#011 ラップを巻くところとか特に
なぜか苦しくなり、声を絞り出すようになった。「いるわけないじゃないですか。」私は、フローリングを見ていた。
「正直に言えば、烏海奈尋と合作できるんだとしたら、夢のようです。」「うん、まあ、そう言われて悪い気はしないけどさ、対等に立とうよ。」私は首を振った。真滉さんの申し出を拒む意味ではなかった。「けれど、私には烏海奈尋よりも
一応、冷蔵庫のラインナップを思い浮かべてみるが、ない物はない。「何をいきなり。ないですけど。」「じゃあ、たくあん買いにスーパーへ行かない?」真滉さんは無邪気な笑顔で言った。ときめくけど腹も立つ。「どうしてそうなるんですか。」「昔、物書きで行き詰まった時、こう、かりかりと食べてたわけ。ふと、今も食べたくなって。」執筆作業のお供に、ということなのか。
「小説、書くってことですか。」「そうなるね。」
「たくあんだけ、そのまま食べるんですか。」結局、話がそれた。「昔はそうだったね。」「信じられないです。」ご飯と一緒だったとしても、私は漬物があまり得意じゃない。「嫌でもこれから目の前で見ることになるけど。」正直、見たくない。「というか、たくあんだけ食べるって、健康に悪くないですか。塩分的に。」「実際、あまり良くはないだろうから、
何とも形容しがたい気持ちで、私は深いため息を吐いた。プロポーズをOKされてため息を吐くというのも、そうそうある話じゃないだろう。「スーパーに行くのはいいですけど、こういうわけですから、たくあんは遠慮してください。」「うん。行く意味ないな。書こう。」気付けば、スーパー行きそのものが中止になっていた。「そんなにたくあんが好きですか。」「烏海奈尋の代わりがこの世に存在しないように、たくあんの代わりも存在しないのだよ。」全くうまいこと言えてませんが。
「一日ふた切れまでなら妥協します。」そして、やっぱり私は真滉さんに甘い。そもそも、喫煙に文句をつけていないのだから、たくあんだけ厳しく取り締まってもあまり意味がないように思われる。「それ、プロポーズが取り消されたりしない?」「しません。」ふと思ったんだけど、この人、プロポーズされたいと言うより、自分から言うのが面倒なだけなんじゃないかな。「よし、スーパーに行こうか。」「どれだけたくあんが好きなんですか。」真滉さんは、また、無邪気に笑った。「篤芽の次に。あるいは、篤芽と、ものを書くことの次に。」腹立つ。
買い物かごを持った真滉さんの隣に並び、私はスーパーの店内を物色していた。本当にたくあんのためだけに行くのも
私が指定する品物をかごに入れながら、「なんかカップルでスーパーに来てると、所帯って感じするね。」心なしか昂揚した様子で、真滉さんは言った。こういうの、慣れてそうなものだけど。生活感を伴う交際は少なかったのだろうか。「さっき勢いで婚約してしまいましたしね。」「流れで言わせたこと、根に持ってる?」一生持つと思います。「ちっとも。」「やっぱ時にはロマンスも必要かぁ。」当たり前です。
「具体的にどうする。合作のやり方。」「やっぱりもう引き返せませんか。」一緒に書きたい気持ちは、確かにあるのだけれど。「少なくとも今夜、寝る時までは引き返せないね。何か書こうとして悶々としてる時に、体に異常が出るわけじゃないから。」「あえるソース、
「でも別に料理は苦手じゃないみたいだから不思議。」真滉さんには、何度か手料理を振る舞った。「あえるソースだけじゃ、倒れちゃいますしね。栄養的に問題がなければ三食全部あえるソースでもいいんですけど。」あと二十年くらい経った頃、SF的な、完全な栄養価のインスタント食品が作り出されないだろうか。「食の好みよりも簡便性が優先されるところ、篤芽らしくていいと思う。」真滉さんのお墨付きが得られたので、これからも(少なくとも私が母親になるまでは)自分らしく生きよう。
「真滉さんが原作に回るってのはないと思います。烏海奈尋の文章は、美しいのひと言ですから。」真滉さんが文章を書かずに終わるだなんて、到底考えられない。「文学史を紐解けば、もっとうまい人、ごろごろいるけどね。」「仮にそうだとしても、うまいと美しいは違うんです。」どれだけ技術があっても、芸術性が伴わないこともあるだろう。「そういうものかな。」「そういうものです。」第一、私自身が真滉さんの文章を読みたいのだ。ここは譲らない。
「でも、それを言ったら、篤芽の文章が表に出ないのももったいない。」「どう考えても見劣りしますけど。」いったい何を言い出すのか。「するものか。去年の文化祭の文芸部の冊子、俺は読んでるからね。」え、「あの時、悪のりして、叔父と姪の禁断の恋愛ものを書いてしまった自分を今すごく抹殺したいです。」
「どちらの文章も出すとなると、視点切り替えとかですか。」「無難にリレー形式の路線かなぁ。凝ったことをする時間的余裕はないし。」確かに、視点切り替えを効果的に扱うための、綿密なプロットを組む余裕はないだろう。「それも悪くはないですが、少し物足りないような。」交代で書いていくというのは、結局は別々に書き進めているだけという感がある。
「うん。単にリレーじゃ合作っぽくないから、少し工夫する。」「と、言いますと、」「役割分担を変えるだけにして、お互いが全シーンに関われるようにするんだ。第一パートでは、俺が原作、篤芽が執筆だったとすると、第二パートでは、篤芽が原作、俺が執筆に切り替わる。」なるほど。少し工夫すれば、リレーというのでも面白い。「いいですね。良い意味で自分の裁量が少なくなって。」できれば全シーン、私と真滉さんが協力して書きました、と、胸を張れる方が良い。
「ま、せっかくの合作だから、むしろ自由はない方がいいよね。あれ、サトウのごはん、買わないの。」「買いませんよ。」なぜ買うと思われたのか。「レンジでチンしてご飯が炊ける。簡便性という点では、他の追随を許さないと思うけど。」それは否定しないけれど。「お米は日本人の命ですから、ちゃんと炊きます。」「そういう局所的なこだわり、篤芽らしくていいと思う。」あくまで、たくあんが好きなのであって、共に食べるはずの白米には興味がないんだな。
換気扇の隙間から、
「なんとなくテーマというか、キーワードみたいなやつはあった方が良さそうだね。ぶれぶれになりそう。」そう言われて、私の脳裏にすぐ閃いた言葉があった。「
「それ、今の時期を考えると、
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