レオンハルト救出①
私に任せてください。友の妹が迷いのない目で申し出たとき、ああこれはどんな言葉を持ってしても止められないと、ブレイヴはそう思った。
グランルーザの王族は自ら竜騎士団を率いる将である。現グランルーザのカミロ王も、歴代の王に
最初に愚痴をたっぷり小一時間きいてやったので、いくらか落ち着いたらしい。セルジュは出立のぎりぎりまで動いてくれた。文句は言いながらも仕事はきっちりこなすところが軍師らしいのだが、恨みがましい目で見られたときには、まだ言い足りないのかと思ったくらいだ。
敵国に侵入、および要人の救出となれば失敗はけっして許されない。
念を押されなくともわかっていたものの、反論すれば倍になって声が返って来るのでブレイヴは素直に受け取った。三日徹夜のあとなのですこし休めと言い残しつつも軍師が従うとも思えずに、魔道士の少年にはよく見張っておくようにと言付けた。無理をし過ぎて倒れられては困る。気掛かりなのはむしろグランルーザの王城の方で、レオンハルト救出に兵を割いたこの機を狙って攻め込まれては堪らない。だが、ジェラールという男が本気でグラン王国を統一するつもりならば、それが一番早くて正しいやり方だと、ブレイヴもセルジュもわかっていた。
それでも、いまもっとも優先されるのは彼の救出だ。
難攻不落の城塞を落とすのは極めてむずかしく、侵入するのも簡単にはいかない。だからこそ、先発隊による
竜舎は南、西には竜騎士たちが、比較的手薄といえる東地区には大台所がある。まず東から攻め込んで火を放つ。南の竜舎へと回り込んだ他の部隊も活躍している頃だろう。騒ぎは次第に大きくなり、侵入者たちにも気づかない。おかげで敵と遭遇することなく、ブレイヴは北の尖塔へと近づけた。地下には王子レオンハルトが囚われている。
従えた手勢は少数だった。セルジュとアステアのエーベル兄弟はグランルーザに残してきたし、弓騎士であるノエルもここでの戦闘には向かないため、留守番組だ。唯一連れてきたレナードは第三部隊で戦っている。ブレイヴもそうだったが、まず飛竜に慣れるだけでも時間が要ったし、飛竜は竜騎士が操っているとはいえ、そのうしろで剣を振るうのはなかなか大変だ。何事も経験と、ジークがいたらきっとそう言っただろう。
手燭を片手に地下牢を急ぐ。竜騎士二人はセシリアの
「……妙だな」
「なにが?」
靴音だけが響き渡る地下で、クライドは短くそれだけを落とした。ちらと寄越してくる視線はブレイヴの反応を待っている。気づいていないのか。試されているような目顔にブレイヴは微笑する。
「罠だとしても、行くしかない」
「まあ、そうだが」
クライドの声は素っ気ない。そう、ここは静かすぎるのだ。
「レオンハルト殿下に付き従っていた者は三人。……殺されているのかもしれません」
竜騎士がつぶやく。鉄格子が見えてきたが囚人の姿は見えない。
「いや、手駒は多い方が有利だ。レオンハルトは自分の麾下をけっして見捨てない」
ジェラールという人間を知らなくとも、レオンハルトという男をよく知っている。ブレイヴの友が大人しく鉄格子のなかに収まっているのはそのためだ。
「もしくは、誰かが大暴れしたあと、か」
クライドも、レオンハルトの人となりを耳にしていたのかもしれない。彼の父カミロ王もあれは勝手に帰って来ると、そう言ったくらいだ。
「いや……、さすがのレオンハルトでも」
そこまでたどり着いたところで、あり得るかもしれない。そう思ってしまった。他の竜騎士たちも黙りこくっている。ただ一人、クライドだけが怪訝そうな表情だ。牢をぶち破って出てくるなんてどんな怪力だと、言わんばかりに。
「ともかく、急ごう」
その次に出そうとした声を、ブレイヴはあえて呑み込む。グランルーザは難攻不落の城である。一日、二日ではまず落ちないし、籠城となったとしてもひと月は持つ。ブレイヴたちが戻るまで十分に間に合う期間だ。それもここから無事に戻れたらの話、地下牢はそこそこに広くていつまで経ってもレオンハルトにたどり着かない。
そこで急にクライドが止まった。道が二手にわかれている。左にも右にもおなじく鉄格子が見える。
「なにかきこえないか?」
言われて耳を澄ましてみた。地下牢に侵入しても衛士や看守の一人も出会さなかった。そうなれば、そもそもここに人間がいるのかどうか疑うところだが、しかしほどなくしてブレイヴの耳にもそれが届いた。とても脱出を試みる人間のする足音ではなかった。
「まったく、遅いぞ!」
そして、開口一番の声がこれだ。ブレイヴは二人の竜騎士を見た。二人とも笑いを堪えているような、そんな顔でいる。まさか本当に己の力だけで、鉄格子をぶち壊して来たのだろうか。
「腹が痛いからここから出せと騒いだら、すっ飛んできたぞ。そこで漏らされたら困るらしい」
ブレイヴも吹き出してしまうところをどうにか耐えた。たぶん、ちがう。牢のなかで大声で騒がれつづけたら堪らないからだ。もうクライドは彼の声がうるさいと、眉間に皺を寄せている。
「本当に自分で出てくるなんて」
「お前が来るのが遅いからだ」
にべもない。ここは笑って置くのが一番だろう。最初に看守が様子を見に行った。一人でこの大男を出す勇気はなかったようで、衛士も呼びに行く。うまく牢から出たレオンハルトにまとめてやられた。彼はしっかり衛士の持つ剣を奪っている。
「まあ、ともかく。礼はあとだ。上が騒がしかったからな。たいくつで死にそうなところを助けられたのはありがたい」
ブレイヴはうなずく。彼がひと月もこんな地下で大人しくしていた方が奇跡と言ってもいい。本当ならいつでも脱出できたはずだが、やはり麾下たちは見捨てられずに
「きみの麾下は?」
「いや、俺は奥の牢から来たがいなかった。……ジェラールめ。あいつらを別に閉じ込めたな」
歯噛みするレオンハルトをよそに、クライドが目顔で急かしてくる。
「急ごう。走れるか?」
「誰にきいている? 俺はここまで走ってきたぞ」
たしかにそうだ。白い歯を見せるレオンハルトにブレイヴも笑う。さすがはレオンハルトだ。囚人に与える食事など貧相なものだが、彼ならあれこれ注文をつけていたらしい。頬は痩けていないし、声も大きければ元気も有り余っている。もうふた月くらい放っておけばやはり勝手に帰ってきたのかもしれない。だが、その頃にはもっとグランルーザとエルグランの関係は悪化している。
さあ、行こう。来た道を戻ろうとするブレイヴの肩を彼は掴む。
「引き返す必要はない。ここまま進め」
「しかし、この先は、」
行き止まりだ。よもや壁まで壊すつもりなのかと、嫌な予感を覚えつつも見つめ返した友の顔は大真面目だった。
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