第12話 桂太
「ねえライム、髪の毛変じゃない?」
「はいはい。大丈夫だよ」
いくら話しかけてもライムは上の空で、そんなことどうでもいいっていう態度でこっちをチラッと見るだけ。わたしは大きくため息をついた。
「はあ。開会式だって言うから普通に来たのに、よく話を聞いたら晩餐会だっていうじゃない。こんなことなら美容室でも行ってくれば良かった」
「ほんとにもう。あのね、誰もカオルコのことを気にする人なんていないから。君はフードを被って下を向いて、怪しまれないように振る舞っていればいいの」
そう言うとライムはわたしのローブのフードを無理やり頭にかぶせた。
「もう! 髪の毛ぐちゃぐちゃになっちゃったじゃない」
「はいはい。もう時間だから行くよ」
迎賓館の宿泊棟の隣にある大広間は、他の国の貴族や王様を歓迎するために作られたというだけあってその豪華さはテレビでも見たことがないぐらいだった。
集まった来賓客や出場する魔導師とそのお供は、最初に青の間に通された。
海底をモチーフに作られていて、薄青く彩られた壁はわずかに歪み、ステンドグラスから入り込む日差しも、水の中から見上げているような色彩に染められていた。柱はサンゴをイメージしたデザインで、そこに宝石作りの魚や貝が嵌めこまれ、柱と柱の間には半人半魚の鎧武者の彫像が立っていた。
魔導評議会のえらい人が、この大会の意義や歴史についてくどくどと説明をしていたらしいけれどわたしは周りの景色に夢中で、眺めているうちに話が終わって次の広間に通された。
続く部屋は緑の間というだけあって、床には草原をイメージしたのだろう、毛の長いフカフカとした絨毯が敷かれている。柱は大木のようにうねりながら屋根に向かって伸びていき、上の方で細い柱に枝分かれして天井を支えている。ドーム状になった天井には一枚一枚葉っぱが彫り込まれていて、いや違う。葉っぱだと思ったものは一つ一つ形が違う紋章だった。この王家に仕える貴族たちの家紋なのかな。
ここでお茶と焼き菓子が出て、それをつまんでいるとお声がかかって、最後の白の間に通された。ここは今まで見たどの部屋よりも豪華絢爛で、部屋に入る前に一瞬足が止まってしまうぐらいだった。白の間というけれど本当の主役は惜しげも無く使われた金細工だ。ここまでの2つの広間は自然の風景をモチーフにしていたけれど、この広間の装飾品は丸や四角の幾何学模様がメインとなっている。ここで王様が顔を出すというし、これはやっぱり調和とか支配とか、そういうイメージなんだろうか。
全員が席についたところで高らかにラッパが鳴り響き、王様が広間に入ってきた。遠くてヒゲが生えていることぐらいしかわからない。なにか話すかなと思ったら、反対側から中央に進み出てきた魔導評議会のおえらいさんに鍵のようなものを手渡して退出していった。え、それだけなの?
続いて食器が運ばれてきて会食が始まった。食材は何が使われているかさっぱり分からないけど美味しいのは確かだ。こっちの世界でおなかいっぱい食べたら、元の世界に戻った時にどうなるんだろう。胃の中のものも持っていけるのかな。太らないんだったら嬉しいんだけど。
食べていると給仕の人がライムに声をかけた。
「カオルコはここにいて」
そう言って席を立ち、正面のステージに向かっていった。ステージに8人の魔導師が立ち、一人ずつ紹介されている。あ、タルージャもいる。一見して魔法使いに見えない人もいる。巨漢でボロボロの衣を荒縄で締めている人もいれば、顔を銀色の仮面で隠している人もいる。赤いローブを着ている小柄な人は、目深に被ったフードのせいで顔がよく見えないけれど、女の子だろうか。
そうこうしているうちに会食が終わって、みんな自由に立ち話を始め出した。ライムも他の魔導師と談笑しているので、ただ黙って座っているのも退屈だし、
「ねえ、ちょっと出てくるね」
と声をかけて広間を出てバルコニーに出た。部屋の中は大勢の人がいるせいで息が詰まりそうだった。それに比べてここの空気は王宮の周りに広がる木々のおかげでさわやかで、生き返るような気持ちがした。
ふと横を見ると、わたしと同じように手すりに寄りかかって涼んでいる若い魔法使いがいた。退屈そうにしているってことは、この人も誰か他の魔導師の弟子なのかな。わたしは弟子じゃないけど。
どんな人だろうと思って顔を覗き込んだ瞬間、わたしの心臓は口から飛び出そうになった。
「桂太!? なんでこんなところにいるの?」
急に声をかけられて振り向いた桂太は、一瞬ギョッとした顔をしたけれどすぐに状況を把握して、
「やっぱり香子もこっちの世界にいたんだ」
と言った。
「桂太、どうやってここに来ることができたの?」
「香子と同じだよ多分。目を閉じたら扉が現れて、誰もいない部屋に入ったんだ。そこでこっちの世界の魔法使いと出会った」
「ねえ、最近学校に来ないのは、ずっとこっちにいたからなの?」
「そうだよ。魔法の世界はいい。全部が思い通りだ」
「思い通りって言っても、ここは現実じゃないのよ。わたしたちの現実は向こうにあるんだから」
「いいんだ。現実の事なんて。俺はこっちの世界で生きていくと決めたんだ」
「桂太!」
「それに、こっちの世界は夢とかじゃない。これを見ろよ」
そう言って桂太が取り出したのはスマートフォンだった。
「向こうからこっちに持ち込んだんだ。ポケットに入るサイズまでしか持ち込めないから、ソフトを移植するのに苦労したよ。な、ここは夢じゃない。ここはもう一つの現実なんだ。」
「じゃあ、正月にわたしと指した時はそれを使ったのね」
「ああ。どのぐらい強いのか知りたくてさ。まあ、オリジナルよりは弱いけど香子に完勝できるできるレベルなら十分だ。卑怯とかいうなよ。お前だって対局の時に同じようなことをしていたんだから!」
「なにさ! 魔法を使って将棋を指したらダメだなんて誰が決めたの?」
売り言葉に買い言葉。わたしたちはしばらくにらみ合っていたけれど、桂太がため息をついて、打って変わって落ち着いた口調で言った。
「俺はいま、ドラッケン伯爵のもとにいる。あの人は俺に言ってくれたんだ。もしこの大会で優勝できたら、なんでも思うままに望みを叶えてやるって。現実の世界では何もかもうまく行かなかった。将棋も勉強も、欲しいものは何一つ手にはいらなかった。だから俺は決めたんだ。こっちの世界で人生をやり直すって」
「桂太…」
彼の言葉にわたしが言葉も出ないでいると、遠くから聞き覚えのある声が聞こえてきた。女の人が桂太のことを呼んでいる。その声、どこか身近に聞いたことがあるんだけど、一体誰の声だろうか。
その声に気づいて、桂太の顔色は一気に青くなった。
「あ、ケイタ。こんなところにいたんだ」
なれなれしく声をかけて赤いローブの女の子が桂太の腕にしがみついた。この子は、さっきステージに並んでいた魔法使い? あの時に目深にかぶっていたフードを今は後ろに下ろしている。
その顔を見てわたしは息を呑んだ。
わたしと、同じ顔をしている!
「いや、プリム。今はまずいよ」
「どうして? いいじゃない。いつもこうしてるんだし。誰とお話してたの?」
プリムと呼ばれた子がこっちを見て、わたしと目が合った。
「わ! なにこの人。私とおなじ顔をしてる! どうなってるの!?」
わたしと同じ顔をした女の子が、わたしと同じ声で話しているのを聞いて、腹立たしいような悲しいような、嬉しいような辛いような、複雑な気持ちに襲われた。
そうか、そうだったんだ。
わたしはうつむいた顔をキッと上げ、桂太を睨みつけて言った。
「絶対に負けないから。優勝して、あんたのくだらない妄想を、叩き潰してやるんだから!」
それだけ言って、あとは振り返らずにその場を離れた。後ろでわたしとそっくりの女の子が桂太に向かって何か文句を言っているけど、気にするもんか。絶対に桂太に勝って、現実世界に連れ戻してやる。
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