第16話 紫竜

 どうにか追跡を振りきってフレイアの街までたどり着いたけれど、城門は分厚い扉によってしっかりと閉ざされてしまっていた。


 変身を解いて騎竜から人間の姿に戻り、

「すいません。誰かいませんか」

 と城門に向かって声をかけた。城門の内部の覗き窓が開き、男の人が顔を出して言った。

「旅の者か? すまんが今は誰も入れることができないんだ。魔物の群れがこの街を狙っていてな。危ないから早くここを離れたほうがいい」

「違います。わたしはライムの、守護魔導師のライム様の使いでやってきました。名前はカオルコといいます」

「ライム様の使いだと? 見覚えがないな。本当なのか?」

「本当です。急ぎの用があるんです。ラクテアさんを呼んでください」

「ラクテア様は今お忙しいのだ。取次などできん」

「もう、こっちは王都からわざわざ来たのよ。なんでそんな意地悪をするの?」

「意地悪などではない。こっちも仕事なんだ」

 ただでさえひどい目に合わされているのに、その言葉にカチンときた。

「あのね、わたしがその気になればこの扉を壊して入ることも、城壁を飛び越えることだってできるのよ」

「ははは、お嬢さん、冗談言っちゃいけない。この扉を壊すだって」

「笑ったわね。見てなさいよ」

 わたしは魔具を取り出して、火竜へと変化してみせた。

「コレデ、ドウダ。トビラヲコワセバ、ナットクスルカ」

「わ、わ、分かった。すぐに呼んでくるからそこで待っていろ。あとあれだ、早く元の姿に戻ってくれ」

 思考を半分ドラゴンに支配されたわたしは一瞬、このままぶち壊して入った方が手っ取り早いんじゃないかと思いかけたけど、間一髪のところで理性がそれを思いとどまらせ、元の姿に戻ることができた。ドラゴンに化けるのはちょっと危ないなあ。


 しばらく待っていると扉がギシギシと音を立てて少しだけ開いた。街の内側からラクテアが手招きしている。扉の隙間を通って中に入ると、ラクテアが呆れたような声で言った。

「城門の外側で魔法使いが火竜になって暴れているって聞いて来たんだけど、あんただったのね」

「別に暴れてなんていませんよ。意地悪を言って締め出そうとするからです」

「ところで、ライム様はどうしたの? アルピコも姿が見えないようだけど」

「実はちょっと大変なことがあって、ライムはここに来ることができないんです」

「何があったの? いや、ここじゃない方がいいわね。屋敷に戻りましょう。さあ、私の手を取って」

 ラクテアの手を握ると、ふたりの体はふわりと宙に浮き、周囲を薄紫色の球体が覆った。それから一気に加速して上空に舞い上がり、気がついた時にはすでに屋敷の中庭に立っていた。


 中庭はこの前とは打って変わってざわめいていて、ライムの弟子たちなのだろう、何人もの魔法使いが魔具の兵士を呼び出したり、街の守りについて話しあったりしている。

 屋敷の中に向かう途中にも、何人かの魔法使いが彼女に指示を仰いだり、街の周囲の状況について報告したりしていた。

「ラクテアって偉いのね」

「別に偉いことはないけど、ライム様がいない間の代理を任せられているから。さあ、ここが私の部屋よ。ここなら誰かに聞かれる心配はないわ。どうしてライム様が来られないのか、理由を教えてちょうだい」

 わたしはこれまでのことをかいつまんで話した。準決勝で敵に毒を盛られたらしいこと。いまはアルピコが治療をしているけれど、2,3日はかかるらしいということ。そしてわたしがここまでたどり着くまでの間に魔物に襲われたことを。

「じゃあ、魔物の群れの中に、それを率いる魔法使いがいたということね」

「多分そうだと思う。森に逃げ込んだ時も、その魔法使いがコボルドたちに指示を出していたから」

「やっぱり後ろで誰かが操っていたのね。あなたと最初に会った日のことを覚えている?」

「あ、あの、騎竜に変身していた時の」

「そうそう。ずっとこの辺りの魔物の様子が怪しくて密かに探っていたんだけど、今まで敵対していた部族や違う種族の魔物たちが一箇所に集結しているという噂があったのよ。やっぱり誰かが裏で糸を引いていたのね」

「それなら、そいつらをやっつければ街を襲おうとする軍勢を止めることができるのかな」

「それは確かにそうだけど、そう簡単にいくかしら。敵の魔法使いは何人もいたのよね。私と、ここにいる仲間だけで勝てるかどうか…。ところでカオルコ、あなたはどうやって魔法使いから逃げ出すことができたの?」

「あ、わたしもよく分からないんだけど、相手が魔法を使おうとした瞬間に消えてしまうんです」

「消える? どんな感じに?」

「なんというかこう、無効化するみたいな。ラクテアはそういうことできないの?」

「攻撃魔法から身を守るときは、避けるか魔力で受け止めるかするわ」

「そういうのじゃなくて、あ、そうだ。魔法を使うときって、魔具を使うんだよね?」

「ええ、そうよ。魔具の組み合わせによっていろんな魔法を扱うことができるの」

「それを解くと無効化できるみたいなの」

「解く、ですって? 言ってる意味がわからないわ」

「じゃあラクテア、わたしを何か適当な魔法で攻撃して」

「あなた本気で言ってるの? この前まで魔法も使えないただの人だったのに」

「大丈夫。あー、でも、できれば死なない程度の軽いやつでお願いします」

「分かった。軽いのだったらこれね」

 そう言ってラクテアが手を振ると、彼女の周りに瞬く星の輝きが現れ出し、そして次の瞬間、例の力が発動した。

 周囲の時間がストップし、ラクテアの指先のあたりに魔棋の詰将棋が現れた。これは簡単、頭金で一発ね。

 すると再び時間が動き出し、ラクテアの周りに集まり始めた星の輝きは点滅してすべて消え去った。

「え、何? なにが起こったの?」

 ラクテアは目を白黒させて驚いている。

「ねえ、今の魔法って、もしかしたらこういうのじゃないかな」

 そう言って私は懐の小袋から魔具を取り出して、詰将棋の形に並べてみせた。

 玉将の前に一マス空けてこちら歩兵がいて、その隣には金将がいる形の詰将棋。一手目で金を玉の前に動かせば詰みになる形だ。それを見て、ラクテアはぎょっと目を見開いた。

「そう、だけど、これがどうして分かるの?」

「相手が魔法が発動する前にこの配置が見えるの。それを解くと、魔法が消滅しちゃうみたい」

「確かにあなたの言うとおり、魔法は魔具をこういう形に並べて発動させるものよ。それが見えて魔法を消滅させることができるなんて、ほとんど無敵じゃない。ねえ、一緒に黒幕の魔法使いたちを倒しに行きましょうよ。あなたが防御で、私が攻撃。二人で組めば最強よ」

「操っている奴らを倒せば、魔物たちがこの街を襲うこともないということね」

「そう。早速出るわよ」

 中庭に出ると、ラクテアは漆黒の鱗を持つ黒竜に変化した。

 それから鉤爪の手で器用に首の後に鞍を取り付けて、

「さあ、わたしに乗って」

 と言った。尻尾の方からよじ登って鞍にまたがると、ラクテアはすぐに羽ばたいて飛び上がった。

 高い!

 下の地面を見下ろすと目が眩みそうだ。自分で竜に変化して飛んでいるときは全然気にならないのに、人の背中にまたがっていると怖すぎる。

 ラクテアの背中にしがみつくようにしていると、

「どっちの方向?」

 とラクテアがうなった。

「あっちの海岸線沿い」

 その声に反応してさらに速度を上げ、ほとんど目が開けられないほどの速度でラクテアは飛んだ。


「いた。あいつらね」

 そう言ったかと思うといきなり急降下して口を大きく開き、息を大きく吸い込んで稲光の束を吐き出す。バリバリという音を立てて空気を切り裂き、地面の妖魔たちを薙ぎ払った。

「ねえ、竜がこんなに強いんだったら魔物の軍勢に襲われたって大丈夫なんじゃない?」

 ジェットコースターよりも激しい動きで息も絶え絶えになりながらそう尋ねてみた。

「竜になったら敵の魔法から身を守るすべがないのよ。だからあなたを連れてきたんじゃない。私が大暴れしていたら魔法使いが出てくるはず。その時は頼むわよ」

 それからもラクテアは、一人で軍勢をすべて駆逐するぐらいの勢いで縦横無尽に暴れまわった。


「来た!」

 ラクテアが叫んで急旋回をした。振り落とされそうになりながらもそちらを見ると、さっきまでわたしたちが飛んでいたところを銀色に光る槍が通過していった。

「ラクテア、もっと低く飛んで。この距離じゃ相手が見えない」

「分かったわ。しっかりつかまって」

 高度を落として地表近くまで来ると、あたりをぐるりと魔法使いたちに囲まれていた。そいつらが次々と唱える魔法を、わたしが早押しクイズのように詰将棋を解いて無効化していくと、ラクテアがひとり、またひとりと雷撃で撃ちぬいていく。


 やがて魔法が効かないと悟ったのか、残った魔法使いたちが紫色の竜へと変化し始めた。

「カオルコ、ここは危ない。下に降りて隠れていて」

「大丈夫。わたしも協力するわ」

 鞍の安全ベルトを外し、わたしは火竜の姿に変化した。

 敵は10匹の紫竜。一方こちらはラクテアとわたしのふたりだけ。数的には不利だけど、これでやるしかない。わたしの中のドラゴンの心が目覚め、全身に闘争心がみなぎっていく。

「ラクテア、わたしの後に続け」

「は? あんた何言ってんの?」

「つべこべ言うな!」

 そう言ってわたしは、体をきりもみ回転させながら炎を吐き出して、燃え盛る竜巻のようになって10匹の竜のどまんなかへと突っ込んでいった。

 たまらずバラバラに別れた紫竜をラクテアの電撃が一匹ずつ仕留めていく。

 最後に残ったひときわ大きな一匹が、口から毒霧を吐いてラクテアに吹きかけ、一瞬怯んだ隙に首元に噛み付いた。二匹はもみ合いながら地面に激突した。

 ここから火を吹いたらラクテアも焦がしてしまう。わたしは絡みあう二匹の上空まで降りて、紫竜の背中を足で掴んで持ち上げた。そしてラクテアが吐いた電撃が紫竜の体を貫く!

 もがき苦しんだ紫竜はやがてぐったりし、人間の体に戻った。

「こいつが親玉に違いないわ。このままフレイアに戻りましょう」

「分かったわ」

 魔法使いを爪に引っ掛けたまま、わたしたちは二匹の竜の姿のまま街へと羽ばたいた。


「ねえ、あなたさっき凄かったわよ。わたしの後に続け! とか言っちゃって」

「ごめんなさい。この姿だと時々、自分が自分じゃなくなるみたいで」

「竜の姿になると、自分の奥底にある獣の本能が目覚めるんだって」

「え、そうなの?」

「姿は普通の女の子なのに、中身が竜だなんて恐ろしい子ね」

 そう言ってラクテアは竜の姿のままガハガハと笑った。笑うたびに口の端から電撃がこぼれ出た。


 館に戻ったわたしたちは魔法使いを縛り上げた。

 何の目的で、誰の差金で妖魔たちを軍勢に仕立て上げていたのか尋ねても一言もしゃべらなかったが、胸元から一枚の紙が出てきた。それを見たラクテアの表情は一変した。

「これはドラッケン伯爵の署名! 黒幕はあいつだったのね。一緒にいくわよカオルコ。伯爵を捕まえて、奴の陰謀を防がないと」

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