seven Cats 聖堂/ミミナシについて

 暗い聖堂の中央に、ハイは立っていた。ハイの目の前には、ステンドグラスの明かりを受け七色に輝く石棺がある。

 この石棺の下に、ハイたちが生まれた場所があるのだ。

 ドゥンの泉。その場所がハイは嫌いだった。

「うぅ……」

 小さく声を漏らし、ハイは元気なくネコミミをたらす。

「やっぱり、行きたいないよね……。母さんのところなんて……」

 ネコミミを優しくなでられて、ハイは顔をあげていた。悲しげに眼を歪ませたカルマがハイを見下ろしている。

「でも……約束、だから……」

「だからって、キャリコさんに自分を引き取らないでくれなんて、酷なことを言っちゃ駄目だよ。おまけに、チャコちゃんにそのことを伝えてくれだなんて……」

「でも、あの人……僕のこと嫌い……」

「嫌ってないよ、怖いだけだ、君が……」

「怖い……?」

 こくりとハイは小首を傾げる。カルマはふっと眼を伏せ、顔をあげた。彼の視線の先には、灰猫と白猫が描かれたステンドグラスがある。灰猫の蒼い眼を見つめながら、カルマは続けた。

「チャコちゃんを守るために、君はケットシーになった。そして今では、君が私たちを守ってくれている……ミミナシたちの、限りない暴力から……」

 ふっとカルマの眼に物悲しげな金の光が宿る。その光に導かれるように、ハイは石棺へと視線を戻していた。

 この下にはハイのママがいる。

自分の能力を使って、ママと話し合うことがハイに課せられた仕事だ。そうすることで、ママは自分たちの望みを何でも叶えてくれるのだ。

――外のミミナシたちを、傷つけることだって簡単にできる。

でも、ママはそんなことを望んではいない。頼みごとをするたびに苦しげに唸るママの姿を、ハイはこれ以上見たくなかった。

「ボクらが、ミミナシたちを怒らせるからだ……」

 石棺にそっと触れ、ハイは呟く。

 

 死ねぇ! 死ねぇ!

 いやー、殺さないでぇ!!


そっと眼を瞑ると、人々の慟哭がネコミミに響き渡る。また、ママがボクに訴えてきている。こんなことはやめてくれと、ミミナシたちの悲惨な声をハイに届けてくる。

「ごめんさい……ママ……。でも、姉ちゃんを殺そうとしたのは――」

 そっと眼を開け、ハイは石棺の向こうにいるママに声をかけていた。すっとハイのネコミミから怨嗟の声が消えていく。

 自分たちネコミミは、存在するだけでミミナシたちを怒らせる。そんな現実を、ハイは嫌というほど大人たちから聞かされた。

 そして、チャコが殺されそうになったとき、その憎悪をハイは目の当たりにしたのだ。

 だから、ミミナシたちを許してはいけない。

 心を許せば、彼らはハイたちネコミミを滅ぼそうとするだろうから。

「ねぇ、姉ちゃんはちゃんと幸せになれるよね……カルマ先生……」

 背後にいるカルマに、ハイは顔を向けていた。カルマは寂しげに笑ってみせ、ハイのネコミミを優しく撫でてくる。

「私たち大人は、ちゃんと大切な約束は守るものだよ。大丈夫、チャコちゃんはキャリコさんに引き取られて、ロンドンに行く。もう、2度とここには戻ってこないよ……」

「本当は、チビたちも連れてってもらいたいんだけど……」

 ふっとハイの脳裏にチビハイの姿が過る。あの子は、きっと自分のバックアップとしてママが生み出した子に違いないのだ。ハイが万が一死んでしまっても、代わりを勤められるチェンジリングがきちんと存在するように。

 でも、チビたちに自分のような思いはさせたくない。だから、ハイは今までずっと1人で頑張ってきた。そして、これからも1人でママを苦しめ、ミミナシたちと戦うのだ。

 それがハイに出来る、チャコと弟たちを守るための唯一の方法だから――

「行こか、ハイくん」

 カルマが微笑み、ハイに手を差し伸べてくる。ハイはその手をじっと見つめていた。

「ハイくん?」

「もう1つ……お願いしてもいい……」

「どうしたの? 何が望みだい?」

 じっとハイは真摯な眼差しをカルマに送っていた。困ったように微笑むカルマに、ハイは言葉を続ける。

「カルマ先生にも……幸せになって欲しい……。この常若島に……家族がいるんだよね……」

「向こうは、私が義父親であることも息子に教えてくれないけどね……」

「会いに行けばいい……。会って、言えばいいじゃん……」

「出来ないんだよ、私は臆病者だしあの子を捨てた……。家族だなんて名乗る資格なんてない……。親の資格なんて、とっくに無くしてるんだよ……」

 ふっと眼を伏せ、カルマは灰猫のステンドグラスを仰ぐ。ステンドグラスに嵌められた灰猫の眼が、悲しげにカルマを見つめていた。

「じゃあ、ボクも一緒かな……」

「ハイくん」

「姉ちゃんを、いつも裏切ってる……」

 ハイはネコミミを伏せ、そっとワイシャツの中へと手を忍ばせていた。首にかけていた鈴のネックレスを、ハイは取り出して見せる。銀の鈴は軽やかになりながら、ハイの眼の前でゆれていた。

 そんなハイにカルマは顔を向けてくる。

「君は、ちゃんとチャコちゃんを守ってるじゃないか……。私とは大違いだ」

 静かに微笑んで、カルマはハイのネコミミを優しく撫でてくれる。その手の感触が気持ちよくて、ハイはくるくるっと喉を鳴らしていた。

「うぅ……」

「そろそろ、行こうか……」

「うぅ……」

 ふっとカルマの笑が寂しさを帯びる。ハイはそんなカルマの顔を見つめながら、静かに頷いた。

 2人は手を繋ぎ石棺に向かい合う。

 うぉぉおおぉおぉ。

 唸り声とともに、石棺はゆっくりと開いていった。

 

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