#019 犯人としては間違いなく黒
『
何か考え事に
ただ、思い知っていただけだ。
当たり前と言えば、やはり、そうだ。他に言い表しようがないから、人は彼を“天才”と称える。
私は、それでは許されない。
言い表さなくちゃいけない。
そうでなければ、私はいったい何に勝つのか。実体のない、幽霊のような、そんな“天才”が相手では、どう殴ったって拳は空を切る、私の放つ言葉はすり抜けてしまって、勝負にならない。
そして、触れられない。
幽霊とは、手をつなぐことができない。
共に歩めない。
ただ、勝ちの光明については、薄く浮かぶのだ。
自分でどうかとも思う、けれど、しかし、あるいは、
私は、私自身、
私が烏海奈尋に幽霊じみた何かを見たように、
あるいは、かつて、
天井の木目、視界にそれを入れながら、自嘲が漏れた。「私、馬鹿だな。」どうして疑ってしまったのか。「馬鹿。将来の妻なのに。」烏海奈尋が、その魂から作家である真滉さんが、小説に嘘を吐くことなど、決してあり得ない。勝ちの筋が見えながら、それを放棄することも同様にない。
なら、見たんだ。本当に。
真滉さんがうちの店で働き始めた時期から考えれば、おそらくは二年前、その時点での藤ノ木篤芽にさえ、真滉さんは幽霊を見た。いずれ烏海奈尋を凌ぐ、そう思える幽霊を。
やはり天井を見ながら、くすりと笑えた。それなら、本当に今、私と同じように悩んでいるのかもしれない。藤ノ木篤芽の高校生活最後の作品は、二年前、そして去年の文化祭で載せた作品、その線上にはない。もっと別の幽霊がいるから。「自業自得です。将来の旦那さん。」冬の終わりに、今の店でバイトを始めて、そして、私の恋心が始まった。でも、冬の始まり、最後の作品を書く頃には、今の店で働こうと、そう決めていた。あなたという人を知ったから、そして、もっとよく知りたいと思ったから。
あなたを知ってからの幽霊は、あなたを知る前の幽霊よりも、きっと、ずっと手強い。
なんてロマンに
犯人の目星はつくので、私はベッドから起き上がり、寝間着代わりのタンクトップとショートパンツのまま、玄関へ向かった。不審なのはその容疑者が、この時間は学校にいるはずだということ。もしかして見当違いの疑いなのか、そう思った矢先、ドアの外から、「あっちゃん先輩! あたしです
部屋に入るなり、朔良ちゃんはドンキのロゴの入ったレジ袋をちゃぶ台に置いた。「これ、陣中見舞いです。あたしからはドリンク剤、
朔良ちゃんはちゃぶ台の前、私の用意したクッションに座ってから、こちらを向いて恥ずかしそうに笑った。「あは、昨日、ベッドの上で、睦人さんに服を着ろって言われたの、あたしなんです。」なるほど、もう何から何までをどういう順番で口にしたらいいのかわからない。
それでも私は何かを言おうとしたが、「えーっと、」やっぱり形にならない。「いいえいいえ、みなまで言わなくていいんです。わかってます。睦人さんがそういう人だってことは、わかりすぎるほどわかってますから。あたしが四番目だってことも!」具体的に数字を出されると、余計に何を言ったらいいかわからない。「いや、その、どちらかと言うと、昨日、睦人くんをさらっていっちゃったことを謝りたい気持ちが先なんだけど。」まあ、当人同士が納得ずくだというなら、外野がうるさく言うことではないのだろう。たぶん。
話が長くなりそうなので、私はプラのカップをふたつ持ってきて、そこに麦茶を
朔良ちゃんに苦笑いが浮かんだ。「それそれ、びっくりしましたよ。知らなかったんですもん。睦人さんの言う兄貴が、あっちゃん先輩の彼氏、マヒロさんなんだってこと。」「そうなの? えーと、えっと、四番目だと、兄貴分の本名も隠される程の扱いとか、そういう、」後輩を前に、邪推にも近い心配をしてしまうのだが、杞憂であり失礼だった。「全然違いますって。むしろ、特別扱いです。」朔良ちゃんの笑みから、苦いものが消える。
「あたしだけみたいなんですけど、教えてくれてるんです。兄貴が、烏海奈尋なんだって、そのことを。だったら、大人気作家の本名なんて、おいそれと教えられるわけないじゃないですか。」十分、納得できるものだった。女癖は悪いのかもしれないけれど、芯の悪い人ではない、睦人くんはそういう人だと、もう知っているはずだった。「うん。ごめん。変なことを聞いて。」
少し、悩むそぶりみたいなふうで、朔良ちゃんは、「でもまあ、聞いてもらえるのは、今回、ありがたいというか。」と言った。自分に勢いをつけるように、朔良ちゃんは麦茶をぐいぐいと
朔良ちゃんは、私から目をそらさない。「昨日のこと、気にしないでください。あの後、あたしまた睦人さんに呼ばれたんです。だから、本当に、それはいいんです。ただ、」私は、そんな朔良ちゃんから目をそらせない。
「一緒に、陣中見舞いの買い物をして、それからホテルに行って、でも、睦人さん、ベッドでずっと泣いてました。悔しい、って。」朔良ちゃんの瞳が、我がことのように、潤む。「あっちゃん先輩を責めたいんじゃなくて、ただ、知ってほしいんです。」
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