落としものと探しものとお願いごとと②

 レナードたちと別れてからというもの、レオナの傍付きはずっと不機嫌なままだ。

 たしかに騎士らしくはない行動だったとは思うけれど。レオナはちらっとルテキアの横顔を見たものの、やはりまだ視線を合わせてはくれないらしい。ならば、その原因のひとつもレオナにありそうだ。

「レナードは、まだ気にしているのかな……?」

「……そうだとしても、姫様を巻き込むなんて非常識です」

「ね。ルテキア?」

 さっき約束したばかりなのにと、レオナはちょっと頬を膨らませて見せる。ルテキアは咳払いをして、また黙り込んでしまった。やっぱりまだ早いみたい。内心でため息を吐きながら、レオナは自分がどうすればよかったのかを考える。

 レナードのおねがいはすごく簡単なことだった。

 騎士はあのときのことをずっと悔やんでいるのだろう。オリシスへとたどり着く前の砂塵の街にて、不甲斐ない姿をさらけ出した自分を許せずにいるのだ。それが、いくら不意を衝かれたからといっても、騎士は騎士だ。レナードはいつも明るい性格だけれども、彼にだって矜持がある。

 それなら、わたしだっておなじだわ。

 なるべく考えないようにはしている。皆がレオナを責めたりしないから、傷つくこともないはずなのに、ときどき惨めな気持ちになるのはなぜだろうか。まもられてばかりだ、わたしは。でも、必要とされたのははじめてだった。そう。レナードはレオナの力を見て、頼ってくれている。騎士は自分の力のなさを嘆いてばかりではなかった。だからいまよりもっと強くなることを望んで、異国の剣士に教えを請うた。クライドという人はしばらくオリシスにいるというから、騎士はその時宜じぎを逃さなかったのだ。

 ここで話が終わるならば、きっとルテキアも素直にレナードを応援していたと思う。

 けれど、騎士がレオナを必要としたのは、その力だ。クライドの強さはレオナもこの目で見たし、異国の剣士が本気で剣を見せるなら、ただでは済まない。そういうときこそ、癒すための手が要るのだと、レナードは言ってくれたのだ。幼なじみに相談するよりも前に承諾したものだから、ルテキアは余計に怒っているのかもしれない。でも、彼の意思は立派だわ。そう思ったからこそ、レオナは否定の声をしなかった。

 いつもは歩調を合わせてくれるルテキアが、今日はちょっと早くて置いて行かれそうになる。もうすこし追いつこうとしたレオナは、しかし傍付きを呼び止めた。

「まって、ルテキア」

 傍付きが振り返るよりも前に、レオナは屈み込んでいた。回廊の隅の、ちょうど四角となっていたそこに、何かが光ったような気がしたのだ。

「どなたかの落としものでしょうか?」

「そう、みたいね」

 瑪瑙オパールの首飾りだった。

 楕円形の中心部には美しい女性の姿が彫刻されている。裏を返すと名前らしき文字が見えるものの、擦れていて読めなかった。

 これを落とした人がいる。それならばすぐに届けてやりたいところだが、テレーゼはまだ戻らないし城主のアルウェンは多忙な人だ。

「どうしよう、ルテキア」

 執事や侍女を捕まえて託すのは簡単でも、もうすぐ夕方がはじまる時間だ。皆が忙しくしているそのときに渡しても、きっとあと回しにされてしまう。

「待ってください。あの方は……、」

「えっ……?」

 ルテキアが見つけたその人は回廊より先のちいさな庭園にいた。ここでは薔薇が見頃らしく、赤や白の他にも紫や黄色といった彩りがたくさん見える。そして、薔薇園のなかには一人の少女がいた。蜂蜜色の波打つ髪には見覚えがある。アルウェンの養女シャルロットだ。

「どうしたのかしら? 雨が、降っているのに……?」

 小一時間前から降り出した雨は次第に強くなっていた。それなのに少女は身を屈めて花壇へと手を伸ばしてみたり、また立ちあがったりを繰り返し、明らかに様子がおかしい。花の世話をするならばこんな雨のなかでなくていいはずだし、とにかく止めるべきだとレオナが一歩を踏み出したそのとき、先に動いたのはルテキアだった。

「見つけたかもしれません。探し人を」













 雨に濡れた髪や肌を丁寧に拭いて、それからあたたかいお茶を入れて、冷えた身体を温める。

 本当は着替えさせた方がよかったのに、シャルロットが固辞したのでレオナもルテキアも無理強いをしなかった。テレーゼに知られたくない、と。少女はちいさな声で落としてそれきりだ。

 いきなり驚かせてしまったことを、レオナは反省する。

 けれど、見て見ぬふりなんてできなかった。きっと少女は探しものをつづけていたはずで、そうなればもっとテレーゼを悲しませていただろう。

「じゃあ、まずは手を見せて? ちゃんと手当てしないと、ね?」

「えっ……? でも……」

 ここはアルウェンから与えられたレオナの部屋だ。何か困ったことがあれば遠慮なく言いなさい。王女の傍付きだけでは足りないだろうから、侍女を近くに控えさせる。そうアルウェンはレオナに言ってくれた。そういうわけで、この部屋には調度品は揃っているものの、薬や消毒液の類はない。

「だいじょうぶ」

 笑みを見ていくらか安心のしたのか、シャルロットはやっと手を開いた。レオナよりもちいさい手は冷え切っていて、指や甲にも切り傷がある。ずっと探しいていたのだろう。誰かに手伝って貰えば、きっとアルウェンやテレーゼにも伝わる。やさしい子だ。少女は、人に頼ることをしないのではなく、血の繋がらない両親に心配をかけたくなかったのだ。

 重ねた手と手のあいだから淡い光が溢れる。一呼吸置いて、レオナはもう一度少女に微笑んだ。

「まほう……。すごいわ。レオナさまも、魔法が使えるの?」

「そう。あなたとおなじ」

「えっ? どうして……?」

 少女はまじろぐ。

「ごめんなさいね。前に会ったときにね、あなたが持っていた本が見えたの」

「あたり、です。でも、私はまだ全然で……。司祭さまが時間が許すときに、すこしだけ教えてくださるの」

「そうだったのね。……ね、教会には毎日通っているの?」

「ううん。司祭さまたち、すごく忙しそうにしているから、邪魔にならないときだけ。私でも、お手伝いできることがあるならって。いつも母さまが、ほんとうの母さまがしていたみたいに」

 シャルロットの実母は大聖堂で働いていたのだと、テレーゼは教えてくれた。そこでレオナは思い出す。落としものと、それから雨のなかで探しものをしていた少女と。ルテキアが傍にいてくれてよかった。傍付きはレオナの視線に合わせてうなずいた。

「ね、シャルロット。あなたは、もしかしたらこれを探していたのね?」

「どうして、これを……?」

「よかった。やっぱり、そうだったのね。回廊の隅っこで見つけたの。きっと落としたひとは、困っているだろうって」

 手渡された首飾りをシャルロットは抱きしめる。瑪瑙オパールのカメオに彫刻されたその人は、少女の母親なのだろう。レオナは無意識に右の手にはめてある指環に触れていた。少女の安堵と喜びがレオナにはわかる。いまはもういない人。けれど、遺してくれた大事な形見の品だ。

「ありがとう、レオナさま。でも、私……なにもお礼なんて、できなくて」

「気にしなくて、いいの。あ、でも……」

 途中で声を止めたレオナにシャルロットはきょとんとする。

「わたしのこと、レオナって。そう呼んでほしいの。わたしもあなたのこと、ロッテって呼びたいから」

 どうしたらいいのかわからないと言った風に、シャルロットはレオナを見てルテキアを見て、それからもう一度レオナを見た。

「レオナは、ほんとうはアストレアではなくて、王都のひとなのでしょう? 王家のひとって、その……」

「はっきり言ってもいいのですよ。変わっている、と」

「もう、ルテキア!」

 言葉を誘い出そうとした傍付きにレオナが怒ると、少女はやっと笑ってくれた。きっと仲良くなれる。だから、レオナは声をつづける。

「また、おはなししましょうね。それから、司祭さまみたいに、上手にはできないかもしれないけれど、わたしすこしなら魔法も教えてあげられると思う」

「ほんとうに……?」

 藍色の瞳が星みたいにきらきらと輝いている。また勝手な約束をしてしまった。視線を感じて隣を見るものの、傍付きは何も言わずに見守ってくれている。アルウェンとテレーゼならどうだろうか。ちょっと困った顔をするかもしれない。けれど、二人とも許してくれる。このやさしい少女の笑みを見て、レオナはそう思った。

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