第14話 毒
魔導大会2回戦の相手は冥界の魔導師プルトーン。
青白い顔に頭髪も眉も剃り落とし、死霊を呼び出すというだけあって、本人も亡霊の姿をしている。連れている二人の従者は小学生ぐらいの小柄な男の子で、同様にツルツルの頭をしている上、顔面に刺青なのか装飾なのか、びっしりと文字が描かれていた。
戦い自体は食屍鬼に頭をかじられそうになったり、ミイラの包帯に首を締められたり散々な目にあったけれど、難なく、と言ったら様々な魔法の餌食になってしまったライムに悪いけれど、今までと同じように早仕掛けが功を奏して勝ち切ることができた。
だけど部屋に帰ってきた途端、ライムは膝から崩れ落ちてしまった。慌てて駆け寄って助け起こすと、体がものすごく熱くなっている。これは、タルージャの病気と同じもの?
ライムをベッドに寝かせて、慌てて人を呼んだ。
翌日になっても、ライムは相変わらず高熱にうなされている。さすがにずっとここにいたら現実世界の生活ができないから様子を見ながらこちらとあちらを行ったり来たりしているけれど、意識が戻る気配が全くない。時々医師がやってきて脈を取ったり薬を飲ませているけれど、本当に効いているのか分からない。
このままライムの意識が戻らなかったら、桂太との決勝戦は不戦敗になってしまう。わたしだけでは大会に出られないし、桂太はこのままこっちの世界に残ることになってしまうんだろう。
熱で額に汗を浮かべて苦しい表情のライムの顔は、わたしと対局している時の来島四段の顔に瓜二つだ。だけどわたしにとっての本物は、来島四段の方。
でも、桂太にとってはわたしよりも、あのプリムって子の方が本物なのかもしれない。そう思うと胸が痛む。桂太はわたしのことが好きじゃなかったのか。わたしと同じ顔をしていても、あの子はわたしじゃないのに。
気が付くと、コンコン、という音が聞こえてきた。
音のする方を探して見回すと、一羽の小鳥がくちばしで窓ガラスをつついているのを見つけた。窓に近づいても逃げる気配がなく、わたしの顔をじっと見つめている。
その表情に訴えかけるものを感じ、背伸びをして窓を開いた。小鳥はそれを待っていたかのように部屋の中へと入ってきて、そして次の瞬間、その姿はアルピコへと変化した。
「マスター、大丈夫ですか!?」
人間の姿に戻るなり、アルピコはライムの枕元に駆け寄って声をかけた。
「カオルコさん、マスターはどうなってしまったんですか」
「この前の試合の後に突然倒れて、それからずっと意識が戻らないの」
「ああ、そうだったんですね。実はマスターから連絡を受けていたんです。試合が終わって連絡がなかったらこっちに来てくれって。こうなることを予想していたんですね」
「どうして急にこんなことになっちゃったんだろう。病気にする魔法なんてかけられた覚えがないんだけど」
「これは魔法ではないと思います。毒ですね。どこかに刺された傷などありませんか?」
そう言ってアルピコは、寝ているライムの首筋や手首をまくって調べだした。
「これです」
手首にあるぷっつりとした赤い点を指差した。
「カオルコさん。最初に、対戦相手と握手をしたりしましたか?」
「あ、うん。ずいぶん丁寧な人だなって思ったけど」
「もしかしたらその時に毒を注射されたのかもしれません。痛みを感じない程度の微量の毒ですから意識がもうろうとするだけで命には別状ありません」
「そうなんだ。良かった」
「それにしても困りましたね。マスターには魔導大会なんかよりも、早く街に帰ってきてもらいたかったんですけど」
「フレイアで何かあったの?」
「そうなんです。大変なんです。次から次へと魔物が押し寄せて、今はラクテアさんがなんとか食い止めていますが、防ぐので精一杯の状態なんです。ずっと兆候はあったんですが、まさかマスターの留守の間にやってくるなんて」
「お医者さんが言うには、1週間くらいで毒が抜けるって」
「それだと間に合いませんね。わたしにまかせてください」
そう言うとアルピコは呪文を唱え始めた。ローブの袖からするすると植物の蔦が伸びてライムの首筋に取り付くと、蔦の色がみるみる赤く染まっていく。
「ねえアルピコ! 何をしてるの!?」
「大丈夫です。マスターの血を吸血植物に吸わせて、不純物を取り除いてまた戻すだけです」
本当かな。顔色がどんどん青ざめているように見えるんだけど。
「ねえアルピコ、ライムが治るまでどのくらいの時間がかかるのかしら」
「う~ん、多分2、3日もあれば」
「それからフレイアに戻って魔物を倒して王都に戻ってくるとしたら、5日後の決勝戦には間に合うかしら」
わたしの言葉にアルピコがビクっと体を震わせた。
「カオルコさんはお客様なのであまり失礼なことは言いたくありませんが、この期に及んで魔導大会のことなどはどうでもいいのです。街の人々が危険にさらされているんですよ!」
アルピコは真剣だ。自分が桂太を取り戻したいからって、ライムの力にと寄り切っていたらダメだ。わたしがなんとかしないと。
「ねえ、わたしが行ったらダメかな」
「カオルコさんがフレイアに、ですか!」
アルピコは目をまん丸にして驚いた顔になった。
「でもカオルコさんは魔法が使えないじゃないですか。どうやって魔物と戦うつもりですか?」
「でもわたし、試練の洞窟はレベル100までクリアしたよ」
「そう、ですけど、魔法を扱う能力と魔力は別物ですし…。あ、カオルコさん、自分の魔具はお持ちですか?」
「うん。レベル100になった時にサングリアからもらったものがあるわ」
「ご存知かもしれませんが、魔具の使い方には大きく三種類あります。ひとつはいま私がマスターを治療しているように、魔具を組み合わせて魔法を使うやり方。それから、一つ一つの魔具を兵士やメイドとして召喚して使役するやり方。最後のひとつが魔具の力を自分の体に宿して変化するやり方です。このうち、魔法については使い方を学ばなければ扱うことができません。ですがあとのふたつについては、魔力と魔具があれば特別な訓練無しでも使うことができます」
「さっきアルピコが小鳥になって飛んできたみたいに?」
「はい。フレイアの街からここまで人の足で歩くと何日もかかりますが、鳥の姿だと一日で飛んでこれます。何に変身するかはその人の相性によるんですよ。カオルコさんもちょっとやってみてください」
「分かったわ。どうしたらいいの?」
「まず、
言われたとおりに魔具を右手に握って、拝むようにして精神を集中させた。すると手の中から光の粒子が溢れだしてわたしの体を包んだ。
視線がどんどん高くなって、頭にガシャンと何かがあたった。体が浮かび上がった?
何かがパラパラと砕けても勢いは止まらず、ぐいぐいと頭が天井に押し付けられて首が痛い。肩も背中も壁に押し付けられてぎゅうぎゅう詰めになってしまった。一体どうなっているの? 頭上に手を伸ばそうと右手を持ち上げると、そこにはウロコだらけの鉤爪があった。
「カオルコさん! 一旦戻ってください。部屋が壊れます」
どうやらわたしの体は巨大な竜になってしまったみたいだ。アルピコは戻れって言ってるけど、どうやったら戻れるの?
「ガウガウワー」
口を開いても声に出るのは吠える声ばかり。あ、喉の奥に何かある。スーッと息を吸い込むと、アルピコが大慌てで叫んだ。
「やめて! 部屋の中で炎を吐かないでください」
危ないところだった。なるべく静かに息を吐き出すと、口の隙間からチロチロと炎が吹き出された。ああ、これを思いっきり吐いたら気持ちよさそうだなあ。
「右手を開いて、魔具を開放するの!」
ああ、右手? これかしら。言われたとおりに右の前脚の指を開いてみると、手のひらの中央に魔具が埋め込まれていた。それを左前脚の鉤爪で引っ掻くとぽろりと外れ、わたしの体はみるみる小さくなって元の姿に戻った。
「わあビックリした! ビックリしたよ!」
「驚いたのは私の方です! 部屋の中であんなに大きな竜に変身するなんて」
部屋が小さくなったんじゃなかった。わたしが部屋いっぱいに大きくなったのだ。見上げると天井のシャンデリアは無残に押しつぶされてガラス片が床に散らばっていて、壁際のタンスもひしゃげてしまっている。
「だって知らなかったんだもん。それに、いきなりやってみろって言ったのはアルピコの方じゃない」
「そうでした。えへへ。ごめんなさい。それにしても、カオルコさんはすごい才能の持ち主ですね。普通はここまで大きな竜には化けられないものです」
「これならすぐにフレイアに行ける?」
「はい。かなりの速度が出るはずです。ただ、気をつけて欲しいのはさっきも言ったとおり、魔力が切れると変身が解けてしまうことです。大きな体は魔力の消耗も大きいですので、空を飛んでいる間に人間に戻らないように気をつけてくださいね」
「わかった。気をつけるわ」
「フレイアの街はここからほとんど真南の方向にあります。あそこに見える山の頂上に向かってまっすぐ飛んでください。そこから見える海岸線沿いに進めば街にたどり着けるはずです」
「うん、それじゃ、ライムを頼んだわよ」
「はい。マスターが治り次第、わたしたちもフレイアに向かいます。街の周りには魔物の軍勢がうようよしているはずです。くれぐれも無理をしないでください」
「それじゃ行ってくるね!」
部屋を出て階段を降り、中庭に出てから二度目の変身をした。
今度は広いから体をのびのびと伸ばせる。二階にいるアルピコがこちらを見て、手を振ってくれた。足元には人がやってきて、「王宮で竜に変化するなんて」「無礼者め」などとわーわー言っているので、うるさくなる前に飛び立つことにした。
竜の体になったわたしにとっては、飛ぶことなんてスキップをするぐらい簡単なことだった。「飛ぼう」と意識する間もなく背中の羽が広がって羽ばたき、わたしの体は宙に躍り出た。
さらに高く高く、魔導学院の塔のてっぺんよりも高く舞い上がって、あまりの開放感にめいっぱい炎を吐き出した。ドラゴンって、気持ちいい! 頬をなでる風も、全身にみなぎるはち切れんばかりのパワーも、感じるもの全てにおいてわたしがこの世の生き物のうちで頂点にある存在だと自覚させてくれる。
おっと、あやうく身も心もドラゴンになってしまうところだった。思考のうちの”わたし”がアドバンテージを取り戻すと、頭のなかがすっと冷めるような気持ちになった。もっと竜的な熱狂に包まれていたいような気もしたけれど、ここは冷静になってアルピコが言っていた山の姿を探す。
(あそこか)
「オオオオオーン」
わたしの思考にあわせてドラゴンの体は雄叫びを上げ、巨体を震わせて山の頂上めがけて羽ばたいた。
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