#八節 その文字列は何を示すのか?

 『N23W1W15S5E』 に、 『2h+ N→E』 ……一見するとどちらも意味不明な文字列だが、前者が意味不明な文字列を暗号化した意味不明な文字列で、後者はそれを解くための鍵となる。

 まずはっきりさせないといけないのが、これがどのような手段で施された暗号化なのかだ。

 鍵には、それがどのような暗号なのかを示す要素がある。暗号化の方法によって、必要な鍵が異なるからだ。

 しかし……この鍵には、ジェーンの知る既存の鍵との共通点がなかった。

 個人でも手軽にできる暗号の代表的なものとして、シーザー暗号というものがある。アルファベットを特定の文字数だけ並び替える暗号だ。種さえ別れば解読は容易だが、不慣れな相手になら十二分に通用する。

 しかし、シーザー暗号の復号鍵は数字だ。こんな妙ちくりんな代物ではない。並び替えをランダムに行うタイプもあるが、どちらにせよこんな出来の悪いタイトルみたいな鍵にはならない。

 だからこれは恐らく、オリジナルの暗号化方式だ。

 オリジナルの暗号なら解くための手がかりが無いかといえば、決してそんなことはない。例えオリジナルの暗号であろうと、鍵があればそこから方式を推測することができるのだ。

「ところでクリス、この暗号鍵、何に見える?」

 ペン先でコンコンと紙を叩きながら、ジェーンは訊ねる。

「えーっと……化学反応式、ですかね」

 恐る恐る、クリスは言う。

「なるほど……確かにそう見えなくもないかな」

 最後に触れたのが十年ぐらい前なのでうろ覚えだが、確かにこんなのだった気がする。

 モニタデバイスで周期表を呼び出し、対応する元素記号を調べてみることにした。

(HとNはあったと思うんだけど、Eなんてあったっけ……)

 Hが水素なのは覚えている。Nは多分、ネオンとかニッケルだったと思う。

「……あった。どれどれ……」

 窒素だったよ……。

 NとEでネオンだったが、E単体はなかった。それに、hだけ小文字なのにも違和感がある。+と→が合っていただけに、惜しい。

今一度、今度は暗号と並べて読み解いてみる。

「……これ、2h+とN→Eの間に隙間ないですか?」

「あ、ほんとだ」

「2h+はわからないですけど、N→Eなら……」

「暗号にも、NとEはあるね」

 N→Eは、恐らくNをEにするという意味だ。たぬきレベルのド真ん中ストレートである。後は、2h+の謎を解くだけだ。

「うーん……」

 ここはあまり難しく考えずに、直球勝負でいいのではないか。N→Eが簡単だったし、2h+も、実は――

――『2hE23W1W15S5E』

 ハズレ。

 どうやらそこまで単純でもないらしい。

 だが、2h+というのは、恐らく2hを足すという意味だ。きっとそれは間違いない。しかし、2hの意味がわからなかった。

 数字部分に+2することも考えたが、それではhがノイズになる。自分用の鍵にノイズを混ぜるとも考えにくいし、hには何か意味があるはずだ。

 一度紙に書いてみて、凝視する。Hの意味とは、一体――

「あっ」

 あった。

 心当たりのある単位が、一つだけあった。



 上官への報告とカメラ映像の確保を終えたカガミは、映像だけメールで送ってから、疲れたので少しだけ横になることにした。ジェーンとの合流が遅れてしまうが、そんなことも後回しにしてしまうぐらいには疲れているのだ。仕方がないだろうと、自分に言い訳する。

 そもそも、ジェーンと合流する理由だって、カガミからすれば義理以外になにもない。あの競馬占いとやらで犯人に辿り着いたのは恐ろしい才能? だと思うが、そんなの偶然だろう。ただの探偵フリークであろう彼女と同行するメリットは、ハッキリ言って無いに等しい。まあそんな薄っぺらい奴というイメージを持っていたので、映像が本気で欲しいと言った時は少し驚いた。あそこでグロテスクを殊更に強調したのは、ふるい落としのつもりだったのだ。……そういったアンダーグラウンドな部分に興味を持ちたがる輩というのも、存在するにはするのだが。

 ならなぜ同行するかと言うと、盗まれたクリスのぬいぐるみを秩序の番人として取り戻すためだ。しかしそれも、脱獄犯の逮捕のついでにすぎない。

 実際のところ、そもそも部外者である彼女達を巻き込むのはあまりよろしくないことだった。しかし彼女達には彼女達の目的があるので、それを無理にやめろと言うこともできない。それに一度協力すると言ってしまった手前、それを反故にするのはどうにも憚られる。個人的に協力すると言ったくせに、実際には警察として動いている……という極めて個人的な負い目もあった。

 仮眠室のボロ扉を蹴り開け、自分のベッドに直行する。デバイスのアラームを一時間後に設定しようとしたところで、軽快なメロディが鳴り響いた。自分で設定しておいて聞き慣れていないこの音は、メールのものだ。

 デバイスにメールが届くのは珍しい。

 眠ろうと思ったところだが、緊急性のある連絡だったら無視するのもマズイだろう。重要な連絡は電話で行うのが鉄板だが、それがわからない人も、たまに居る。先程連絡先を教えたジェーンが早速送ってきた可能性もあった。旧世代のデバイスと違い、今のものは番号一つで電話もメールも使えるのだ。

 特に今は、状況が状況である。無視して後で怒られるのも嫌なので、ちゃんと確認しよう。

 差出人は…… 『百万の障害』 とある。

 見たことも聞いたこともない、知らない名前だ。こんな変な名前を使いそうな相手にも、心当たりはない。さっき聞いた番号とも違うし、まさかジェーンというわけでもないだろう。

 まあ差出人については後で逆探知をかけておくことにして、今度は中身を確認する。本文はなく、画像形式の添付ファイルが一枚。ファイル名は、よくある数字の羅列。画像なので大丈夫だとは思うが、上から言われているので一応ウィルスチェックをしておく。……結果、どうやら問題はないようだ。

 詳細の一切わからない画像というのは気味が悪いが、思い切って開くことにした。

「……うーん?」

 唸り声が、思わず声に出る。どこかの住宅街の……恐らくは監視カメラの画像だ。しかしなんの前振りもなくいきなり見せられて、これがどこだかわかるわけがない。

「いや……これは……」

 かろうじてわかったのは、それがつい一時間少々前まで居た場所だったからだ。

「倉庫街かなあ……」

 地面に敷き詰められた、湿り気のある砂。倉庫を改造したが故にやや特徴的な家屋の外観。写り込んだ住民の衣服はお世辞にも清潔とはいえない。

 しかし、あの倉庫街に監視カメラなどあっただろうか。少し考え、一つだけ思い当たるものがあった。北西にあるコンビニエンスストアだ。倉庫街唯一のチェーン店で、あの周辺だけは比較的治安がいい。

 だがしかし、意味がわからない。なぜこのタイミングで、カガミにこんな画像が送られてきたのだろうか。そもそも、これを手に入れられるのは一部の人間だけだ。

 謎は深まるばかりだった。

 しかし疲れには抗えない。緊張感を持つべき状況だというのに、カガミは呑気に大あくびをかましてしまった。

 まあ本文もないし、特に緊急性の高い連絡というわけでもないのだろう。

 少し遅れてしまったが、当初の予定通りに一時間ほど仮眠をとることにした。

 彼女が目覚ましの設定を間違えていたことに気づいたのは、外が真っ暗になってからの事だった。



「このhっていうのは、時間のことだったんだよ!」

 自信満々に、ジェーンは言った。

「時間……? あ、なるほど! あわー、それは思いつきませんでした」

 hour.

 時間の単位だ。

「つまり2h+の意味は、暗号に二時間プラスするってことだったんだね。N→Eを踏まえて、早速やってみよう」

「あわー」

――『E25W3W17S7E』

 ハズレ。

「ああ、間違えた。二十五時は一時だね」

――『E1W3W17S7E』

 ハズレ。

「あわわー」

 おかしい。

 hはアワーではなかったのだろうか? いや、他にhに関係する単位で思い当たるものなんて、ヘクトパスカルぐらいしかない。ヘクトパスカルなんか付ける意味がないので、その線は無いと断言できる。

 ならばどこかに見落としがあるはずだ。

 N→Eには、まだ隠された意味があるのではないか? この暗号に含まれているアルファベットが五つなのに対し、Nは一つだけ。置き換えるのが一文字だけなのは、不自然ではないだろうか。N→Eは、アルファベット全体に掛かる鍵なのでは?

 アルファベットを置き換える……シーザー暗号だ。なるほど、確かにこの記法なら、数字以外で復号鍵を表現できる。

 AからZまでを書き出して、検証。NからEまでは、遡って九文字だった。これを他の文字にも当てはめていく。

 しかし。

――『E1N3N17J7V』

 ハズレ。

 一体何がいけないんだろう。

 鍵は全部使った。それでも開かないなら鍵の使い方が間違っている以外ありえないのだが、ならばどう使うというのだろうか。

 N→Eなんて、そこまで多くの意味は持たないだろうに――

「あ」

 クリスが不意に漏らした、何かに気づいた時特有の、どこか間の抜けた声。既に行き詰まっていたジェーンは、無言で続きを促す。

「これ……方角なんじゃないですか?」

「なんで?」

「だって、N、S、W、Eって……」

「ああ……あ~!」

 言われてみれば確かにそうだ。ただ漠然と示されても、案外気づかないものである。

 なら、N→Eは、恐らくこうだ。

――『E1N3N17W7S』

 ログイン。

「やったじゃん、お手柄」

 クリスが居なければ、後二時間ぐらいは考えていたかもしれない。あるいは、諦めていた可能性もある。

 ジェーンの言葉に、クリスは口の端を引きつらせながら言う。

「まあ、これぐらいは……」

 あくまで平静を装っているようだが、内心で得意になっているのはバレバレだった。

「暗号の半分を解いたから、十点かな。百点満点中、四十五点。まだまだだね」

 ログインできたので、早速情報を抜き取る。散らかったデスクトップは精査に時間が掛かるが、しかしそれ一つ一つが彼の人となりを知るための重要な手がかりとなった。

 例えば、デスクトップに放置されているこのエロ動画。まずこれがデスクトップに置かれているのは、物臭な性分と、自分の内面を知られることにあまり抵抗を感じないある種の自己愛を示している。

 そして、この……いや、中身の鑑定は後でやることにしよう。これは先程から頬を染めて俯いているクリスに見せていいものではないし、そもそもジェーンも慣れていない。

 とりあえず、おっぱいが好きなことはタイトルから察することができた。

 他にわかりやすいものといえば、 『新しいフォルダー』 というファイルの中に、様々な形式のファイルが混在していることだろうか。これは、邪魔だが消す気になれないファイルをとりあえず整理するために作ったであろうファイルだ。アレクは、根本的に面倒なことが嫌いなのだろう。

 面倒臭がりな人間は、シンプルな手段や結論を求める傾向がある。また、行程を面倒に思う故に考えることすら躊躇するので、斜め上の方法で効率を求めることも多い。

 躊躇なく発砲するのも、手っ取り早く対象をブチ殺すのが一番簡単だという思考から導き出された結論なのかもしれない。

 ただし、パソコンにパスワードをかけていたことや、逃げるときにちゃんとボブを持ち去ったことと同じように、最低限の思考はしているのだろう。その行程を怠ったが故に起こりうる最悪の結末だけは回避している。

 そんな男がパソコンで日記を書いているとしたら、置き場はエロ動画と同じデスクトップだ。

 それも、自分が開きやすい場所――自分がよく使うエロ動画の隣。

 "Diary" ……これだ。

 最初と最後の日付を確認。

 最初の日付は……一昨日。最後の日付は、昨日。どうやら、つい最近始めた日記らしい。

 だが、それにしては、あまりにも文章がこなれている。目を通してみたが、これが昨日今日書き始めたような日記には思えない。浮気などの調査で、証拠品にするために日記をつけ始める依頼人というのは多かったが、彼ら彼女らの日記は総じて拙いものだった。ちゃんとした日記というのは、なかなか難しいのだ。

 もう少しデスクトップを探ってみると、 "ログ" なるフォルダーが見つかった。中身は、 "Diary①" など、それぞれ数字の綴られたドキュメントファイル。それぞれの容量はほぼ均等になっている。どうやら、適当な文量でファイルを分けていたらしい。

 とりあえず、一番最初であろうファイルを開く。

 ドキュメントファイルのくせに、やたらと容量が大きかった。

 最初の日付は六年前。かなり昔から続けているらしい。それに六年前といえば……このオンボロパソコンが現役だった時代である。内容に目を通してみると、どうやらこのパソコンを買った日に日記をつけ始めたらしい。パソコンを買った喜びと、今まで続かなかった日記を今度こそは続けようという旨の内容が、今よりかなり拙い文章で書かれている。少しだけ微笑ましかった。彼が凶悪殺人犯であることを、しばしの間忘れてしまうくらいには。こんな一見普通の青年が看守を三人も殺した凶悪殺人鬼になるというのだから、世も末だ。

 斜め読みしたところ、どうやら毎日欠かさず書いているらしい。物臭なわりには随分と律儀なことだ。半ば趣味と化しているのだろうか。物臭が三日で飽きなかった場合はかえって長続きするという論文を読んだことがあるが、それなのかもしれない。

 そのファイルの最後の文章は、五年前のものだった。

 続いて、最新であろうファイルを確認する。 "Diary②" ……彼が脱獄してからこれまではそう長くはなかったはずだ。①が一年分だったことを考えるに、書いている内に徐々に一回の内容が長くなってきたのだろう。内容は多ければ多いほど証拠として機能するので、詳細な日記は大歓迎だった。

 これを読めば、恐らく動機などもわかる。ファイルをダブルクリックして、いざ。

「……あれ?」

 開かない。

 メッセージボックス曰く、ファイルが壊れているらしい。ジェーンにこれを復元するような技術力はない。バーミリオンならどうにかなるかもしれないが……。

 仕方がないので、持ち込んだ記憶媒体に日記のデータをコピーするだけに留めた。

 他に有益な情報は無いだろうか。ジェーンは彼が普段使っているであろうウェブブラウザを開き、ブックマークや閲覧履歴を調べる。アダルトサイトを排除した結果、例のニュースサイトが出てきた。これは既定路線だ。

 そしてもう一つ、見覚えのあるタイトルが目に入った。

 ――『ぬいぐるみお手柄 少女の命を守る』

 これは確か、以前目にしたゴシップ系の記事だ。ボブがお守りとなってクリスを守ったという、眉唾臭い話である。

 履歴を見る限り、彼は強盗事件の記事以上にこの記事に執着しているようだ。

 まさか、この話を信用しているのだろうか? それでボブを盗んだのだとしたら、物凄く間の抜けた話のように思える。

 流石にそれは……いやしかし、脱獄犯ともあろう大の男がぬいぐるみを盗む理由なんて無いだろうし、あながち大外れというわけでもないかもしれない。

 そういえば、そもそもアレクはなぜ逮捕されたのだったか。確か、カガミから聞いたような気がする。

 彼女との会話を思い出す。そうだ、五年前の強盗事件だ。どんな強盗かまでは聞いていないが、なんにせよそんな事件を起こす男が趣味でぬいぐるみを欲しがるとも思えない。そもそも、この部屋にぬいぐるみは一つもない。

 いや、待て。この部屋が脱獄後に急ごしらえしたものだとすれば、ぬいぐるみがないのもおかしくない。

 しかし家具の裏などを調べたところ、数ヶ月では積もらない量のホコリが積もっていた。ここが逮捕以前から使っていた部屋であることが窺える。

 警察がこの家に辿り着けた理由も、恐らくはそれだろう。それにしては時間がかかりすぎている気もするが、それは恐らく当時の警察がこの家のことを掴めなかったからだと思われる。ここに以前から使っているパソコンが残っているのが、何よりの証拠だ。

 当時は、超能力が現れ世界が混乱していた時代である。警察も忙しく、逮捕した犯人にいつまでも構っている暇はなかったのだろう。

 余談だが、当時の警察と現在の警察は違う組織である。具体的に言うと、中心が公であるか私であるかの違いだ。治安維持組織であることには変わりないが、どちらかと言うと自警団に近い。以前の警察組織は世界が滅んだ際に消滅し、その後有志が立ち上げたのが現在の警察である。政府から特別な権限を与えられているのは以前と同様だが、今の御時世権利なんてアテにならない。

 閑話休題。

 日記が駄目だったので、他に何か得るものはないかとファイルを漁る。が、めぼしい物は手に入らなかった。仕方がないので、日記だけ後でバーミリオンに復元を依頼して、次に移ろう。

 今一番欲しい情報は、アレクの逃げた先に繋がるものだ。

 以前から住んでいた家であるここから逃げ出したアレクは、これからどこへ行くのだろうか? しばらくは野宿やネットカフェなどで凌ぐ可能性もあるが、長期的に見ればどこか拠点を探すだろう。

 その際に重要なのは、彼が逃げ慣れているかどうかだ。

 何度も事件を起こして警察に追われている人間は、逃げるのに慣れている。一つの潜伏先が駄目になった時に、また次の潜伏先へスムーズに移ることができるのだ。慣れていないと、なかなかこうはいかない。

 もしアレクが何度も強盗事件を起こしてその度に逃げ出している凶悪犯罪者だとしたら、これからすぐに新たな潜伏先となる拠点をこしらえるだろう。脱獄後に以前の拠点であるここに戻ってきたのは不自然だが、警察にバレていなかったことを考えれば、ありえないと断じられた話でもない。

 彼が逃げ慣れているかどうかは、ここに何年住んでいるか調べればわかる。昔からここに住んでいるのであれば、逃げ慣れている可能性は低い。

 まずは、重要な書類をしまっていそうな、さっき保険証を見つけた引き出しを漁ってみる。こういった書類をまとめている人間は多い。

「何を探してるんですか?」

 先程から全く解説せずに進めていたため、クリスがなにがなんだかわからないといった様子で訊ねてくる。別に顧客にそんなことを教える必要は無いのだが、クリスは特別だ。

「前からここに住んでたかどうかわかる書類。逮捕されたのが五年前だから……過去八年以内に引っ越してきた形跡があれば、何度も引っ越しを繰り返してる可能性があるかな」

「引っ越しを繰り返すと、何かあるんですか?」

「慣れてるか慣れてないかが知りたいんだ……。まあ、その辺の細かいことは後で教えるよ」

 適当に口約束したが、本当に守るかは不明だ。ジェーンとクリス、どちらが先に忘れるだろうか。

 クリスは顎に手を当てるなど少し考える素振りを見せてから、こう言った。

「それ、日記には書いてないんですかね?」

「……それもそうだ」

 まあ、日記は六年前のものしか残っていないから二年足りないのだが、それはそれ。そもそも五年前の強盗が初犯か調べれば、一気に片がつく。

 早速日記を調べる。こういう時、検索機能は便利だ。 『強盗』 という単語で検索をかけたら、すぐに出てきた。数日前から計画を書き連ね、 『明日実行する』 と書かれたところを最後に途切れている。どうやら彼は、金に困って銀行を襲ったらしい。突発的な犯行であり、記述からは逮捕経験が無いことが窺える。銃は撃ち慣れているようだが、それまでに人を撃ち殺したことはないようだ。射撃場で遊ぶのが趣味で、金欠の理由もそれらしい。

 また、この時点で彼は脳拡張プロセッサーを所持していないことがわかった。

 日記を紐解いてわかったのは、それぐらい。

 だが、これだけわかれば十分だ。

 ここから何が起きて看守殺しの脱獄犯になったのかは不明だが、とにかく、アレクは逃げ慣れた人間ではない。ならば新たな拠点を定めるまでに、否応なしに時間がかかる。

 そして新たな拠点の目星がつくまで、彼は北西に逃げ続ける。突き当りでもしない限り、方向を変える理由がないからだ。

 それだけわかれば、彼がこれからどこに逃げるのか、おおよその見当がつけられる。

 アレク・ダンプはもう、ジェーンから逃れることはできない。

 なぜなら、これからジェーンが本気で追いかけるからだ。

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