ラッシュ2 ――都市伝説:幽霊メイド――
王国の城下町は城の建立よりも古く、その歴史は優に1000年をさかのぼるという。
現在の洗練された街並みは近年に入って行われた区画整理の賜物だが、敷きつめられた石畳の下には地面のみならず、折りかさなった歴史が堆積している。
そういった歴史ある土地には、どこかしら新興の街には見られない風格が宿るものだ、と告げたのは果たして誰だったか。
路地を抜け、大通りへと至る道を疾駆しながら、近衛はいつかどこかで聞いた言葉を思い出そうと努力していた。
あれは、そう。確かまだ父が存命だったころの話。
ほのかに香る桜の匂いに彩られながら、館に珍しく顔を出していた――誰かから、聞いた。
どのような街にも意図があり、歴史があり、空気がある。
近年は技術の発達によって都市はより便利な形に代えられていっているが、その実、澱のように大地に残るものがあるのだと。
人はそれを風格や、雰囲気として無意識に感じ取ってありがたく思うのだ。
『だけどね――くん。
それをかびの生えた錯覚と馬鹿にしてはいけない。
この世界は形のない情報が力を持つのだから。
力を持った情報は現象の再現に過ぎないにしろ、結果という意味を生み出す。
だからね、逆もあり得るんだ。
人々が信じた形のない意味が――情報となって現象を生み出す事もある』
いつもは車や人が行き交い、喧噪にまみれた大通りも宵が深ければ物音一つ放たない。
商店のショーウィンドウに飾られたマネキン達が唯一の人影であり、虚ろに灯ったガス灯は心なしか弱々しい。
鮮烈でない淡い光は世界の輪郭を曖昧にする。
今ならば、きっと、魂の影ですら世界に映し出してしまいそう。
幽かな光の下を、近衛は疾駆する。
大通りをもう少し。
あと2区画も進めば目的地の学院にたどり着く。
「はっ――。」
そこで、石畳の上に跳ねるような呼気と共に、近衛はその場で足を止めた。
「なるほど、形のない意味なんてのはいまいちピンと来ないでいたんだが」
大通りと大通り。縦横が交わる十字路の、その中央。
交錯する路面電車を整理するために設けられた信号機のその真上。
電燈にうっすらと映し出されてしまった幽鬼のごとき影が一つ、立っている。
頭にはホワイトブリム。
全身には漆黒をベースの女給服。
腰前には純白のエプロンを足らし、淑女らしく、しとやかにその影はある。
「丑三つ時を駆ける幽霊メイド……なんて噂話、聞かなきゃよかったな」
でなければ、こうして最悪の形で出会うこともなかっただろうに。
そんな風に近衛は嘯くが、もちろん、このメイドは幽霊などではなく現実で呼吸する人間に他ならない。
その証拠に、その顔立ちは近衛にとってここ最近、嫌というほど見慣れたもので、具体的に言うなら学園で彼女の横にいつも侍っている姿のままだ。
「近衛様、夜分遅くにご機嫌麗しゅう」
厳かな
街灯の小さな足場で振る舞われるそれは、隠しきれぬほどの緊張感をはらんでいる。
礼の形に折りたたまれたその上半身が、再び持ち上がるその前にいっそのこと逃げてしまおうか、と近衛は真面目に考えた。
しかし、それでは任務が果たせない。
今夜中に学院へたどり着くにはどうしても、この場所を通らなければならないからだ。
「ご機嫌よう、
ものは相談なんだが――ここを黙って通してくれないか?」
「いいえ――いいえ、近衛様。
大変申し訳がありませんが、このわたくし。
貴方様を通すわけにはまいりません」
すっくとバランスを崩すことなく上半身を起こすメイド長。
言葉の端々からばちばちと敵意が伝わってくるのが痛いほど。
おまけに、日頃滅多に目にしたこともない極上の笑顔がついている。
「近衛様、わたくしは今宵、貴方をここで討ち果たせと。
そのように命じられておりますれば――」
カーテシーのまま、スカートに添えられていた両手が1度上下に振るわれる。
動きに合わせてカーテンの中から振るい落とされたのは、短刀を始めとした刃と名のつく暗記の数々。
その全てが石畳の上に軽快な音で突き刺さる。
「――その命、頂戴いたしますね近衛様?」
幾重にも咲いた凶刃の華の上、
あまりにも幽かな街燈の光に照らされて、
メイドは、未だ近衛が見たことのない極上の笑顔を浮かべて見せた。
試作投棄場 古癒瑠璃 @koyururi
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