竜角少女はもう泣かない

藍川 夕月(あいかわ ゆづき)

雪と戦火

 幾度と無く見てきた戦場は酷く現実感の薄いものだった。多くの人を殺した。魂が抜け、ただの入れ物になったそれらは数時間で死に化粧を施される。血で汚れた肌を雪が白く染め上げ、焼けた町が照明のように照らすのだ。まるで演劇の中にいるかのような錯覚に囚われる。色んな表情をしたものがあり、役者が違い役柄も違う、一人一人がその役に徹していて、終幕にはむくりと起き上がり、皆で手を繋ぎ、礼をして幕が下りるのを待つのではないか?ではその幕を下ろす者は?

 ウィンはかぶりを振った。そんな事は分からないし、皆で手を繋ぎ、笑顔で終幕を迎える事は出来ないだろうと思った。人々は血を流しすぎた、心も体も傷だらけの血まみれだ。


 落下する体は頭部から川に突っ込むらしい。長い胴体を持った竜が移動しているようにも見えるうねった川面は、酷く流れが速く、凍り付いた岩肌は温い酒でもすぐに冷やせそうだ。生憎、今は温めた酒が飲みたい。


 飛び降りた渓谷の割れ目から覗く背中はウィンを突き落とした張本人。それを見上げるために、見下げる首の角度をつくる。その時、彼がこちらを一瞥し、優しく口角が上がっていく様を瞬き一つ出来ずに見ていた。


 川の冷気が感じられる所まできた。分かっていても体は動かなかった。着水と同時に彼の口が何か呟いていたのが見えた。


「———」


 頭に鈍器を叩きつけられたような衝撃と、一瞬熱く感じるほどの冷気に身を包まれ視界は消えた。

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竜角少女はもう泣かない 藍川 夕月(あいかわ ゆづき) @ikaros1995

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