『傲慢の絶対者』明けの明星
世界は漆黒の夜に佇む中世の城下町から、輝かしい陽が光る『庭』へと変化する。
そこには、草が生い茂る。
林檎が実る木々が散在する。
それは、四大天使が一人、ウリエルの捕縛結界。エデンの園。
果樹園である『庭』の中、邪悪とも神聖ともとれる白と黒の螺旋を纏わりつかせた四本の剣。
それは、一人の大男の生えた四本の手にしっかりと握られていた。
「桐人おおおぉぉぉぉぉっ!」
大男は叫び、四本の剣を一点に集中。
地を蹴り、駆ける。
「『
桐人は叫び、黒いもやを自身の眼前に発現させる。
大男の一撃は、その黒いもやを貫き、桐人の体を突き射す、その一歩手前で止まる。
「ははは! こんなものなのか、ウリエル。少し『位』を上げた所で御されていてはまた戦いにならんぞ」
瞬間的に見れば大男、ウリエルが桐人の手前で剣の一撃を寸止めしているように見えるであろう。
しかし、注視すればウリエルの腕の腱は震え、その力を剣先に込めているのが分かる。
「か、あああああああっ! 『
突如、ウリエルの体からセピア色の空間が拡がる。
腱の震えは次第に剣の震えに変わり、剣先が黒のもやを貫く。
そのまま四本の剣は桐人の体へと突き進む。
が、その軌道には既に桐人はいなかった。
跳躍した桐人は、そのままウリエルの背後へ回り込む。
「時間が惜しいんでな」
そう言って、桐人は黒の魔法陣を目の前へ発現させる。
「『
桐人が魔法名を告げると、渦巻く漆黒の球体が発射される。
その一撃を、ウリエルは瞬間的に振り返り、四本の剣で受け止める。
「まだ、こんなにもっ……!」
歯を食いしばり、ウリエルは漆黒の球体を弾き返そうとする。
微動だにしない球体は徐々にその動きを止め、ウリエルの掛け声と共に彼方の空へと弾き返される。
「やるじゃないか。以前とは違うと言ったのは本当のようだな」
だが、桐人は顎に手を当て、興味深そうにウリエルを見つめるだけであった。そこに、ウリエルへの戦慄は微塵にも感じられない。
その反応を見て、ウリエルは悔しそうに唇を噛む。
それもそのはずであった。
以前から手合わせしていた目の前の人を遥かに凌ぎ、アビスの住民という神の類さえも超越し、あまつでさえ神の住まう世界さえも支配しようとする男。
その男を超えるべく、死に物狂いで鍛えあげた自身の精神力、固有能力の強化。
自信はあった。
しかし、赤子の手を捻るように、嘲笑うように、その血の滲む努力でさえも軽々と凌駕する圧倒的な力を見せつけられたからだ。
「俺の『
ウリエルは訴えるように桐人へと叫ぶ。
「確かに、全ての天使の『概念構築能力』の大元と言っても良い貴様の能力ならば、唯一俺の『服従』に従うことなく渡り合うことが出来るだろう」
不敵に笑み、桐人は告げる。
「だが、違うんだよ。圧倒的に。貴様と俺とでは、培った精神力が違すぎる。俺は、数々の苦行と、強敵と対峙してきた。人としても、神としても」
「俺の修練では……まだまだお前の苦行に届かないというのか!?」
狼狽の声でウリエルは叫ぶ。
「そうだ。お前がアビスで、この世界で戦いに明け暮れようが、まだ足りない」
「分からない! どんな死地も俺は潜り抜けたつもりだ! 腑抜けた人の偉人なんかよりも苦行を行ったつもりだ! それにお前と俺は同じ『原初の天使』! 重ねた時間も同じのはず!」
「違う」
桐人は、切って捨てるように一言放つ。
「お前は、『お前であることに安堵』している」
そう告げ、桐人は手を頭上に掲げる。
「手向けだ。生きていればまた会おう。ウリエル」
「くそおおおおぉぉぉぉ! 『
ウリエルの腕が千手に生える。
千手の掌には白と黒が渦巻く球体。
「『
桐人が告げると、マグマのように黒と白の流動が噴出する大剣が発現される。
禍々しくも、神々しい。悲鳴にも、歓喜にも聞こえるその剣から発せられる波動は、聖と邪が同質であると訴えかけるように叫んでいるようであった。
空間が淀み、世界が揺らぐ。
一瞬。
しかし、鈍く、重く、その一撃は全てを切り裂いた。
「そんな状態でも生きているのか。つくづく君という奴はしぶといね」
空間は、また夜の城下町へと戻る。
そこには元の姿に戻った桐人と、生首が一つ。
「き、き、り、とぉ……」
まるで怨念が込められたようなうわ言を放つ傷だらけの生首を、桐人は嘆息して見つめる。
「ふう……ウリエル。君はもっと『人』というものを知るべきだ。この世界を創造した神は、実に面白い傑作を創り出したよ」
そう、言い放ち、桐人はまた駆け出してゆく。
「ま、ま、てぇ……」
飛び散った手を動かしながら、ウリエルはうわ言を続ける。
荒廃した建造物を吹き荒ぶ砂が打ちつける。
かつては栄えていたであろう城下町は、その面影を残すまでであった。
「屈辱、か」
砂嵐が吹き荒れる中、そこには不釣り合いな黒いスーツの人物が二人。
その一人、盲目の老人が呟く。
「貴様は拷問は受けたことがあるか。サイモン」
その呟きに頷き、白と黒のメッシュの髪を持つもう一人の男が言う。
「ああ、受けた事があるとも。だが私にとっては、どんな拷問よりもこの力の代償の方が辛かったが」
「そうか」
サイモンの答えに、しかし男は一返事で答えるのみであった。
「もしや、その苦痛こそがお前のその力の根源だと言うのか?」
まるで馬鹿にするように、サイモンは問う。
だが、男は激情を露わにすることはなかった。
代わりに口を吊り上げ、笑む。
「そうだ。目の前でかつての仲間は虐げられ、凌辱され、一人、一人づつ殺されていった。手足をもげられ、腸を抉りだされ、家族を殺され、尊厳も、支えも何もかも奪われていった」
男──浅羽帝は自身が受けた凄惨な拷問を語る。
「俺はその時ベリアルを宿し、さらに続く拷問とベリアルの蝕みを耐えた。そして得たのが、この力」
「その拷問とやらが、黒崎組でのお前の最後だったというわけか。浅羽」
その浅羽の語る過去にサイモンが言う。
その声色は先程の小馬鹿にしたものとは異なる。
「そうだ。俺を支えていたのは、拷問をした者共への恐怖でも、憤怒でもなかった。俺は、ただただ奴らを卑下していた。そして思ったのだ。こんな虫けら共に殺されるわけがないとな」
浅羽は笑う。
「我ながら、狂人だと思うよ。真っ先に沸いた感情が『それ』だったのだから。だが、俺は『それ』でベリアルに気に入られ、インカネーターとなった」
「ふふ、どうやったらそんな捻子曲がった人の子が生まれるのか。お前の親が見てみたいよ」
「残念だ。肉親は全て俺の目の前で色々な部位を捥がれ、断末魔を上げて死んだよ」
「成程、な。『強い』わけだ」
険の表情でサイモンは呟く。
「だが、俺は奴らを憎んでいない。むしろ、有難いと思っているぐらいだ。こんな力を手に入れる事が出来たのだから」
浅羽は両腕から二丁の赤い拳銃を発現する。
その浅羽の姿を、サイモンは呆れ声を漏らして見つめる。
「だが、それでもルシファーとなった桐人には勝てない。あいつは、過去の経験を凝縮している。精神力の観点だけでいれば、過去のあいつよりも強くなっているであろう」
そう言って、サイモンは口を吊り上げ、告げる。
「あんなウリエル如きでは相手にならんと思うぞ?」
「そんな事は分かっている。ただ、俺は奴の力を消耗させ、『暴走』させやすくするための駒だ」
「桐人が暴走状態になったら、下手したら全てを消滅させかねないぞ?」
「そうしたら、それを利用するまでだ。ふ、ふふ、ふはははははっ!」
浅羽は実に愉快そうに笑う。
その浅羽の反応に、訝しげに眉間にしわを寄せ、サイモンは問う。
「浅羽、お前は何を企んでいる?」
警戒、否、戦慄と言った方が近いかも知れない。
未知の恐怖と対峙するようにサイモンは浅羽を見つめる。
「まあ、待てば分かるさ。俺の力とキザイアの力を貴様達は思い知るだろう」
にやりと、不穏の笑みを浮かばせて浅羽は言った。
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