第一章

1-01『ベタベタな朝』

「――ってナニゴトですか、これは――っ!!」


 という元気のいい叫び声で、僕は微睡みから叩き起こされる。

 そこで僕は、何かに拘束されていることに気がついた。


「……またベタな……」


 思わず呟く。何かというか――それは、要するに、津凪だった。

 ソファで寝ていたはずの彼女が、なぜか僕を抱き枕にする形で眠っている。

 抱き締められていた。

 役得というか、なんというか。女の子特有の柔らかさとか、温かさとか、なんか甘い匂いみたいなものがいろいろとないまぜになって朝の僕に襲いかかってくる。何これ神様からのプレゼントなの?


 しばし、僕はそのまま彼女の感触を楽しんだ。特に背中に押し当てられているふたつの柔らかさを。

 この件に関してぼくに罪がないことは誰が判断しても明らかだろう。充分に感触を脳裏へと刻み込んでから、そのままの体勢で名前を呼ぶ。


「津凪。ちょっと起きてもらっていい?」


「――ん、うぅ……うわあっ!?」


 驚きの声。すわ敵襲か、と警戒するうつけ者の将軍みたいに、跳ね起きた彼女が僕を見下ろす。

 どんな体勢だったのかは悟ったらしい。寝返りを打った僕の視界に、津凪の赤らんだ表情が飛び込んできた。


 それにしても眠い。壁のときを確認してみれば、時刻は朝の七時を回ったところ。

 ということは、僕は二時間も眠れていないということになる。


「――おはよう、津凪」


「ああ……おはよう、永代。すまないね、ぼくは寝相が悪いんだ」


「いいや。僕はまったく嫌じゃない。むしろ役得だったよ。いいことはするもんだね」


「……えと。いや、まあ君がいいならいいんだ。僕の肉体は役に立つようだ」


「前言を翻すようでアレだけど、もう少し自分を大切にしてもいいと思う」


 かなり今さらなことを言いながら、僕も伸びをしつつ立ち上がる。

 津凪はどこからか髪留めを取り出した。星形のマークが意匠にあしらわれた、可愛らしいデザインの髪留めだ。

 それを使って、彼女は長い黒髪を後ろでひと纏めにする。僕は、それを眺めていた。

 かわいい。ポニーテール似合うな、津凪。などとはおくびにも出さず告げる。


「いきなり起こした上で言うけど、どうする? もう少し眠っててもいいよ。僕も昨日は仕事で疲れたし、このまま昼まで惰眠を貪ってたい気分だ」


「その辺りは合わせるよ。ぼくは君に助けてもらった身分だからね、わがままは言わない。都合のいいときに案内してくれれば、それで」


「んー……ま、食べてから考えようかな。――そういうわけだから」


 僕は視線の向きを襖のほうへと向ける。

 開け放たれたその先が、この安アパートの寝室になっていた。


「朝食は三人分お願いするよ――真代ましろ


「いきなりの展開に驚きを隠せない義妹いもうとに対し、言うことはそれだけですか、おにーさん」


「ああ、ごめん。おはよう真代、そしておやすみ」


「そういうことじゃねーですよ!」


 襖の前で仁王立ちする、小柄な少女が憤慨に吠えた。僕のせいだった。

 白の短髪に赤い瞳。色素欠乏アルビノの特徴を持つ少女が、両手を腰に当て、頬を膨らませながら僕のことを睨んでいた。とはいえ着込んでいるパンダ柄のパジャマのせいで、なんとも威圧感に欠けている。

 僕とはまったく似ていない。血が繋がっていないのだから、当たり前の話ではあるが。

 視線を津凪に戻し、紹介するように僕は言う。


「――この白いのが鴻上こうがみ真代ましろ。義理の妹で、ここにはふたりで住んでる」


「ナチュラルに紹介始める前に、まずはこの状況を説明しろなんですけどねー?」


「わかってるよ」


「わかってたらやれですよ、まったく。朝からベタベタと女の人連れ込んで同衾してるおにーさんを見た義妹の気持ち、わかりますかってんですよ」


 膨れっ面になって、真代が僕から視線を逸らす。

 いくら真代でも、知らない相手がいる場所では僕を怒れないだろう――という判断に基づいて、割と確信的にからかっていた。仮にもというか義理にも兄である僕のほうが、普段はなぜか立場が低い。

 だからこそ、こういうときくらい自爆覚悟で反撃しておきたかった。あとでどやされるが、そこはもう諦めよう。


「というわけで、鴻上真代です。見知らぬ美少女のおねーさん初めまして。お名前を教えてくださいな」


 とことこと津凪に近づいて、そんなことを言いながら頭を下げる真代。

 ちょっと面食らっていたらしい津凪も、その辺りで再起動して、慌てたように名乗る。


「あ、ああ――初めまして。ぼくは逆坂津凪。ゆえあって君のお兄さんに拾われた」


 笑顔で手を差し伸べる津凪だった。

 真代も笑顔でそれを受け、小首を傾げながら言う。


「かさかさですか。なんかゴキブリみたいな名前ですね」


 ――わあ、すげえ失礼。

 僕はフォローを入れることもできず、そっと視線を逸らすだけ。意気地など持ち合わせていなかった。

 だが津凪は怒らない。どころかふっと笑って言う。


「はは、やはり兄妹は似るらしいな。君の兄も同じことを言われたよ」


「そんな失礼なことを言ったんですか、おにーさん?」


 なぜか真代にジト目で睨まれる。いろいろとおかしい。


「もうどこから突っ込めばいいのかわからないな、突っ込むけど。僕はそんなこと言ってないし、あと失礼だってわかってるならそんなこと言うもんじゃないよ、真代」


「そうですね、おにーさんの言う通りです」


 真代は素直に頷き、津凪に向き直ると頭を下げた。


「失礼なことを言ってすみませんでした。お気に障りましたか?」


「いや、気にしないでくれ。自分でも変わった名前だとは思っているんだ」


「ありがとうございます。おねーさんは優しいですね」


 にこにこと微笑みながら真代は言う。

 彼女がどうしていきなり失礼な発言をしたのか。わかっていた僕は何も言えない。

 それは僕のせいだった。


「本当にすみません。なにせウチのおにーさんは頼まれたら断れないばかたれなので、ときどきそれにつけ込んで、いいように使おうとする人がいるんです。おねーさんは、本当に困っている人みたいですね」


「いいんだ。ぼくも偶然、彼に助けられただけで、そのまま転がり込んだのは虫がいいと思っていた。君にも迷惑をかけてしまったね。ありがとう」


「いえいえですよ。わたしのほうはもう、おにーさんの奇行には慣れていますので。お気になさらずおにーさんを使ってやってください」


「うん、申し訳ないけどそうさせてもらうよ。――ええと、真代と呼んでも?」


「だいじょぶです。わたしもおねーさんのことは、津凪おねーさんと呼ぶことにします」


 その辺りで、僕はほっとひと息つく。どうやら津凪は、真代のお眼鏡に適ったらしい。

 特徴的な外見を持つ彼女は、だからこそなのか他人の感情の機微に敏感だ。それもあってか人付き合いは意外に上手く、普段は決してあんな発言をいきなりするような性格ではない。仕事で家を空けることが多い僕よりも、近所で人気者だったりするくらいだ。

 ただ、彼女は僕が人間だということを知っており、そのせいでいろいろと面倒な目に巻き込まれたことも知っている。その面倒に、真代を巻き込んだことだってなかったわけじゃない。

 だからだろう。僕が誰かを連れてくることに、真代は少し敏感だった。

 身内とそれ以外の判別が厳格で、ひとたび《敵》と見做したときの真代は苛烈だ。とはいえ基本的には優しく――それこそ僕なんかよりもずっとできた女の子なので、身内にはかなり甘かったりする。僕は除かれる。


「しかしびっくりです。黒髪ロングのぼくっ娘美少女を、まさかおにーさんが夜中に連れ込んでいるとか予想外でした。お赤飯の用意がありませんぜ。やりますねヘタレ、と評価するべきですかここは」


「何もやってないけどね」


「添い寝しといて何言ってんですか、おにーさん。責任逃れはよくないですよ。ベッタベタの展開でベタベタしてたじゃないですか」


 警戒を解いた真代はもう、普段通りの感じに戻っている。

 真代は体が少し弱かったが、性格自体は元気系で物怖じしないタイプである。そのせいか、ときどきどこからか妙な知識を仕入れてきては、こういうことを言い始める。

 ぼくは軽く肩を竦め、努めて軽くこう答えた。


「アルビノの義妹に言われたくないと思うけど。義妹属性ってだけでどうも貴重らしいよ? 昨日、仕事先でそう聞いた」


「仕事中になんの話をしてるんですか、という常識的な指摘は措くとしまして、仕方ないじゃないですか、そういう風に生まれたんですから。最近は一周回って、やはりベッタベタな王道がいいとわたしは思うんですよねー」


「個人の意見かよ」


「いいじゃないですか。なんなら生まれながらのヒロインと呼んでくれてもいいですよ、モブ?」


「この義妹いもうと義兄あにに向かってモブとか言ったよ……」


「いえいえ感心しているのです。首突っ込みたがりの割に浮いた話の少ないおにーさんが、こんな素敵なフラグをお土産に持って帰ってくるなんて。呪術師の仕事も捨てたものじゃないですよ。津凪おねーさんが本当のおねーさんになる日も近いですかねー?」


「呪術師まったく関係ないんだけど。というかわかんないよ? 僕も恋人のひとりくらい隠してるかもしれない。津凪とは何もないけど」


「ぶっちゃけ鼻で笑って流すところですが、それだと可哀想なので根拠つきで否定しておきますと、ご近所の奥様情報網は伊達じゃねーってことをおにーさんは覚えておくべきですね」


「妙な知識の出どころがわかってしまった……」


「イカの匂いはしない模様」


「生々しいことを言うんじゃない。津凪に引かれる」


「そうだね」


 津凪が頷いて言った。


「そういうことは、もっと深く知り合ってからがいいかな、ぼくは」


「乗るんかい」


「ふむん。津凪おねーさんはわかってるヒトですね!」


 なぜか自慢げに胸を逸らす真代と、それを愉快そうに眺める津凪。

 まあそんな感じで、ふたりのファーストコンタクトは、おおむね上手く運んだのだった。



     ※



 それから三人で朝食を摂った。

 鴻上家の家事は、基本的に真代が担当している。僕が外で働いている以上、そこは譲れないらしい。

 僕が担当するのは自分の部屋の掃除と、それから仕事がない日の夕食くらいだった。

 料理はそれなりにできるのだが、その腕は真代には及ばない。それでも真代は、僕の大雑把な料理をそれなりに気に入ってくれていて、だからときどき代わっている。

 逆を言うなら、真代が僕に許す家事は、それくらいのものだった。


 朝食が終わると、真代は身支度を整えて学校に向かう。彼女は十三歳で、近くの中学校に通っていた。

 僕は高校に通っているのだが、今日はもうサボることを決めている。プロの呪術師資格があると、それなりに配慮してもらえるのだ。呪術師は国家資格だったが、それが才能によるためだろうか、法律には年齢制限がない。

 使える奴は使えるし、使えない奴は使えない。

 資格制にする意味なんて、制度上以外の意味はないのだ。その制度が大事なのだと、たとえば結社の連中なら言うのだろうが。


 僕自身は、別に高校には通わなくてもいいと考えていた。どうせ僕が呪術師以外の道を選ぶことなんてない。

 ただ、真代がそれを許さなかった。僕も逆らわず、少なくとも卒業だけはしておこうと、今は考えを変えている。だから呪術師特権の公休も、実のところほとんど使ったことがない。

 今回は事情が事情なので、久々に使わせてもらうことにした。真代も駄目とは言わなかった。


「――それでは行ってきますぜー!」


 ぶんぶんと両手を振りながら、笑顔で学校に向かう真代を見送る。

 どこか淡々と間延びした口調とは違い、見た目の真代はかなり表情豊かで身振りも大きい。

 そこが、少しだけちぐはぐな印象の奴だった。行動には感情が表れてるが、言葉がそれに追いついていない。それは素の状態の話で、普段は普通に明るい印象の奴なのだが。

 なにせ外見が目立ちすぎるため、中学生くらいだと男子も馬鹿だからわからないが、もう少し成長すればきっとモテることだろう。

 僕は将来、真代が結婚相手を連れてくるときの想像をしたが、あまり上手くいかなかった。

 そこに自分が立っている絵面を、上手く思い浮かべることができない。


「しかし、なんか眠気が醒めちゃったな」


 真代が見えなくなってから、同じく見送りに来ていた津凪を振り返って僕は言う。

 彼女は頷き、「そうだね。真代が元気だったからかな」と笑った。


「いい義妹いもうとだろ?」


 と僕も笑う。津凪はうんと頷いて、


「そうだね。お兄さん想いで、いい兄妹だ。なんだかこう、ぼくもほっこりした気分だよ」


「まあ、僕がいいお兄さんだからね。いい兄のところにはいい妹が来るものみたいだ」


「ぼくもそう思うから、否定はしないでおくけれど」


 ちょっと首を傾げるようにして、津凪は続ける。


「……頼まれると断らない。そして感謝されるのが苦手――だったっけ?」


「うん?」


「いや。そうやっていつも自分がいい奴だと主張するのは、そうしておけば自分の価値を下げられると思うからなのかな、と思っただけだよ」


「知った風なことを言うね? 単に謙虚を美徳とする日本人的な風潮に共感を得られないだけかもしれないだろ」


 などと言葉を重ねている時点で、嘘だと気づかれてしまうだろう。


「……気に障ったかな?」


「いや」


 どちらかと言えば、むしろ嬉しいくらいだった。そんなことは口が裂けても言わないけれど。

 ……やっぱ裂けるくらいなら言うな。裂かれないように気をつけよう。


「少なくとも、僕は君に感謝している。約束だからそれを言葉には変えないけれど――心の底から、本当にね」


「…………」


「と、こう言うくらいなら、君も発作を起こさずに済むようだ。収穫だね」


「試すなよ。また発作が起きたら看病してもらうからな」


「もちろんさ。なんなら看病にかこつけて、ボディタッチまでなら許すよ? 今さらだしね」


「そういうお茶目は、真代だけで間に合ってるんだけどな……」


 僕は肩を竦めた。津凪は苦笑し、軽く謝る。


「ごめんごめん。まあ、返せない恩だけ重なると、今度はぼくが心苦しくなるからね。そうだな……たとえば、お礼の品を渡すくらいならどうだろう?」


「……そんなこと訊いてきたのは、君が初めてだよ」


「おっと。永代の初めてを貰ってしまった。やったね、最初の女だ」


「最後の女でもあることを祈ろう」


 ぼくと津凪は顔を見合わせ、それからお互い吹き出すように笑い合った。

 なんだろうな、と僕は内心で考える。少しだけ意外だった。どうにも津凪は話しやすい。

 まるで長年連れ添った友人のような感覚がある。昨日会ったばかりだとは思えないくらいに。

 同じことを、津凪も疑問に思ったのだろう。軽く肩を揺らしながら彼女は言った。


「……なんだろうな。こう言うのも失礼な話だけど、君は意外に話しやすい。気が抜ける感じがするよ」


「僕も意外だよ。津凪はもう少し固い奴かと思ってたから」


 意外と冗談も通じるタイプというか。まあ、呪術師なんて大半がそういう人間なんだけど。

 もう少し、踏み込んだ話をしてもいいような気はした。同時にそれは、僕が訊くことでもないように思う。

 僕がやることは、このまま彼女を結社まで案内してあげること。そのあとの判断は結社が行う。そうなればきっとさよならだ。もう二度と会うことはない。

 結社が、彼女の滞在を認めない限りは。


 ひと晩限りの関係――なんて言い方は少し違うが、まあそうだ。そう、思っていた。

 それでも僕が質問をした理由は、自分でもよくわからない。なんとなくとしか言いようがなかった。


「――ひとつ、訊いてもいいかな?」


 彼女は断らないだろう。

 訊ねる前から、僕はそれに気づいていた。


「ぼくのこと、だろう? もちろん、永代にはその権利がある」


「権利なら行使しないのも自由だ。だから、君の事情を無理には聞かない。全部は話さなくていい。ひとつだけで」


「なんだい?」


「……津凪。君は、?」


「そう訊くということは、つまり?」


「質問に質問で返すのは感心しないな」


 軽く肩を竦めてみせ、僕は続ける。


「だいたい、くせに」


「……そうだね、その通りだ」


「言っとくけど真代も気づいてたぞ? あいつも呪術師だ、だから警戒された」


「隠しておくのは、なんとなく不誠実だと思ったんだよ」


 軽く髪に手を触れて、津凪は呟く。その瞳はここではない、どこか遠くに向いていた。

 僕はその、長く艶やかな黒髪に目をやる。――正確には、そこにつけられている髪留めにだ。

 星形のマーク。

 言い換えるならそれはの意匠ということ。

 呪術師が意味もなくつけていい柄じゃない。パンダとかにしておくべきだ。


「――五芒星を掲げる呪術団体なんて、ひとつしかないからな。よくこの街に入って来られたもんだよ」


「これでも、呪術にはそれなりに自信があるんだ。信用されないかもしれないけど、ぼくは結構強いんだよ?」


「信用っていうか、もう証拠を見たようなもんだけどね……」


「――うん。実はぼくもね、これを見せたら、いくら永代でも関わらないだろうって思ったんだ」


「…………」


。なのに、まさか言葉にされるとは思わなかった。気づかなかった振りをしておけば、それでよかったのに。そこまで行くといい奴というより、もう単なる馬鹿だと思うよ、ぼくは」


「いい奴ってのは、頭の悪い奴って意味だよ、基本」


「暴論だなあ」


 苦笑する津凪の表情を、僕は上手く読み取れなかった。どこか寂しそうにも見えたし、どこか嬉しそうにも見える――合わせて言うなら儚く切なげで、そう簡単に言葉にしていい表情ではない。

 だから、僕は口を閉ざした。ただ黙って彼女を見つめる。その言葉を待つように。

 僕はまだ、彼女の口から問いの答えを聞いていない。彼女もそれはわかっているはずで、だからだろう。やがて津凪はゆっくりと口を開き、こう言った。


「《名無しの王国》――ぼくはそこから逃げてきた」


 わかりきっていることだった。呪術師なら、五芒星を見ればそれに気づく。

 それは大小数ある呪術団体の中で、ただひとつ正面から唯物結社カンパニーに敵対する呪術集団。


 僕は思わず考え込んだ。なにせ津凪の出身は、結社とは犬猿の仲と言ってもいいほどに険悪な組織だ。

 そこから逃げてきたと言って、果たして受け入れてもらえるかどうか。そもそも信用されるかも疑わしい。

 何より連中は逃亡者など決して許さないだろう。

 この街に彼女を受け入れる――そのこと自体が抗争の火種になりかねない。


「生まれたときから、ぼくはずっと王国に囚われていたのさ。あそこはそういうところだ。それに嫌気がさしてね、思わず逃げてきてしまった」


「……悲劇のヒロイン、ってヤツかな。またベタだね」


「呪術なんかに携わってれば、そういうことにもなるものさ」


 津凪は軽く言う。何も気にしていないかのように。


「――、だろ? 呪術は使う者も使われる者も、どちらも必ず傷つく仕組みになっている。悲劇のヒロインの百や二百、今じゃ珍しくもないよ」


 かもしれないな、と僕も思った。

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