#三節 インターネットはどこまで役に立つのか?

 今回わかった重要なこと。それは、 『誰であってもクリスとボブの存在を知ることができる』 ことだ。

 これまでは、ボブの事を知り得るために必要な要素がわからなかった。だが、今回の発見で、誰がボブの事を知っていてもおかしくなくなった。

 ここから具体的に絞り込むために、サイトの管理人にお願いしてこのサイトのアクセス履歴を貰いたいのだが、多分それは無理だ。探偵という職業の社会的地位は、今や最底辺なのである。信用度ゼロの相手に顧客情報を引き渡すわけがない。

 いや、全盛期であっても貰えていたかは怪しいところなのだが。

 必要な情報が得られないので、このサイトから直接絞り込むのは不可能だ。なら、別の手立てを考えるしか無い。

 例えば、ぬいぐるみマニアを探して聞きこみ調査を行う……だとか。



 クリスが帰ってから、ジェーンは早速調査を始めた。

 まずはじめに手を付けたのは、大手SNSのぬいぐるみコミュニティだ。

 このSNSは超能力が生まれる前から存在していて、ジェーンも何度か調査に使用したことがある。調査用の偽装アカウントも十数個持っていたが、半分ぐらいIDを忘れた。

 逆にパスワードは全部統一してあるので、IDさえわかればログインできる。今回使うのは、当時ハイティーンのつもりで作ったアカウント――成長型botを組み込んでいるので、今は二十代前半の女性である――だ。

 今の今まで一人の女性を演じきってきたこのアカウントで、ぬいぐるみコミュニティに乗り込む。

 最近彼氏にテディベアをプレゼントされたことを契機に、ぬいぐるみに興味を持ち始めた……という設定だ。

「バリバリ情報抜き取ってやるんだから……覚悟しなさい、ぬいぐる民!」

 画面の前で高らかに宣戦布告したジェーンは、意気揚々とキーボードを叩く。

 まずは挨拶から。

『はじめまして~。彼氏から誕生日にテディベアをプレゼントされて、ぬいぐるみに興味が湧きました。まだまだ素人ですが、よろしくお願いします』

 こんな感じでいいだろう。本当は半年ぐらいROMってコミュニティの雰囲気を把握したいのだが、そんなに待っていられないのでログを読むだけで済ませた。

 早速、好意的なレスポンスがつく。

『こちらこそはじめまして~。誕生日にテディベアなんて素敵ですね♪ 一生の思い出になりそうです』

 ちょろい。……ではなく、住民が良い人でよかった。たまに人間の屑だけで構成されたコミュニティがあるのだが、そういうところにあたってしまうとまず最初の挨拶で出鼻をくじかれるのだ。

 因みに、挨拶に 『~』 をつけるのはこのコミュニティの慣習らしい。テンプレがあったわけではないが、皆つけているので、きっとそうに違いない。

(しまった! なんで最初から適応してるんだ!)

 よく考えたら、初見さんが最初からその場のノリに合わせた発言をするのは不自然だ。つい匿名掲示板での癖が出てしまった。

 これは疑われるのもやむなし。そう思ったが、実際はそんなことなかった。

 よく考えれば一般人は定形なんて使わないし、意識してテンプレに当てはめたりもしない。とんだ杞憂だった。

 余計な心配をしなくても良くなったので、とりあえず住民の機嫌を損ねないようにしながら、ボブの話題へ誘導する。

 話題の誘導というのは今まで何度もやっているのだが、これがなかなか難しい。

 実はそこそこ強引に進めてもちゃんと誘導できるのだが、ついつい自然な流れを意識してしまうため、なかなか話題がシフトしない。その間に他の誰かが別の話題を持ってこないとも限らないし、掲示板系は次スレ突入でリセットされてしまうこともよくある。

 しかし焦りすぎても周りの人がついてきてくれないので、万全を期するならやはり丁寧に場を温めておく必要がある。その加減が、非常に難しい。

 特にジェーンはギークだったため、自然な会話というものが苦手である。ちゃんと考えないと、言葉に出来ないのだ。半年ROMるのは、そのへんの事情もある。

 だが、今回は住民が過去最高クラスに良い人だったのでなんとかなりそうだった。これが攻撃的な住民だったりすると、総叩きに遭って泣きたくなる。事実、最初の一回は泣いた。

 まあ、今回は真逆の意味で泣けるのだが。住民の、住民の、住民の優しさに私が泣いた。

 二つの声が重なることはないが、誰もジェーンの勢いを止めることはできない。まあその流れを犯しても別に書き込み削除したりはしないので安心して欲しい。

 手際よく話題をクマ寄りにし、ボブの話を投下するための下準備をしていく。

 場の空気が 『クマ可愛いよね……』 に統一されたその瞬間。その一瞬が、勝負の時。

 満を持して、ジェーンは投下した。

『ところで、この写真に写っているクマのぬいぐるみ、誰かご存知ありませんか? ちらっと見かけて可愛いと思ったんですけど、探しても見つからなくて……』

 記事には一切触れず、クリスとボブが写った写真だけを見せる。

 強盗事件のことは知らない素振りをして、飽くまでボブについてだけ訊ねるのだ。

 何かうっかり口を滑らせたらそいつが犯人だし、そうでなくとも新たな情報が得られればそれでいい。

『うーん、この写真どこかで見かけたことがありますね……どこでしたっけ』

 早速、一人食いついた。

『結構いろいろクマさんは持ってるんですけど、この子は私も知りませんね~』

『ちょっと悪そうな感じがたまらないですね~。私もいいと思います』

 その後も次々と食いつき、場は大いに盛り上がった。ボブを抱えたクリスの写真は見事に住民の心をつかみ、可愛い可愛いと絶賛の嵐だ。

 と、ジェーンはあることに気づいた。

 先程まで会話に参加していたアカウントの内、写真を投下してから急に黙りこんだアカウントがあるのだ。

 会話が弾んでいるからか誰も気にしてはいないようだが、ジェーンには気になった。

 既読数を見るに、別にこのページから離れたわけではないらしい。というか、今もここを見ていると思われる。

 ならなぜ黙っているのだろうか。これまでの会話から見るにクマが嫌いなわけでもなさそうだったし、何か不都合があるのだろうか? だとすれば、それは凄く怪しいのではないだろうか?

 ジェーンは別タブでそのアカウントのプロフィールを開き、情報を精査した。

 女性。なるほど、ここには女性が多いが、彼女もその一人なのだろう。まあ、偽装の可能性もあるが。

 住んでいるのは、三層のサウスストリート。それ以上細かいことは書いていなかったが、とにかくジェーンやクリスと同じ区画に住んでいる。近くに住んでいるのなら、犯行にも移りやすいだろう。

 曰く、四歳の誕生日に父から貰ったクマのぬいぐるみがお気に入りだそうだ。クマのぬいぐるみが好きなのだろう。だからボブに手を出した、と。

 で、クリスと同じハイスクールに通っていて……ってクリスだこれ。

 自撮り写メとかはアップロードされて居なかったが、プロフィールと普段の言動の傾向が完全にクリスだ。アカウント名の "マロンス" も、恐らくクリスのもじりだろう。

 確かに彼女はぬいぐるみ好きで、かつ今時の若者だ。大手SNSのぬいぐるみ好きコミュニティに所属していても、全くおかしくない。

 そして、クリス本人であれば、盛り上がっていたところにいきなり自分の画像が投下されて黙りこむのもわかる。そりゃ、自分の写真にコメントはつけづらいだろう。

 ジェーンが勝手に納得していると、急にモニタデバイスが鳴りだした。誰かと思えば、クリスだ。

 いきなり連絡をよこすなんて何事かと思えば、開口一番こんなことを言い出した。

『このエナジェイってアカウント、ジェーンさんですよね』

一応は疑問文の体裁をとっていたが、声色は完全に断定していた。

 彼女の指摘通り、エナジェイとは、ジェーンが今使っているアカウントの名前である。結構投げやりな名前だが、ハンドルネームなんてこんなものでいいのだ。

「そうだよ」

 別にクリスにバレたところでなんら問題はないので、包み隠さず答えておいた。それにしても、よくわかったものだ。プロフィールは、性別以外は完全に別人に偽装しておいたはずなのだが。エナジェイとか安直すぎて逆に気づかないだろうし。

『え、えっと、ちょっと、あの写真、あんまり拡散されると……』

「駄目だった?」

 権利者 (厳密にはそうじゃないけど) から直接差止めを喰らえば、それを使う訳にはいかない。このご時世著作権や肖像権の問題は難解を極めていて識者の間でも意見が別れるところだが、権利者が直接ノーといえば大概はノーになるのだ。

 しかしあの写真が使えないならまた別の方法を考えなければならない。それは……茨の道とか、獣道とかだ。

 というわけで、駄目と言われても頼み込んで権利を勝ち取りたいところなのだが……。

『い、いえ、別に、構わないん、です、けど……』

 歯切れは悪いが、なんとか了承を取り付けた。これでわざわざ険しい道を進まずに済む。

 だが、連絡をよこしたということは何かしら言いたいことがあったのだろう。無言で続きを促すと、クリスはたどたどしく続ける。

『あ、あの、あんまり、可愛いとか言われると……どう書いていいのかわからないので……』

 思春期だ……。

「まあ気にしないでよ。多少黙ってても誰も怪しいとは思わないから」

 ついさっき疑ったわけだが、仕掛け人なのでノーカウント。

『うーん……』

 彼女なりにいろいろ思うところがあるのか、その声はどこか渋っているようだった。しかしこれも調査のためだ。多少は申し訳ないと思いつつも、ジェーンは押し切る。

「それじゃあ、またね」

『あ、ちょっと』

 一方的に切って、作業に戻る。少し目を離している間に、会話は盛り上がっていた。クマのぬいぐるみに詳しい人がいろいろと似たような商品を挙げて比較しているのだ。

 しかし、いくら似たようなものを挙げられても、全て似たようなもの止まり。何かしら相違点があり、どれもボブそのものとは言い難かった。

 恐らく、この人は犯人ではないだろう。ボブを盗んだ上でしらばっくれている可能性もなくはないが、わざわざこんなリスクを犯すとも思えない。

 ここ一ヶ月のタイムラインを遡って分析してみたが、彼女は新しいぬいぐるみを手に入れると自慢するフシがある。珍しいものなら殊更なので、ボブを盗んでいたらきっと同じように自慢していたはずだ。頭良いように見えないし。

 その上、居住区画が五層だった。とんでもないセレブだ。わざわざ三層まで来て盗みを働くとは思えない。彼女は犯人ではないだろう。

 ……それはともかくとして、ボブの正体だ。ここで一番クマのぬいぐるみに詳しい人ですら知らないのだから、恐らく市販品では無いのだろう。

 こうなると、やはりボブの出処が気になる。クリスの父に訊くことができれば一発なのだが、クリスが両親にこの事を隠している以上、難しい話だろう。

 その後もしばらく研究は続いたが、結局、このコミュニティの総力をもってしてもボブが何者なのかはわからないという結論に落ち着いた。

 市販品ではなく、特注やハンドメイドの類なのだろうが、詳細はわからない……。要するに、ジェーンと同じ結論だ。

 まあ、その点では大して期待していなかったので構わない。重要なのは、犯人を炙り出すことだ。

 ここまでのログから、怪しい相手を十数人見つけた。

 次は、彼らのプロフィールやタイムラインから、更に怪しい人物を絞り込む。

 まずは一人目。二層に住むクマ好きの男だ。ボブの話題になってから、急に言葉数が減って相槌ぐらいしか打たなくなった。都合が悪くなると口数が少なくなるのはどの世界でも同じことで (喋り過ぎるとボロが出るため) 、急に黙りこむと真っ先に疑われる。その対策として、適当な相槌だけ打って会話に参加しているように偽装する……というのは、人狼ゲームなどでもよく見られる光景である。

 それと……これはほとんど偏見なのだが、二層は程よく治安が悪いので、盗人が多い。三層にまで出張ってくる賊も結構居るらしく、時たま問題になっていた。

 住んでいる階層で相手を判断するのはあまり好きではないが、そういった傾向は実際にある。判断材料として、そこそこまともに機能する程度には。

 ……だが、実際にタイムラインを覗いてみると、彼が犯人では無さそうなことがわかった。

 彼の趣味は、お気に入りのぬいぐるみと小旅行に出掛けて記念撮影をすること。度々どこかに出かけ、写真をアップロードしている。多分、独身なので多少は余裕があるのだろう。

 で、肝心の犯行が行われた日のタイムラインで、彼は二層のノースファームを訪れていた。事件当日を含めて三日間滞在していたので、犯行に及ぶ時間がない。要するに、アリバイがあるのだ。

 それでも空間跳躍系の能力者なら犯行に及ぶことができるのだが、彼の能力は手ぶれ補正だった。写真も上手いので、この道を極めれば今よりもっといい暮らしができるのではないだろうか。

 それに、タイムラインから伺える彼の人格は、善良そのものだ。階層で疑っていたのが申し訳なくなるぐらいの善人だ。まあ演技な可能性もあるが、この滲み出る良い人感が計算ならそれはそれで大した才能である。

 とどめに、ボブの話題になってから口数が減ったのは、その時間帯にやっていたテレビドラマを見ていたからだということがわかった。

 とりあえず、一人目が違うことがわかった。

 同じような分析を残りの候補にも繰り返し、犯人を絞り込む。まあこの中に犯人が居るとも限らないのだが、それはそれ。手探りで進めるしかない今は、確実性が少なくてもとにかく手がかりを集める必要がある。

 藁にもすがる思いとは、まさにこの事だ。……いや、ちょっと違うかもしれないが。

 次は二人目。ボブの写真が出た瞬間に黙り込んだ、二十五歳の女性だ。

 ただ、彼女に関しては、黙り込んだタイミングが怪しいだけで、他に疑う余地はない。強いて挙げるならば、頭が悪そうなところと、三層に住んでいるということぐらいだろうか。しかし、同じ三層と言えど地球の裏側まで手軽に行けるわけではないし、ワープでも使えるなら別だがそれなら三層である必要もない。

 頭が悪そうな相手だって探せばいくらでも出てくる。

 要するに、あんまり怪しくないのだ。

 それでも一応、調べておく。それほどまでに、情報が足りていなかった。

 まずやるべきことは、タイムラインと、犯行予測時刻の照らし合わせだ。ボブが盗まれたであろう時間帯にあの公園に行けない状況であれば、九十九パーセントはシロだと言っていい。

 ログを遡り、二週間前へ。

 イマドキギャル (死語) 特有の糞長いログに辟易しつつ (一日最低五十トピック) 、事件の起きた日に辿り着いた。いつも思うのだが、このサイトはもう少し過去ログを辿りやすくした方がいいと思う。せめて日付インデックスぐらいは欲しい。

 朝から彼女の行動を精査する。どうやら、家から出ていないらしい。アップロードされた写真を見るに、どうにもこの辺りに住んでいるようだ。これは怪しい。

 そんなわけで、運命の時間。大体クリスが寝ていた時間帯。その時彼女は何をしていたかというと……。

 ――『彼氏とセックスしてきます☆』

「あああああああああああああああああああああああああ!!」

 思わず画面の前で叫んでしまった。勢いでパソコンをぶん投げそうになったが、ギリギリのところで我に返る。危うく生命線を破壊するところだった。

 何がセックスだ、ファッキン・ファッキン・ビッチめ。頭もお股もユルユルなクソ女は、タイムラインになんの臆面も無くこんなしょうもないクソ以下の文章を垂れ流すのか。お腹ユルユル下痢便垂れ流し野郎とどっこいどっこいだ。ビッチもビチグソも大っ嫌いだ。彼氏居ないし便秘だから。

 非常に個人的な不満を吐き出し、一息つく。

 どうやら頭に血が登りすぎたようだ。こんな理性の失い方は尋常ではない。多分何かのスイッチでも入ったのだろう。

 別に羨ましかったわけではない。断じてない。

 まあいい。とにかく、犯行時刻に彼女は彼氏とズコズコしていた。アリバイ作りのための虚言である可能性もあると思ったが、どうやらそれはないようだ。というのも、直後にその時のハメ撮り (彼氏がアップロード) を共有していたのである。顔が一致しているし、外から差し込む光がちょうどその時間帯のものだったので、偽装というわけでもなさそうだ。

 ていうか、これってリベンジポルノって言うんじゃないの……? まだ付き合ってるし両者合意だから別物なの……? 別れたらどうするの……?

 やはり彼氏なんてロクなものではない。要するに、今まで男性とお付き合いいたことのないジェーンは非常に賢明なのである。

 賢明なのである。

 因みに、ボブの話題になった瞬間に黙ったのも単にセックスしに行っただけだった。ファック (している)

 さて、次の候補だ。

 あ、これさっきのクソ女の彼氏だ。パス。

 次。

 ……。

 そんな調子で怪しい人物を片っ端から調べてみたが、結局犯人がこの中に居ないことしかわからなかった。



(やっぱりコテハンSNSは駄目だな)

 成長型botのステータスにクマのぬいぐるみを加えてから、ウェブブラウザを落とす。次は匿名掲示板だ。

 長年問題視され続けている匿名掲示板だが、この時代でも現役で存在している。やはりその手軽な情報伝達手段としての利便性や、自らの情報を明かすことへの抵抗感が、匿名掲示板の存在を支えているのだろう。

 かくいうジェーンも、SNSよりはこちらの方を重用している。というかジェーンの世代はこちらの派閥が多い。というのも、インターネット上で実名を公開するべきか否かという議論は数年おきに結論が逆転していて、世代ごとに価値観が百八十度違うのだ。

 閑話休題。

 今回使用するのは、三大匿名掲示板の中でも最も一般に浸透しているモノだ。実はマニアックな情報が目当てなら二番目の方が良かったりするのだが、今回はぬいぐるみの情報そのものが重要なわけではない。一番有名な掲示板は、利用者数が多い分、時折謎のリークがあったりするのだ。因みに三番目は平々凡々なので調査してもあまり収穫はないだろう。

 早速専用ブラウザを立ち上げ、ぬいぐるみの板にアクセスする。アクセスしておいてなんだが、こんな板あったのか……。

 正式名称は 『ぬいぐるみ・編みぐるみ板』 である。その名の通り、ぬいぐるみや編みぐるみについて話す板だ。

 一番普及しているアップローダーにボブとクリスの画像をアップロードし、アドレスを貼り付けてスレッドを立てる。タイトルは無難に 『このぬいぐるみの詳細を知りたいんだが』 だ。

 立ててもすぐに反応が来るわけではない。専門版は流れが遅いというのが、昔からの伝統だ。長期戦を覚悟しつつ、とりあえずF5。

 最初の書き込みは、思ったよりも早かった。

――『詳細を知ってトピ主は何がしたいの?』

 何がしたいの系統の質問をしてくる奴は、その大半が病院から抜け出してきたような連中だ。こういった話の通じない手合とやりあってもこちらがイライラするだけなので、無視して次のレスを待つ。

 しばらくして相槌やらなんやら、あんまり役に立たないレスが集まり、そこそこ伸び始める。一つも書き込みがないまま落ちることもままあるので、今回は運がいい。

 が、三日ぐらい待っても肝心の有益な情報は出てこなかった。勘のいいのが一人画像の出処を特定していたが、そんな物最初から知っていてとぼけていただけだ。

 人も少ないし、ここはあえてもっと流れの早い専門じゃない板に書き込むべきだろうか。新しいスレッドのタイトルを考えていると、興味深い書き込みが目に留まった。

――『ベーシックカンパニーの新商品だ』

 ベーシックカンパニーといえば、ロジオンの発見やタキオンケーブルの研究などで有名な会社だ。最近は人工知能にも力を入れているらしい。とてもぬいぐるみを販売するとは思えない。

 そもそも、新商品ならなぜ五年も前の写真に映って――もとい、何年も前からクリスは所持しているのか。

 住民も同じようなことを考えたのか、ジェーンが突っ込むまでもなくその点は指摘されていた。

 謎の書き込みを行った者は、いくら突っ込まれてもだんまりを貫き通していた。やがて日付が変わり、投稿者の判別ができなくなる。

 こんな書き込みが現れる辺り、そろそろ潮時だろう。

 専門板を離れて、流れの早いところで同じようにスレッドを立てる。

 先ほどの板で得た情報を信用しているわけではないが、ベーシックカンパニー絡みらしいという情報も載せておく。というのも、とりあえず大企業の名前を出しておけば食いつく連中がいるからだ。

 流石に流れの早い板なだけのことはあり、最初の書き込みは早かった。時間帯のチョイスが絶妙だったこともあり、かなりいいペースで伸びる。

 開始から一時間。画像の出処が特定された。いい感じのペースだ。書き込み上は住民に礼を述べつつ、まずは合格かなと偉そうに画面を眺める。

 しかしその後が問題だ。

 やはりネットのどこを探しても新しい情報が出てくることはなく、最早インターネット上にこのぬいぐるみの詳細は存在しないと結論付けられた。

 勘のいい奴はこの前ジェーンが立てたスレッドのログを見つけてきたようだが、ベーシックカンパニー含め既出の情報しかない。

 謎が深まったところで、捜索活動は一気に加速した。皆謎が好きなのだ。

 情報収集のキモは、情報があらかた出尽くしてからである。つまりここが正念場。いつしかスレはジェーンの手を離れて詮索を始めていた。

 が、結果的にぬいぐるみを特定することはできず、特に有益な情報も出ないままスレッドが落ちた。

 ベーシックカンパニー絡みのキナ臭い話などはそこそこ出てきたのだが、ジェーンは別にベーシックカンパニーのことが知りたいわけではない。

 知りたいのは、目撃情報だとか、ボブを欲しがっていた人間の存在などだ。

 まあ、何も情報が出てこないことがむしろ情報源になることもある。少なくとも、ボブを欲しがったのは有名な人間ではない。ということがわかった。

 例えば、仮にベーシックカンパニーの新商品というのが本当で、ライバル企業がボブを欲していたとすれば、そのような話が多少は出てくるはずだ。それなのにその手の情報がないということは、欲した相手は個人、あるいは恐ろしく統率の取れた集団 (恐らく少人数) ということになる。

 そんな頻繁に情報が漏れてたまるかと言えばそれまでだが、超能力のせいで何でもありになった今の時代、謎のリークは結構多いのだ。内部犯行かハッカーによるものなのかは、わからないのだが。

 とにかく、相手は少数あるいは単独。 "極めて個人的" な存在で、周囲に情報を公開しないタイプだ。

 となると、ぬいぐるみマニアの犯行というのは考えにくい。

 ぬいぐるみマニア――要するにぬいぐるみ系のコミュニティに属する人間は、恐らくコミュニティ内で情報を求める。その情報を求めた痕跡は、必ずどこかに残っているはずだ。

 しかしそれが残っていない。ということは、犯人は "最初から他人に訊ねることが無駄だとわかっていた" か、そもそも訊ねる相手が居なかった、ということだ。

 そして、未だに譲渡が行われていない。とあるぬいぐるみマニアに高額で売りつけるのが目的なら、そのぬいぐるみマニアがボブの存在を知った時点で前述のとおり痕跡が残る。ネットオークションなどで出品されているわけでもないし、大きな裏オークションなどで出品されているわけでもない。

 つまり、極めて個人的で、かつボブの出処が不明なことを知っている存在が、愛玩やコレクション、売却以外の理由で盗んだ、ということになる。

 要素を並べただけでも、厄介な相手だということがわかる。今のところ、全くボロを出していないのだ。

 こんな相手には、多少の強攻策も必要かもしれない。

 新たな課題が見えてきたところで、ジェーンは本日の業務を終える。

 ……いや、その前に一つだけ、済ませておこう。

 ジェーンはモニタデバイスを手にすると、懐かしい番号へとダイヤルするのだった。

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