第28話 魔獣戦

 魔獣、あるいは野獣と呼ばれる存在は、荒野の動物が変異したものだ。

 人が精力素スファラ霊力素ファタマの偏りで森の一族エルフ山の一族ドワーフ岩の一族ジーアス草の一族ヴァースのような様々な種族に分かれたのと同様に動物も様々な力を持つようになったのだ。

 もちろん、精力素や霊力素を持つことは悪いことではない。

 だが、自然界は弱肉強食で、力を持った存在は必然的に他の動物や人を襲うようになる。

 肉食動物は食べるために、草食動物は天敵や邪魔者を排除するために……

 魔獣化したから攻撃的になるのではなく、それが可能だから生きるために抗うのだ。

 だから、人間としては彼らを邪悪なものだとして排除するのではない。単に人間が生きるのに邪魔だから排除するだけ、そこは自然界の摂理と何ら変わりない。


「行ったぞ、アレン」

「任せろ」


 アーノルドの火炎放射器カグツチは、いわば「見せ武器」だ。

 それだけで魔獣の息の根を止めることはできない。

 一瞬で敵を仕留める速さがなく、魔獣が忌避する火を放射するということは、戦場のコントロールに長けている。

 そして追い込まれた敵を、残りのメンバーで倒していくのだ。

 今、現れた鹿の変異と思われる魔獣は、いささか厄介だ。

 その角の攻撃力が侮れない。

 魔獣化に伴い、体躯も大型化しており力はそれ以上に向上しているため、突進されては打つ手がない。

 だが、本能に従って、火は怖がるので、それで行先をコントロールする。

 そして今回はアレンが当たりを引いた。


「食らえっ」


 トールを構え、引き金を引く。

 近距離だと自分もダメージを受けるし、味方の近くだとそちらを傷つけることもある。

 敵が単体で離れている状況を作り出せば、雷撃は非常に有効だ。

 現象を作り出す流発管ブラスタは、威力が管の径に依存する。

 アレンが使用するトールの推奨はGMGのB5L10Aだが、この2桁目の5という数字が管径を示している。流発管は径が22mmの倍数となっているのでこの場合は110mmになり、威力は高い方になる。

 たちまち、雷撃が鹿の魔獣に降りかかる。

 湿った大地は、電流をよく通すため、雷撃は飛び散ることもなく魔獣の体を通り抜け、心臓を止める。

 どうっ、と重い音を立てて魔獣が横倒しに倒れる。


「よし、ダメージは少ないな」


 動物としての利用が想定されているので、ダメージや傷が少ないように倒すのは大事なことだった。

 所定の業者に納めたあと、代金は後でまとめて管理局から支払われることになるが、これは不正な業者の介入を防ぐ目的でもあるので、選択肢はない。

 集合時に顔を合わせていた業者に連絡するために、アレンは信号弾を上げる。

 火力では役に立たないが様々な用途に使えるサブウェポン、アンクはこうした場合に役に立つ。


「しばらく休憩か?」


 火炎放射をしていたアーノルドは汗でびっしょりだ。

 まだ春にもならないぐらいの季節だが、使っている武器が武器なので仕方ないだろう。


「ああ、ゆっくり休んでいてくれ。それにしても暑そうだな」

「暑いというより熱いな。やれやれ、いい武器だと思ったんだが、この分じゃ冬専用だな」

「違いないな」


 幸い、食料の多い夏場より冬場の方が魔獣退治の仕事は多い。

 その意味では今後もアーノルドがこの火炎放射器を振り回す姿は見られるだろう。

 いずれ、荒野の常連になるかもしれない。

 狩った魔獣の分が収入になるので、荒野の仕事は実入りがいい。

 彼もこれから旧市街の中堅に足を踏み入れてくれるだろう。


「せめて俺たちが周りを警戒するぜ」

「お願いする」

「あー、銃撃ちたい」


 メラードとラディに周囲の警戒を頼み、アレンは倒れた魔獣を確認に行く。


「まだ息があるな」


 電撃だけで絶命している可能性もあった。

 トールの威力はそれだけのものがある。

 仮に息があっても、すぐには動けるはずがなかった。

 アレンは、腰の”オーバーシューター”を抜いて魔獣の心臓を狙う。

 精力素を込めるのもかなり慣れた。

 今では威力を保ったまま『百発百中』の操作を行うこともできる。

 だが、今は必要ないだろう。

 アレンはアデプタスの威力の少し上、威力値にして77ぐらいに調整して引き金を引く。

 果たして、強靭な魔獣の皮膚を突き破り、魔獣は胸から血を噴き出して動かなくなった。


「すごいな、その改造」


 いつの間にか背後にラディがいる。

 とどめを刺すのにどんな方法をとるのだろうかと興味があったので密かに様子をうかがっていたのだ。

 すると、改造ロータスを取り出したアレンが、それで魔獣を撃ちぬいたのだからびっくりした。

 どう考えても普通のロータス、ロータス改では皮膚を貫くことはできないのだ。


「まあな」

「手に入る?」

「うーん、そもそもが半分は俺の能力だからなあ」

「あれか……無理」

「俺もそう思う。改だって、威力を上げる改造とかあるだろう?」

「まだパーツ、少ない」

「そうか……出たばっかりだもんなあ」

「今後に期待」


 ロータス改は出たばかりだが、大人気なのでいずれ改造パーツも豊富に出回るだろう。ただ、現在はまだ本体自体が品薄なので、ラディとしても試験的な改造を試す気はなかった。

 それはそれとして、ラディは3丁を予備を含めて確保していた。


「……そういえば、森の一族エルフが旧市街に越してきたのを知ってるか?」

「え? 知らない……誰?」

「たしか姉弟で、マルクと……ミリーだっけ……」

「え? 嘘、あの二人? 何で?」

「そんなに驚くことか? どうせ知り合いだろ?」


 この町のエルフは大体東の森の向こうからやってくる。

 その意味であの姉弟とラディが知り合いなのは当たり前だった。


「もちろん知っている。でもあのミリーが街に? 一族きっての怠け者が……」

「ああ、そんな感じだったな。人込みが苦手だって言ってた」

「それより問題は弟、何で……」

「何? 問題ありなのか? 結構働き者に見えたけどなあ……」

「それは当然、マルクロアイネは次期族長」

「はあっ? 何でそれが旧市街なんかに来てんだよ⁉」


――大使館? いやいやあれはただの雑貨屋のはずだ。それにいくら姉が苦手だからといってもわざわざ旧市街に来る意味がない。それに姉を置いてくればいいだけの話だし、新市街にもちゃんとエルフの大使館はあったはずだ。


 考えがまとまらないアレンだったが、遠くから荷車の近づいてくる音が聞こえて考えを中断する。

 業者が使っているのはパワーのある四輪車の後ろに、荷台となる車両を引っ張ったタイプで魔獣を山積みにしても走ることができる。

 アレンはリーダーとしてこのチームを率いているので、対応しなくてはいけない。

 まだ午前中だ。

 魔獣狩りはまだまだ続く。



「甘く見てたぜ」

「いや、これは経験ねえな。俺でも初めてだ」


 へとへとになって野営地に座り込む男二人。

 アレンとアーノルドだ。

 メラードとラディはすでに倒れて寝入っている。

 一日目の夜は予想外に死屍累々の状態だった。

 野営地は軍警第一部のテントを中心としている。

 その周囲に仕事を受けた各奔走者のチームが陣取っている状態だ。

 アレンは本来、他のチームと情報交換したり顔つなぎをする必要がある。

 だが、戻って座り込んだら動く気にならなかった。


「こりゃあ、買値も下がるなあ……」


 アレンにとってはそれも心配事だ。

 余りに魔獣が多かったので、業者は大忙しだ。

 明日は車両を増やして来るらしいが、それでも処理場の方は大変だろうし、商品がだぶついて売値も下がってしまうだろう。

 必然、アレンたちの収入も目減りしてしまうに違いない。


「それより、球が持たねえな」


 アーノルドの言うように、武器の消耗が激しい。

 すでにアレンのトールも発動時間の半ばを消費して、明日には予備の球に替えないといけないだろう。

 アーノルドは敵のコントロールのために毎回火炎放射をそれなりの時間使ってしまうので、消耗も多いだろう。


「悔しいが、俺たちはここまでだな」

「そうか、まあいい経験だったんじゃねえか? これ以上ってことはねえからな」

「すまねえな。今度は足を引っ張らねえようにするから」

「いや、依頼失敗ってわけじゃねえだろ。多少目減りするけど獲物の代金は入るし」


 実際、負傷や弾薬の問題で早期に引き上げることがあるのは契約で認められている。その分、一日ごとの依頼料はもらえなくなるが、管理局も荒野に丸腰で居残れという非情な命令を下したりはしない。

 ただ、アレンは3日全部参加するつもりだったから、当てが外れたことは事実だった。


「それに、十分荒野で戦えていた。普段の状況だったら問題ねえだろ、自信を持っていいぜ」

「そうか、ありがとう……さて、俺も休ませてもらう」


 そう言って、アーノルドもテントに入った。


「さて……」


 アレンにはまだやるべきことがある。

 正直すぐにでも休みたいが、それは先延ばしにしなければなるまい。


「ヴァイス殿、こちらへ」

「ああ」



「悪いな、疲れているところ」

「本当に、今回は異常だぜ」

「そうだな。そっちも一緒に説明しよう」

「やっぱりなんかあるのか?」


 アレンが腰を下ろすなり、ナセルがいきなり気になることをぶつけてきた。

 出されたカップに口をつけると、濃いコーヒーで、普段は好まないが今の眠気を払うのにはちょうど良かった。

 場所はグレイウルフのテント。

 アレンの持ってきた人一人が寝転がれる程度のものとはちがい、中にテーブルを置いて会議ができるようになっているしっかりした造りのものだ。

 そして今、テーブルの前にはナセル、あと一人は副官だろう。

 紹介されていないので名前は分からないが、たとえ紹介されたところでこの眠気の中で覚えていられるかは怪しい、とアレンは思った。


「まず、あれから調べがついたことのうち、お前に漏らしても問題ない範囲の話をする。だが……」

「口外禁止、だな? 安心しろ、ミスルカにも言わねえよ」

「そういえば、まさかあの先生と仲良くなるとはな……一見して美女と野獣じゃないか?」

「やかましい、誰が野獣だ」

「まあそれは冗談にせよ、近づけるのは危なくないか?」

「問題ない……と思う。彼女のことはサークノードが必死に守るだろうし、そうすれば軍警とて必死に守らざるを得ないだろう? それに、上層部とは仲たがいしているらしいが、危険にさらされれば魔法協会だって黙っちゃいないだろう。まあ、その前に俺が何とかするが……」

「なるほどな。だが、注意はしておけ」

「わかったよ」

「それで本題だが、エリントバルに『拡張派』という派閥があるらしい」

「土木工事でもやるのか?」

「それもあるが、要はエリントバルが領土を持つべきだという派閥だな」

「それは……やらないことじゃなかったか?」

「ああ、市国の開国時に宣言されていた。エリントバルは領土を持たないというのが理念だ」

「それを覆したい連中がいると?」

「そのための改造兵計画だったということだ。なにせエリントバルには他国の軍ほどの人数がいないからな」

「少数精鋭、ということか……」


 外部勢力からの干渉ということも考えていたアレンだったが、そちらは外れていたらしい。


「少なくとも、軍警はそういう連中には同調しない、全体としては……」

「一部は違うと?」

「それほど無茶な主張とは思えんからな」

「普通の国だったらそうだな」


 エリントバルは成り立ちからして特殊で、元々北の大陸からの侵略の橋頭保だったのだが、現地勢力が力を持ち、独立した経緯がある。

 かつて本国の軍が、とはいえ侵略した経緯を持つ周辺諸国との関係を考え、また海を隔てた北の諸国の立場と壁を作る意味で領土を持たないことを標ぼうしている。

 今のところ、商売中心に成り立つ町として、一応の独立国として認められているが、ずっとこのままの状態を続けるのか、あるいは他の国のように変貌していくのかは分からない。

 拡張派、というのは後者を目指している改革派ということになるだろう。


「で、あんなことをやるってことは相当追い詰められてるってことか?」

「そうらしい。少なくとも市庁舎でも軍警でも主流派にはなっていない。だが、最近ちょっと様子がおかしくてな……それまで声高に拡張拡張とうるさかったのだが、最近妙におとなしい」

「いいことじゃねえの?」

「いや、裏で活発に動いているらしいことがわかっている」

「それは……不気味だな」

「そうだ、だから一層注意しておいてほしい」

「わかった」


 拡張派、注意すべきだとアレンは心にとどめる。


「それで、この魔獣の件だが……」

「なんか裏があるのか?」


 さすがに魔獣の大量発生に拡張派が関係あるとは思えない。

 軍警や奔走者をいじめてもエリントバルの拡張に意味があるとは思えないからだ。


「それがな……どうも森の一族エルフが関わっているらしい」

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2-PUNK! ~独立都市の魔導真空管銃使い~ 春池 カイト @haruike

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