それは傲慢か、あるいは①

 五日掛けてようやくダナンへとたどり着いた。

 砂漠を旅するのはこれが二度目、それも最初がつい最近となればすこしは慣れたとレオナは思う。同行するのはアステア、それからフレイアとクリス。イレスダート人とラ・ガーディア人が混じったおかしな組み合わせでも、砂漠の案内人は親切にしてくれる。

 砂漠の旅は快適とはいかなくとも、最初のときよりもずっと楽だった。

 レオナはともかくとして、アステアもフレイアたちも野営には慣れているし、砂嵐にも見舞われなかった。これも聖イシュタニアの加護でしょう。砂漠の案内人は敬虔なるヴァルハルワ教徒らしく、聖職者であるクリスと仲良くしている。これなら、ダナンの大聖堂にもすんなりと入れそうだ。

 ファラはきっと大聖堂だ。レオナはそう目星を付けている。赤毛の少女はダナンで育ち、父親はヴァルハルワ教徒で、ファラとイグナーツも一緒によく大聖堂に行ったという。ファラが教会通いを止めたのはナナルへと行ってからだ。母親であるイグナーツは女王に即位して、父親は混乱の最中に亡くなった。

 それきり、ファラは王都ナナルの外へと出ていない。それでも、ダナンには世話になった人がたくさんいるのだと、ファラはそう言っていた。あの少女はナナル宮殿のなかで独りぼっちだった。宮殿を抜け出してウンベルトやガエリオのところに行っていたのも、寂しかったからかもしれない。

 自分だったらどうするだろうと、レオナは考える。

 たとえばアストレアが危機に際したときに、兄アナクレオンが動かなかったのなら、やっぱりファラとおなじ行動をする。考えなしの子どもの行動だとは、レオナはどうしても思えないのだ。

「着きましたね」

 魔道士の少年が言った。前の晩は砂漠のオアシスに泊まれたおかげであまり汚れていないし、体力もしっかり残っている。アステアも元気だ。白皙の聖職者と目が合って、彼はにっこり笑った。

「先に大聖堂に行って、関係者と会ってきましょう。事情を話せばすぐに中に入れてくれますよ」

 レオナはうなずく。ダナンでは流行病が蔓延している。特効薬は高価なために上流貴族や商家が独占し、薬の買えない民が大聖堂へと押しかける。もともとダナンはヴァルハルワ教徒の多い街だが、教徒以外も集まり祭儀の時間はごった返しているらしい。

 そこにファラの名前を出しても取り合ってもらえるかどうか。まずはクリスが掛け合ってくれる。

「わかったわ。わたしたちも、あとから向かいます」

 その空いた時間にジルを探す。とはいえ、ダナンは王都ナナルに次ぐ広さだ。

「一緒に行こうか?」

 フレイアだ。思いがけない声に、レオナは目をぱちぱちさせる。アステアと一緒で大丈夫なのかと、そう言いたいらしい。

「ありがとう、フレイア。でも、だいじょうぶ。クリスと先に大聖堂へ」

「わかった」

 さて、わたしがしっかりしなければ。魔道士の少年は普段は聡い少年なのに道を覚えるのが苦手だ。なにしろアストレアからオリシスに向かおうとして、自由都市サリタへとたどり着いたくらいの方向音痴である。その迷子癖のおかげで、サリタでアステアと会えたわけだが、ここはレオナががんばらなければならない。もっとも、アステア本人にその自覚はないらしい。

 ナナルに負けず劣らずダナンも活気のある街だった。

 褐色の肌を持つユング人の他に白膚が目立つのは、おそらく巡礼者たちだ。旅人たちの多くは白や銀の長衣ローブを纏っている。一様に北に向かっているのが見える。なるほど、大聖堂は北に位置するようだ。

「どこから探しますか?」

「そうね……」

 しばし巡礼者たちを見つめていたレオナは思案する。たしかジルはヴァルハルワ教徒ではなかったはずだ。教会に縁のない彼女は足繁く大聖堂に通わないだろう。

 それに、ジルには妹がいるらしい。ナナルを発つ前にノエルが教えてくれたのをレオナは思い出す。十五、六歳のジルの妹だとすればまだまだ子ども、ひょっとしたら家族を養うためにジルは酒場で働いていたのではと、レオナはそう思考を纏める。

「でも……、酒場は昼間には開いていませんよね?」

 レオナの心のなかを読み取ってアステアは言う。すっかり失念していたので、魔道士の少年は苦笑いしている。

「裏口から回って、ちょっと話を聞くくらいなら、入れてもらえるかもしれませんね」

「ええ。でも、どこから当たってみればいいのかしら……」

 レオナはううんと考える。もっとしっかりウンベルトとも話せればよかったのだが、彼とは会えずじまいだった。

 ぐるりと辺りを見回してみても、どこもかしこも人だらけだ。褐色の膚のユング人、白皙の膚はイレスダート人か、あるいはラ・ガーディアからの旅人かもしれない。向かう先はきっと大聖堂だ。

 それならば、ジルの仕事先は北ではなく西。レオナたちは東門からここまで来て、居住区があるのが南だと砂漠の案内人からきいた。通ってきた東には宿泊施設も酒場も見えなかった。

「このまま、西に向かってみましょうか」

 そうアステアに声を掛けて進み出したものの、数歩もしないうちにレオナは止まった。アステアもほぼ同時だったので、おなじものを見ていたのだろう。二人はうなずき合い、そこへと駆け足で行く。

「だいじょうぶですか?」

 巡礼者の集団から後れている教徒だった。まだ少女である。アステアと同年代か、もしくはもうすこし若いくらいの。しかし、その褐色の少女は離れていてもわかるほどお腹が大きかった。

 急に具合が悪くなったのか、少女は途中でしゃがみ込んでいた。見てしまったなら、レオナもアステアも無視なんてできなかった。それがお節介なのだとしても。

「え、ええ……。すみません、大丈夫、です」

 そうは見えない。少女は被っていたフードを取った。黒髪の童顔の少女だった。似ているような気がする。少女の紫紺の目は戸惑いと不安の両方を宿している。レオナはにっこりと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る