迎えに来た者、送り出す者①

 最初に見つけたのは、野に咲く蒲公英を思わせる黄色だった。

 長い金髪を上手に纏めているので、あれだけ派手に舞っていても髪は乱れない。男性用のシャルワールは動きやすさを優先して選んだのだろう。余計な刺繍や飾りも付いていなければ、女性用よりも生地がしっかりしているので少々では破れない。

 とはいえ、彼女は戦いが終わるといつもぼろぼろだ。服のあちこちが破れているし、血で汚れている。そのほとんどが返り血のときもあれば、ひどい怪我を負って満身創痍で戻ってくる。クライドが守ってやれたのは二回きり、白皙の聖職者の声がなければ、きっと彼女を見失っていただろう。

 ダビトの雇兵たちは兵士としてしっかり鍛えあげられた猛者どもだ。

 しかし、何度も戦場を経験した者にとっては相手に不足はなし。二人掛かりでも彼女に刃が届かないことを、クライドは知っている。

 次にクライドは青色を見た。正確には緑、青みがかかった緑色だ。頭の高い位置でしっかりと括った髪が、動きに合わせて踊っているように見える。一張羅の白の長衣ローブにも見覚えがある。小柄な少年は敵からすれば格好の的で、しかし兵士たちはそれ以上近づけずにいる。少年は身体に風を纏わせて、ある程度敵を引きつけてからずたずたに切り裂くつもりなのだ。

 何も知らない最初の一人が風の餌食になった。

 魔道士の少年はちいさな竜巻を操る。力の加減をしているように見えたのは、村の人間を巻き込まないためだ。

「みなさん、もうすこし離れてください!」

 声変わりの終わっていない澄んだ高音が響く。南を守っていた男たちの目にも、あの少年の纏った風が見えたのだろう。皆、素直に忠告に従って、そこから距離を空ける。すると魔道士の少年は自身の魔力を消して、今度は炎を体現させた。炎の玉が五つ、少年の周りで踊っている。

 ダビトの雇兵たちは一斉に逃げだそうとしたものの、時はすでに遅かった。

 きっと、魔道士の少年は奴らに忠告したのだろう。異国人、それも子どもの戯れ言だと取り合わなかった結果がこれだ。解放された魔力が兵士たちを呑み込む。威力は抑えられているように見える。けれど、放たれた炎は奴らをけっして逃がさない。

 さすがにやりすぎじゃないのか。

 クライドでさえもそう思った。快活で素直な性格の少年をよく知っている。努力家で、出会った当初は初歩的な攻撃魔法しか使えなかった少年が、いまや風に水に炎に、四大元素のほとんどを使いこなせるようになった。

 威嚇のつもりでやった攻撃だが、奴らは火達磨となりもがき苦しんでいる。努力の賜物だと褒めてやるのが正しいのだろうか。魔道士マージの力量があがって上級魔道士ウィザードとなったのなら、きっと手放しで喜んでやるべきだ。

「ちょっと、やりすぎだ」

 そして、最後にクライドは見た。

 砂漠の民の衣装を着ているものの、騎士の挙止きょしはそのまま、旅のあいだに切る暇もなく伸ばしっぱなしだった髪もすっきりしている。イレスダートの聖騎士。これがかの聖王国ならば、騎士を見てそうつぶやく者もいただろう。罪人の代名詞のごとく揶揄やゆされたその称号も、王都に戻ったあとではまるで意味が異なる。

 もっとも、皆まで見届ける前にクライドは彼の元を離れた。

 いろいろと世話になったのに別れの挨拶すら残さなかったので、怒っているのかもしれない。主君に窘められて、魔道士の少年は魔力を消した。兇暴な炎から解放された雇兵たちはひどい火傷を負っている。村人たちは一歩も動けずにただあんぐりと口を開けていた。まあ、気持ちはわかる。これが、本当の戦場だ。

「な、なあ。若はあいつらの知り合いなのかい?」

 狸顔のタルが言う。隣で狐顔のヤンも目をぱちぱちさせる。クライドは二人を置いて人の村の前で大暴れしていた奴らに近付いた。先に気が付いたのは魔道士の少年だ。

「あ、クライドさんだ! よかった。間に合いましたね!」

 とびきりの笑みで迎えられる。頭のなかを整理しようとして、無駄だとすぐに悟った。

「なんで、ここにいる?」

 少年がその大きな目をしばたかせた。

「きみに会いにきたからだよ」

 代わりに応えたのは聖騎士だ。

「あんたはアストレアがあるだろう」

「アストレアは解放した。だから、ここにいる」

 そうじゃない。クライドは頭痛がしてきた。この聖騎士は何を言っているのだろう。なるほど、三ヶ月やそこらで祖国を取り戻したらしい。こっちはそれ以上に苦労しているというのに、馬鹿馬鹿しくて笑いさえ出てきた。

「理由にしてもおかしい。そもそも、どうしてあんたがここを知ってる?」

「きみの弟が教えてくれた」

 今度はクライドがまじろいだ。

「弟……? ウンベルトか?」

「そうだよ」

「だとしても、あいつはあんたとは関係ないだろう」

「きみの弟だろう? 彼は。それと、話せばちょっと長くなるんだ」

 聖騎士がちらっと右を見た。金髪の少女がちょうど戻って来たところだった。

「なんで、あいつまでいるんだ?」

「さあ? それは彼女にきいてみないと」

 わけがわからない。ヤンとタルがクライドを責付く。説明を求めたいのはこっちの方だ。

「ここはもう大丈夫だと思う。北に向かおうか。でも、ジークに任せてあるから心配は要らない。一緒に迎えに行こう」

 たしかに、南から攻めてきた雇兵たちはブレイヴたちが食い止めた。これだけ派手に暴れてくれたおかげで、斥候せっこうにつづく部隊も引き揚げたはずだ。だが、そうではない。ヤンとタルが聖騎士に声を掛けている。さっさと行ってしまった聖騎士の背中をクライドは見つめる。彼はいま、何を言ったか。

「置いて行っちゃいますよ、クライドさん」

 魔道士の少年が言い、金髪の少女も聖騎士につづく。どう考えてもおかしい。あの少女は西のラ・ガーディアの最南、フォルネの王女だ。アストレアを帰還したのなら、聖騎士はフォルネに金を精算しているはずで、フレイアが聖騎士に付き纏う理由を探す方がむずかしく思える。

 それに、聖騎士はあり得ないことを言った。ジーク。それは死んだ騎士の名前だ。

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