#六節 その婦警は何者か?

 アクセス頻度からして、あの廃倉庫に住んでいる男がこの事件の関係者なのは間違いないだろう。

 その男は銃で武装している。すぐに撃たれたことを考えると、手練なのだろう。倉庫街で銃を所持している人間は多いが、手際よく発砲できる人間は限られていた。持っているだけで使ったことがない素人は多いし、人を撃つことに抵抗を覚えることも多い。しかしあの男は、なんの躊躇いもなく発砲してきた。狙いがジェーンとクリスのどちらなのかは判然としないが、こんな一般人相手に発砲したあたりかなり神経質な相手だ。

 彼が関係者であることは間違いない。間違いないのだが……おいそれと接触できる相手ではなかった。特に、クリスを連れて行くなんてことは無謀にも程がある。

 そのことを、クリスには念入りに説明した。

 やっとのことで理解してもらい、クリスは事務所で待機するはこびとなる。突入は、ジェーンとカガミだけで行うのだ。

 ジェーンも武闘派ではないし本来であれば戦力外なのだが、カガミ一人で行かせるわけにもいかないので同行する。一応拳銃の免許は持っているのだが、ペーパーガンマンなのでアテにはならない。

 カガミの私物から、彼女曰く扱いやすい拳銃を借り受けはしたが、極力これは撃たずに進める方針だ。出来る限り話し合いでボブを取り返すようにするが、場合によってはカガミがその場で警察権限を執行することも、クリスは容認している。

 まあ、一応カガミも 「出来る限りクリスの意思を尊重する」 と言っていたので、それは最後の手段にしてくれると思うのだが。

 なんにせよ、カガミの生態は未知数だ。表向きの人柄はわかったが、まだ本性までは探りきれていない。歳も住処もわからないし、そもそも本当に警察なのかすら不明 (警察手帳の偽造は、法の問題さえ無視すれば容易である。厳密には複製防止の加工がしてありほぼ不可能なのだが、パッと見で違いがわからない) だし、人間じゃない (能力によって生み出された操り人形など) かもしれない。全面的に信用するには、まだ早かった。

 ただ、それ以上に謎が多いのがあの男――アレクである。

 前述した通り、相手は銃を――それも人を撃ち慣れている相手だ。多分に偏見の含まれた意見だが、そんな相手が、いくら貴重なシロモノとはいえぬいぐるみを欲しがるとは思えない。なんらかの依頼があった可能性もあるが、アクセス履歴で浮き出たのが彼一人なので、その可能性は……ゼロではないが、低いだろう。

 何か、裏がありそうだ。見落としがないことは、しっかりと何度もチェックしたのだから。

 ……クリスが本当になにも隠していなければ、の話だが。

 状況が状況だ。否が応でも全てを疑ってかかってしまう。例えば、クリスが何かを隠していたら――仮にそこに一抹の悪意もなく、ただ恐怖心か羞恥心故に言えなかっただけだったとしても――条件は大きく変わる。

 しかし依頼主が信じられなくなれば、今後こそ本当に探偵は破滅だ。

 それでも、胸の底に湧いた疑念は、そう簡単に消えるわけがない。何か怪しいことがあればすぐに疑うのは、職業病なのだろうか。

 心が乱れたままあの場に行くのは危険だ。まずは、確実に信用できる要素をまとめよう。

 ――しかし、その考えに至ったことが、最大の仇となった。

 確実に信用できるものとは、何か?

 まず、カガミは全く信用できない。本物の警察か確かめることは不可能だし、犯人と共謀してジェーンを陥れようとしている可能性もある。登場するタイミングが、怪しい。

 では、バーミリオンから貰ったアクセス履歴と、そこから導き出されたあの住所はどうだろうか。これまで彼女が仕事で嘘をついたことはなく、信用に値すると言える。実力も、偽装工作に引っかかるようなタマではない。……しかしこの情報は、そもそもの前提が崩れると意味がなくなってしまう。

 依頼が、もし嘘だったら?

 ボブが盗まれたなどという事実はなく、写真の女の子もクリスと似ているだけの別人だとしたら?

 だとすれば、いくらバーミリオンに頼んでニュースサイトを掘っても、一生真実には辿りつけない。

 そう、クリスが……依頼人が嘘をついていたら、何も信じられなくなってしまうのだ。

 もしも彼女が、ジェーンを陥れるために嘘の依頼をしたのだとしたら? あの廃倉庫に近づけるために、わざと足跡が残るような行動を男にさせていたとしたら?

 あんないい子を、なぜ疑う?

 理性はそう告げているが、疑いの念が晴れることはない。心のどこかで、まだジェーンは考えているのだ。今の時代、探偵に仕事がやってくるわけがないと。

――『そうだよね。今の時代、筋道立てて犯人まで辿り着けるわけがない。探偵やら推理やらなんて幻想だよ』

 耳に残ったカガミの言葉が、脳の奥で反響する。

 あの時ジェーンが言い返せなかったのは、上手く誤魔化せたことを無駄にしたくなかったからだ。あそこで言い返せば、今度こそカガミにバーミリオンのことを話さなければならなくなってしまう。

 しかしジェーンが黙っていた理由は、それだけではなかった。

 言い返せなかったのだ。

 何が起こるかわからないこの時代でも、論理的思考は通用する……と。

 ジェーンはその身を以ってしっかりと体感していた。胸に深く刻まれた失敗の記憶がよみがえる。

 あれは最初で最後の依頼失敗だった。

 失踪したという兄の捜索。兄妹二人で暮らしていたという女性から持ち込まれた依頼。ジェーンは最後まで兄を見つけることができず、最後は犬に変身していた兄が自ら名乗り出て終結した。彼らがあの後どうなったのかは知らないし、そもそもどうして兄が犬になっていたのかも、ジェーンは教えてもらっていない。

 超能力の存在するこの世界では、何が起きてもおかしくはないのだ。

「そろそろ行こうか」

 カガミの声で、ジェーンはハッと我に返った。

 いけない。精神がますます不安定になってしまった。とにかく今は、最低でもクリスを、できれば背中を預けるカガミのことも信用しなければ。

 ジェーンは胸いっぱいに息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。ほんの少しだけ、落ち着いた気がする。

「……ええ、行きましょう」

 不安を募らせたまま、ジェーンは廃倉庫へと再び向かうのだった。



 むやみに相手を刺激しないためか、カガミは私服だった。ショートパンツにベストを合わせ、その上にジャケットを着ている。下は厚手のストッキングでガードされていて、派手なようでいて露出の抑えられた格好だった。

 対するジェーンは、いつものトレンチコートスタイル。この二人が並んで歩いて、果たして自然に見えるだろうか。ジェーンには、わからなかった。

 この二人の格好は、少なくとも倉庫街では浮いていた。

 インヴァネスコートや制服と比べれば幾分もマシだが、いささか場違いな格好であることは間違いない。周囲からの視線は、奇異なものを見るような刺々しさを孕んでいた。

 そもそも、倉庫街には女が少ない。

 ……厳密に言うと、外部から訪れる女が少ないのだ。

 というのも、倉庫街に来客が現れるとすれば、それは肝試し感覚でノコノコやってきた馬鹿な学生か、ドラッグのバイヤーか、あるいは借金取りぐらいのものだ。

 旧世紀に比べて男女の社会的地位の差というのは大幅に縮小されたが、それでも明確な区別や動向の傾向は存在する。

 わかりやすく言うと、女バイヤーは貧困層ではなく中流の独身サラリーマンをターゲットにするのだ。理由はといえば、そこそこ引っ掛けやすくて近くに居ても臭くないからに他ならない。バイヤーの知能なんてその程度のものだ。

 故に、倉庫街では、貧困層に見合わない格好をした女というのは、少ないのだ。

 まあ、インヴァネスコートが目立ったのはまた違う理由なのだが。あんなトンチキな格好では目立つのも致し方無い。制服もまた然り。

 ……余談だが、第三層における警察官の制服は数パターンの中から性別を問わずに好きなものを使える選択制のため、髪型によってはパッと見で性別が判別できないことがよくある。性別を誤魔化すためだけなら、制服のほうがいいことも、ある。まあ、警察官という身分そのものが問題なので今回は駄目なのだが。

 問題の廃倉庫に辿り着くと、カガミは大胆不敵にノックした。

「ごめんくださーい」

 流石ポリ公は肝が座っている。こちらも拳銃で武装しているとはいえ、顔を見た瞬間に発砲してくるような相手に正面から会いに行くなんてジェーンにはとても真似できない。

 などと他人事のように考えていたわけだが、よくよく考えるとこれはピンチである。乙女どころではなく、命のピンチ。

(なんてこった、完全に巻き込まれている……!)

 今更カガミをほっぽり出して逃げ帰るのは、ジェーンのプライドが許さない。そんなことをするぐらいなら、ノース・リバーサイドのドブ川に頭から突っ込んだほうがまだマシだ。だからここで逃げ出すという選択肢はないのだ。

 なれば、必然的にカガミと共にトチ狂った乱射魔と相対することになる。まだまだ死にたくはないので半歩後ろに下がるが、咄嗟にカガミがジェーンを盾にする可能性も捨てきれなかった。カガミが本当に警察なら、そんなことはしないのだろうが。

「ごめんくださーい!」

 何度かノックしたが、反応はなし。人の気配はするので、まだ中には居るはずだ。こちらの様子をうかがっているのだろうか。

 ここは慎重に外周探索を――

「おじゃましまーす」

 カガミは戸をバチーンと開き、勢いそのままに廃倉庫へと突入してしまった。帰ってもいいかなあ。

 ……しかしここで帰るわけにもいかないのが、依頼を受けてこの場にいる探偵の辛いところだ。職務遂行は、探偵業復興への第一歩。ここで諦めたら、今度こそ本当に探偵は終わりなのである。

 意を決して、ジェーンは続いた。

 廃倉庫ハウスは、元が倉庫だっただけのことはあってとても広い。一人で暮らすには広すぎるスペースなので、仕切りを設けるなどして集合住宅として利用されている場合がほとんどだ。

 バーミリオンはちゃんと部屋名まで特定してくれたので、間違った場所に押し入ることはない。

 つまり、ここには、間違いなく、あの男がいるのだ。

「アレクさん? 聞きたいことがあるんですけど!」

 玄関から、大きな声でカガミが叫ぶ。ふと、妙な違和感を覚えた。

 何かがおかしい。しかしこの部屋の主がアレクであることはほぼ確定であり、カガミの発言は正しく――いや。

 それだ。

 なぜ、カガミがアレクの名前を知っているのだろうか?

 アレクというのは、バーミリオンの調査で浮かび上がってきた名前だ。だが、カガミにはバーミリオン絡みの話は一切していないし、彼女から得た情報も住所と部屋名以外提供していない。この家に表札はなかったし、カガミがその名を知る機会はなかったはずだ。

 ならばなぜ。

「アレクさーん?」

 彼女はその名を知っているのか。

「なんだあ、てめえ?」

 それを詳しく考える間もなく、部屋の奥から男が現れる。四十手前の大柄な男で、思い切り良くスキンヘッド――今はそれだけわかれば十分だ。理由がどうであれ、カガミの動きによって事態はどうにでもなってしまう。ジェーンの目は、カガミの動きをひたすらに追い続けた。

 カガミは駆け出す。どこへ? ――アレクの元へ。

「アレク・ダンプ! 殺人及び脱獄容疑で逮捕する!!」

 懐から取り出される手錠。これといった超能力対策を施されていないただの鉄塊ではあるが、しかし秩序による拘束の象徴として、現代でも使われている。それは警察官が逮捕すると決めた相手に見せつけるシロモノであり、鬼気迫ったセリフもあってこの時点で彼女が本気であることはわかった。……もしこれが演技なのであれば、そもそもジェーンに生き残るすべは残されていないだろう。

「チッ――この野郎!」

 舌打ちしたアレクは、後ろに飛び退いて銃を構えた。狙いは――カガミだ。

 カガミは本物の警察だった。だが事態はそれどころではない。このままではカガミが撃たれてしまう。それは避けないといけない。

 集中故か、それはこれまでの人生で一番長い一秒だった気がする。体感時間が引き伸ばされ、目の前の出来事が全て把握できたような錯覚すら催した。

 本当に永遠のような一秒間だった。

 だがそんな状態でも、その動きは把握できなかった。


「アクセルアップ!」


 その声がジェーンの耳に届いた頃には既に、カガミの姿が視界から消えていた。

 いや、正確には違った。

 ジェーンの視界の端の端――アレクの真後ろに、カガミは立っていたのだ。さっきまで、ジェーンの目の前に居たはずなのに。

「それは撃たせないよ」

 背後からアレクの銃を奪い、カガミは言った。

 突然の出来事に困惑しているのは、ジェーンだけではない。アレクもまた、この状況に混乱しているようだ。

「な、なんだと!? 、こんのクソアマが!!」

 今まさに銃で撃ち抜こうとした相手が、その銃を奪ったのだから理解できるはずもない。しかし彼は、それなりにデキる男のようだった。

「クソッタレが!」

 そう叫ぶと、不意に姿を消す。いや、彼もまた、移動したのだ。カガミの更に後ろ――一番奥にある小さな部屋――で、ぬいぐるみを抱え上げる男の姿が見える。

 ようやくジェーンは理解した。カガミもアレクも、超能力を使ったのだ。詳細はわからないが、移動系の能力なのだろう。アレクに関しては、犯行に使ったと思しき能力とも合致する。

 カガミの瞬間移動に困惑したアレクは、理解を放棄した末に、自らの能力を用いて移動したのだろう。切り替えの早い奴はデキる奴だ。ジェーンも見習わなければならない。

 いや、待て。今はそれどころじゃない。切り替えるんだ。目の前の手がかりを見逃すな。

 男が持っているクマのぬいぐるみ、アレは間違いなくボブだ。犯人はアレク。これは確定した。動機は? ……わからないが、ボブを取り返してしまえばそれは関係ない。

 しかしどうやって取り返す? もうアレクはジェーンの手の届かない位置にいる。撃つか? いや、ボブやカガミを傷つけずにアレクだけを撃つ自信がない。ならば――

「――カガミ!」

「わかってる! アクセルアップ!」

 詳細はわからないが、カガミも同じように一瞬で長距離を移動できる。アレクの拘束は彼女に任せて、ジェーンは退路を断つべく部屋に踏み入りドアを閉めた。ここを塞いでしまえば、採光用と思われる小さな窓を除いてこの部屋から出る術はなくなる。念には念を入れて、だ。

 が、カガミの拘束よりもワンテンポだけ、アレクの動きが早かった。

 不意に消える姿。次の瞬間には、窓の外にボブを抱えた男の姿があった。

「――っ!」

 瞬間移動ならば、壁を超えて逃げられてもおかしくはない。だが、こちらにもカガミが――

「しまった!」

 言うとカガミは、窓を叩いた。強化ガラスと思しき素材で構成された窓は、その程度ではビクともしない。

「追えないの?」

「窓が開かないと!」

 よく見れば、その窓はハメ殺しになっている。割る以外に、この窓を突破する術はない。

 窓が開かないと追えない……つまり、カガミの能力では壁を超えることができない、ということだろうか。

「……取り逃がしたか」

 見れば、もう窓の外にアレクの姿はなくなっていた。



 汚い床にあぐらをかき、カガミは言った。

「私の能力は、コンマ一秒の間だけ素早く動けるってものでね」

 彼女は小さく溜息をつくと、窓の外を見ながら続ける。

「あの状態でアレクを追うなら、どうにかして窓を破るか、玄関から出るかしないといけなかった。まあ、どのみち逃げられてたよ」

 能力に制限はつきものだ。一見万能そうに見えても、どこかしらに落とし穴がある。カガミを責めるのは筋違いだろう。そもそもジェーンは何もできてなかったし。

 そして、それよりも今は気になることがある。

「ところで、アレクというのは?」

 あえて男の名とは言わない。こちらが "アレクという人名" と男の明確な関係を知っていると悟らせないためだ。

 訊ねると、カガミはバツが悪そうにあさっての方向に目をやる。面と向かって話したいことではないようだ。

「いや……その……そもそも、私がここに来てた理由があの男なもんでね……」

 興味深い話だジェーンは無難な相槌で先を促す。

「というと?」

 カガミは少しだけ考えるような間を置いてから、もう一度視線を動かして言った。

「要するに、私はあの男……アレクを逮捕しにここに来たってわけ」

 脱獄容疑で逮捕する……というのが、それなのだろう。こういうことは最初に言ってほしいものだが……これは仕方がない。あまり部外者に情報を漏らすわけにもいかないだろうし、クリスの意思との兼ね合いもあったのだろう。

 カガミの視線が、気まずそうにこちらを向く。

「隠してたのは謝るよ。ごめん」

「お気になさらず」

「……敬語はもういいよ。なんか嫌味みたいで」

 嫌味の通じる相手でよかった。

 さて。

 とりあえず、カガミの事情はわかった。彼女が今後どうするかは彼女が決めるとして、こちらはこれからどうするか。

 アレクがここに戻ってくる可能性は、無いとはいえないが低い。それに仮に戻ってきたとして、こちらが張り込んでいなければ意味が無いだろう。バーミリオンに調べてもらった情報は、無駄になってしまった。

 収穫といえば彼が犯人だと確定したことだが、それはたしかに重要ではあるものの、しかしわかっただけでは決定打になり得ない。

 あの男の行方を、これからどうやって追うか。

 厄介なのがあの瞬間移動だ。壁でも越えられるタイプの能力故に、どこにでも逃げられる。追跡といえば探偵の十八番ではあるのだが、超能力が相手となれば話は別だ。今までのセオリーが通じなくなってしまう。

 探偵廃業の所以の一つである。

 もういちどニュースサイトのアクセス履歴を引っこ抜いたところで、無駄だろう。ボブを手に入れた以上、アレクがあのサイトを見る理由は、ない。

 逃げたアレクを追う手立てが無いのなら、これ以上の調査は不可能だ。クリスからの依頼は、もう諦めるしかない。彼女には、警察にでも頼ってもらおう。

 個人的に気になる部分はあるが、達成できないのならいつまでもクリスを縛っているわけにもいかない。できないなら、できないと言ったほうが彼女のためにもなるだろう。

 気になる部分はあるのだ。

 アレクの動機もそうだし、なぜアレクは最初の瞬間移動でもっと遠くまで逃げなかったのかだとか、謎は多い。

 動機はわからないが、瞬間移動にはなにか制限があるのかもしれない……待て。

 能力に制限はつきものだ。

 その制限がわかれば、もしかするとアレクを追うことができるのではないだろうか?

 無秩序に移動されるのではどうしようもないが、しかし能力にルールがあれば、ある程度動きが予測できるはずだ。

 例えば、カガミの能力にはコンマ一秒という制限がある。同じようにアレクの能力に制限があれば、それがルールとなり手がかりとなる。

「ところで、警察の方ではアレクについてどれぐらいわかってるの?」

 一度逮捕していた警察なら、ある程度はアレクの情報がわかっているはずだ。まずはそれを聞いてから、調査に移る。

「うーん、まあ、これぐらいなら話していいかな」

 カガミは少し考えるように間を置いたが、特にケチることなく語りだした。

「……まず、アレクは五年前の強盗事件で逮捕されたの。逮捕当時は超能力非所持。獄中で何らかの手段を用いて脳拡張プロセッサーを入手。看守を三人殺した挙句、瞬間移動を使って脱獄したの。その時の映像も残ってるけど、結構えぐい……なんというか、 "グロテスク" な殺し方してる……。そんなだけど、見る?」

 強盗で看守殺しで脱獄犯……指折りの凶悪犯罪者ではないか。迂闊に近づいてしまえば、痛い目をみるどころの話ではない。あの時は、本当に危なかったのだ。

 そして、そんな相手なら情報はなるべく多く集める必要がある。映像があるなら、ぜひ見たい。

「見てもいいなら見たいかな」

「えっ? ……あ、じゃあ、今度特別に見せてあげるよ」

 看守が殺された映像を好き好んで見るというのは少し不謹慎な気もするが、調査のためなら仕方がない。これも不謹慎だとは思いつつ、ジェーンは心のなかでガッツポーズをした。それほどまでに大きな収穫だったため、カガミが少し戸惑ったことに対して疑問を挟むのも忘れてしまう。

 そして疑問を挟み損ねた理由は、決してそれだけではない。カガミの話にはもう一つ気になる部分があったからだ。

「能力持ってないだけでプロセッサー自体は既に持ってた可能性は?」

「まあ、否定はできないね」

「なるほどね……」

 この調子では、警察から直接超能力の情報を得ることは難しいだろう。瞬間移動であることはわかっていたようだが、細かいことまで調べている余裕はなかったらしい。

 とりあえず映像と、あと他にも調べたいことが山ほどある。

「じゃあ、今からその詳細について調べようか。とりあえず一旦帰る」

 長らく不完全燃焼を続けた木偶の坊は、どうなる?

 答えは簡単。

 その内に熱く燃える炎を宿す木炭になるのだ。

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