終 話 後日談
――まるで全ては夢のようでした。
※
その日は普段どおりの朝だった。
いつものように起き、いつものように食事を取りながらテレビの占いを見る。占いの結果は可もなく不可もなく。
「――今日の恋愛運は星五つ! 新たな出会いがあるかもしれません。今日のラッキーアイテムはペーパーナイフ。偶然の貸し借りが新しい恋の始まりかも?」
馬鹿馬鹿しい、と思いながらも瑞樹は胸元に手をやり、そこにある確かな感触を確かめた。
「行ってきます」
両親にそう告げると、学校へと向かう。近道にと田んぼのあぜ道を通り、砂利道を通り、やがて舗装された道に出る。
「おっはよ、瑞樹ちゃん!」
「……ええ、おはよう」
陽子に会釈をして、瑞樹は思わずため息をつく。これもまた、いつもの情景だった。
「そういえば、旧校舎、どうなるんだろうね。なんか中から白骨とか見つかったみたいだけど」
「んー」
陽子の問いに、瑞樹は気だるそうに相槌を打つ。
捜査の詳細はテレビ伝いにしか聞くことはできないが、そのうちのひとつは水澤のものだったと朝のニュース番組でやっていたのを見た。
「やっぱり取り壊されちゃうのかなぁ……まあ、無くなっても特に困るわけじゃないんだけど。
「んー」
「……どうしたのさ、そんなにぼーっとしちゃって」
「いや、特に何かあった訳じゃないけど」
行儀悪く机に腰掛けて、陽子は心配そうに瑞樹を見つめる。あれ以来、瑞樹は以前よりもぼーっとしていることが多くなった。これまで胸の中を占めていたものがぽっかり抜け落ちたようなそんな気持ち。もちろん、このままくすぶっているつもりもなかったが、しばらくはまだこうして平穏な生活を送っていたい気分だった。
「もー、張り合いがないなぁ」
「……勝手に張り合いにしないでもらえるかしら?」
「でも、今日のことちゃんと覚えてる? これからしばらくパフェは奢ってもらうんだからね」
「それは違うわ。おごるのは一回だけに決まってるでしょ」
「えー」
「えーじゃないわよ。それなら私にも今まで付き合った分おごってくれるのかしら?」
陽子は慌てて首を振る。
「一回だけでいいです。じゃ、待ち合わせは放課後にいつものところで。忘れないでよ?」
「そっちこそ、また変なのに捕まらないようにね」
「あはは。私はしばらく男の人はこりごりだよ」
チャイムが鳴って、教師が教室に入ってきた。
「おっと。じゃまた昼休みに」
そう言うと陽子は自分の席に戻っていった。
瑞樹は陽子の腰掛けていた席に視線をやる。全てが終わった次の日、登校した瑞樹が見たのは何も入っていない机だった。元々全て持ち帰っていたのか、それとも消えてしまったのかはわからない。だが、最近使われた様子もない。それはロッカーも下駄箱も同じだった。まるで彼女などいなかったかのように全てが消えてしまっていた。
何となくわかっていたことだとはいえ、まるで彼女が世界に否定されてしまったようで悲しかった。
(それでも、彼女がいた記憶はわたしたちの中に生きている。それに――)
瑞樹は懐に手をやる。そこにはひんやりとした感触が、そっと眠りについている。彼女の大切な人が使い、彼女が守った一振りの刃――それは今、瑞樹の手の中にある。これがある限り、二人のことを忘れることはないだろう。たとえ世界が二人を消し去ったとしても。
「……それでは、これから転校生を紹介するぞ。……水無月さん、こちらへどうぞ」
その名前を聞いた瑞樹は思わず顔を上げ、目を大きく見開き、そして自らの頬をつねった。瑞樹の視線の先、教壇の上に立っていたのは――
「皆さん、はじめまして、ごきげんよう。私の名前は水無月雨といいます。これからよろしくお願いします。特に――」
彼女は瑞樹に視線を向けると、柔らかな笑みを浮かべる。
「……もちろんよ」
そう呟くと、瑞樹はそっと微笑み返した。
-銀色奇譚 了-
銀色奇譚 @syfaris
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