聖騎士と聖騎士

 マイア平野には激しい戦闘の跡が残されている。

 そこかしこに遺体が積み重なり馬は苦痛に喘ぐ主人を見捨てて逃げ出し、友を危機から救おうとした騎士はいままさに矢の餌食となって倒れた。王都マイアの白騎士団を筆頭に、イレスダートには正規の騎士団がたくさん存在する。数でいえば圧倒的に王国軍が有利であったものの、運命の女神はいつだって気まぐれだ。

 騎士団に雇われていた者もあるいは勝手に付いていた傭兵たちも、風向きがいつ変わるかもしれないと、叛乱軍に寝返る者も少なくはなかった。そういった裏切り者は何も傭兵たちに留まらず、名のある騎士団にしても将校にしても、はじめからこちらに付いていましたとばかりにしたたかな顔をする。叛逆に手を貸す者が、のちにどういう道を歩むのか知らないのだろう。

 ブレイヴはただひたすらに南を目指していた。

 聖戦を語る者、正義を謳う者、聖騎士を悪魔と罵る者もいたし、反対に説き伏せようとする者だっていた。立ち止まることもせず振り返ることもしなかった。これが聖戦だというのならそれこそ傲慢と言うべきだろう。

 正義など口にするつもりもなければ、悪魔でも死神でもどちらだってかまわない。そのやさしき声はブレイヴを破滅へと導く。罪から逃れることなど、どう足掻いたところで不可能だというのに。

 西ではシオンとエディが戦っている。東を守るのはグランのレオンハルトとセシリアだ。そして後方にはルダの魔道士たちとノエルの弓部隊が、クライドとフレイアが属する伏兵部隊も相手の動きを撹乱かくらんさせているはずだ。

 ブレイヴは意識して呼吸を繰り返す。やがて、王都マイアが見えた。歓喜の声があがったが、それにはまだ早い。ブレイヴとおなじくイレスダートの聖騎士が一人、フランツ・エルマンが無策でこの戦いをつづけていたとは到底思えず、むしろこれは誘き出されたと考えなければならない。しかし、それを承知の上でブレイヴもセルジュもここまで来たのだ。四方八方はすでにマイアの軍勢に囲まれている。王都マイアのその目前で聖騎士を、叛乱軍をここで潰すつもりなのだろう。王の盾は鉄壁の守りである。

「ブレイヴ・ロイ・アストレア」

 ところが、フランツ・エルマンその人が、ブレイヴの前に現れた。

「貴公はなぜ、戦う?」

 どういうこたえで返すのが正解か、ブレイヴはふた呼吸を置く。

「私の声で返さずとも、あなたはもうわかっているはずです」

 その問いは時間稼ぎのための言葉とも思えずに、降伏を促しているようにも感じなかった。同情と捉えるべきなのだろうか。彼は、ブレイヴを賤視せんししている。

「フランツ。あなたは見て見ぬふりをするつもりですか? この国は、国王陛下は間違っている」

 はじめて言葉に出した。白騎士団がざわめき立ち、フランツは片手をあげてこれを制した。

「ルドラスの銀の騎士ランスロットに接触し、アナクレオン陛下の声を偽りなく伝えたのはたしかに私です。ですが、それがどうして国を売ることに繋がりましょうか? 陛下を売国奴と称して排除しようと企むは元老院、それこそ国賊ではありませんか?」

「心変わりをされたのであろう。陛下は、内乱の終結を望んでおられる」

「私には到底理解ができません。ルダとアストレアを代価とし、手中に収めたその暁にはルドラスとの戦争に使うなど……。抗うのは、当然の行為です」

 怒りで声が震える。認めたくは、なかった。けれどもこうして言葉にして吐いて、やっとブレイヴは気付いてしまった。見て見ぬふりをしていたのは己であったのだと。いや、そうではない。信じていたかったのだ。ブレイヴの主君はアナクレオンという人、ただひとりだ。

「騎士ならば、主君の声に応えなければならない」

「それが王の盾として、あなたのこたえなのですか?」

 返答はなかった。フランツ・エルマンが折れることはけっして、ない。

「正義も、信念も、守るべきものも、絶対的な力の前では無意味だと、あなたはそうおっしゃるのですね?」

 これが最後の問いだろう。ブレイヴの声だけで騎士が引くというのなら、こんな戦いなどはじまってはいなかった。ブレイヴには彼が微笑んでいるように見えた。見間違いだろう。フランツは王の盾で、ブレイヴは王の剣でありつづけなければならなかった。

 遠回りをし過ぎた気がする。旅路を経てようやくたどり着いたそこが、安息の地ではなかったとしても、ブレイヴの意思は揺らがない。

「私はレオナをこの国にかえします。彼女が安全で、何も危険などないその場所に」

「そしてお前は逃げるというのだな? 王をその手でほふり、断頭台しかない未来に」

 その場にいる全員が信じられないものを見る目をした。

 ブレイヴもフランツも、同時に目をみはった。誰も、その人の名を呼べずにいる。声を失い、呼吸すら忘れてしまっている。当然だ。その人は、玉座にあるべき人だからだ。

 アナクレオン・ギル・マイア。彼らの王が、そこにはいた。

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