試作投棄場

古癒瑠璃

ラッシュ1

――うん。君たちはね、残念なことに失敗したんだ。


と、現れた大人は集められた自分と妹に向かってそう宣言した。


「いや、失敗というのは正しくないか。

言葉は正しく使われなければならない。

君たち兄妹はね、間に合わなかったんだよ」


大仰な大人だった。メガネをかけた爬虫類のような男。

先祖にリザードマンがいるのかも知れない。

人と言うよりは変温動物のような目つきと口調。

彼の言葉の端々には感情があったけれど、全ては自分に向けられていた。

自分と妹に話しているようでいて、実質、この大人は自分へ向けて話している。


「あと2年もあればロールアウトも間に合っていただろうにね。

いやさ、だれも戦争がこんな結末を迎えるなんて想像もしていなかったんだ。

だってそうだろう?

この国の人間も、向こうの国の人間も、あと5年は続くと思っていた。

そういう意味じゃ、君のお父さんは本当に優秀だね。

失われるばかりだったはずの5年間を、失われない5年間に変えて見せたんだもの。

ああ、こういう人を「英雄」というのだろうね。

でも、ラストリアには届かない。精々が端役の役回りだ。

だって物語にしちゃ余りにも救われない。

そうだろう? そう思うだろう?」


男は自分の言葉に自分で盛り上がりながらこちらへ顔を寄せる。

舌は人間のものなのに、自分はどこか蛇の舌に舐められた錯覚を覚えた。

肌が粟立つ。肺が震えて呼吸が乱れる。

妹は表情さえ浮かべていないのに、ぼくは崩れ落ちる一歩手前だ。

だって――


「――だって、5年間のために自分の命と子どもの命を捧げるなんて、

 ラストリアにしては余りにも悲劇的すぎるじゃあないか!」


その言葉が、どんなにか自分の心臓をえぐるものかを知っているから。


「ラストリアはね、はっぴぃじゃないとダメなんだ。

幸せじゃないとラストリアの英雄にはなれない。

君たちのお父さんは、君たちがまだ出来上がっていないのを知っているのに死んでしまったんだぜ。

この国を救うために、君たちを棄てたんだ。

いやはや、その高潔さは正しく称えられるべきだけど、

だれかの親としては下の下だよね?」


むねが痛い。

あるはずのないこころが痛い。

妹は表情を一切変えていないけれど、

その分だけ、この男の言葉はぼくの胸に突き刺さる。

この男は、僕たちに話しかけてすらいないのに。


なら、この刃は誰にむけられたものだろう。

誰によってこのこころをえぐられているのだろう。


「――だからさ、恨むのなら僕たちじゃなく父さんを恨むんだぜ?

 偉大で、偉大な、君の父上を。

 なにしろ、男の子っていうのはそういう風に出来ているらしい。

 女の子は真逆らしいけど、ああでも、古今東西、愛情ってのは反転するものだから、

 愛していたって結果的には同じ事だろう。

 僕はこれから君たちに酷い事をするけれど、その思いは全て、君の父上にむけると良いんじゃないかな!」


 ――――。

 ――そんな、言葉を投げかけられたのが、数年前の夏の日だ。


 今も、その時の、刃の持ち主を探している。

 ずっと、ずっと。

 きっと、生きている限り探すのだろう――。

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