eight Cats ネコミミケーキと猫耳堂

 



 ひょこんとネコミミが生えたケーキがショーケースに陳列されている。

 白ネコミミのケーキはクリームチーズ味。黒ネコミミはチョコレート。灰ネコミミはブルーベリー。

 そして、チャコと同じ茶トラネコミミははオレンジとクリームのムース。ハイと同じ鯖トラはブルベリーとクリームチーズの味がする。

 べたぁとチャコはショーケースに両手を押しつけて、色とりどりのネコミミを生やしたケーキを見つめていた。

 ここは常若町のアーケード街にある猫耳堂だ。チャコが見つめているのは、常若島銘菓のネコミミケーキたちだ。ネコミミを模したこのケーキは、チェンジリングを求め他の箱庭地区からやって来る養父母候補の人々からの人気も高い。

 ふんわりと桜の香りが鼻腔をくすぐる。チャコは顔をあげ、ショーケースの向こう側を見つめた。

 猫脚をした木製のテーブルと椅子が、天窓の灯りを受けて暗い室内に浮かび上がっている。そのテーブルの上に、薔薇の蕾のような形をした白いティーカップが置かれていた。

 桜の香りは、そのティーカップからしているらしい。

「あれ、チャコ来てたの?」

 声をかけられ、チャコは顔をあげていた。部屋の奥にはカウンターがあり、その先には壁一面に引き出しが設置されている。その引き出しの壁の右側には階段箪笥があった。その階段箪笥を降りてくる人物がいる。

 それは、すらっとした鯖トラのネコミミを生やした男性だった。肩幅がしっかりとした体型の彼は、背中を丸めながら1階へと降りてくる。

 背が高いため、背を丸めていなければ階段の天井にネコミミがついてしまうのだ。

「久しぶり、お兄ちゃん。うーん、町長さんって呼んだほうがいい?」

 ふわりとツインテールをたなびかせ、チャコは男性に笑顔を向けていた。

「珍しいじゃないか、ハイと……一緒じゃないなんて……」

 妙に警戒するように辺りを見渡しながら、男性はショーケースへと近づいてくる。

「大丈夫! ハイは今日学園休んだから、一緒じゃないよっ」

 震える男性のネコミミを見て、チャコは思わず苦笑してしまう。男性は恥ずかしそうにチャコから顔を逸らし、ぽりぽりとネコミミをかき始めた

「しゃあねぇだろ。あいつ、俺見ると、あの三白眼うるうるさせて突進してくるんだぜ……。いつもは無愛想な顔してるくせしてさ。おまけに写真までおっきいおっきい言って撮ってくるし……」

「仕方ないよぉ。ハイはお兄ちゃんのおっきいに憧れてるんだから……」

 溜息をついて、男性は腕を組んでみせる。彼はこの町の町長ハインツだ。小柄な個体が多いアメリカンショートへー種の中では珍しく、彼は長身を誇っている。

 ちっちゃいことがコンプレックスなハイにとって、おっきい彼は憧れの存在なのだ。

「たっく、来てるんだったら教えてくれりゃいいのに、あのガキ猫は……」

「ガキ猫?」

 不機嫌そうに呟かれたハインツの言葉に、チャコは小首を傾げる。ハインツは忌々しげに、後方の机に置かれてた紅茶カップを見つめた。

「あぁ、先客のガキがいたんだよ。つっても、お前と同い年じゃなかったかな? せっかくコノハ商会から仕入れた新作の紅茶も出してやったのに、トンズラしちまったみたいだ。たっく、いくらいじめられっ子とはいえミミコもどんな教育してんだよ……」

 ぼやきながら、ハインツは猫脚の机へと向かっていく。よく見ると、卓上にいくつかコインが置かれていた。

「こんなところに、紅茶の代金なんて置いてぐんじゃねえよ……」

 ちっと舌を鳴らし、ハインツはコインを手で掴み取った。

「私と同じ年の子? でも、転校生なんて学園にも来てないよ……」

「不登校ってやつだよ。2月に本島からこっちに来たんだが、アッチの学園でそうとう酷いイジメに合ってたみたいでな。同じ年頃のガキ見ると、逃げちまうらしいんだよ。本当、昔の姉さんみたいだ……」

 ハインツはふっと眼を悲しげに伏せてみせた。

 そんな彼を見て、チャコは悲しげに眼を歪ませていた。アメリカンショートヘヤー種である彼には、双子の姉がいる。

 その姉が、リズだ。

チャコは、ハインツからときおり小さな頃のリズの話を聞かされていた。

リズが苛められていて、学園に通わなかったことも。養子の話が出た時も、ハインツのことを考え、自分だけ養女になることを引き取り先に断ったことも。

彼は、紅茶カップの縁を静かに指でなぞる。指でカップの取っ手を優しく持ち、ハインツはチャコの方向へと戻ってきた。

「ほら、お前にやる。今朝の礼も兼ねてな」

 こんっとショーケースに紅茶カップを置き、ハインツはチャコに微笑んでみせた。

「お礼?」

「また姉さん倒れたんだろう? お前がまっさきに倒れた姉さんのもとに走ってたって、さっき立ち寄ったチビたちが教えてくれた……。ありがとな」

 ハインツは優しくチャコのネコミミを撫でてくれる。ふっと悲しげに細められたハインツの眼を見て、チャコはしゅんとネコミミをたらしていた。

「どうした? 元気ないぞ……」

「リズ姉大丈夫かな。あのね、ハイも元気がないみたい……。それに、帰ったらまた……」

「そんなに嫌か? 養子の話」

「だってあの人、ハイのこと避けてるし。悪い人じゃないのは、分かるんだけど……」

「嫌なもんは嫌で、いいんじゃないのか? それにあの人がハイを避けてるのは、あの人だけが悪いんじゃないと思うぞ、チャコ……」

 ハインツの言葉は、どこか硬かった。不思議に思ったチャコは、兄を見つめる。ハインツは、真摯な眼を向けチャコを見つめるばかりだ。

 彼はそうやってチャコに何かを教えようとしているみたいだった。

「姉さんの件もあるしな……。あいつだったら、嫌われるように手尽くすだろうな」

「ハイが、ワザと嫌われてるって言うの……?」

「たぶん、お前の負担になりたくないんだよ。でも、そう思われる方は余計負担に感じちまうんだけどな……」

「そんなの、勝手すぎるよ……」

 ハインツから眼を放し、チャコはショーウインドーに飾られたネコミミケーキを見つめた。たくさんのケーキが一緒に飾られているなか、ぽつんとウインドーケースの隅に置かれた鯖トラネコミミのケーキが眼に留まる。

 まるで、独りぼっちでいるハイみたいだ。

 ――お願いだから……言うこと聞いて。……姉ちゃん。

 そう言って、泣いていたハイの姿を思い出す。抱きしめたハイの体はとても小さくて、いまにも消えてしまいそうだった。

「不満か……」

「うん」

 ハインツの言葉に、チャコは頷いていた。

「一応、あいつなりの優しさつーか、気遣いみたいなもんだと思うぞ」

「そんなの、いらないし!!」

 びっとネコミミをたちあげ、チャコは声を荒げる。チャコは、とてつもなく苛立っていた。

 ハイの気持ちは分かっているつもりだ。チャコをケットシーという名の差別から守りたい。その一心で、ハイはキャリコに嫌われるようなことをワザとしているのだろう。

 ――自分が養子になれないように。

 でも、そんなのは身勝手すぎる。

「だよな。んな、優しさいらないよなっ!」

 チャコの言葉に賛同するように、ハインツは弾んだ声をあげた。ハインツはにっと嫌らしい笑みを顔に浮かべていた。

「ちょっと、ハイに嫌がらせしてみないか?」

「嫌がらせ?」

「姉さんが、サクラママの歌声に会いたいってチビたちが言ってたんだが……」

「うん、凄くねサクラママの声とそっくりな歌声が、円卓公園から聴こえてくるの?」

「その歌姫ちゃんに会ってみたくないか?」

「え、知ってるの? お兄ちゃん」

「伊達にお飾りの町長なんてやってねぇよ。町の全件は女教皇さまが握ってらしゃるが、住人の個人情報ぐらい頭に叩き込んである」

 こんこんとハインツは自分の頭を指で叩いてみせた。彼は立ち上がり、引き出しが並ぶ壁際へと向かう。引き出しの1つを開け、彼はそこから小さな缶を取り出した。

「ほら、これちょっと配達しに行ってくんねぇ? 不登校の灰猫ちゃんのところまでよ」

 ハインツが缶を投げてよこす。チャコは慌ててさがり、その缶を両手で受け止めた。

両手に持った缶をチャコは見つめる。

 それは桃色の地に愛らしい白い猫耳が描かれた紅茶缶だった。

「可愛いっ!」

 愛らしい紅茶缶に、思わずチャコは感嘆と声をあげてしまう。

「コノハ商会が取り扱ってる新作の桜のフレーバーティだ。大切なお客様が置き忘れてったもんなんだよな。ちょっと、届けてくれないか?」

「このお使いとサクラママの歌声に、どんな関係があるの?」

 疑問に思って、チャコはハインツに訪ねていた。ハインツはにやっと意地悪な笑みを浮かべ、チャコに答える。

「白猫にお熱な灰猫が、屋根の上を飛び回ってるんだよ。そいつを追いかけりゃ、自然と歌声の持ち主のところに行き着くから、頼まれてくれないか?」



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