それは傲慢か、あるいは②
「ごめんなさい、驚かせてしまって。大聖堂へ向かうところだったの?」
当たりだったらしい。目をぱちぱちさせた少女にレオナはにっこりする。
「北に向かっていたでしょう? それに、素敵なケープを着ているから」
「あ、これは……、姉さんが買ってくれたもので」
敬虔なヴァルハルワ教徒は白か銀の
「いっしょに行きましょう。ちょうど、わたしたちも行くところだったの」
「え、でも……」
「僕たちはイレスダート人です。今日、ダナンに来たばかりで。じつは道に迷っていたのです」
口裏合わせしていたわけではなくとも、レオナとアステアの息はぴったりだった。少女の両側に付いて、二人で支えながらゆっくり歩く。臨月に入っているのだろう。本当なら出産など経験するには早すぎるくらいの少女に見える。それでも、敬虔な教徒にとって祭儀の時間は何を置いても大事な時間だ。
「ごめんなさい。ありがとう、ございます」
「いいえ。お礼を言うのはわたしたちよ」
小一時間ほど掛けて、ようやく大聖堂へとたどり着いた。ほどなくして時を告げる鐘が鳴りはじめた。午後の祭儀の時間だ。
「よかった。間に合ったみたい」
「本当にありがとうございます。なんてお礼を言ったらいいのか……」
「ううん、いいの。気にしないで。それよりあなたは、もしかして」
「ちょっと! なんであんたがここにいるのよ!」
レオナはびっくりして振り返った。褐色の膚、波打つ豊かな黒髪、そして紫紺の瞳。身重の少女にはどこか既視感があった。その理由がいまわかった。
「姉さん? どうして、ここに?」
「あんたがちんたら歩いているうちに、あたしの方が先に着いちゃったじゃない!」
そう、レオナとアステアが大聖堂へと連れて行った少女はジルの妹なのだ。ジルは敬虔なヴァルハルワ教徒ではなかったが、しかしこんな状態の妹が心配だったのだろう。
ジルは自分の妹をレオナから引き剥がした。驚いたままのレオナはとっさに声が出せずにいる。
「姉さん、やめて。この人は、あたしをここまで連れてきてくれたのよ?」
「だから良い人ってわけ? 冗談じゃないわ。イレスダート人じゃない。だいたい、あんたたちは、」
「あのう、祭儀がはじまっちゃいますよ?」
姉妹喧嘩に水を差したのはアステアだ。他の教徒たちはとっくに席に着いている頃で、まもなく祭儀もはじまる。席が埋まってしまう前に入場していなければならないし、立ちっぱなしになるのは身重の身体にはつらいだろう。
「じゃあ、僕たちは先に行ってますね」
さっと、アステアは身重の少女の手を取った。喧嘩をするならレオナとジルの二人でどうぞと、魔道士の少年はにこっと笑った。
「……それで、どうしてここにいるのよ」
「迎えにきたのよ」
ジルは腕組みをしながらレオナを上から下まで見た。別に嘘を吐く必要はない。レオナは微笑む。
「ファラがいなくなってしまったの。きっと、ここじゃないかって」
「また家出したの、あの子。懲りないわね」
「ダナンの人たちが心配なのよ。それで、いても立ってもいられなくなって」
「ふうん、そう。オヒメサマが考えそうなことよね」
彼女とこうして話をするのは、はじめてだった。でも、ジルの物言いはきつくて冷たい。たぶんもう知っているのだ。レオナが誰であるかを。話したのはウンベルトだろうか。あの少年だって、最初は知らなかったはずだ。
「あんたたちだって、そう。あたしたちみたいな下層階級の人間に関わって、何がたのしいわけ?」
侮蔑と悪意を吐き出すジルを見て、レオナは悲しくなった。相手を傷つけるための言葉なのに、傷ついているのはジル自身だ。
「言ったでしょう? 迎えにきたのよ。ファラも、あなたも」
「余計なお世話よ。あたし、彼とは別れたの」
「嘘を吐くのはよくないわ。ウンベルトは、あなたをずっと探してるもの」
「お金はちゃんと返すわ。何年掛かるかわからないけれど、ウンベルトにもガエリオにも」
ジルは爪先で石を蹴りながら、この話題を早く終わらせたいとそんな顔をしている。彼女の事情はわかっても、納得はできない。それは独り善がりな正義感だろうか。
「妹さんが心配で、ダナンに戻ってきたのでしょう? どうして、ウンベルトにほんとうのことを言わないの?」
「あんたに関係ない。それに、妹のお腹の子はきっとだめだわ。妹は馬鹿みたいに祈ってばかりいるけど、あんな痩せた身体じゃ健常な子どもなんて産めるわけないもの」
「教会が助けてくれる。あんなに大きいお腹で出歩くべきじゃないわ。もっと安静にしていないと」
「あんた、馬鹿ね。本当になんにも知らないオヒメサマ。あたしたちみたいな貧乏人なんて相手にされないのよ。教会にも医者にもね」
「そんなの……」
レオナは途中で声を止めてしまった。ジルがすごい顔でこちらを睨んでいる。気圧されたわけじゃない。いまにも泣きそうなジルを見て、何も言えなくなってしまったのだ。
「それにあたし、もうすこししたら旅に出るから。旅の一座があたしを買ってくれたの」
「旅の一座?」
「炎の一族よ。あいつらは人間の集団じゃないけど、たった数年くらいだったら我慢する」
「それなら、なおさらよ。ちゃんとウンベルトに、話をしないと」
「だからなに? 彼はきっと反対する。
怒っているのに泣いているみたいだ。ジルを見て、レオナはそう思った。ああ、だめだ。きっとどんな言葉だって届かない。レオナとジルでは生まれも育ちもちがい過ぎる。わかり合えるなんて思う方が厚かましいのだ。
「もういいでしょ? あたし、仕事があるから」
一方的に話を終わらせてジルは行ってしまった。
せっかく彼女を見つけたのに、レオナにはジルを説得できる自信がなかった。たしかに知り合ったばかりの他人と言ってしまえばそれまでだろう。だとしても、相手の事情を知ってしまえばその身を案じるし、せめて手助けがしたいと思うことさえも傲慢なのだろうか。
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