レオンハルト救出②
「お前も、俺を信じてみろ」
こうなれば我を押し通すのがレオンハルトだ。こういうたちの人間には逆らうだけ時間の無駄と、竜騎士二人は諦めているし、クライドも変に関わりたくないとばかりに自分の存在を消している。鉄格子の前で伸びている衛士と看守を無視してさらに奥へ向かう。やはり先に見えたのはただの石の壁だった。
「離れてろよ。……巻き込まれるからな」
なにを、と。問い返す前に突然足元が揺れた。前触れのない地震、いやこれはちがう。石牢全体を揺らす衝撃、土埃が舞ったそのあとにブレイヴはたしかに見た。抉り取られた壁の先には空と太陽が出現している。
「言っただろう? 信じろ、と」
片目を瞑ってみせるレオンハルト。その上から獣の咆哮が届く。まったく、遅いぞ。最初の友の声とおなじく、レオンハルトの友がそう言っているようだった。
崩れた壁の向こうで飛竜が待っている。レオンハルトの愛竜リュシオン。セシリアのベロニカが朱い
「悪かったよ、リュシオン。そう怒るな」
これが野生の飛竜だったらみんな仲良く腹のなかだ。飛竜の躯には頑丈な鎖が絡まっていたものの、物の見事に食い千切られている。主人が短気なたちなら飛竜ももれなくそれに似る。壁を壊しただけでは飽き足らずに咆哮をつづけるリュシオンは、相当に鬱憤が溜まっているらしい。
「……どうやって
クライドの声はもっともだ。レオンハルトと合流したなら、もうここに用はない。リュシオンは男ばかりのこの人数を乗せてくれないだろう。
「いやあ、まいったなあ」
さすがにこれは想定内だったのか、レオンハルトは頭を掻きながら笑った。彼のこういうところは嫌いではないが、場所が悪すぎる。竜騎士二人が進み出た。
「ともかく、我々は相棒を迎えに行ってきます。聖騎士殿、殿下をよろしくお願いします」
お願いと言う名の厄介者の押しつけだ。ブレイヴは嘆息する。あの花を分けて貰っておけばよかったが、このリュシオンの調子だとちょっと近付いただけで喰われそうだ。
しかし、暢気にしていられるのもここまでだった。
先に行った竜騎士二人が突然前のめりに倒れた。彼らを殺した弓兵の集団は次の狙いをこちらに定めている。うしろに控えるのは黒の
「ジェラール……」
レオンハルトが歯噛みする。ブレイヴはエルグランの公子を見た。痩躯だが背丈はレオンハルトとそう変わりないくらいの長身だった。亜麻色の長い前髪からのぞく切れ長の目は涼しげで、中性的な面立ちから一見優男にも見えるものの、しかしかの人物もまた竜騎士である。きいていたよりもずっとしたたかな人間だ。そう、ブレイヴは思った。逃がすつもりならば、最初からレオンハルトをこんなところに閉じ込めたりはしない。
「躾けのなっていない飛竜は、飼い主にそっくりなようだね」
「ああ。リュシオンは俺のように賢いからな。従順なふりをして、お前たちの目を欺くなど簡単なことだ」
レオンハルトもリュシオンも大人しく待っていた。だが、ジェラールはもっと周到だ。ブレイヴは倒れたままの竜騎士たちを見る。二人とももう動かない。冷静を装っているレオンハルトがいつまで持つか。挑発に乗った方が負けだ。
「君が、イレスダートの聖騎士か」
ところが、ジェラールは先にブレイヴに狙いを定めた。嫌悪と
「いい目をしている。だが、残念だな。君は叛逆者だ」
イレスダートではそういう扱いになっている。いまさら憤りを感じる必要もない。
「僕は君を憐れだと思うよ。王家に離反し、民の目を欺く偽りの聖騎士」
「ちがう」
「ブレイヴ、耳を貸すな」
レオンハルトが腕を掴む。振り払ったところでジェラールの声はつづく。
「なにがちがう? イレスダートを追われたから、このグランまで来たのだろう? 白の王宮は君を叛逆者だと認めている。しかしアナクレオン陛下が何も知らないとでも?」
白の王宮、そして元老院を敵に回したという自覚はある。それでもブレイヴは反論する。王家に刃を突きつけた覚えはない。
「本当にいい目をする。さすがはレオンハルトの友だ。だが、イレスダートに戻ったとしても、君のあるべき場所などすでにない。それなのに、なぜ抗う?」
ジェラールの声は宣教師そのものだ。心の奥を見透かされているような、そんな気分になる。不快だと、はっきり言ってやったとしてもこの声はきっと止まらない。
「あなたに話すような義理はない」
「なるほど。君も冗談が通じないたちの人間のようだ」
一緒にされたくはない。ブレイヴは剣へと手を伸ばす。こちらは三人、それと飛竜が一匹。とはいえ、こんなにも不機嫌なリュシオンが味方してくれるかどうか、そもそも竜は気まぐれな生きものだ。
「まったく惜しいな。君のような人間は嫌いじゃない。だが、答えとしてはがっかりだ。ユノ・ジュールが君のような騎士を警戒する理由も理解できない」
ブレイヴは激しくまたたいた。いま、彼は何を言ったのか。
「イレスダートに聖騎士は三人、そのうちの一人が君だ。まあ、白の司祭が危険視するのもわからなくもないが」
「白の司祭? なにを、言っている……?」
「ヴァルハルワ教徒でもない君が彼を知っているとはね。さすがはユノ・ジュール。神の御子殿だ」
神の御子。ブレイヴの唇がそう動いたのを認めて、ジェラールは微笑んだ。
「そう。彼は我がエルグランの王に、神の声を届けるために遣わされた御子だ。彼にはずいぶんと世話になった。やはり、頼れるのは隣人よりも信仰をおなじくする教徒だ」
「ちがう。あなたは、騙されている」
「なに……?」
今度はジェラールがまじろぐ番だった。ブレイヴはまっすぐに相手の目を見る。濃褐色の眼は偽りを宿さずに、それでもわずかに動揺の色が現れている。
「ユノ・ジュールは神の御子なんかじゃない。あれは
「何を馬鹿な」
鼻でせせら笑うジェラールは、彼の正体など疑いもしないのだろう。ブレイヴの背中に冷たいものが流れる。オリシスにウルーグ、そしてこのグランにも関わろうとするあの
「グランだけじゃない。イレスダートもラ・ガーディアも、彼に」
「ブレイヴ、もういい。それ以上、喋るな」
必死の訴えを途中で遮ったのは他でもない友だった。レオンハルトにまで狂言だと思われてしまったのか。だめだ、このままではグランルーザとエルグランも、ラ・ガーディアのようになる。声をつづけようとするブレイヴにレオンハルトは目顔でうしろを促す。リュシオンだ。気高き飛竜が人間たちを皆、睥睨している。レオンハルトがもう一度、言う。俺を信じろ。
「目を閉じていろ。……と言っても、開けていられないだろうがな」
その刹那、鼓膜が破れるほどの轟音が響いた。飛竜の叫び。耳を両の手で塞ぐよりも早く、ブレイヴは信じられないものを目にした。
灼熱の炎がまず弓兵たちを呑み込んだ。そのうしろに控えた魔道士部隊はとっさに魔法障壁を作ったものの、しかしその恐ろしき炎は人間たちをすべて燃やし尽くすまで消えない勢いだ。
「これは……っ」
「感謝しろ。ただでさえ、俺の友は気難しいんだ」
間近にいたブレイヴたちが無事なのは敵と
「来い、ブレイヴ」
炎の勢いに圧倒される。全身が炎に包まれた弓兵たちを救おうと、魔道士らが魔力を酷使しているのがわかる。しかしどうだろうか。あんなものをまともに食らった人間が助かる見込みがあるだろうか。先頭に立っていたジェラールは。
「心配するな。エルグランの魔道士は優秀だ。……まあ、いくらか火傷は残るだろうが」
火傷で済むならこんなに身体は震えない。クライドも絶句している。
「ともかく、帰るぞ。グランルーザに。積もる話はそれからだ」
事もなげにそう言ったレオンハルトを見ても、ブレイヴはおなじ笑みではとても返せなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます