第2話 虚像の絢爛

(一)

 数週間前には咲き誇っていた桜もすっかり散り、若葉が風に揺れている。

 夏用の制服を、そろそろ準備した方がいいのかもしれない。 

 私の通う女学校、「明星女子師範学校めいせいじょししはんがっこう」は明治から続く教員を育成する為の学校である。

 亡き父のような教師になる為入学した学校にも少しずつ慣れ、専門的な学問を学ぶ事はとても楽しい。

 不安があるとすればそれは・・・・・

 扉を開くと教室の生徒達の視線が私に集まり、逸らされる。

 おはようと挨拶をする友人が私には居ない。一緒に勉強したり、学校帰りに出かけたり。そういった何気無い生活を共にする友人がいないのだ。

 私に問題がある事は分かっている。

 私は友達に憧れながらも、自分から彼女達に近づく事をためらっているのだ。これでは友達が出来るわけがない。

 中々勇気が出せない自分に情けなくなりながら席に着くと、周りの様子がどこかおかしい。

 いつもなら目を逸らされて一日が始まるのに、今日は私に話しかけようとして、躊躇うような視線を感じる。

 もしかしたら友達になるきっかけを、みんなも探してくれたのかも。

 そんな期待に胸を膨らませながらそわそわしていると、学級委員である鏑木かぶらぎさんが私の目の前に立った。

「初野さん、ちょっとよろしいかしら?」

 緊張したような表情の彼女につられ、私まで緊張してきてしまう。

 この様子だと、どうやら友達になってくれるという嬉しい話題ではなさそうだ。

「あなた、よくここに来れたわね」

 鏑木さんは私を睨みつけると、吐き捨てるように言った。

 戸惑っていると、彼女は忌々し気に言葉を続ける。

「何も知らないような顔をしても今更よ。生徒全員から集めた学費を盗んだ癖に、どうして飄々としていられるのかしら。面の皮が厚いにも程があるわ」

 学費を盗んだ、私が?。

『鏑木さんがなんのお話をしているのか分らないのですが、説明してもらえないででしょうか?』

 私なりに言葉を選んで聞いたつもりだったが、その思いとは裏腹に捲し立てられる。

「説明もなにもないわ。昨日の放課後、生徒から集めた学費が盗まれたのよ。貴方の学費以外、全員分ね。私には、貴方が盗んだとしか考えられません」

 想像していなかった事に、目が点になる。

「授業を筆談で受け、会話もろくに出来ない人が学校に通うなんて、最初から妙だと思っていたの。いくら貴方の父親が学校長先生の御友人でも、こんなことをして、退学じゃすまされないと思った方がいいわ」

 広がっていく誤解をなんとかして解かなければ。

 ノートに再び言葉を綴ろうとすると、鏑木さんは苛立ったように私の机を叩いた。

「これだから異人の方の入学には反対だったのよ。私達日本人の黒髪を持ちながら目の色が青いなんて、気味が悪いわ。貴方の母上はきっと異人に誑かされたのね」

「・・・・・!」

 その言葉を聞いて、私は頭が真っ白になる。

 目の前で起こっていることが、まるで他人事のようにゆっくりと流れていった。

 他人の過去を視るような、まるで活動写真が流れているような感覚。

 気が付くと鏑木さんの身体が後ろに倒れ、教室中から悲鳴が聞こえてきた。

 手袋の中にしまわれた掌が、じんじんと熱くなる

 ああ、人を殴るって、自分も痛いのか。


(二)

「また君は派手にやったね」

 学校長先生の部屋に呼び出されると、開口一番に六条昌晴ろくじょうまさはるさんが苦笑する。

「手を出すという行為は、物事において圧倒的に不利になる。やっていない事を肯定すると同じ意味があるんだ」

 やれやれと言いながら、彼は自分で入れた緑茶を啜った。

「君は父親のジャンにそっくりだ。あいつが生きていた時、大人しい癖に時々思い切った行動に出る奴だと思っていたが、君はその気質を受け継いだようだね」

 お父さんと友人だった六条さんは、懐かしそうに目を細めた。

 彼の話を聞きながら、ようやく昂っていた気持ちが落ち着いてくる。

 私は六条さんのおかげで、学校に通えるのに。

 恩を仇で返すような行動だったと、今更後悔が襲ってきた。

「今回の学費盗難騒動は、君のせいじゃないと少し考えれば判る。君はいい意味でも悪い意味でも、目立っているからね。盗んだ人物が犯人に仕立て上げやすかったんだろう」

 しかし困ったねと深いため息を吐きながら、六条さんは続けた。

「君が女子生徒に暴力を振った事で、一部の生徒に不信感を与えてしまった。学校としては君に処分を与えなければ、他の生徒に示しがつかない。それはわかってるね?」

 もしかしたら退学処分かもしれない。

 六条さんが口添えしてくれて、ようやくこの学校に入る事が出来たのに、自分からその立場を危うくした。なんて情けないんだろう。

 それでも、自分が招いた結果だ。

 どんな処分でも受け止めようと顔を上げると、彼の空気が柔らかいものに変わった。

「君を一週間の停学処分とする。また、謹慎後に反省文を五十枚提出すること。以上だ」

「・・・・・!」

 想像より軽い処分内容に驚いていると、彼は暴力を振った事は、反省しなさいと念を押す。

「次はもっと、上手く立ち回るように。身内を馬鹿にされて、怒らない人間はいない。思わず手をあげてしまう気持ちも分る。だが、そうした所で殴られた人間は考えを改めるわけじゃない。自分が痛いだけ、そうだろう?」

 六条さんの気遣いを感じながら、もう一度深く頭を下げる。

 今の私には、それしか出来なかった。


(三) 

 学校のあるこの時間、一人で佇むというのも変な感じだ。

 六条さんに停学を言い渡された後、私は南雲堂ではなく、日比谷公園へ向かった。

 一人になって、頭を整理したかったのだ。

 公園のベンチに腰を下ろし、ため息が漏れる。

停学後、学校中からの疑いの視線に耐えられる自信がない。可能ならば学費を盗んだ犯人を捕まえ、無実を証明し、堂々と学校に行きたい。

 その為に、私が出来る事は・・・・・・?

 同じ女学校の学生が集まる場所に行けば、今回件の手掛かりが得られるかもしれない。

 噂でもいいから、今回の騒動の事をもっと知りたかった。

 思いつきだったが、何も行動しないよりましだ。学生が集まりそうな場所を探す為、一歩足を踏み出したその時、珍しい人物の声が聞こえてきた。

「おや?君は慶一郎の所の」

「・・・・・!」

「可愛らしい青い瞳のお嬢さん?こんなところで何をしているんだい?」

 肩を叩かれ振り向くと、ふわふわとした栗色の髪をなびかせた、軍服姿のその人物が微笑んでいた。

 慶さんの友人、伯爵家「下柳家」の当主、下柳一威しもやなぎかずなりさん。慶さんの幼馴染である彼は、軍人の職に就いている。慶さん曰く、庶民の娯楽が好きな変わり者らしい。

 彼と昼間からこんな場所で会うなんて思わなかった。

「おや、お嬢さんは明星女子師範学校に通っているんだよね?授業は休みかい?」

 彼は不思議そうな顔で私を見る。

 居心地が悪くなり、私は俯きながら否定すると、下柳さんは続ける。

「学校はある、けれど君はここにいる。慶一郎のサボタージュ癖が君にも移ったのかな?」

 その言葉にも私は首を振り、学校から持ってきたノートに文字を綴った。

『色々な事情で、学校に行けなくて』

 彼はその文字を読み上げ、首を捻った。色々な事情とは?と不思議そうな顔をしている。

 なんと説明しようか。戸惑っていると、下柳さんに手を差し出された。

「そうだお嬢さん、この後何かご予定は?」

 首を横に振ると、にこりと彼が微笑む。

「では僕とデエトしていただけませんか?」

 差し出された彼の右手。そこに私の手を重ねるようにということだろうか。視線を彷徨わせながら迷っていると、彼に「お手をどうぞ」と促される。

 散々迷った後手袋を確認し、私は彼の手を取った。

 

「下柳様、ようこそおこし下さいました」

 扉を開けると一斉に女給の方々が私達に向かって頭を下げる。

「せっかくの午後のティータイムだ。優雅に過ごそうじゃないか」

 彼に手を引かれやって来たのは、最近銀座で噂のミルクホール。

 店内は薄暗く、ステンドグラスから差し込む光がきらきらと輝いている。

 レコードから流れる音楽を聴くと、なんだか異国にいるような、不思議な気分になった。

「さぁ、何を御所望かな?」

 初めて訪れた場所に緊張していると、下柳さんからメニュウを渡された。

 悩んだ末にミルクホールに来たからにはと、ミルクの文字を指差す。

「それだけでいいのかい?」

 手持ちもないので頷くと、彼は慣れた所作で注文を頼んでくれる。

 しばらくすると、牛乳と珈琲と共にやってきたお菓子がテーブルに置かれた。そのお皿に乗るお菓子を、私はついまじまじと見つめてしまう。

 初めて見るお菓子だ。

「ああ、これはシベリアと言って、カステラに羊羹を挟んだ西洋風の菓子だよ。牛乳にも合うから食べてみるといい」

 シベリアが乗ったお皿が差し出され、頭を下げてから一口頂く。

 わぁ、と口元が緩むのがわかった。

 小豆とカステラの組み合わせがこんなに合うなんて!

 ついつい食べる手が止まらなくなってしまう。

「うんうん、そんなに幸せそうに食べてくれると僕も嬉しいよ」

 私が感激していると、下柳さんは珈琲を一口含み言葉を続けた。

「それで、何故君は学校に行けないのだい?その様子だと、君自身が行きたくないというわけではなさそうだが」

 笑顔で顔を覗かれ、迷ってしまう。

 ここで下柳さんに事情を話してもいいのだろうか。迷惑になってしまわないだろうか。

「僕としては、ご婦人が辛そうにしているのは気になる。無理にとは言わないが、君さえ良ければ、ここに事情を書いてごらん」

 彼が私の考えを読み取ったように一冊のノートと万年筆を取り出した。

「さぁ、遠慮などしなくていいのだよ」

 柔らかくそう言われると、張りつめていた気持ちが楽になる。

 今は好意に甘えさせてもらおう。そう思い、私はゆっくりと万年筆を取った。

 

 下柳さんがシベリアを食べ終わる頃、ようやく私は今日の出来事を書き終えた。

 ノートを受け取った彼はふむ、とページをパラパラと捲る。

「今日は君にとって、大変な一日だったわけだ」

 その言葉に、私は小さく頷く。

「慶一郎や修三さんに、この事を伝えなくていいのかい?本来なら、彼らに真っ先に相談するべきだと思うが」

 本当は、慶一郎さんや修三さんに相談したい。でも、それは自分勝手な事のようで、どうしても躊躇してしまう。

『南雲堂に居候させてもらっているのに、迷惑をかけるようなこと、持ち込みたくないんです』

 私は怖いのだ。面倒な事を相談して、彼らに嫌われるのが怖い。

 ぎゅっと目を瞑ると、下柳さんが肩を竦める。

「君は一人でこの問題を解決する気なのかい?」

『はい。謹慎中に学費を盗んだ誤解だけでも解きたいのですが、なかなかいい案が浮かばなくて』

「ふぅん。君はずいぶんと芯の強い女性だね。元来の気質なのか、君に流れる仏蘭西フランスの血がそうさせるのか。いずれにしても、謹慎中に無実の罪を証明するだなんて、なかなか肝が据わっている」

 珈琲を飲み干しながら、下柳さんは店内を見渡した。

 着物にエプロン姿の店員さんを窺う彼は、そうだ、と目を輝かせる。

「一つ、いい提案がある」


(四)

 翌朝、私はいつものように学生服に身を包み、南雲堂を後にする。

 いつものようにと言うが、今日は荷物の量がとても多い。あまりに荷物が多いので、出かける間際「夜逃げでもするのか?」と言われてしまった。

 到着した先は、昨日下柳さんと訪れたミルクホール。

 従業員口の扉を叩くと、この店を取り仕切る店長さんが顔を出した。

 真っ赤な紅を塗った唇から紡ぐ声に、店内は活気づく。

「ああ、来たね。仕事の説明するから入んな入んな!」

 彼女の後に続き店の中に入ると、何人かの女給さんが並んでいる。

 珍しいものを見るような視線に思わず萎縮していると、店長さんが一喝した。

「下柳様の客人を奇異なものを見るような目で見るんじゃないよ!挨拶は後、これあんたの制服。着替えてきな」

 急かされるように着替え部屋に案内され、制服に袖を通す。

 エプロンの結び方はこれでいいだろうか?

 もう一度リボンに手をかけていると、店長さんが部屋に入ってきた。

「こりゃ驚いた。仏蘭西人がこの服を着ると、まるで人形のようだ。ここいらに住んでしばらく経つが、金髪の外人が着物を着るところなんて初めて見たよ」

 改めて鏡に映る自分の姿を見ると、自分ではない他人がそこにいる気がした。

 鏡に映るのは金髪に青い目をした女。

 今の私はどこからどうみても仏蘭西人なのだ。

 なぜこのような姿になっているか、それは昨日の下柳さんの一言がきっかけだった。


「知ってるかい?このミルクホールは放課後になると、君の通う学校の学生をよく見かける」

 学校からミルクホールは割合近い。この店のモダンな雰囲気も、甘いお菓子も、彼女達には魅力的だろう。お友達とここに来られたら楽しいだろうなぁと思っていると、下柳さんが続けた。

「女学生たちは噂話に花を咲かせているのだよ」

 噂話?不思議に思っていると、彼はそうだとも、と私の反応を見て満足そうに頷く。

「女学生に限った事ではない。ご婦人方は往々にして噂好きだ。近所の噂、友の噂、時には旦那の浮気相手の噂を何処からか仕入れてきては、話の種にする。この場所で噂話を嬉々としてするのだ。彼女達にとってそれらの噂は本当か嘘かなんて関係が無く、その場が盛り上がりさえすればいい。一種の消耗品なのだろうがね」

 秘密の話をするように、下柳さんは口元へ指を当てた。

「しかし噂話というのは、時には真実を含んでいる事がある。ここは噂の集まる場所。今の君には、噂程度の情報も貴重なのではないかな?」 

 その言葉にはっと気が付く。

 つまり下柳さんは、ここに来る女学生の噂の中に、学費盗難騒動の話題があれば、それを聞く事が一番だと言いたいのだろうか。

 確かに、それが今の私に出来る、無実を証明する為の唯一の方法のような気がした。

 でも、と一番の問題に頭を抱える。

 現実的に考えて一日中ミルクホールに居たら、お金がすぐに無くなってしまう。それにお店の人にも、不審に思われてしまうだろう。 

 どうすれば不審に思われず、ここに居られるだろうか?

 考えを巡らせていると、下柳さんがさらりと言う。

「ここで君が働きながら、情報を集めるというのはどうだろう。お嬢さんが望むのなら、僕から店長に頼むことは出来る」

 驚いて瞬きをすると、下柳さんはミルクホールが開店する際、この店に資金提供をしたパトロンなのだと教えてくれた。

 だから多少の無理は通せる。彼のその言葉を受け、私は決心した。

 なんとしてでも、誤解を解きたい

 下柳さんに深く頭を下げると、彼は私の髪を指で梳き、満足そうに微笑んだ。

「僕に任せたまえ」


 下柳さんの行動は早かった。

 その日の内に下柳家で招いた仏蘭西人の客が、日本で職業体験を希望していると店長さんに相談してくれたのだ。

「客人に安心して働いてもらえる場所は、ここしか思いつかなくてね。安心してくれ、彼女は日本語こそ話せないが、言葉の理解はできる、充分店の役に立つだろう」

「言葉が通じるのなら、配膳作業は出来るでしょうし・・・・・わかりました、その方に明日から働いていただきたいですわ」。

 話がまとまると、すぐに下柳さんは準備をしてくれた。

 今朝ここへ来る前、下柳さんの家にお邪魔し、仏蘭西人に見えるよう金色のカツラ(西洋ではウィッグというらしい)を貰う。下柳家の客人として恥ずかしくないよう、高価な洋服も貸してもらった。

 ここまで協力してくれた下柳さんに、必ずお礼をしなければ。そんな事を考えていると、店長に再び声をかけられた。   

「さぁ、店の連中に挨拶して、いよいよ開店するよ。あんたは注文の品を客に運んでくれればいいから、気楽にやんな」 

 声が出せないので注文を直接受ける事は難しい。だけどせめて、お店の役に立てるよう頑張ろう。

 よし、と頬を叩いて気合を入れながら、私は仕事に向かった。 


(五)

 働き始めて二日、ミルクホールには学校帰りの女学生たちが多く集まり、談笑している。

「デパートで新しいお洋服を・・・・・」

「私縁談で・・・・・」

「この前雑誌で帝都連続殺人の・・・・・」

「まぁ、怖い。聞いたかしら?なんでも痴情の・・・・・」

 注文を運びながら彼女たちの会話に耳を傾ける。その内容は世間で話題になっている事だったり、気になる殿方の事だったり様々だ。残念ながらまだ学費盗難事件の話は聞こえてこない。

 そう簡単に欲しい情報は手に入らないか。

 残念に思いつつ、気を取り直して掃除を続けていると、声を掛けられた。

「マリー、あそこの客を見たかい?」

 マリーとは下柳さんが付けた私の偽名だ。  

 振り向くと、仕事を教えてくれる教育係の梅さんが立っていた。

 顔に満面の笑みを浮かべながら、一番奥の席に座る、ハンチングを深く被った白いシャツにベスト姿の男性を指さした。

 彼女がいつもより高い、はしゃいだ声を上げる。

「もしかして気づいてなかったのかい?」 

 いつの間にか座っていたお客様だったので、入店した事に気が付かなかった。そう頷くと、彼女はもったいないと耳打ちする。

「下柳様も綺麗な顔をしているが、あの客人もなかなかいい男だったよ。キネマの役者さんみたいだ」 

 あんたも一目見てきなよ。梅さんはそう言うが、お客様が雑誌を読んでいる所に視線を送るのは気が引ける。

 どうしようかと思っていると、店長さんに呼びかけられた。

「マリー、ミルクとカステラ三人分、あそこの女学生の注文だから運んでちょうだいな」

 梅さんに断りを入れお盆を持つと、彼女達の一段大きな声が聞こえてきた。

「え!盗んだ犯人を見た人がいるの?」

「そうらしいわよ。学費の入った袋を持って先生方の部屋から出てきた生徒を、二年の高原様が見たって」

「一年の初野さんが犯人だって噂、本当かしら?」

「なんでも高原様が見た生徒って初野さんだったみたいよ?学校長先生が事実かどうか、高原様に事情を聞いているらしいわ」

「初野さんと言えば、学級委員の鏑木さんを叩いて停学中らしいわね。なんでも鏑木さんが学費を盗んだのか問いただしたら、逆上したって」

「庶民の方は怖いわね。でも彼女確か、学校長先生のお気に入りでしょう。流石の学校長先生も、今回の件は庇えないわね」

 違う!

 今すぐにでも彼女達にそう言いたいのに、足が竦んで動けない。

 私が学費を盗むのを見た人がいる・・・・・?

 もしかしたら学校に戻れないかもしれない?

 それが事実なら、私はどうすればいい?

 お盆を支えている手に、力が入らなくなる。

「きゃあ!?」 

 彼女達の叫ぶ声が響き、運ぶはずだった飲物が音を立てて崩れてた。

 気づいた時には グラスは割れ、液体が床一面に広がっていた。

「大変失礼致しました」

 音を聞きつけ、店長さんが駆けつけてくれる。

 すぐに新しいものを運ぶが、彼女達が私と目を合わせたのは一瞬で、私の失敗なんて無かったかのように、また談笑に戻っていった。

 それがなんだか、私なんか居なくても同じと言われているようで酷く切ない。

 トゲが刺さったような感覚を持て余していると、ソファーで談笑していた 短髪と坊主頭の軍人さんに声を掛けられた。

「さっきは災難だったなぁ金髪の嬢ちゃん」

 彼らは休憩中なのだろうか。軍服を緩め、くつろいだ様子で私をまじまじと見ていた。

 もしかしたらグラスを割ってしまった事で、彼らの休憩の邪魔をしてしまったのかもしれない。

 非礼を詫びる為顔を下げると、彼らは声を上げて笑い始めた。

「・・・・・?」

「こいつぁ傑作だ。この女、日本人みてぇに丁寧にお辞儀するもんだ」

「留学生かなにかかい嬢ちゃん?」

 頷くと彼らはそうかと納得し、次の瞬間二人の腕が私の腕に伸びる。

 突然の事に驚きながら間一髪で彼らの手を避けると、二人の態度が一変した。

「なんだなんだぁ、異人様は俺らみたいな日本人に触れられたくないってか。傷つくねぇ」

 坊主頭の男性が立ち上がり、私を見下ろしながら下卑た表情を浮かべる。

「しっかしこんな場所で、どうして嬢ちゃんみたいな異人が働いてるのかねぇ。金に困ってんなら、もっと稼げる場所を紹介してやってもいいぜ?」

 じりじりと距離を詰められ、思わず店長さんに助けを求めるが、相手が軍人さんだからか迂闊に話しかけられないみたいだ。

  逃げた方がいいのだろうか?

 しかし逃げてしまえば、逆上した彼らが店に迷惑をかけてしまうかもしれない。

 どうしたものかと考えていると、坊主頭の軍人さんが痺れを切らしたように私を羽交い絞めにした。

「大人しくしろよ」

 この体格差が憎らしい。 

 抵抗の甲斐なく店の出入り口まで引きずられ、不安になったその時。

 私は自分の目を疑った。

 ここにいるはずのない、彼の姿が見えたのだ。 

「なぁ、いつからここは女を持ち帰りする店になったんだ?」 

 白いシャツにベスト姿の彼は、ハンチングをソファーに投げ、近づいて来る。

「お前はこっち」 

 私を掴んでいた二人の手を簡単に振り払い、軍人さんから隠すように彼の背中に庇われた。

 どうしてこんな場所に?

 状況が理解できず混乱していると、軍人さんは揃って声を荒げた。

「おい!公務妨害でしょっぴかれたくなければ、その娘を渡せ!」

「はっ欲求不満な雄の顔したあんたらが、よく公務妨害なんて言葉知ってたもんだ」

「なんだと!馬鹿にするのも大概にするのだな。命が惜しければ、さっさとこの場から去れ!」

 軍人さんたちを覗くと、彼らは唾を吐き捨て、サーベルを同時に抜いた。

「きゃぁああ!」

 店内から悲鳴が上がる。しかし目の前の彼は動じもせず、呆れたようにため息を吐いた。

「あいつはこいつらに何を教育してるんだか」

「何をごちゃごちゃと言っている、命乞いでもしておるのか?」

 短髪の軍人さんが抜いたサーベルが、彼の胸元に突き付けられる。 

「見ず知らずの女の為に余計な事をしたと、後悔するのだな」

「・・・・・っ」

 危ない!

 短髪の軍人さんの注意を引こうと前に出るが、強い力で押し留められた。

 自分はどうなってもいい。そういう風に。

「見ず知らずの女の為、ねぇ。そんな素性も知らねぇ奴の為にこんな面倒な事するかよ」

「その女の知り合いとでも言う気か?」

「家族だよ、家族」

「馬鹿にしよって、もっと良い言い訳があるだろうに」

 刃の切っ先が、さらに彼に近づく。

 このままじゃだめだ、彼らが何をするか分らない。

 軍人さんに物を投げ、気を取られている隙に、彼には逃げてもらおうか。

 我ながら名案だ。さっそく投げられそうな物が近くにないか探していると、突然場違いに華やかな声が聞こえてきた。

「随分と賑やかではないか」 

 軍人さん達の真後ろにいる声の主は、その声色とは反対に目つきを鋭くさせ、サーベルを手にして立っていた。

「何をしている。僕は公衆の面前でサーベルを抜けと、お前達に指導した覚えはないのだが?」

「し、下柳中将!なぜ、ここに」

「御託はいい、それを納めろ。さもないと僕が君の首を刎ねる」

 冷え冷えとした笑顔が、この場を凍らせる。彼のこんな表情を初めて見た。

「君たちは知らないだろうが、ここは僕がパトロンを務める店でね」

「そ、そうでありましたか!そうとは知らず失礼を・・・・・」

「ああ、謝罪は結構。君たちの謝罪など何の価値もないし、聞くだけ無駄だ」

 そうだろう?と冷たい声で言い放つ。

「お前達には追って処分を言い渡す。金輪際、ここには立ち入らないでもらおうか」

「しかし中将!元を言えばこの男が我々に無礼を・・・・・」

 私を庇ってくれている彼を指さしながら、坊主頭の軍人さんが主張する。しかし下柳さんは反論する隙を与えなかった。

「聞こえなかったのかい?僕はここに立ち入るな、と命令したのだが」

 彼らはその言葉に声を詰まらせる。そして先程までの勢いが嘘のように、店から出ていった。

 最悪の状況が去り胸を撫で下ろすと、下柳さんが息を吐き、私達に声をかけた。

「まったく無茶をするね。慶一郎もお嬢さんも」

 店内には再び活気が戻りつつあるが、私の頭の中では未だ、警鐘が鳴り響いていた。

 なぜ、慶さんがここにいるのだろう。

 しかも和装ではなく、洋装の姿で。

 横目で彼を窺うが、その表情からは何も読み取る事が出来ない。

 もし慶さんが私に気づいていないとしたら、まだ誤魔化せるかもしれない

 学校にも行かず、ここで働いているとが知れると、迷惑がかかる。そしてお説教も免れない。

 出来れば・・・・・いや、絶対に見破られたくない。是が非でも誤魔化したい。

「マリー、とか言ったっけ?」

「ああ、僕の客人でね。可愛らしいレディだろう?」

 その言葉に精一杯微笑むが、慶さんは、胡散臭そうに私を見ていた。

「うちの居候によく似て、行動が突拍子もないみたいだけどな」

「・・・・・・!」

 これはもしかして、気づかれているのではないだろうか。思わず慶さんから顔を背けると、下柳さんが話を逸らしてくれた。

「慶、こんな場所で立ち話もないだろう?折角会えたのだから、僕の屋敷に招待しようではないか」

「それは構わねぇけど」

 今のうちに慶さんから離れよう。

私が彼らに背を向けた時だった。

「鈴」

「・・・・・!」

 はっきりと名前を呼ばれ、恐る恐る振り向く。

 そこには目の奥が笑っていない慶さんが、腕を組みながら私を見据えていた。

「お前、いい度胸してるじゃねぇか」

 腰に手を回され、逃げる事も許されない。

 ああ、観念するしかないみたいだ。


(六)

 モダンな西洋造りの一軒家。

 下柳家のお屋敷は、周囲の建物と一線を画している。

 下柳さんはサンルームに私達を案内すると、早速話を切り出した。

「まさかこんなに早く慶一郎に見破られてしまうとはね」

「金色のカツラ被せて化粧したところで、気づかないわけねぇだろ。それで、どうしてお前はそんな恰好してるわけ」

 不機嫌そうにお茶を飲んでいる彼から紙とペンを渡される。

 これを使って説明しろ、という事だろうか。

「お嬢さんがミルクホールで働くまでの経緯なら、僕が話そう」

 そう言うと、下柳さんは今までの経緯を詳細に話してくれた。


「鈴、お前さ」

 下柳さんが説明を終えると、感情の読めない声色で慶さんに問われる。 

「どうして俺に黙ってた?」

『迷惑をかけてしまうので』

「迷惑って誰にだよ」

『慶さんと修三さんに』

 そう書き終えると彼の右腕が頭に直撃する。

 わっ!

 頭を押さえながら衝撃に耐えていると、眉を吊り上げた慶さんと目が合った。

「ったく、結局迷惑かけてるんだから同じ事じゃねぇか」

『はい・・・・・』

「なぁお前本当に分ってるか?」

 結局迷惑をかけるなら、黙っていようがいまいが同じ事。

 本当に、慶さんの言う通りだ。

 一歩間違えれば大事になっていたかもしれない、そう考えると恐ろしくなる。 

『ごめんなさい』

 慶さんに呆れられてしまった。

 どう考えても私が悪いのに、勝手に目頭が熱くなる。

 泣いたらだめだ。

 せめて一人になるまで零れないように、ぐっと力を込める。

 早く南雲堂を出て行く準備をしなければ。

 私は立ち上がり、顔を上げながら玄関を目指した。

「ちょっと待て!やっぱりお前わかってねぇ」

「慶一郎の言い方が悪いからこうなる」

 震える指で扉に手をかけた瞬間、慶さんが阻むようにそれを抑えつけた。

「泣くな」

「・・・・・」

 泣いてないです、まだ。

 それなのに、優しく話しかけないで欲しい。 

「こっち向け、話は最後まで聞け」

「お嬢さんにも否はあるが、誤解されるような言い方をした慶一郎が悪いのだよ」

 はい、と下柳さんから紙とペンを渡される。

「言いたいことは伝えなければ意味が無い。君は、どうしたいんだい?」

『慶さんや修三さんに迷惑をかけるなら、出ていこうと思います』

 正直な気持ちを書くと、慶さんが脱力したように肩を落とした。

「あのなぁ、家族なんだから、迷惑をかけるのは当たり前だろ」

『家族?私が、ですか?』 

 だって私は居候で、家族だなんて、そんな風に言ってもらえる資格はないのに。

「毎日顔合わせて、同じメシ食って、同じ家で寝てんだろうが。血が繋がってようがなかろうが、そういう関係を家族って言うだよ」

 真っ直ぐに離してくれないその瞳は、私が顔を背ける事を許してくれない。

「家族ってのは迷惑をかけ合うもんだ。それをお前、理解してないだろ」

 家族。そんな風に、思ってもいいのだろうか。

 他人から気味悪く思われること、それが私の日常で、当たり前の事。  

 だから困る。こんな風に言われることに慣れてない。嬉しいと伝えたいのに、どんな顔をしたらいいのか分からない。

 南雲堂に来てから、私はどんどん欲張りになってる。一緒に暮らす彼らがあまりにも暖かくて、彼らの周りにいる人たちが優しすぎて、それに甘えたくなってしまう。

「・・・・だから、泣くなって」

 暖かい手がゆっくりと頬に触れる。

 耐え切れず伝う涙を今度は止める事が出来なかった。


 サンルームに戻ると、ミルクホールで情報収集した結果を彼らに伝えた。

話が一段落すると、私はずっと気になっていた事を聞いてみる。

『そういえば、どうして慶さんはミルクホールに居たんですか?』

 店番をサボタージュすることは多々あるが、大抵は近所の喫茶店にいる事が多い慶さん。カフェーやミルクホールに居ることは珍しいのだ。

「どうしてって、尾行してたから」

『尾行って・・・・・?』

「最近お前、帰って来る度に煙草の匂いさせてたんだよ。何かあったと考える方が普通だろ。お前、隠し事向いてないよな」

 自分では上手に隠せていると思っていたが、彼から言わせると爪が甘かったらしい。

 結局、空回りだったのだ。

「だから今朝出ていくお前の後を追ったんだ。変装してミルクホールで働いてるなんて予想は、さすがにしてなかったけどな」

「それにしても、あの時は部下が迷惑をかけてすまなかったねお嬢さん」

 あの軍人さん達は下柳さんの部下だったらしい。

 自分の監督不行き届きだと頭を下げる下柳さんに、慌てて顔を上げてくれるよう頼む。

 私がグラスを割らなければ、話しかけられることは無かったのだ。

『上手く軍人さんの相手を出来なかった、私が悪いんです』

「君のせいではない。彼らに軽率で野蛮な行動をとらせてしまったのは、上司である僕の責任だ」

「ああいう腕しか取柄のない連中は、お前にしっかり手綱を引いてて欲しいもんだよ」

「すまないね。なんせああいった輩は軍に一人や二人ではないのだ。手綱の方が切れてしまうよ」

 常に完璧に見える彼にも、こんな風に手を焼く事があるのか。 

 なんだか意外だと伝えると、困ったように笑われた。

「謝罪するつもりが、つい愚痴になってしまったね」

『いえ。愚痴なんて、私でよければいつでも聞きます。といっても、気の利いた事はあまり返せないと思いますが・・・・・・』

 今回お世話になった下柳さんに、今度は私が何か返せればいい。そう思って紙を見せると、彼はぱっと目を輝かせた。

「君はいい子だね、慶一郎が可愛がる気持ちがわかるなぁ」

「・・・・・!」

 そう言うと突然大きく手を広げられ、抱きしめられる。

 下柳さんの突然の行動にされるがままになっていると、不意に身体が後ろに引かれた。

「部下が部下なら上司も上司だな」

「失敬な。お嬢さんがあまりに嬉しいことを言ってくれるものだから、西洋風の感謝をしなければと思っただけじゃないか」

 あぁ、なるほど。

 そういえばお父さんもお母さんをよく抱きしめていたっけ。

 下柳さんは留学の経験があると聞いたことがある。外国で暮らしていた時の癖がまだ抜けないのかもしれない。抱擁の意味を理解すると、慶さんに額を容赦なく弾かれた。

「なに納得してんだ。おい一威、少しは自分の立場を考えて行動しろよ」

「可愛らしいものがあれば存分に愛でる、それが僕の信条でね」

「それが迷惑だって言ってんだよ」 

 面倒くさい奴、と口にしながら慶さんは立ち上がり、この部屋を出ようとする。

「慶一郎、何処へ行く気だい?」

「事情を知ってそうなやつに会いに行く。これ以上、事を長引かせると面倒な事になりそうだ」


(七)

 最近まで通っていたはずなのに、今は何故か懐かしい。

 明星女子師範学校、学長室の扉を見つめ、大きく深呼吸をする。

 いくら放課後だといっても、停学中の私がここへ来るのはまずいのではないか。

 そんな心配をよそに慶さんが扉を叩いた。

「邪魔するぜ、六条さん」

「これは、珍しいお客様方だ。慶一郎くんに下柳さん、それに停学中の鈴ちゃんか」 

「随分と厄介な事態になっているみたいだな」

「・・・・・どこまで知ってる?」

「鈴が学費を盗んだと、そう主張する奴にあんたが話を聞いたようだって所までかな。事実なのか?」

「一体どこからそんな情報を仕入れてきたんだか」

 それは、慶さんの言葉を肯定しているような声色だった。

「なるほど、君たちは事情を聞く為に私の所まで来たという事か」

「さすが、話が早い」

「どこから聞いたのか知らないが、それは事実だ。学費を盗んだ彼女の姿を目撃した生徒がいる」

 違う、私は盗んでいないんです。

 鈴が首を横に振ると、六条さんは分かっていると苦笑した。

「もちろんその話を鵜呑みにした訳では無い。だが私の紹介で入った君を快く思わない生徒もいるからね。そういう生徒や親から君を退学させろと、声が上がっているのだよ」

 覚悟していた事とはいえ、いざ事実だと突き付けられると焦燥感が広がる。

 もし、私が彼女たちと信頼関係を作れていたなら、今回のような事にはならなかったかもしれない。

 彼女達から距離を取って、逃げてきたツケが回ってきたのだ。

「それで、鈴を退学にさせるつもりか?六条さんらしくないな」

「いや、僕の希望で彼女に入学して貰ったんだ。そう簡単に退学なんてさせないよ」

 父の意思を引き継いで、私を学校に入学させてくれた六条さんには、本当に感謝している。

 でも彼の立場を危険にしてまで、無理をして欲しくない。

 大丈夫。もし学校を退学になっても、働いてまた、お母さんと一緒に暮らせるように頑張ればいい。

 六条さんにこれ以上負担をかけられない。そう伝えようとノートに手を伸ばしたその時、慶さんにノートを取り上げられた。

「六条さん、頼みがある」

「僕に聞けることなら聞こう」

「鈴を見たって奴の情報をなんでもいい、教えてくれ」

 頼む、と慶さんは静かに頭を下げた。

 私はその姿を、ただ唖然と見つめることしか出来なかった。


(八)

「鈴ちゃんの姿を見たというのは、二年の高原百合たかはらゆりくん。高原子爵の御息女で、二年生の学級委員も務めている。成績優秀、素行も問題のない生徒だ」

六条さんからそう教えてもらい、私達は高原子爵の家へ向かっている。するとふと、下柳さんが面白そうに目を細めた。

「それにしても、慶一郎が人に頭を下げるとはね。珍しいものを見た」

「うるせぇよ。なんで一威までついて来るんだよ」

「一度乗りかかった船だ。最後まで付き合おうではないか。それに、高原家に行くなら僕がいた方が話が早いだろう」

 彼女の家は下柳さんの家と同じくらい立派で、贅を凝らした造りをしていた。

 下柳さんが慣れた仕草で玄関の扉を叩くと、しばらくして高原家の女給さんが顔を出す。

「どちら様でしょうか」

「遅い時間にすまないね。高原百合さんはいらっしゃるかな?」

「お嬢様ですか?まだお帰りになっておりませんが、どのようなご用件でしょうか」

 いきなり妙齢の男性二人と一人の女学生が現れ、不審げな顔をしている女給さんを、下柳さんは人懐っこい笑顔で言いくるめる。

「僕は下柳、下柳一威だ。知人が百合さんと話をしたいと言うのでね。僭越ながら高原家当主と面識のある僕が仲介をと思って」

「し、下柳伯爵の御子息様でございましたか。失礼致しました、ただいまご案内させていただきます。お嬢様が帰られるまでお待ちいただいても?」

「ああもちろんだ。いきなり訪ねてきたのは僕の方だからね。申し訳ないが待たせていただくよ」

 動転している女給さんの案内で、私達はすぐに来賓室へと案内される。

 よかった。下柳さんのおかげでなんとか高原さんと会うことが出来そうだ。


「それにしても、高原子爵の趣味がわかる部屋だね」

 来賓室に飾られた大きな絵や骨董品を眺めながら、下柳さんは難しい顔をしている。

「高原子爵は絵画やアンティークを海外から集めるのが趣味らしい。噂だが、珍しい作品を手に入れる為に金策までしているとか」

「金策してまで欲しい物?金持ちの考える事は理解に苦しむな」

「まぁ、金を使って権力を誇示する必要はない、とは言わないがね。身の丈に合った物を置くべきだよ。でないと宝の持ち腐れになってしまう」

 華族の社会とは、なかなか庶民にはわからない苦労が多いのかもしれない。

 そんな風に思いながら周りを見回すと、少し離れた場所にひっそりと置かれた写真立てが目に入った。

 家族写真だろうか?

 真ん中に小さな女の子、その隣には女の子と年の離れた男の子。後ろに母親と父親らしい人物が笑いあっている。

 あの女の子は、高原百合さんなのだろう。

 きっと、仲のいい家族なのだ。そんな風に考えていると、扉を叩く音が聞こえてきた。

 一人の少女が恭しく礼をしながら部屋に現れる。

「お待たせして申し訳ありません、下柳様。私が高原百合でございます」

 凛とした制服姿の彼女は、笑っている写真の少女とは違い、愁いを帯びた表情をしていた。

 百合さんと一瞬目が合うも、声を掛けられることなく視線を逸らされてしまう。

「はじめまして。君のお父上とは、よく鹿鳴館でお会いするよ」

「父からお話を聞いております、下柳様」

 挨拶を交わし終えると、下柳さんは私と慶さんを彼女に紹介する。

「彼女は初野鈴さん。君はお嬢さんと同じ学校だから紹介するまでもないね。そしてこの無愛想な男は僕の友人で、お嬢さんの家族の慶一郎」

「彼女の家族、ですか?」

「腑に落ちねぇって顔だな」

「彼女とは血が繋がっていないのに、家族という言葉を使うのですね」

 張りつめたような、他者を拒絶したような声が響く。その声を聞きながら、慶さんは呆れたように彼女と向き合った。

「そんなに大切なものか?それ」

「同じ血が流れているからこそ、家族とは尊いものであり、繋がりが濃いものですのよ」

「乳臭いガキがわかったように言うじゃねぇか」

 一触即発の雰囲気に飲まれていると、下柳さんが二人の間に入る。

「少しは大人になりたまえ、慶一郎」

 悪かったねと下柳さんが百合さんに謝罪すると、その場が少し柔らかくなった。

 下柳さんが居てくれてよかった。私一人じゃ、二人の間に入る事も出来なかったに違いない。

「今日は、お嬢さんが学費を盗んだという噂を確かめる為に、話を聞きにきたのだよ」

「そちらの彼女は下柳様のお知り合いですの?」

「ああ。可愛い妹のようなものさ。そんな彼女の疑いを晴らそうと、事情を聞いて回っているのだよ」

「そうでしたか・・・・・・。私が話せる事でしたら、協力しますわ」

 姿勢を正すと、彼女は下柳さんに身体を向ける。どうやら私と慶さんは視界に入れないつもりらしい。

「ありがとう。聞く所によれば、君はお嬢さんが学費を盗んだ場面に出くわしたそうではないか」

 下柳さんの言葉を受け、彼女がちらりと私に目線を向ける。

 そして言い淀むことなく答えた。

「ええ、間違いありませんわ」

 淡々と、事実を述べているというように彼女の言葉が紡がれる。

「彼女が学費を集めた袋を職員室から持ち出すのを、私見てしまいましたもの。下柳様、僭越ながらそちらの彼女と関わらないことをお勧めしますわ。野蛮な庶民の方々と関わると、お家の名に傷がついてしまいます」

「ふぅん。その学費を入れた袋、というのはどんなものだったのかな。生徒全員の学費を入れるのだ、相当な大きさの物だろう?」

 下柳さんが彼女に同調するように会話を進める。

 彼女はそれに満足しているようで、慶さんとの会話では考えられない程、饒舌に話していた。

「確か革製で、茶色の袋でしたわね。学費は、各学年の学級委員長が麻の袋で集めるのですが、すべての学年の徴収分を集め終えると、先生方が革の袋に学費を入れ替えるんですの」

「なるほど、さすが学級委員長を務めているだけある。とても事情に詳しい」

「いえ、下柳様のお役に立てれば光栄ですわ」

「十分だよ。君は想像通りの答えをくれた。やはり六条さんの言っていた通りだな、慶一郎」

「ったく聞き方が遠回りなんだよお前は」

「お嬢さんを陥れた張本人であっても、レディには優しくするべきだからね」

「・・・・・下柳様?」 

 二人の会話に何か感じ取ったのか、百合さんは訝し気な表情になる。

 そんな彼女に、慶さんが席を立ち詰め寄った。

「生徒全員分の学費は、全て集まり次第、副校長が責任をもって革袋へ学費を入れるんだってな」

「・・・・・そうらしいですわね」

 彼女はあからさまに眉を顰めた。それが何か?と言いたげな表情だ。

「六条さんは言ってたよ。盗難防止の為に、革袋に学費を入れることは職員しか知らないってな。それは学級委員であっても知らないはずの事なんだそうだ」 

「え・・・・・」

 彼女の顔からさっと血が引く。

「なぁ、なんでお前がその革袋の存在を知ってるんだ?」

 まるで調べたみたいに詳細に、と続ける慶さんを、百合さんが睨みつける。その指はカタカタと震え、そして耐え切れぬように、彼女は慶さんから逃げ出した。

「おい・・・・・!」

 百合さんがテーブルに置かれた写真立てを手に取り、そのまま思い切り床に叩きつける。

 硝子がぶつかり合い、高い音が部屋中に響いた。


 危ない!

 私は気がついたら、走り出していた。夢中で彼女に思い切り腕を伸ばす。

 家族が、音を立てながらバラバラになる。

 百合さんは床に散らばったガラスを一つ手に取ると、ゆっくり自身の首にガラス片を振り下ろそうとしていた。

「鈴!」

「お嬢さん!」

 遠くから、慶さんと下柳さんの声が聞こえる。

「あ、あなた何を・・・・・」

  すぐ傍に、百合さんの顔がある。その首元を恐る恐る窺うと、そこに傷は無かった。

 なんとか間に合ったみたいだ。

 ほっとして座り込んだ私を、苛立ったように慶さんが立ち上がらせた。

「何やってんだこの馬鹿」

「お嬢さん、傷が・・・・・」 

 下柳さんの言葉に自分の掌を見つめる。

 手袋は破け、そこから覗く素手はガラスでぱっくりと切れていた。

 私の手を取ろうとする慶さんから慌てて距離を取ると、彼は眉間に皺を寄せた。

「今そんな事気にしてる場合か。いいからこっち来い」

 そんなのはダメだ。

 慶さんが私に触れれば、私は彼の過去を視ることになってしまう。

 彼は視られたくないはずだ。

 初めて慶さんと出会った時を思い出し、首を横に振る。

 もし、慶さんにとって忘れたい記憶がまた流れてきたら。そう思うと、怖い。

 私は慶さんのあんな顔、視たくはない。

 頑なに拒む私に、慶さんは深くため息を吐いた。

「一威、お前手袋持ってるか?」

「手袋?ああ、持っているが」

 下柳さんが投げた手袋を、慶さんがはめる。これでいいだろうと、彼は有無を言わさずに強い力で私を引っ張った。

「放っておいたらまずいってお前、わかってるだろ。ちっとは大人しくしてろ馬鹿」

 彼の手が傷に触れる。

 手袋越しの体温に、私はなぜだか少し、泣きたくなったのだ。

 

 一通り手当てを終えると、下柳さんが改めて彼女に切り出した。

「学費は君が盗んだ、そうだろう?」

「・・・・・はい」

 茫然としながらも、彼女がそう答える。

 その姿はもう、すべてどうでもいい言っているように見えた。

「私が、学費を盗みましたの。先生方が部屋を空けた時を見計らって」

「どうしてお嬢さんの学費だけ盗まなかった?なぜ彼女を犯人と思わせるような事を・・・・・」

「そんなの、下柳様はおわかりになるんじゃなくって?」 

 わかっているのに言わせるなんて、と彼女は乾いた笑みを浮かべた。

「彼女は私達とは異なります。庶民の家柄、異人の姿をした容姿、そのすべてが生徒達の注目を集めている」

「そんな彼女なら、盗みを働いたとしても誰も疑わないと?」

「ええ、それに彼女は声が出せない。犯人に仕立てるのに、これ以上都合のいい人材は他におりませんわ」

 微笑みながら百合さんは顔を伏せた。

 なぜだろう。その口調とは裏腹に、彼女の表情は穏やかに見える。

「彼女が下柳様の知り合いだとは思いませんでした。もう少しで、私の思うようになりましたのに」

「誰の差し金だ」

「誰とは?」

 慶さんは、どこか確信したように百合さんへ言葉を投げる。

「お前の意思で盗んだとはどうにも思えねぇんだよ。父親か?母親か?それともお前の兄か?どいつに言われて盗んだ」

「・・・・・何をおっしゃっていますの?」 

 壊れてしまった写真立てに入っていた、柔らかな時間が流れているあの写真。

 彼女の家族は、変わってしまったのだろうか。

 そう思うと床に散った写真は、どこか作り物のように見えた。

「盗みを強要したのは君の父上だろう?」

「そんな事・・・・・!」

「君の家は、借金にまみれ壊れかかっている。社交界では有名な話だ」

 下柳さんは彼女に一歩近づき、その顔を指で持ち上げながら見下ろす。

 しかし彼女は、毅然として言い切った。

「そんなこと、ありませんわ。代々続く高原家が壊れるなんてそんなこと」

「誰よりも、君が知っているはずだ。金策も尽き、君自身が借金の糧にされようとしているのだから」

 借金の、糧。それはつまり・・・・・

「そんなこと、ありえませんわ」

 彼女は叫んだ。顔を歪ませて、私達を睨みつける。

「あの学費があれば、心配ありませんもの。私を縁談に出さずに済むと。父はそう、約束してくれましたもの」

そうか。彼女は望まない結婚を避ける為、あんなことをしたのか。

「娘を騙して盗みをさせる、ね。随分立派な父親もいたものだ」

「そんな額ですべての借金が返せるわけでもあるまい。盗んだ金は、父親に渡したのかい?」

「・・・・・父は本日出張から帰ってくる予定です。お金はまだ、私の部屋ですわ」

 それを聞いてほっと胸を撫で下ろす。

 生徒全員分の学費だ、お金が返ってこなければ、盗んだ人物がわかっても生徒たちの不満は爆発してしまう。

 あと少し、ここへ来るのが遅ければすべて手遅れになってしまう所だった。

「その父親が帰って来る前に、盗んだ金を渡してもらおうか」

 慶さんが座り込んだままの彼女を起き上がらせ、部屋を出て行こうとしたその時、慶さんが手をかけるより早く扉が開いた。

「これはこれは、下柳様」

 現れたのは恰幅のいい男性だった。笑顔を浮かべながら、私達に近づいて来る。

「お父様!」

 彼は百合さんに目もくれず、下柳さんの隣へ立つと挨拶を始めた。

「久しぶりですな。なんでも我が娘に会いに来たと」

「ええ、まぁ」

 下柳さんが言葉を選ぶように答えると、彼は満足げに口を緩めた。

「百合を気に入っていただけるようでしたら、ぜひ下柳様の妻の候補としてお考え下さい。いつでも嫁に出す準備は出来ておるものですから」

「そして婚姻の暁には、借金を返せるくらいの金を一威から貰おうってわけね」

「誰だね、君は」

「貴族様に名乗る程の者じゃねぇよ」

 高原子爵は怪訝な顔を向けるが、慶さんは肩を竦めるだけだった。

 その様子に、高原子爵が腹を立てるのがわかる。

 彼は慶さんに下柳さんとの会話を遮られて、酷く不機嫌になっていた。

 下柳さんは、そんな彼に笑みを浮かべる。

「高原子爵、貴方は何か勘違いされている」

「どういう事ですかな?」

「せっかくだがその提案は丁重に断る。娘を脅して、盗みを働かせる貴方のような父を、僕は義理だとしても父とは呼びたくないのでね」

「な、まさかお前裏切ったのか!」

 百合さんに近づいた子爵は、容赦なく彼女の頬に殴りかかろうと腕を振り上げる。

しかしその直前、慶さんがその腕を抑えつけた。

「どこまでも身勝手な奴だな」

「お父様、違いますわ。私は裏切ってなんて・・・・・」

「黙れ!お前は親の顔に泥を塗る気か!」

 興奮している高原子爵の声と、百合さんの悲痛な声を遮るように、突然パンっと大きな破裂音が響いた。

「・・・・・!」 

 興奮した彼女達を抑える為、下柳さんが両手を思い切り叩き合わせたのだ。

 水を打ったようにしんっとした空気が、辺りを包み込んだ。

「落ち着き給えよ子爵。いや、もうすぐ貴方は子爵ではなくなるのか」

「何を、言って・・・・・・」

 顔を青くしながら動揺する高原子爵に、下柳さんは落ち着きを払った声で言い放つ。

「高原子爵、速やかに爵位剥奪の手続きを。貴方に華族を名乗る資格などない」 


(九)

 百合さんから学費を返され、私達は再び学校を訪れた。

「やはり、彼女が盗んでいたのだね」

「ああ、六条さんの読み通りだ」

「そうか・・・・・」

 私達が高原家に足を運ぶ前から、六条さんは百合さんが学費を盗んだ事に気づいているようだった。

 彼女の家に借金がある事、学費の回収方法に革の鞄を使う事、それらを教えてくれたのは六条さんなのだ。

『百合さんは、どうなるのでしょうか』

 父親の爵位が無くなった後、彼女はどうなるのだろう。この学校に通うことはもうないのだろうか。

 そうだとすれば少し、やりきれない。

 そんな私の考えを見通したように、六条さんは断言した。

「彼女には学校に残ってもらうよ。家がどうだろうと関係ない、私の大事な生徒だからね」

「金を盗むような人間に手を差し伸べるってか」

「生徒を更生させるのも学校の役目だよ、慶一郎君。鈴ちゃん、君は納得してくれるかい?」

 もちろんだ、と私は頷く。

 すると六条さんは安心したように息を吐いた。

「まずは学費盗難騒動を収束させないとね。高原さんには鈴ちゃんが学費を盗んだという報告を撤回するよう、私から話をしておこう」

「あいつ、そう素直に撤回するか?」

「撤回しなければ事実を公表する。そう言えば彼女は喜んで条件を飲むだろう」

『でも、そうしてしまうと今度は百合さんが非難されるかもしれません』

「学費は先生方の部屋から見つかった。最初から奪われたのではなく、紛失していた事にしよう。多少無理のある言い訳だが、学費はすべて戻って来た。誰も文句はないだろう」

 速やかに収束させるのが私の仕事だと言う六条さんの言葉に、肩の力が抜ける。

『私、百合さんとお友達になりたいんです』

「突然どうしたんだい?鈴ちゃん」

 慶さんと下柳さんは驚いているが、私はここに来るまでずっと、考えていたのだ。

 私が学校の人達に少しでも受け入れてもらえていれば、今回の件はこんな大事にならなかったのではないかと。

『私は、学校の人達に自分を理解してもらう事を諦めていました。いつか仲良くなれたらいい、そんな事を思ってた。でも、受け身のままじゃ、いつまでも変わらない。まず、私から人を理解したい。だから百合さんと仲良くなりたいんです』

「だからってお前を利用した張本人と仲良くなるとか・・・・・馬鹿なの?」

『これでも特待生です』

 馬鹿馬鹿と言われているが、勉強には少しだけ自信がある。失礼ですよと胸を張ると、慶さんに呆れられた。

「簡単じゃないと思うけど。まぁ、程々に頑張れ」

 確かに彼の言うように簡単ではないのだろう。

 それでも少しずつ、彼女の本心を知りたい。

 華族という檻から出た彼女と、私はどれだけ向き合えるか。

 少しの不安と楽しみを想像しながら、私は停学後の生活に胸を躍らせた。


(十)

 六条さんの部屋を出た後、そのまま南雲堂へ戻る。

 買い物をしたいという一威にしつこく頼まれ、鈴が夕飯の準備をしている間だけ店を開けることにしたのだ。

「そういえば悪い、手袋だめにしちまった」

 一威から借りた手袋を見ると、鈴を止血した時の血が所々に飛んでいた。

「構わない。どうせ消耗品なのだから」

 処分しておいてくれという言葉に頷くと、一威は本心がわからないような笑みを浮かべた。

「それにしても、今日は珍しいものを見た」。

「珍しい?」

「出会って半年もしない彼女の為に、君がここまで必死になるとは思わなかったよ」

 反射的に一威を睨む。だが、俺の視線を受け入れ、なお真っ直ぐに見つめられた。

「お嬢さんを気に入っているからなのか、それとも別に、目的があるからなのか」

「何が言いたい」

「お嬢さんを気に掛けるのと、椿ちゃんの件は関係あるのか、とどうしても気になってしまうのだよ。君は見返りもなく人助けをする性格ではないしね」

「考えすぎだろ。椿の件だって、軍から情報がもらえれば楽なんだけどな」

「慶一郎」

 俺を見る一威の目がすっと細められる。

 その瞳に映る感情は同情か、怒りか。

 まぁどちらだって構わない。

「椿ちゃんの事を忘れろ、とは言わない。あんな最期だったんだ、忘れられるはずがない」

 そう、忘れられるはずがない。あの日の事は今でも鮮明に思い出せる。

 だから俺はどんな手を使ってでも、あいつを殺した犯人を・・・・・

「犯人に怒りを覚える。お前に同情もしてる。でも僕は、復讐をしようとしているお前に手を貸そうとは思わない。わかっているだろう?」

 こいつはいつだって正しくあろうと生きている。

 時々憎らしくなる程に、それは徹底している。

「もしお嬢さんを利用しようとしているのなら、彼女とはすぐに距離を置け」

「その理由は?」

「過去を過去とする為、必要な事だからさ。生きているものは先に進む事が死者に対して悼む事と同義だ。復讐に囚われると、君が前へ進めない」

 先に進む。そんなもん、とっくに諦めてる。

「俺は、自分のしたい事を貫く。例え誰にどう思われようと、誰を裏切ろうと」

 一威の言う通り、俺はあいつを利用しようとしている。

 最初から、それが目的で傍に置いている。恨まれる覚悟はもう出来ている。

 黙る俺に、一威はそれ以上追及する事は無かった。

 俺は初夏の暑さに舌打ちしながら、ゆっくりと目を閉じた。


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