#004 こんな盛大なヒントを



 私と真滉まひろさんの交際について、店(ゲームステーション・かぐや堂)の中では隠すことになった。

 ゲームショップは盗難を警戒している。それは客に対してだけでなく、店員に対しても同じ。仲の良い店員同士が共謀して、ソフトを盗むことだってあり得る。交際が知れれば、念のためという形で、私と真滉さんが同じシフトに入れなくなる可能性も十分にある。そんなの、たまったものじゃない。

 私は昼番と夜番のどちらにも出ている。今日は夜番で、もうひとり出勤しているのは、カゴ先輩(あるいは、カゴちゃん先輩)こと篭谷かごや羚士れいじさん、大学生、子持ち(二十一歳にして一児のパパである)。できちゃった婚の学生結婚らしい。時刻は閉店十分前、客はひとりもおらず、静かなもの。店内に客の気配がないと、なんだか、ゲームソフトの息づかいを感じられそうな気がする。

 有線で流している〈蛍の光〉を聞きながら、ディスクの研磨作業の後片付けをしていると、カゴ先輩が、「篤芽あつめちゃん、今日のレジ締め、ちょっとめんどいかも。」と手招きながら言ってきた。そしてカゴ先輩は、レジも兼ねているパソコンの画面を見て渋い顔をする。「どうしてですか。」レジ締め(及び関連データの送信)は簡単な業務とも言えないが、少なくともカゴ先輩が渋るようなことは今まで一度もなかった。

 「今日、買い取り多かったじゃん? しかも高いやつ、」思い返す。ゲーム機本体の買い取りが立て続いて、起動チェックでせわしなかった。「確かに、そうですね。」覗き込むと、カゴ先輩がパソコンで見ていたのは今日の売り上げと買い取り額のデータだった。「そんで、あんまり販売は振るわなかった。レジのお金、二十五万を下回ってるはずなんだよね。」「それが何か、」「いや、明日の分がさ、」店を開ける際、売り上げとは別に、レジには紙幣と硬貨を取り混ぜて計二十五万円が入っているようにする。それはお釣りを渡すためであるし、中古で買い取った商品の代金を支払うためでもある。夜番は、その二十五万をレジに残し、それ以外を売り上げとして金庫に入れる。「あ、足りない。」

 つまり、今日は売り上げよりも支払った額の方が多くて、その二十五万円を割っちゃったということ。レジのお金を全額残しても、明日、店を開ける時に必要な額に足りない。「そゆこと。とりあえず店長に一報入れとくわ。」そう言って、カゴ先輩はバックヤードに引っ込んでいった。店長に電話をかけるのだろう。

 「やあ、」最初、幻聴かと思った。「儲かってる?」真滉さんの声で、そう聞こえた。私はそんなに真滉さんが恋しいのかと、自分に呆れながら、それでも振り向くと、そこには本物の真滉さんがいた。「え、真滉さん?」「会いたくて来ちゃった。」そして、とんでもないことをのたまってくれた。

 言われて悪い気はしない。けれど、時と場合ってものがある。「ここでは隠すって話じゃ、」はっきり言って私は、てんぱっていた。「隠すよ。もちろん。」私は真滉さんと一緒に店に出ていたいのだ。「こんな盛大なヒントを与えて、」はっきり言って私は、とてもてんぱっていた。「烏野うのっち、遅いって。ギリじゃん。」バックヤードから出てきたカゴ先輩が、真滉さんに親しげに文句を言った。烏野とは真滉さんの名字だ。「主役は遅れて来るって鉄則な。」真滉さんは悪びれない。遅れる? もともと真滉さんは今ここに(正確には、もっと早くに)来る予定だったということだろうか。「この場合、主役は烏野っちじゃなくて店の鍵だからね。」あっ、なんてことだ!

 店長がいなくても店を開け閉めできるように、いくつかのスペアキーを店員は預かっている。シフトに合わせて店員の間を行ったり来たりするわけだが、今、カゴ先輩はそれを持っていないということだ(もちろん私も持っていない)。このままでは店の戸締まりができないから、店の近くに住む真滉さんが自分の持っていた鍵を渡しに来たということ。私に会いたくて来たなんて、真っ赤な嘘。

 「たばかりました?」カゴ先輩の前だけれど、臆せずに聞いた。「篤芽ちゃんが主観的にそう思うなら、そういうことじゃないかな。」否定する気、ゼロ。「何、烏野っち何か変なこと言ったの?」カゴ先輩が、心配そうな顔で聞いてきた。真滉さんって、意外と信用ない。「ああもう、カゴちゃん先輩、聞いてくださいよ。」「ちゃんやめれ。」私はかわいくて良いと思うんだけれど。

 「真滉さん、悪い冗談を言うんですよ。きみに会いに来たんだ、なんて言って。」「おい。」きょかれた真滉さんは、声が半オクターブくらい低くなっていた。そんな声も出るんだ。「だめですよ。私、真滉さんにすっごく美人な彼女がいるの、知ってますから。」もちろん私のことだ。ただし、美人かどうかは各々おのおのの主観による。「烏野っち、篤芽ちゃんピュアなんだから、まじで止めて。」カゴ先輩の声音は真剣そのものだった。真滉さん、本当に信用ない。

 「オーケイ、悪かったよ。もう、そういうのは言わないから。」人を呪わば穴ふたつ(自分と相手の墓穴)。謀ったらみっつ(自分と相手と自分)、ということにしよう。「そう言えば真滉さん、デッド・オア・アライブを買おうか迷ってるって言ってませんでした? 今日、中古でひとつ入ったので、どうですか?」


 レジ締めの問題はすんなりと解決した。真滉さんがソフトを買ったことで、レジにあるお金が二十五万円をどうにか上回ったのだ(半ば、そのために買ってもらったようなもの)。真滉さんはそのまま(店締めを一切手伝わずに)最後まで店に居座った。で、あれば、そのまま黙って帰す手はない。私と真滉さんは、その後、別々に帰るふりをしてから、近くの公園で落ち合った。

 「真滉さん、人が悪いですよ。」ブランコに立って乗りながら、すぐ隣に立つ真滉さんを睨む。こうしていると、私の方が、ほんの少しだけ目線が高くなる。「篤芽ちゃんほどじゃないよ。欲しくもないソフトを買わされたんだから、喧嘩けんか両成敗りょうせいばいでいいでしょ。」少々不満げながら、特に強く怒るでなく真滉さんは言った。

 少しだけブランコを漕ぐ。夜気やきが頬に触れた。「試遊台で遊んでみたら、爽快感があったので、たまには格闘ゲームもいいかと思って。」「間違いなく、うちにあるX・boxエックスボックスを当てにしてるよね。」私の家に、真滉さんが買ったソフトを遊ぶゲーム機はない。真滉さんの家にそれがあることは知っているし、ついでに、買ったソフトをおそらく持っていないだろうこともわかっていた。以前、店の会員のデータを検索して、真滉さんのその時までの購入履歴をひととおり見たのだ(そして私の記憶力は良い)。

 「家に呼ぶ口実を作ってあげたんです。ソフトのお金は出しますから。」「押しかける口実じゃない?」そう言った後、「こっち。」とだけ付け加えて、真滉さんは歩き出した。その正確な場所は知らないけれど(私は決してストーカーではない)、向かう先には真滉さんの家があるんだと思う。


 道すがら、なんとなく、ただ本当になんとなくだった。真滉さんの家に行けるとなって、浮かれていたのかもしれない。と、察していてもよさそうなものだった。

 市街地へ向かう道で、公園で聞こえた、気の早い秋の虫の音は途絶えていった。街の明かりの中では、月光の明暗はよくわからない。ふと見上げて、満月に近いということがわかった。私たちが繋いだ手が、行き過ぎる車のライトに照らされて、一瞬だけ長い影を作った。

 恋人として、問いかけていい範囲のものであると思っていた。「真滉さん、今は小説って、書かないんですか。」まだ、真滉さんとそれを分かち合うことはできなかったのに。早すぎたのに。

 「書かないって言うより、かな。ちょっと、あってね。」

 「ちょっとって、何が、」

 こちらを見た真滉さんは、柔らかに微笑んでいた。けれど、確かに微笑んでいるはずなのに、街灯が照らし出したその表情は、今にも泣き出しそうに見えた。それはきっと、時雨心地しぐれごこちよりも、もっと深く、くらく、重い。

 「俺の書いた作品は、人を殺したことがあるから。」



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