笑みを浮かべ、


「そう怖がることはない。何かあれば私が解呪してやる。女の子は、綺麗な体でいるべきだよ」


 いろんな意味でな、と言う出水さんに、こくりと津凪は頷いた。

 ――言葉が上手いなあ、と僕はこっそり感心する。表情も含めて、意図的にやっているのだろうか、出水さんは。

 津凪は立ち上げると、恥ずかしそうに服に手をかけた。僕はそれを眺め、そして津凪さんは僕を見つめている。

 目を細めながら津凪が言った。


「えっと……その、永代?」


「何かな?」


 と僕は首を傾げる。いや、言われなくてもわかっていたけれど。


「その、だな。確かに君とはひと晩を共にしたが、こう、明るいところでまじまじと身体を見つめられるのは、さすがにぼくも恥ずかしい」


 その言葉に出水さんが反応した。


「おい聞いてないぞ」


「あの、誤解を受けるような言い方ちょっとやめてもらっていい?」


「もちろん、君には世話になった。だから身体を貸せと言うならぼくは断れないけれど――」


「言ってなくない?」


「お礼は言わなくていい、とはつまり言葉ではなく体で返せということだろう?」


「僕どんだけゲス野郎なんだよ」


「永代も呪術師らしくなったものだな。このゲスめ」


「あ、はい。わかりました、外出てます」


 僕はそう言って立ち上がった。別に本気で居座ろうとしたわけではなく、恥ずかしがる津凪をからかおうとしただけなのだが、彼女は意外にもやり手だった。

 出水さんを巻き込むやあっさりと反撃され、逆に僕のほうがからかわれてしまった。

 とはいえ。

 ある意味では、僕が残っていたほうが、津凪には都合がよかったかもしれない。後ろを向いているくらいの気は利かせたのだけれど。

 扉を閉めて廊下に出ると、さっそく中からこんな声が聞こえてきた。


「――さて。邪魔者がいなくなったところで……ほう? これは意外と――」


「な、なぜいきなり触るんだ……?」


「調べているだけだ。最初にそう言っただろう」


は本当に調べなければいけない場所なのかい!?」


「何を言う。じゃないか」


「ちょ、待っ、助――」


 それ以上聞くと行動に移してしまいそうだったので、僕は耳を塞ぐと扉から離れた。

 あとのことは、だから知ったことではない。



     ※



 ――で、だ。

 このときの僕は、これで津凪とお別れになると思っていた。

 それが一旦になるのか、それとも永遠になるのかまではわからない。前者であればいい、とは願うけれど。

 あとのことは結社側がどうにかすると。僕の意思以前にそうなると考えていたのだ。

 僕でなくともそう思うだろう。そうなると思うのが当たり前の思考だ。


 それが間違いであると判明したのは、検査が終わったと出水さんに呼び出されてすぐのことだった。


「さて、永代。お前に話がある」


「えっと……なんかまずい呪いがかかってたり、とかですか?」


 てっきり僕はそう思った。僕が持つ呪具――《黒牙ワンコ》を使えば、それなりの解呪ができる。そういう意味で力を求められたと考えたからだ。

 だが出水さんは小さく首を振る。服を着直した津凪は、なぜか申し訳なさそうな視線をこちらに向けていた。


「そういうことじゃない。もっと単純な話だ」


「……なんでしょう?」


 首を傾げながら訊ねた僕に、出水さんはあっさり、こんなことを言った。


「――今日からしばらく、お前の家に津凪を泊めてやれ」


「は、い……?」


「まさか嫌とは言わないだろう? なあ、迷子の子犬を拾ったんだ。その責任は、最後まできちんと果たすべきじゃないか」

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