ユキ

けまタン@下手くそな物書き

ユキ

 雪。一面真っ白にするそれは、見る者を幻想的な世界へ誘い、日常的に見る退屈な景色を新しい世界に染めあげていく。雨とは違い、それを見る殆どの者の心を穏やかにしていくものである。

しかしながら、穏やかな気持ちとは反面、どこか切なさがこみあげてくる。ほんの一瞬しか見ることのできないその景色。その裏に見える一つの物語・・・。


俺がその少女と出会ったのは、小学3年生の時だ。たまたま席が横になったことが始まりである。いわゆる一目惚れというやつである。優しくて元気で明るい。そんな形容がぴったりな女の子であった。髪は長くいつもポニーテールにして学校に通っていて、いるだけで周りが明るくなる、どこか不思議な魅力を持った少女であった。

 そんな彼女と俺が近づいたのは新学期が始まって数週間経った頃である。その日の給食にスパゲッティーが出て、彼女の口の回りにそのケチャップが付いていたのである。それがとても気になっていた俺は、給食直後の掃除の時間に、彼女を呼び止め、口の回りのケチャップを持っていたティッシュで拭き取ったのである。一見キザな行為にも見えるが当時の俺としては真剣な行為であった。結果的にはそれがきっかけになって彼女と仲良くなっていったのである。

 おそらく、俺は彼女のことが好きだったと思う。しかし、当時の俺はあまりに幼かったため、その感情がどういうものかよくわからなかったというのが本音である。

しかしだ。彼女は二学期になった頃から学校を休みがちになった。聞くところによると彼女は元々病弱で幼少時に何度か入退院を繰り返していたのだ。俺を含むクラスメート達は、最初は心配していたが次第に忘れ去られていき、三学期になると転校生がやって来たこともあり、彼女の話題が上がることは殆どなかった。彼女をよく知る者はまた、フラッと帰ってくるだろう。そういう反応であった。

それから半年以上経ったある日のことだ。俺は彼女と思いがけない形で再会した。クラスの仲のいい女の子が、退院した彼女を連れて俺の家にやって来たのである。長かった髪は短くなり、帽子をかぶっていてボーイッシュなイメージに変わっていたが、俺は再び彼女と会えた嬉しさからずっと喋っていた。

そして、五年生の春。残念ながら彼女とはクラスが違ったので彼女と話す機会は殆どなかった。想いだけが強まるのだが、どうも行動には移せない。また、彼女のいたクラスが俺のいたクラスと仲が悪く、トラブルが多かったのも拍車をかけたのである。

そうこうしてるうちに彼女は再び入院した。しかし、俺の中にはまた退院して元気な姿を見せてくれると勝手に思い込んでいた。周りもそうであった。また昔のようにひょっこり姿を現すものだと・・・。

やがて俺はいつの間にか中学生になり、周りの人間は彼女のいない生活が当たり前のようになっていた。そして、あたかもそれがあたりまえのように感じるようになった。中学に上がったことで、彼女の家の前が通学路に変わり、毎日彼女の家を見て登下校するのが日課になっていった。いつか帰ってくるものだとずっと信じて・・・。


 十二月のある日、彼女が俺の夢に出て来た。それまでそういったことが全くなかったので少し嬉しかった。夢の中の彼女は小学三年生のままであった。俺がどんなに年をとっても彼女は年をとらない。そういう内容の夢であった。

 その日の夕方、先生から彼女が亡くなったことを聞かされた。最初それを聞かされた時は、何がなんだか解らないでいた。しかし、帰りに彼女の家の前を通ったとき、玄関の上に貼られた『忌』の紙が、それを物語り現実であることを思い知らされた。

 俺は、まるで自分の体の一部が無くなったような感覚に陥った。止めようと思っても止めきれない涙が、俺の腕をぬらしていった。その涙は、彼女を失った悲しさ、何も出来なかった自分への悔しさと怒りからでもあった。止めようと思っても止めきれない涙が心を濡らしていった・・・。

 その夜、彼女の通夜がしめやかに行われた。周りには自分と同じように彼女を忘れきっていた者たちが泣いてばかりでいた。泣くくらいだったら何か出来ることは無かったのか。そう考えていると、再び涙がこみ上げてくる。俺はその日出ていた満月を呪うことでその場をしのぐのがやっとであった。

 よく、初恋は甘酸っぱいものだというが、そんなもの嘘っぱちだ。この時初めて知った恋という感情には、悲しさとせつなさ、そして悔しさしかなかった。その時ほど二度と恋をしないと思ったことはなかった。そう思うことで、俺は彼女に許しを請いていたのかもしれない。

 それから数日は悲惨なものであった。数日の間、不眠症になってしまった上に、通夜の翌日は一日中泣いていた。まるでロボットのように感情をなくした日々。世の中に映る全てが許せずにいた。しかしその中で、自分自身が最も許せなかった。自分自身がどうしても・・・。

 ある漫画のキャラクターがこんなことを言っていた。

「人が死ぬとき、それは誰からも忘れ去られる時だ」

じゃあ、彼女は俺が忘れたから死んだの?だとしたらおれはとんでもない、取り返しのないことをしてしまったのでは・・・。自問自答だけが頭の中を堂々巡りする日々。夜も眠れなければ飯も食べられない。ただ、時間だけが無情にも過ぎて行った。


 それから一月程が過ぎた。小学校の時のクラスメートが、彼女のお参りに行こうと誘ってきたのである。正直最初は迷った。果たして自分が行っていいものなのか。しかし、彼女達に勧められ、数日後に一緒に行くことを決心した。しかし、心の中では、モヤモヤしたものがぬぐいきれないでいた。彼女と向き合っていいものかと・・・。

 彼女のお参りに行く当日。空は分厚い雲で覆われていた。今にも雨が降りそうな厚く、暗い雲であった。学校から帰宅した俺は、そのクラスメートが俺の家に向かいに来るのを待っていた。

 しばらくすると呼び鈴が鳴り、俺は玄関に降り靴を履いた。外に出て自転車を出そうとした時、白いものが空から降ってきた。

「雪だ」

 呼びに来たクラスメートが言った。

「ホントだ。降ってきた」

 俺が外に出ると雪は更に量を増やしていった。雪はどんどん量を増し、傘をささないといけない位な降雪量になった。しかし、俺はその幻想的な景色に見とれてしまっていた。

「なんてきれいな景色なんだ」心の中でつぶやいた。

「行きましょう」クラスメートの言葉に本来の目的を思い出した俺は、促されるままに自宅を後にし、彼女の家に向かった。


 その雪は、俺達が彼女の家に向かって歩いている間降り続き、彼女の家に着き、中に入るとすぐに止んだ。まるで俺達を出迎えるように。雪は迷っていた俺を温かく迎えいれてくれたのである。

その翌日は、雪があまり降らないこの町に珍しく積雪を観測し、町中が雪化粧し、真っ白で幻想的な世界が広がっていた。無論、交通は大混乱になり一部の授業は教師が登校できず、自習になったが、それでも俺達はその雪と戯れ、楽しいひと時を過ごした。

 今から思うと、これが、彼女なりのお礼だったように思えてならない。今でも時折、俺は彼女のお参りに行っている。そのたびに、この日の雪のことを思い出す。あの日、自分を受け入れてくれた彼女に。

 そう思う根拠はどこにもないが、俺はそう思っている。なぜなら、彼女の名前が、『ユキ』なのだから・・・。

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