ウンベルトとジル②
宿まで戻るまでがとにかく最悪だった。
隙あらばブレイヴにくっついてくるジルという少女にはまいった。すぐにウンベルトがブレイヴから少女を引き剥がすものの、攻防は何度もつづいて終いには俺の恋人に色目を使うなとまで言われた。レオナもアステアもセルジュも消えていたので、若い二人に挟まれたブレイヴは疲れ切っていた。
宿場で出迎えてくれたジークが苦笑する。だいたいのあらましはきいたあとなのだろう。面倒な二人を
小綺麗になったところで次に向かう場所は決まっている。前の宿とはちがってここは大部屋ではなかったので、女性たちの部屋は別だ。しかし、三階の端へとたどり着く前に邪魔をされた。王女の傍付きは廊下で待っていたのかもしれない。無遠慮な視線はブレイヴを睨んでいるみたいだ。
「レオナはいません。彼が連れて行きましたから」
「彼? ウンベルトか?」
「お礼をしたいそうです。彼がずいぶんと世話になったそうですね」
声にどこか険があるのは気のせいだろうか。そのままけんもほろろに追い返されたブレイヴはまた階段をおりて、今度は食堂へと行く。夕食の時間には早くとも見覚えのある三人がお喋りをしていた。レナードとノエル、それにデューイだ。小腹が空いたのか赤葡萄を摘まんでいる。
ブレイヴは食堂には入らずに引き返した。説明をするのが面倒だったのだ。それにルテキアが同行しなかったのなら、そう遠くへは行っていない。早足で幼なじみを探すブレイヴは、まるで自分に言い訳している気分になった。
「おや? どなたかお捜しですか?」
ブレイヴを呼び止めたのは白皙の聖職者だった。彼の主人であるフレイアと、もう一人は砂漠の案内役だろう。敬虔なるヴァルハルワ教徒は新しい土地へと着けば、まず教会へと赴く。
皆まで話すかどうかを迷った。ちょうど教会から帰ったばかりの三人だ。行方を知っているとは思えず、一から説明する時間も惜しく感じる。
「さっきあの子を見たよ」
挨拶だけで済ませようとしたブレイヴに思わぬ声がかかる。フレイアだ。この少女は自分よりも年下の人間をあの子と呼ぶ習性がある。
「レオナも一緒だった?」
「そう。あと、知らない子も見た」
当たりだ。フレイアが指差すのはテラスだった。礼を告げてそこへと向かったものの、宿泊客が軽食をたのしんでいるだけで、三人の姿は見当たらなかった。いったい、どこまで行ったのだろう。ブレイヴは段々腹が立ってきた。苛立ちの原因はどこにあるのか。あの少年と少女に悪意や敵意は感じられずとも、良いように振り回されているのは事実だ。
なら、怒りは自分へと向いているのだろう。
相手はまだ子どもだ。だから大人がちゃんと導いてやらなければならない。ウンベルトの明け透けのない物言いは嫌いではなかったが、しかしあの少年は何かを隠している。これ以上の面倒が起きる前に皆まで話をきく。とにかくいまはそれしかない。
ブレイヴは足を止めた。テラスをぐるりと回るうちにどこからか笛の音がきこえた。その軽快な音律に誘われるようにブレイヴは中庭へと進んでいく。ああ、なるほど。ちょっとだけ謎が解けたような気がする。ウンベルトはいつだって自分の恋人を褒めていた。ジルという少女に本気なのだろう。炎の一族を獣だと揶揄し、レオナを前にして自分の恋人の方が綺麗だとのたまった。その意味が、すこしだけわかった。
笛の音が終わると同時にジルの動きも止まった。二人からちょっと離れて見ていた幼なじみが盛大な拍手を送っている。ブレイヴは終わりしか見ていなかったが、笛を奏でていたのがウンベルトで、その音色に合わせて待っていたのがジルということは確認できた。
「やあ、ブレイヴ。遅かったですね」
まるで来ることがわかっていたかのように言う。ブレイヴも微笑んだ。
「これが、お礼?」
「はい。さっきの怪我はたいしたことはなかったのですが、実はあちこち古傷が痛んでまして。でも、それがさっぱり消えたんです」
レオナの魔力だ。この少年は本当にただのおまじないだと信じている。
「せっかくだから聖騎士殿にも見てもらいたかったなあ。ジルの踊りを」
「だめよ、ウンベルト。騎士さまにはとびっきりの踊りを見せるんだから」
さっとジルがウンベルトの腕を掴んで行く。去り際に向けられたウインクは見なかったことにして、ブレイヴは幼なじみに向き直る。彼女はにっこりした。
「残念。ジルの踊り、すごく素敵だったのに」
「ごめん、レオナ。俺は」
「どうして、あなたが謝るの?」
レオナが怒っているから。言ってしまえば、本当に口を利いてくれなくなりそうだ。
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