落としものと探しものとお願いごとと①
今日もまた灰色をした雲が空を覆っている。このところはこんな一日ばかりで、晴れの日よりもずっと雨の日が多くなった。
憂鬱な気分にさせる時期が終われば、イレスダートに本格的な夏が訪れる。
南に位置するオリシスでは王都マイアよりもそれが早そうだ。レオナは空を見あげて、いまにも雨が落ちてきそうな雲を見てはため息を吐く。オリシスの城内は好きに使ってくれていいのだと、アルウェンもテレーゼも言ってくれた。けれども、レオナは
王女の身分は当然隠してあるからオリシス公爵夫妻とその妹のロアしか知らないはずで、他の者にはどう説明しているのだろう。さすがにアストレアの公子のことは
窮屈な思いをさせてごめんなさいね。そう、テレーゼは言う。
そんなの気にすることなんてないのだと、レオナは作った笑みでこたえるしかなかった。そうだ。ここは、アストレアとはちがう。幼なじみの国のようにレオナは働いたりもしないし、あくまで客人扱いだ。ほんとうに遠いところへ来てしまったのだと、いまさらのようにレオナは思う。
「姫様。もうすぐ雨が降ってきます」
レオナは庭園で午後の時間を過ごしていた。
花壇に植えられているまあるい白い花は、アストレアで見たリアの花よりも大ぶりの、砂糖菓子のように見えるそれは花びらではなくて
「レオナよ」
「はい?」
「レオナって。そう呼んでほしいって、言ったでしょ」
もうすこし、怒ったところを見せるべきなのか。レオナは腰に手を当てて仁王立ちする。居心地が悪いのかルテキアは視線を逸らし、ようやく言葉を落とした。
「ですが……、その、私には」
「王女は、ここにはいないの。そうでしょう?」
勝手な約束だったかもしれない。お願いというよりも強制に近いその言葉に、傍付きはすっかり困ってしまったようだ。
でも、ここは王都マイアでもなければアストレアでもない。アルウェンとテレーゼはレオナたちを守ってくれるけれど、皆がそうとは限らない。白の王宮から王女が消えたという噂も、そろそろオリシスへと入ってくることだろう。だから、自分の身は自分で守らないと。そういうお願いをレオナは傍付きにする。
「それにね、できれば敬語もやめてほしいのだけど……」
「それは無理な相談です」
きっぱりと断られてしまえばため息を吐くしかなかった。傍付きとはこういう性格の者を言うらしい。こればかりはレオナも折れるしかなく、それでもちょっとした進歩だと思うことにする。
聖堂から鐘の音がきこえてきた。
テレーゼの姿が見えないのはそのためで、彼女は特別ヴァルハルワ教徒というわけではなかったが、祭儀に公爵夫人が居ればオリシスの民の心も休まるのかもしれない。公爵もその妻も、けっして時間を持て合わしているわけではないから、余計にレオナはこうした時間が長く感じてしまう。幼なじみはどうしているのだろう。皆が一緒のときには彼と深く話すことができずに、けれどもそれにすこし安心をしているレオナがいる。いまはまだ、ふたりきりになるのがこわい。それが、本音。
「あっ! ルテキアと姫様だ!」
騎士の声は大きいので、中庭を挟んだ回廊からでもよく届く。呼ばれた先では赤髪の騎士レナードが手を振っていて、その隣には弓騎士のノエルもいる。レオナは二人にもルテキアとおなじお願いをしていたものの、すっかり忘れているようだ。
「あのー、ちょっとしたお願いがあるんですけどー」
「えっ? なあに? よく、きこえないわ?」
レオナは首を傾げる。レナードは何か頼みごとをしたいようだが、肝心のその内容まではきき取れなかった。
「あ、ちょっと、待ってください! そっち、行きますからっ!」
言い終わるといきなりレナードが走り出したので、レオナはびっくりする。自分たちの他に誰もいなくてよかったと思う。騎士は明るい性格だからすぐにオリシスの人たちとも仲良くなったようで、けれどこれはさすがに怒られてしまう。
「レナード! あなたなんてことを……!」
「ちょ、っと……待って。息が、」
「ああ、もう! ノエル! どうして止めてくれなかったの?」
「そう言われてもさあ。レナードだよ? きくと思う?」
全速力で走ってきたせいかレナードは息を切らしているし、ルテキアは年長者らしく叱っているし、遅れてきたノエルは関係ありませんみたいな顔をしている。なんだかちょっと安心した。ここはアストレアじゃなくても、皆は普段どおりだ。
「なあに? わたしにおねがいごとって?」
「ああ、そうでした……。えっと……」
やっと顔をあげたかと思えばレナードは隣のノエルを見た。二人は何やら目顔でやり取りをして、どちらが先に切り出すかで揉めている。ルテキアが咳払いをして、ノエルがレナードを
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