ちゃんと反省したそのあと
「ごめんなさい。勝手に出て行ってしまって」
赤毛の少女はレオナに会うと真っ先に謝罪した。祭儀が終わったあと、それぞれ解散していく教徒たちを見送って、そしてクリスとフレイアを見つけた。白皙の聖職者は優美な笑みでレオナにささやいた。大丈夫です、ちゃんと見つけましたよ。
ダナンの大聖堂はユングナハルで最も広い大聖堂だ。
その上、いまは流行病が蔓延しているため、教徒以外の人間教会に押しかけている。祭儀後のごった返しているなかで人を探すとなるとなかなか大変だ。
ファラを見つけたのはフレイアだった。フォルネの王女は人の顔と名前を覚えるのが得意なのだ。
でも、会ったことのない人間なのにどうやって? レオナの疑問にクリスが答える。教会関係者と話をしているあいだ、フレイアは勝手にその辺りをうろうろしていたらしく、台所で赤毛の少女を見たのだとか。容姿や
「あの……、約束を破ったから、怒ってる?」
レオナはきょとんとする。ああ、なるほど。たしかに約束を
「いいえ。でも、心配はしていたわ」
自分だけではなくて、みんながだ。皆まで言わずともファラはちゃんとわかっている。特にクライド。ファラはクライドの姪で、歳の近いウンベルト同様にクライドとも仲良くしていたのだろう。
「うん……。戻ったら、ちゃんと謝るね。クライドはいつもむすっとしてるけど、あれでやさしいところ、あるから」
歳の離れた兄妹のような関係なのかもしれない。いま思えば、クライドは最初から面倒見はよかった。自由都市サリタで倒れたシャルロットを背負って、修道院まで連れて行ってくれたのはクライドだ。
「そうね。でも、謝罪じゃなくて、まずお礼を言いましょうね。クリスとフレイアにも」
「あの綺麗なひと? あんなに綺麗な司祭さま見たのはじめてだったから、びっくりしちゃった」
ファラはクリスもフレイアも初対面だ。すこしばかり舌足らずなフレイアがいきなり声を掛けて、きっと少女は警戒した。そこへ白皙の聖職者が追いついた。こんなところだろうか。
それからクリスはすぐ事情を話して、貴賓室へとファラを連れて行った。赤毛の少女が大人しくしているのはちゃんと反省しているからだ。カウチで向かい合った少女はいつもみたいな元気がなかった。自分も偉そうに人に説教できるような立場じゃないけれど。無鉄砲なところもほどほどにしないといけない。
「あのね、私がちいさいとき、よく教会に行っていたの」
「それは……、お父さまとお母さまといっしょに?」
問いにファラはうなずく。
「私のお父さん。もういないけど、でもヴァルハルワ教徒だったの。だから、私たちもいっしょに」
それはファラの母親であるイグナーツが女王になる前のはなしだ。
「お母さんはお針子で忙しかったから、私は二人の仕事が終わるまで教会で待ってた。みんなやさしかったよ。だからダナンは私の家みたいなものなの」
「お世話になっていた人が、たくさんいるから心配だったのね」
「うん。それに私、ちょっと魔力があるみたい。でもね、せっかく教わった治癒魔法はぜんぜん使いこなせなくって」
レオナはふと思い出す。あれはガエリオの屋敷に囚われたときだ。自身の魔力を調節しながら頃合いを見計らっていた。加減を謝れば屋敷ごと壊しかねなかったが、その魔力に割って入ってきたのはファラだった。
少女があのまま教会に身を寄せて、本格的に教わればいつかは治癒魔法も使えたのかもしれない。王女となってしまったいまでは、その機会も失われたというわけだ。
無意識だったのだろうか。レオナはそう思う。もしかしたら、ファラも気づいているのかもしれない。この大聖堂に入ってから、レオナは魔力の残滓を感じていた。内に魔力を宿した者は他者の魔力を感じ取ることができる。それが強い力であればなおのこと。
「ここに戻ったら、なにか役立てるかなって。そう思ったんだけどね」
力なく笑うファラの姿が痛々しい。ダナンはいま大変な状況だ。教会関係者たちも忙しくてファラの相手をしている暇もないのだろう。
「こんなんじゃ私、お母さまのこと批判できないな。親子そろって似たもの同士だね」
「そんなこと……」
「ううん、ちゃんとわかってる。べつに見捨てたくてそうしてるわけじゃないってことくらい、私だってわかってるの」
ナナルはダナンのために救済策を採らなかった。助けたくとも助けられない。動きたくとも動けない。それが、ナナルの現状なのだろう。言ったのはクライドで、でも彼の声はイグナーツを責めているようにはきこえなかった。
「わたしがファラだったら、きっとおなじことをしていた」
「レオナも……?」
「どうにもならないこと、わかっていても足掻きたくなるの。そういうとき、あるじゃない?」
作り笑いではなかったので、ファラも笑ってくれた。
「そうだね。帰ったらちゃんとごめんなさいって言うし、ありがとうって言う」
それでこそファラだ。過ごしたのは短い期間でも、レオナはファラという少女の良いところをたくさん知っている。
「あ、でもね。気になることあるの」
「気になること?」
「うん。このところ、人が急に消える事件が起きてるって、そうみんなが言ってて」
どこかで聞いたようなはなしだと、レオナは思った。すぐ思い当たったのは王都マイア、あれは
「ねえ、レオナも気づいてるでしょ? ここなんだかおかしいの」
レオナは苦笑する。だいじょうぶだと言っても、ファラは魔力を感じ取っているのだ。下手な嘘は少女を傷つけるだけだ。
そこで扉をたたく音がした。入ってきたのはアステアだった。
「ああ、よかった。ファラさん、見つかったのですね」
すこし前まで魔道士の少年はジルの妹と一緒だった。遅れてきたのはあの子を家まで送り届けたのかもしれない。
「ありがとう、アステア。あの子は、だいじょうぶ?」
「それなんですけども、ちょっとクリスさんに相談しようと思って」
「クリスに?」
席を勧めたものの、アステアはまたすぐ退出するつもりのようだ。
「はい。あの方を教会で預かってもらえないかどうかって。でも、ご本人があまり乗り気ではなさそうで……。姉さんに、心配掛けるからって」
「ジルは、ヴァルハルワ教徒ではないから……」
「ジルもここに来ているの?」
レオナとアステアは同時にファラを見た。
「ええ。ウンベルトとは別れたって、彼女はそう言うけれど」
「ふうん、大人のはなしね。でも、大丈夫だよ。困っているなら、私に任せて!」
なんだか嫌な予感がしてレオナは曖昧な笑みで返した。ついさっき反省したばかりだからさすがに大丈夫だと思いたい。
「あ、ええと……。僕、やっぱりクリスさんと話してきますね」
アステアはささっと出て行ったものの、レオナはファラと一緒にいると決めた。この少女は、ちょっと目を離すとどこかに行ってしまう。それはレオナが幼なじみに言われたことそのままだったので、レオナもちゃんと反省した。
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