傍観者

 空間を機械で構築された内装が埋め尽くす。その機械には紫の粘性の物質が纏わりつく。

 その醜悪な空間に、輝かしい純白の羽を多数生やさせた神聖な神の従者が飛翔する。

 その周りには浮遊する幾つものナイフ。


「御前の七天使が一人、ザドキエル。君の概念構築能力は理解したよ。だが、驚いた。他の仲間が殺したはずの君が、『また生き返った』んだから」


「我らには、『白蛇の大錫杖オリジン・オブ・クラウザー』を持ったレイシア様の宿す『ラファエル』の『あらゆる者を再生する』力が全域に渡っているからな。くくく、これで貴様ら、悪魔の子がこの『聖戦』で勝つことは絶対的に不可能というわけだ」


 ザドキエルは空間内に響き渡る声に告げる。

 それと同時、ザドキエルの周りに浮遊するナイフはさらに空間から生えるように出現する。

 そのナイフ達は空間内を駆けまわり、壁や地に突きささる。

 すると、その突き刺さった箇所に空洞が出来る。

 空洞はさらに広がりを見せ、喰らうように徐々に空間を呑み込んでゆく。


「『神の正当性ヤハウエ・ヴェリファイ』。アルバート、お前の『伏魔殿』は確かにある意味では最強の捕縛結界かも知れん。しかし、私のナイフに拡がる概念、あらゆるアビスの力の断絶の前では無に等しいことを覚えておけ」


 ザドキエルは口元を吊り上げ、告げる。


「そんなことは分かっているのだがね」


 ザドキエルの能力によって空間は瓦解し、その数メートル先にアルバートは現れる。


「さあ、その何も恩恵を得られなくなった体で、神の罰を受けるがいい! 『信仰者への手向けビリーヷー・オフェーリング』」


 ザドキエルは、そう言って白く輝く弓と矢を発現し、その照準をアルバートへ向ける。

 だが、アルバートは不敵な笑みを浮かべ、その場から動こうとしない。

 代わりに、その隣にいた従者の女がザドキエルの前に歩み寄る。

 その魔性を司るような黒髪をなびかせ、女は言う。


「『魅惑の虜チャーム・プリズナー』」


 その言葉を発した女へザドキエルは構わず弓を射ようとする。


「な、何だ……? これは、この感情は……!?」


 ザドキエルは自身の魂に響く、『ある』感情が沸いてくる感覚を覚える。


「あ、在り得ない……わ、私が悪魔の子に欲情をするなど!」


 ザドキエルは首を横に振り、その感情を振り払おうとする。

 そして、その矢を女に──


「う、うわああああああ!」


 叫びと共に矢を放つ。

 しかし、その照準は女を避け、上空で戦っている自身の配下である天使を貫く。

 その行為が行われた直ぐ、ザドキエルの体を赤と黒のまだら模様をした鞭が絡みつく。


「私の『神の正当性ヤハウエ・ヴェリファイ』をその固有能力が圧倒したというのか!? 馬鹿な!」


 女が放った鞭で締め付けられながら、ザドキエルは叫ぶ。

 その叫びに女は妖艶な笑みで告げる。


「いいや、違う。『あなたが勝手に概念の力を弱めたのよ』。私が一気に自身の精神力を振り絞ったのは、一度きり。後は、勝手にあなたが魅了され、概念を弱めた」


「く、くそぅ……」


 ザドキエルは弱々しい声をあげ、呟く。


「いらない事は言うな、キャシー。こいつは御前の七天使だ。時間が経てばお前の能力が弱まり、こいつがまた動き出す」


 嘆息してアルバートはキャシーに忠告する。


「申し訳ありません、社長」


 そのアルバートへキャシーは顔を沈ませて詫びる。

 そして、再び三人を醜悪なアルバートの捕縛結界が呑み込む。


「まあ良い。キャシー、プレゼントだ」


 そう言って、紫の粘性の壁から這い出るように落ちてきたのは一つのライフル。


「ありがとうございます」


 会釈し、キャシーはそれを手に取る。そして、ザドキエルへ躊躇なくそのライフルを向け、発砲。


「ぐああああぁぁぁぁぁぁっ!」


 その銃弾が着弾した後、ザドキエルの内から発光を伴う爆発。

 強烈な爆撃音と共に、ザドキエルは悲鳴をあげる。

 その悲鳴でリズムをとるようにキャシーは壁面から落ちてくる砲弾をライフルに詰め、発砲してゆく。


「ところで、このアダマンタイト核弾丸は幾つ発注していたのかね?」


 アルバートは次々とあがる断末魔を心地好いBGMを聴くように、満足したような表情で問う。


「確か、七十七発だったと記憶をしていますが?」


 キャシーは無表情にザドキエルへ発砲しながら告げる。


「ああ、そうか」


 少し、眉尻を下げてアルバートは返事をする。


「本当はスリーセブンにしたかったのだがなぁ。さすがに、この一件でそこまでの費用はかけなくて良いと判断した自分を恨むよ。こんな心地好い気分になれるのに」


「そうでしょうか? 私達のこれからの計画を考えれば、妥当な予算の算出だと思ったのですが」


「妥当とは、つまりは妥協だ。この『強欲』を司る私らしくない」


「社長のご趣味であれば、確かに不十分と考えられますね」


「うむ、そういうことだ。やはり、私の秘書は君が一番だね。しかし……メイザースが開発した、この『核』のエネルギーをアビスの鉱石であるアダマンタイトで貯蔵した弾丸。中々に強烈な威力だな」


 アルバートは惨たらしく、徐々に形を無くしながらも叫ぶ哀れな天使を眺める。


「『核』とは恐ろしいものだ。人間がアビスの力無くして住民どもに唯一対抗出来る代物だが……これを利用した人物を私は称賛もするし、軽蔑もするよ」


「社長、ザドキエルが動きます」


「では、君は力の維持に尽力してくれ。後は私がやる」


「はい」


 キャシーは返事をし、ライフルをアルバートへと渡す。


「くそおおおぉぉぉぉぉっ! 悪魔の子がっ! よくも!」


「変化はさせないよ」


 そう言って、アルバートはザドキエルの心臓に弾丸を発砲する。

 さらに、空間の壁、地面から無数の黄金の触手が伸び、ザドキエルをめった刺しにする。


「良いんですか? 殺して。また、生き返ると元の精神力を取り戻してザドキエルが復活しますが?」


「何、君の魅了と私の能力、そしてこの弾丸があれば低燃費で何度も、何度もこいつを殺せる。それに、この空間には『あいつ』もいる。飽きたら、こいつの相手を『あいつ』にさせよう」


「ですが、そうなると先程まで対峙していたレミエルを始末出来ませんが」


「良い、良いんだよ。そんなのは他の幹部どもに任せれれば、どうとでもなるだろう。私達は、事が治まるまでこの空間でこいつを殺し続けよう。忘れるな、私達の目的はあくまで『傍観』だ」


「そうですね。失念していました。申し訳りません」


 深々とお辞儀をして、キャシーはアルバートへ言う。


「ふふふ、期待しているよ。サイモン、浅羽。世界が平和であらんことを」


 口元を深々と引き攣らせ、アルバートは呟く。

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壊れた世界の反逆者 こっちみんなLv20(最大Lv100) @guitar26

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