#004 こんな盛大なヒントを
私と
ゲームショップは盗難を警戒している。それは客に対してだけでなく、店員に対しても同じ。仲の良い店員同士が共謀して、ソフトを盗むことだってあり得る。交際が知れれば、念のためという形で、私と真滉さんが同じシフトに入れなくなる可能性も十分にある。そんなの、たまったものじゃない。
私は昼番と夜番のどちらにも出ている。今日は夜番で、もうひとり出勤しているのは、カゴ先輩(あるいは、カゴちゃん先輩)こと
有線で流している〈蛍の光〉を聞きながら、ディスクの研磨作業の後片付けをしていると、カゴ先輩が、「
「今日、買い取り多かったじゃん? しかも高いやつ、」思い返す。ゲーム機本体の買い取りが立て続いて、起動チェックで
つまり、今日は売り上げよりも支払った額の方が多くて、その二十五万円を割っちゃったということ。レジのお金を全額残しても、明日、店を開ける時に必要な額に足りない。「そゆこと。とりあえず店長に一報入れとくわ。」そう言って、カゴ先輩はバックヤードに引っ込んでいった。店長に電話をかけるのだろう。
「やあ、」最初、幻聴かと思った。「儲かってる?」真滉さんの声で、そう聞こえた。私はそんなに真滉さんが恋しいのかと、自分に呆れながら、それでも振り向くと、そこには本物の真滉さんがいた。「え、真滉さん?」「会いたくて来ちゃった。」そして、とんでもないことを
言われて悪い気はしない。けれど、時と場合ってものがある。「ここでは隠すって話じゃ、」はっきり言って私は、てんぱっていた。「隠すよ。もちろん。」私は真滉さんと一緒に店に出ていたいのだ。「こんな盛大なヒントを与えて、」はっきり言って私は、とてもてんぱっていた。「
店長がいなくても店を開け閉めできるように、いくつかのスペアキーを店員は預かっている。シフトに合わせて店員の間を行ったり来たりするわけだが、今、カゴ先輩はそれを持っていないということだ(もちろん私も持っていない)。このままでは店の戸締まりができないから、店の近くに住む真滉さんが自分の持っていた鍵を渡しに来たということ。私に会いたくて来たなんて、真っ赤な嘘。
「
「真滉さん、悪い冗談を言うんですよ。きみに会いに来たんだ、なんて言って。」「おい。」
「オーケイ、悪かったよ。もう、そういうのは言わないから。」人を呪わば穴ふたつ(自分と相手の墓穴)。謀ったらみっつ(自分と相手と自分)、ということにしよう。「そう言えば真滉さん、デッド・オア・アライブを買おうか迷ってるって言ってませんでした? 今日、中古でひとつ入ったので、どうですか?」
レジ締めの問題はすんなりと解決した。真滉さんがソフトを買ったことで、レジにあるお金が二十五万円をどうにか上回ったのだ(半ば、そのために買ってもらったようなもの)。真滉さんはそのまま(店締めを一切手伝わずに)最後まで店に居座った。で、あれば、そのまま黙って帰す手はない。私と真滉さんは、その後、別々に帰るふりをしてから、近くの公園で落ち合った。
「真滉さん、人が悪いですよ。」ブランコに立って乗りながら、すぐ隣に立つ真滉さんを睨む。こうしていると、私の方が、ほんの少しだけ目線が高くなる。「篤芽ちゃんほどじゃないよ。欲しくもないソフトを買わされたんだから、
少しだけブランコを漕ぐ。
「家に呼ぶ口実を作ってあげたんです。ソフトのお金は出しますから。」「押しかける口実じゃない?」そう言った後、「こっち。」とだけ付け加えて、真滉さんは歩き出した。その正確な場所は知らないけれど(私は決してストーカーではない)、向かう先には真滉さんの家があるんだと思う。
道すがら、なんとなく、ただ本当になんとなくだった。真滉さんの家に行けるとなって、浮かれていたのかもしれない。何かあると、察していてもよさそうなものだった。
市街地へ向かう道で、公園で聞こえた、気の早い秋の虫の音は途絶えていった。街の明かりの中では、月光の明暗はよくわからない。ふと見上げて、満月に近いということがわかった。私たちが繋いだ手が、行き過ぎる車のライトに照らされて、一瞬だけ長い影を作った。
恋人として、問いかけていい範囲のものであると思っていた。「真滉さん、今は小説って、書かないんですか。」まだ、真滉さんとそれを分かち合うことはできなかったのに。早すぎたのに。
「書かないって言うより、書けないかな。ちょっと、あってね。」
「ちょっとって、何が、」
こちらを見た真滉さんは、柔らかに微笑んでいた。けれど、確かに微笑んでいるはずなのに、街灯が照らし出したその表情は、今にも泣き出しそうに見えた。それはきっと、
「俺の書いた作品は、人を殺したことがあるから。」
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