滅亡世界の王との対峙

「ちっ……! 『発信源』侵攻班の連絡は未だ無し、天使の総大将のミカエルの出現報告も無し……! まずいね」


 テーブルの水晶を焦燥の表情で見つめる夢子は呟く。


「んっしょ、んっしょ」


 その夢子の見つめる水晶の先、新島は逆立ちしながら腕立て伏せをしている。

 夢子は度々、その姿をちらちらと見、やがて怒りの声を荒げる。


「気が散るわ! 外でやってろ!」


 その怒号を、新島はポカンとした表情で受け止める。


「ああ、気が散るか? ごめんなー」


 頭をぼりぼりと掻きながら、新島は部屋から抜けて行く。

 その呆気らかんとした態度が余計に夢子を苛立たせる。


「あの脳筋百%……今の状況を分かっちゃいないんだから」


 苦虫を噛み潰した表情で、夢子は口を噛む。


(本来だったら、内でも選りすぐりの人員を配置した侵攻班で『発信源』をとっくに叩き、ミカエルも出現するはずだった。それまで京馬君を捕えていられれば良かったのに……!)


 夢子は悔しそうに水晶を見つめる。


「それに、予想以上にこいつら強いんだよ! まさか『終章』までこんな短期間に辿りつくなんて……これが破られたら、私の負けが確定。最悪、計画が水の泡になる」


 手を水晶に触れさせ、夢子は険の表情となる。


「そんなことがあってたまるか! 私の『夢』をこんな所で阻止なんてさせないっ!」


 念じるように、夢子は水晶へと意識を集中させる。




 荒廃した城が瓦解する。

 崩れた城の破片を足場にし、京馬達は地に足をつく。

 その足元には緑の蠢く巨大な蔓群。


「ち、アウトサイダーめ。厄介な奴を用意してやがる! 分かってると思うが、あの槍からは強烈な精神力を感じる! あれで突かれたら死ぬと思え!」


 舌打ちをし、剛毅は手で合図を京馬達に送る。


「『大天使の息吹アーク・ブレス』!」


 その合図に京馬は頷き、白の魔方陣から強化魔法を発現させる。


「『炎熱の蜃気楼ブレイズ・ミラージュ』!」


 さらに剛毅が赤の魔方陣を発現させ、叫ぶ。

 途端、周囲から剛毅を始めとして京馬、真田も空間から消え失せる。


「ははは、その程度、どうとでもなる!」


 オーディンは笑い、巨大な大槍を横薙ぎに振り払う。


「何……! 避け切れる速度ではなかったはず……!?」


 だが、オーディンは自身の狙い定めた一撃に手応えを感じず、目尻を細める。


「ケケケッ! 俺の空間を減衰させる鎖を忘れちゃいけねえぜ!」


 不可視の状態から能力の使用によって、可視の状態となった真田がにやりと笑む。


「さあ、お手並み拝見だ!」


 真田はそう告げ、オーディンの周りに精神力減衰の鎖を生やさせる。


「やってくれる! だが!」


 オーディンを乗せたスレイプニルは駆け、その鎖の包囲網から易々と抜ける。そして、瞬時に真田へと間合いを詰め、大槍をオーディンが突こうと瞬間だった。


「俺の、悲しみともどかしさを含めた一撃だ!」


 叫び、京馬が空間へと姿を見せ、五つの減衰と追尾の効果を持った矢を放つ。


「ふん!」


 しかし、変則的な動きの矢をオーディンは軽々と捕え、大槍で弾き返す。


「『爆風速射弾ブレイズ・クイック・ストライク』!」


 そのオーディンの死角となる槍を持つ右腕と対比する左側。

 寄り添う形となったその場所に剛毅は現れ、剛毅は赤の魔法陣が発現された両腕をオーディンの左脇腹に捻じ込む。


「近接ならっ! こいつが一番!」


「うぐ、ぐあっ!」


 その連打はオーディンに苦痛の叫びをあげさせる。愛馬のスレイプニルからオーディンは離れ、倒れ伏せそうになるも、右手の大槍を剛毅へと薙ぎ払う。

 それを見越しての事か、剛毅は数発の打撃の後、その勢いから後方へと跳躍し、その一撃を空ぶらせる。

 そのオーディンの眼前、大量の矢と鎖が襲う。


「人如きが、小癪な!」


 オーディンが手を振り払う動作を行う。

 途端、眼前にあった『それら』は霧散する。


「『あらゆる能力を無効化』。それがお前の能力らしいな」


 口元を吊り上げ、剛毅が告げる。


「よくも、私に、地に手を付けさせたな!」


 憤怒の表情で、オーディンは叫ぶ。

 その叫びに呼応するように、スレイプニルは剛毅へと向かって行く。


「『極限爆砕エクストリーム・エクスプロージョン』!」


 その圧倒的な質量の馬に剛毅は魔法を放つ。

 剛毅の手に集握された熱の凝縮は周囲の視界を覆う光を飛散させる。

 発光の後、大爆発音。

 それは、空間全体を呑み込む。

 しかし、


「ぐ、あ!」


 その盛大な爆撃にも関わらず、その黒馬は生きていた。否、まるで何もなかったかのように駆け出し、剛毅を跳ね、その体を宙に舞い上げる。


「ふん!」


 その剛毅へと、オーディンは大槍グングニルを投げつける。

 その行為とほぼ同時の時、剛毅の周りに鎖が発現し、その空間の座標がずれる。


「ふう、危ねえ」


 冷や汗を垂らし、真田が呟く。


「今のは、一体!?」


 その真田の傍ら、京馬は問う。


「分からねえ。が、あの剛毅の一撃であの馬、『まるでダメージが無かった』ぜ」


 戦慄の表情で真田は答える。


「くそ、どうすれば……!」


 続いて、その進路を京馬達へと変えたスレイプニルは神速で突撃する。


「そいつは、不死身だ! 逃げろっ!」


 その京馬達へ、受け身から立ち上がった剛毅が告げる。


「マジかよ……!」


 冗談でも聞いたかのような顰め面で、だが険の表情で真田は呟く。

 そして、空間のそこかしこに鎖を発現させる。


「どうすればいいんだ!?」


 京馬は、オーディンへと悲しみともどかしさを宿した矢を放ち続けながら叫ぶ。

 その京馬の矢をまるで主人の下へ駆ける犬のように戻ってきた大槍で、オーディンは悉く薙ぎ落してゆく。さらに槍を携えるとは逆の手を振り払い、真田の鎖も、京馬の矢をも霧散させる。


「単純な戦闘力も高い上に、『不死』に『無効化』だと!? ケケケッ! どうすりゃいいんだ」


 苦笑し、真田は大剣を構えて身構える。

 黒馬の頭突きに真田は大剣を一振りする。

 が、両者は拮抗することなく、真田は彼方へと吹き飛ばされる。


「ぐああああっ!」


 無情の叫びをあげる真田に振り返ることなく、京馬は念じる。


「今しかない! こいっ!」


 叫び、その京馬の手にあった弓は変質する。


「『壊れた世界の反逆者ブロークワールド・リベリオンズ』!」


 そして形作られたのは一層と青白く輝く剣。

 うねる様に剣の中を青の流動が流れてゆく。


「何故だ! 何故お前らは、俺達を、アダムを狙う! 俺の仲間達をっ!」


 京馬の激情、そして悲しみ、さらに──


「俺は、お前らアウトサイダーを、美樹を倒し、理想の世界を築く!」


 決意が、さらに剣の輝きを増してゆく。

 その想いの奔流は、黒馬へと振り払われる。


「勝負だ、怪物!」


 激突する、黒と白──




「『炎帝の双剣フランベルジェ・オブ・ペイモン』!」


 一方、剛毅は双剣を携え、オーディンと対峙する。


「そのような矮小な武器、我の敵ではないわ!」


 口元を吊り上げ、悠々とオーディンは剛毅へと大槍グングニルを振るう。

 それを剛毅は腕に多重の赤の魔方陣を発現させ、姿と気配遮断を併せ持つ『炎熱の蜃気楼ブレイズ・ミラージュ』で出来た僅かな隙で避けてゆく。

 だが、オーディンが手を振り払い続ける事で、その魔法の連打で出来た隙も、徐々に短くなってゆく。


「得意の幻影魔法も、我の『無効化』の能力で使い物にならんだろう? ふははは!」


「本当に、俺が『それだけ』だと思ってんのか?」


「何?」


 剛毅の一言に、オーディンは顔を顰める。


「『炎帝の宴ペイモン・パーティー』!」


 剛毅はその隙に魔法名を叫ぶ。

 途端、数多の炎がオーディンの周りに発現する。


「こんなもの──」


 オーディンが手を振り払おうとした瞬間だった。

 炎から幾重もの剣撃がオーディンを襲う。

 それは、一瞬の、間を置かずに起こったことであった。

 次々とオーディンの腕、腹部、足、各部に炎剣が突きささる。


「な、何、だと……!?」


 オーディン──を、操る夢子は自身の慢心を悔いた。

 アビスの力による『幻影』の力は、本来は本体よりもかなり衰える。

 だからこそ、オーディンの能力発動の合図である『手を払う』という動作の隙も充分と判断した。

 しかし、その判断は甘かった。

 炎から噴き出すように現れた剛毅の分身達による、その本人と変わらない速度の攻撃に虚を突かれてしまった。


「『極限爆砕エクストリーム・エクスプロージョン』! 全力の四つ分だっ!」


 間髪、その深手を負ったオーディンへ容赦ない一撃が襲う。

 赤の極光がオーディンを包み、爆砕。

 強烈な一撃は後に爆音を響かせる。

 さらに、連撃。

 周囲は、白の世界となり、その後続、音にならない音が響いてゆく。

 光が晴れた後、倒れ伏せるのは北欧神話の創造神。

 剛毅は、黒く変色したかつての創造神へと告げる。


「『炎帝の宴ペイモン・パーティー』は確かに幻影の一種だ。だがな、俺と『同等』の分身を幾つも出現させることも出来る。『炎帝の魔術師』最高峰の魔法なのさ」


 膝を地に付け、剛毅は告げた。




「くらえええええええぇぇぇっ!」


 京馬は黒馬の頭突きに、想いの剣をその頭を両断する勢いで叩きつける。

 しかし、その黒馬の勢いは弱まるものの、完全には止まることは無かった。


「ぐ、くそ! 俺の力はこんなものなのか!?」


 京馬は自問する。

 この決戦のために、幾度も試練を乗り越え、強くなってきた。

 愛する者や殺人者──辛い戦い。

 さらには、同じ異能の力を持つ者達からの手合わせ。

 ──こんなものではないはずだ。こんなどこのだれとも分からない奴にやられるわけにはいかない!

 京馬は歯を噛み、『もどかしさ』を想いに持つ。

 途端、剣先は拡がりを見せ、多重の剣歯となる。


「これはっ! 俺の『想い』が変わったから──」


 京馬が気付いた時には遅かった。

 集中された一撃は分散され、黒馬の勢いが戻ってゆく。


「く、くそ! やっちまった……!」


 京馬の剣を跳ね除け、黒馬の一撃が振るわれると思われた。

 途端、京馬への脅威が消失する。跡形も無く。


「い、一体──」


 京馬が辺りを見回す。

 すると、遠方、ガッツポーズを取る剛毅が笑んでいた。




「流石ですね。やっぱ剛毅さんはすごいや」


「いや、相手が俺の言葉で隙を見せなかったらやられてたとこだ。俺の運が良かっただけだ」


 ぽりぽりと頭を掻いて、剛毅は告げる。


「ケケケッ! 運てのは実力だ。それを『炎帝の魔術師』様が別項目にしてるなんてな」


 若干、不機嫌そうな真田が呟く。


「一応、謙遜のつもりなんだがな」


「そうかい。あーあ、俺は今回全く役に立たなかったぜ。それも、実力的にな」


 むすりとした表情で自身の大剣を見つめながら真田は呆れ声を漏らす。


「まあ、お前もまだまだって事だ……と、言いたい所だが、お前の鎖のおかげで大分助かっている部分もあるからな。一応、相性というものもあるし」


「お世辞、有難うよ。くそ、『過負荷駆動オーヴァードライヴ』状態じゃなくても『時間』の減退を出来るようにしねえと」


 そう言って、真田は倒れ伏せるオーディンを見やる。


「ところで、あいつを倒したってのに、空間が戻らねえんだが、どうなってやがる?」


「ああ、恐らく術者が少しでも長い時間俺らを拘束しようと踏ん張っているんだろ。ほら、周りを見てみろ」


 剛毅の言葉で真田と京馬は空間を展望する。

 すると、空間のそこかしこが割れたガラスの様に瓦解し、『無』となる空間が散在している。


「これは……?」


「捕縛結界が堪え切れずに崩壊しているんだ。もって数分もすれば、術者の精神力も尽き、俺らは解放される。そうしたら、後は無防備なただの人間を始末すればいいだけだ」


「ケケケッ! まあ、さっき戦った新島とかいう馬鹿が待機しているだろうからな。易々と事が上手くいく事は無いだろう」


 真田が告げると同時だった。

 空間に声が響く。


「『やってくれたね……いつも肝心な所で失敗する。それは、こんな力を手に入れても変わらないってこと?』」


 ドリームキャットの音声で流れるその声は夢子の声。


「『正直ね。私は世界がどうとか、平和とか、そんな大義名分で争ってるわけじゃないんだよ。私は、私の為に、私がしたいことをやってる。だから、あんたたちなんて目的を阻む敵じゃなかったらどうでもいいわけ』」


「何言ってんだ、こいつ……?」


 何やら、謎めいた声の語りに、京馬は首を傾げる。


「『あんたたちが、アダムじゃなかったら──ねえ、京馬君。あんた私達側に来ない? あんたが望んでる世界の創造ってのは存外私達の組織の方がやり易いかもよ。それに美樹もいるし。そんなアダムなんて胡散臭い組織にいたら、言い様に利用されて、最後には死体になって転がってるかもよ?』」


「何言ってるが分からないが、俺にはこの組織を抜けるなんてのは考えられない。アダムには、俺の大切な仲間達がいるんだ! それだけでも、俺はこの組織に留まる理由が確かにある!」


「『義理人情があるんだね。でもね、教えてあげる。アダムは一枚岩じゃない。例え、今君の周りに確かな信頼出来る仲間がいたとしても、暗躍する他の幹部が君をぼろ雑巾にように使い捨てて始末するかも知れない。──それでも、留まる?』」


「勿論だ! だったら、その組織の闇の部分とも俺は対峙する!」


「『若いね~。あ、いや、私もまだまだ若いけど。高校生だし』」


「おい、お前も京馬を誑かすつもりか? あること無い事言われるとこっちも気分が悪くなる。とりあえず、さっさとこの空間を解除しろ。まだ、あの『ビッグフット』がいるんだろう? あいつには、借りがあるんだ。直ぐにでも決着ケリをつけたい」


 二人の会話に耐えかねた剛毅がため息を漏らし、口を挟む。


「『あんたにも言えることだよ。炎帝の魔術師。あんたみたいのが一番気を付けた方がいい』」


「お前のような奴にとやかく言われる筋合いはない」


 剛毅は虚空を睨みつけ、告げる。


「『……私は忠告してるんだけどね。まあ、いいや。聞く耳持たないし、面倒くさくなった。後悔しても知らないんだから。──過負荷駆動オーヴァードライヴ!』」


「ち、こいつも、使えやがるのか……!」


 戦慄の表情で剛毅は構える。


「『オーディンはアビスでも上位に位置する住民だ。だから、私のへなちょこな精神力じゃあ充分な力を引き出せなかった。だが、京馬君を除くお前らを始末するのには訳ない程の力を過負荷駆動オーヴァードライヴなら引き出せるはず』」


 悲鳴を上げるような鳴動が空間を包む。


「な、何だ! この圧倒的な精神力はっ! こいつが、あのオーディンの真の力ってのか!? ケケケッ! 冗談じゃねえ!」


「いや、これでもかつての創造神の力の一部分に過ぎない。オーディンはSSクラスの最高峰レベルとまで言われる程、強靭な戦闘力を誇るアビスの住民と言われる。下手したら、サイモンさんでさえも勝てるかどうか……!」


「『さあ、死ね!』」


 言葉に呼応する様に、オーディンの体は輝き、その身を立ち上がらせる。


「『過負荷駆動オーヴァードライヴ』!」


 その現象に反射をするように、瞬間的に剛毅は叫ぶ。


「『終焉の極赤エンド・オブ・レッド』!」


 言葉とともに、深淵をより濁らせたような、深く、深い赤の球体が剛毅の掌に集握される。


「うああああぁぁぁぁぁぁっ!」


 唸るように剛毅は叫ぶ。

 極赤は鋭利に先を伸ばし、オーディンの体の下から上を真っ二つに両断する。


「『な……!?』」


 一瞬で奥の手を潰された夢子は、驚愕の声を上げる。


「『まさか……! 仮にも、あのオーディンだよ!? それを、一瞬で……!』」


「天使の再生力さえも断絶する俺の究極の切り札だ……! あの化け物がまた目覚めると明らかにこちらが不利になるからな。消耗戦になる前に先手必勝を打たせてもらった。……しかし、俺にこれを使わせるとはな。強敵だったぜ。手前は」


「剛毅さん!」


 倒れ伏せる剛毅を京馬は支える。


「大丈夫ですか!?」


 声に呼応し、剛毅は京馬の手を握る。


「ああ、大丈夫だ。しかし、これで俺の精神力が底を尽きた。一足先にリタイアするぜ……厳しい状況だが、お前らなら乗り越えられると信じてる」


 そう言い残し、剛毅は気絶した。

 悲鳴をあげるように、空間は振動する。

 ガラスのひび割れたような音を立てて、徐々に夢子の捕縛結界は消失してゆく。




 薄暗く不気味な、しかし人を多く収容できそうな程の広大な部屋。

 夢子の捕縛結界から解放された京馬達は、気が付くとその部屋に移動していた。

 外からは爆撃音やら、悲鳴や喧騒が聞こえる。


「ち……! こうも、上手くいかないと呪われてるんじゃないかと思うよ」


 舌打ちをし、夢子は自身を見つめる京馬達を睨みつける。


「こいつが……」


 京馬は蝋燭の仄かな火が灯す夢子を見る。

 その容姿と様子は、自身や咲月と相も変わらない高校生だった。

 とても、あの剛毅でさえも認めた強者とは思えない。


(この子も、俺や美樹、咲月のように『命』を賭けてこの決戦の場にいるのか……?)


 京馬は訝しげに少女を見つめる。

 その表情を夢子は気に食わなさそうに見つめ返す。

 そして顔を背け、ため息。


「なーに、自分は特別なんて思っちゃてるんだか」


 呆れ声で夢子は呟く。

 その夢子に真田は駆け、大剣を振りかかろうとする。


「待っ──」


 その真田の行動を京馬が制しようとした瞬間だった。

 頭上の天井が夢子と京馬達の前に落ちる。

 その上に乗るのは巨躯の男、新島。


「がはは、やっぱ負けてやんの!」


 豪快に笑い、新島は巨大な棒を振り回す。


「はいはい、そうね。私の完敗だわ。後はお願いって言いたいとこだけど──」


 嘆息して夢子は告げる。


「……! これはっ!?」


 京馬は、視線を中央にある扉へと向ける。

 それは、本能に近い『危機』が起こした行動。

 京馬は、かつてにも同じ脅威を感じていることを思い出す。

 ……『奴』が、来た!

 京馬が身構えようとした瞬間。

 突如、中央にある扉が開かれる。


「夢子、逃げて! ケルビエムが、来る!」


 その扉から現れたのは金髪の美しい女。

 しかし、その表情は焦燥に駆られている。


「分かってるって。くそ、どうしようかね……」


 夢子は悔しそうに告げる。


「ミシュリーヌ、頭下げろ!」


 何かを察知し、新島は巨大な棒を扉に向けて振るう。

 そこから放たれた『重力』は、ミシュリーヌを夢子側に跳ね除け、そしてその扉から喰らうように襲いかかる炎雷を弾き飛ばす。


「け、マジかよ……! ケケケッ! こりゃ、最悪のタイミングかも知れねえ」


 扉、否、部屋の壁面を焼け切り出現した者は、この世のものとは思えない神性さとおぞましい恐怖を一同に与える。


「ケルビエム!」


 京馬はその怪物の名を叫ぶ。


「この姿は、ケルビエム・ヤハウエだ。我が父の偉大な名をお借りした私の真の姿。ふふふ、また会えて嬉しいぞ。ガブリエルの繭!」


 閃光を放つ四つの無の顔を覗かせ、ケルビエム・ヤハウエは告げる。

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