#006 ろくに考えもせずにシンカー
「
それに動揺したのかどうか、私はろくに考えもせずにシンカーを投げて(ボタンを押して)しまい、
話があるということだったので、大学帰りの珂雪を私の家まで招いた。ちょうどいいので、話もそこそこにしばらくパワプロの練習に付き合ってもらっていた。珂雪はワンルームのこの部屋に入った時に怪訝な顔をしていたので、私に彼氏ができたということは、すぐに察していたのだろう。カーテンなんかには煙草の匂いがついてるし。消臭しようかとも思ったけれど、何だかそれももったいない気がしてそのままにしていた。
「篤芽、」珂雪はプレイステーション2のコントローラーをフローリングの床に置き、クッションごと私に向き直ってから、改まった顔つきで私に呼びかけてきた。「はい。」私もクッションごと向き直って、居ずまいを正してから返事をした。「決して羨望や殺意によってこれを尋ねるわけではないの。誤解はしないでね。」殺意を否定する人には、殺意がある。これフィクションの鉄則。「なんとなくだけど、私が死ぬと
「顔は、良い方だと思う。二十九歳甲斐性無しのフリーター。」でも私はそんな真滉さんが好きなの、なんて付け加えたら、三回目の舌打ちが聞けるだろう。「よかった。私、安心したよ。」珂雪は心底ほっとしたとばかりに、胸を撫で下ろした。「彼女の私が言うのもなんだけど、珂雪が私を心配してるなら、本来、逆の反応が返ってくるはずだよね。」二十九歳フリーターの彼氏と聞いて、安心する人はあまりいないだろう。「私、親友をこの手にかけることになるのかと。」珂雪はむしろ、今となっては勝ち誇った笑みを浮かべている。「私の身が心配だって言ってなかったかな。」珂雪は昔から珂雪でしかないので(特に私に対しては)、今さら何をどう指摘しても
「それで、話って?」ひとしきりパワプロも楽しんだので(縦変化をうまく打てるようになった自分も確認できたことだし)、珂雪が運んできた話を聞くことにした。「ああ、それそれ。
「その企画に、私が関係あるの?」部活動としては、とっくに引退した身なのだけど。「あるある。むしろ目玉商品なの。」「私、真滉さんのものだし、売れない。」「ちっ。」言ってはみたものの、真滉さんは“篤芽は俺のものだ”っていう所有権は主張してくれない気がする。「それで?」話を戻そう。「うん。卒業生と在学生ごちゃまぜで、コラボ作品限定の冊子を出そうって。」
別な店から流れてきたセガサターンのソフトが大量にバックヤードにあったので、さして混んでいないこともあり、私は奮起してそれらを全て店に並べることにした。「はあ、」そんな私は、プライスカードを印刷しながら、深くため息など吐いている。せっかくのスウィートハニー甘々バイトタイム(仮称)だというのに。
悩んでいるのは珂雪の持ってきたコラボ企画のことだ。珂雪としては、そういう刺激を与えてやれば、私がまた書けるようになるかも、ということらしい。それが間違っているとは思わない。自分を鼓舞して挑戦してみたい。けれど、珂雪、朔良ちゃん、
さすがに気になったのか、真滉さんがこちらに寄り、「何か悩み事?」と尋ねてきた。「真滉さんって、“篤芽は俺のもの”って言ってくれそうにないな、って。」それはそれで悩ましいことだ。「三十目前の男に全てを委ねると大変なことになるわけ。」「歓迎なんですけど。」紛れもない本心で言った。「篤芽って被虐趣味あるよね。」「真滉さんほどじゃないです。」私が思うに、真滉さんもかなりのものなんじゃないだろうか。
「それで、何を悩んでたの? 俺でよければ力になるけど。」「それはもちろん、力になってほしいですけど、あっ。」そこで閃く。「あ、って。」天啓のような何か。「真滉さん、泣き喚いても私の彼氏でいたいって言ってましたよね。」「言ってたような気がするね。」私のためなら、涙は
「否定されたいの?」「ヴィトンのバッグ買ってください。」別に欲しくはないけど。「前言撤回。無理。」だと思った。「じゃあ
「真滉さん、書けないなんですよね。書きたくないではなくて。」「一応聞くけど、何が。」少し、真滉さんの
もちろんこれは、真滉さんから何かを聞き出そうということじゃない。「理由まで踏み込む気はないんです。ただ、それは、今の私も同じだってことなんです。」「篤芽が?」真滉さんは珍しく、驚いた表情を浮かべた。「高校を卒業してから、特に何かあったわけじゃないんですけど、小説がちっとも書けないんです。」真滉さんは少し黙ってから、「それは知らなかったな。」と、言った。「貸したゲームもあんまり進んでないみたいだし、ばりばり書いてるものとばかり。」私は一生懸命進めてます。真滉さんの感覚が間違ってるんです。
珂雪が持ち込んできた、コラボ企画の話はこうだ。原作と執筆に分かれたり、視点をふたつに分けてそれぞれで書いたりなどした合作を集める。在校生と卒業生で組んでもいいし、在校生同士でも、卒業生同士でもよくて、とにかくいろんな角度から、普段は見られないラインナップで一冊作りたい。
真滉さんは、私より十一学年上だけれど、逢館高校の卒業生で、文芸部に所属してもいた。それならば、何も問題ない。参加できる。
「もちろん、嫌なら言ってください。つまり、お互いひとりでは書けなくても、ふたりで協力してひとつの作品を書くことなら、できるかもしれないってことなんです。」
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