第27話 荒野の奔走者

「アレンか、よろしくな」

「ああ、まさかお前らがこっちに出てくるとはな……それが新装備か?」

「ああ、どうだ? 似合うだろう?」


 すごく似合っている。

 どこからどう見ても犯罪組織の中ボスといった見た目だった。

 この奔走者はアーノルド。

 大きく、鍛えられた体躯、怖い顔で、相手を威圧するならまず第一選択肢に入る有用な人材であった。

 別に脅迫にだけ使うのではなく、警備任務などで彼がいるだけでもめごとが減る。

 だが一方、直接の戦闘力にはいささか不安がある。

 決して筋肉が見掛け倒しで格闘が弱いということではない。

 銃の命中率が低いのだ。

 そういう意味で、大型の火炎放射器は彼に合っているし、似合っている。

 獲物の確保という観点からは雷撃系には劣るが、魔獣も火は避けるので、危険なことにはならないだろう。


――なるほど、一応荒野に出るにはアリか……


「そうだな、お前はとりあえず大丈夫だろう。足は?」

「四輪車を借りてある。4人で移動しようと思っていたが……」

「ああ、俺は自前だ」

「すげえ、買ったのか? ピカピカ……じゃねえな……」

「聞いてくれるな……」


 残念ながら初めての転倒を経験したばかりのアレンだった。

 ちょうど武器を取りに旧市街に行った帰り、道の悪い市街は慎重だったが、荒野に出た後に気を抜いていて草に滑ったのだ。

 まだ乗りこなすまではいかなかったから、慣れれば問題ないだろうが、まだ乗り始めて二日目だ。

 草地だったのでドロドロにはならなかったが、泥除けがひん曲がってしまった。

 手で直したものの、残念なことに新品とは程遠い見た目になってしまった。

 この仕事が報酬が入ったら、ちゃんと修理しようとアレンは思った。

 どうせ汚れるのだ、と考えていた昨日とはえらい違いだが、ミスルカに自慢してしまったことと、二人乗りで遠出するという約束をしたことで、少なくともその時までにはピカピカに戻そう、とアレンは考えている。


「それで、メラードは……また似合わねえものを……」

「へへっ、これぐらいじゃねえと歯が立たねえからな」


 アーノルドといつもコンビを組んでいるメラードは、目つきの鋭い若者だ。普段はナイフを使い、接近戦の強さは群を抜いている。射撃もやるにはやるが、見えない位置からナイフを投げて敵を倒すのを得意としており、開けた荒野では彼の戦い方は合わないように思える。

 だが、ビッグ・クーアなどを持ち出してきたということは、彼も本格的に射撃戦に加わるつもりなのだとアレンは理解した。

 ビッグ・クーアは、サークノードの大型ライフルSA-C962のことだ。

 装弾数は1だが、55WV88という大型、かつ大威力のメタルケース激発管エクスプローダを使用し、魔獣の強靭な皮膚を貫くことができる。

 前衛にアーノルドで、敵の動きをけん制し、メラードが仕留めるという戦法は合理的に思える。三人目が居なければ……


「って、一番心配なのはお前だよなあ……」

「心外な」


 三人目のラディは一見無害に見える森の一族エルフの少女だ。

 実際に背の高さはアレンと変わりなく、管理局に居ても舐められてちょっかいを出されることも多かった。

 だが、彼女の本質はガンマニアであり、口より先に弾が出るというのが評判だった。

 今も、左右のホルスターにハンドガンとライトニングブラスタ、アサルトライフルを背負ってさらにバズーカも用意している。


「ロータスツ……改はともかく、ケラウノスはねえだろ……そんなもの使って採算とれるのか?」


 サークノード製のケラウノスはSOI非搭載のため、かなり高威力の流発管ブラスタが必要になる。それでいて威力はいまいちなので、よほどの金余り、あるいは軍警でなければ使わない。

 ラディの金回りはアレンには知る由もないが、旧市街で活動している奔走者であるからにはそれほど余裕があるとは思えない。

 まずは採算を気にしてしまうのはしょうがないことだった。


「最後の手段だから」

「まあ、それならわかるか……」


 接近された時のお守りと考えれば、まあ理解できなくもない。

 だが、他に代替手段はいくらでもあるのに、あえてケラウノスを選択するあたり、この女の趣味というやつが出ている。アレンは人の趣味に口を出す愚を知っているので、それ以上何も言わなかった。


「で、異名持ち先生は、トールだけ? それで大丈夫なのか?」

「心配するな。遅れは取らない」


 アレンが用意したのはGMG製のライトニングブラスタTAB33ARだ。

 こちらはラディの持つケラウノスとは異なり、SOIを搭載しているので威力がある。その反面大型で、腰に吊れるサイズではない。

 SOI、すなわちセカンドオーダーイグナイターは、アレンにとって因縁のクラインの発明した機構だ。通常の真空管では単純に一回の変換で電気を精力素に変換するが、そこに霊力素を経由することで二重に変換する仕組みだ。

 一見するとロスが多く、出力は下がりそうだが、実際にはその過程で周囲空間の精力素、霊力素を巻き込むので、むしろ出力が増大する。

 もしかしなくても、魔法の領域に足を突っ込んでいるので、アレンにとっては「ああそういうことか」と理解可能だが、科学だけを学んできた他の技術者にとっては理解不能だっただろう。

 そんなわけで、この機構はクライン以外では軽微な改良すら難しく、彼の理論そのままで利用されている。

 現状は流発管ブラスタに使われる電力ー霊力ー精力の変換回路と、発動機用の往復管サイクラに使われる電力ー精力ー磁力の変換回路が製品化されている。

 どちらも、エレインのガードレッグ博士をして「複製するしかない」というお手上げも同然の評価を得ており、エレインはGMGに頭を下げてライセンスを受け、互換管を製造している。

 なお、サークノードはそれをよしとしなかったので、ケラウノスのような中途半端なライトニングブラスタを製造するしかなかった。かの会社が魔法使いとしての知識を見込んでミスルカを熱望したのもわかるというものだ。


「ライコウじゃねえのがまた……」

「なんでわざわざ互換品を使わなけりゃいけねえんだ」

「相変わらずGMG好きだねえ」


 ラディはグレイホースに視線を送りながら言った。


「一応、サークノードも使うぞ」


 アレンは腰に吊ったロータス”オーバーシューター”を示す。


「へえ、さっそく改造したんだ」

「良く解るな」


 確かに、アレンの持っているものはロータス改の改造品と言える。

 見た目の大枠は変わっていないはずなので、ついているパーツなどで判断したのだろう。さすが『ガンマニア』のラディであった。


「ああ、そちらは今日来るという奔走者、でいいのかな?」


 声をかけてきたのは軍警の制服を着た中年男だ。

 一目見て鍛えた感じはしないので、戦闘要員ではないのだろう。


「一応……俺でいいんだよな? 代表は……」


 三人を見回して、異論がないか確かめる。


「えっと、旧市街管理局から依頼を受けたアレン・ヴァイスだ。そちらは?」

「魔獣対策第二隊のラウル・ドーウェル少尉。君たちにはうちの部隊と一緒に動いてもらう」

「独自行動じゃねえのかよ……」


 メラードがぼやくが、助けのいない荒野で独自で動くなんて自殺行為だ。年長のアーノルドにたしなめられている。


「失礼、こっちは異存はない。すぐに移動を?」

「こちらの集合地点まで案内するから、できれば乗せてくれないか?」


 当然、今のアレンの二輪車に二人乗りなんていうのは勘弁してほしいので、アーノルドたちが借りた四輪車になるだろう。だが、荷物が多く、ドーウェル少尉は非常に狭い中に押し込まれた。


「おいおい、俺を乗せるつもりだって言ってたよな?」

「ああ、ちんまいアレンなら何とかなると思った」

「ふざけるな。死にそうでも助けてやらねえぞ」

「それは困る」


 顔に似合わず、アーノルドは真面目だ。

 顔で損している部分もある。

 強面が仕事で助けになることもあるので、評価は難しいのだが……



 四輪車と並んでアレンはグレイホースを駆る。

 エリントバル周辺は乾燥地帯といっても、地面が乾ききっているわけではなく、木や草が茂っている。

 単に夏に雨が少なく、非常に乾燥するだけで、ようやく春に近くなった今頃は緑が豊富だ。

 そんなこともあって雨の後を走ったアレンが転倒したのだが、今度はそんなことが無いように慎重にスピードを保っている。

 グレイホースはGMG製の往復管サイクラを4本使用している。

 馬と比しておよそ30倍という力を持つらしいその発動機は、装備や野宿の用品、その他多くの荷物を載せてなお軽快に回っている。

 電力はわずかに必要だが、それも回り始めてしまえば発動機側から充電されるようになっているので、航続距離を決めるのは真空管の寿命だけだ。

 推奨されるC1508VL600の寿命は600時間とされているがそんなには長持ちしないらしい。

 普通に使っていればせいぜい400時間程度らしいが、少なくともこの3日間の仕事には支障はないだろう。


――やっぱりいいな


 風を感じて、自然の中を走っていると、アレンは口笛でも吹きたくなってきた。

 かつての憧れ、自由にいろんな場所に移動するというのが叶っているのを実感する。

 このまま仕事なんてほっぽり出してどこか遠乗りしてみたい気もするが、後のことを考えるとそれはできない。


――まあ、しょうがねえな……でも、この仕事が終わったら、それなりに扱いにも慣れているだろうから、ミスルカを誘ってどこか行こうか?


 森の向こうのエルフの町とかいいかもしれない。

 確か北から回っていけば道があるはずだ。

 マルクあたりから事前に情報を仕入れて見どころを聞いておこうか、と考えているうちに、ちょっとした上りに差し掛かった。

 通る場所を注意しないとまた滑ることになる。

 アレンは操縦に集中した。



「久しぶりだな」

「まさかあんたがいるとはな……」

「うむ、ちょうど訓練に良かったのでな……若い者を中心に連れてきた」


 アレンが集合場所に行ってみると、見覚えのある人物から声をかけられた。

 軍警第一部の精鋭部隊、グレイウルフの隊長であり、異名もそのまま『グレイウルフ』であるナセル・エイダリオだ。

 彼とは前の事件で共闘関係になり、結局最後まで行動を共にすることになった。

 グラードとの決戦時にも最後倒れたアレンを移動させ、自部隊の基地で治療してもらった。


「あれ以来だな」

「そうだな、忙しいからな……」


 一方のアレンは最近仕事を抑え気味にしてひたすらミスルカとイチャイチャしていただけだ。

 元々冬は奔走者の仕事が低調になるので、そのこと自体は特段アレンが怠惰と言うわけではなかったが、ナセルはそうではなかったのだろう。

 いささか気まずいアレンだった。


「そんでなんかわかったか?」

「ああ……夜に話せるか?」

「わかった、どこだ?」

「若い者を呼びにやる。何とか抜け出してくれ」

「了解」


 ここで、声を潜めて夜の情報交換を約束する。

 当然例の件、失脚したデシオルクの背後にいるとされる、テラーフォックスの計画を進めていたエリントバルの勢力に関する話だ。


――市内とは限らねえけどな……


 エリントバルは多くの他国に狙われている。

 そういう意味で対外勢力の暗躍ということもありうるのだ。

 アレンは、様々な意味で浮ついた気分が、引き締められるような気がして身震いした。


――いけねえ、油断していると魔獣にさえやられちまう


 荒野というのは決して油断してはいけないのだ、それはアレンにしても例外ではない。

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