第五章 二十一世紀(3)
もう一人の撮影対象は、近所に住む煙草屋の老婆だった。僕が住むアパートのすぐ裏手に小さな煙草屋があり、大学に入ってから少しずつ喫煙するようになった僕は、いつもそこで煙草を買っていた。そして、日本の小さな煙草屋には古くから付きものの、地霊のような小さな老婆が守り神となってそこにいたのだった。
老婆は僕がカメラを向けても向けなくても、まったく表情が変わらなかった。笑顔だ。キャビンのスーパーマイルド、と僕が銘柄を指定すると、笑顔のまま、特徴的な白と赤のパッケージを棚から取り出す。僕が一〇〇円硬貨三枚を手渡し、老婆が二枚の十円硬貨を僕に返す。そのやり取りを大学に入学してからというもの何百回も繰り返した。
彼女が「あの人たち」だということに気が付いたのは、出会ってから一年以上経った後のことだった。その日は雨が降っていた。しかも猛烈な勢いの雨で、それは僕に1995年の真中市での大雨を思い出させるほどだった。大学からの帰り道、横から突風とともに吹き付ける雨を全身に受けながら、まず僕は自転車に乗って帰るのを諦め、次に傘をさすのを諦め、額に手をかざしながら歩いてアパートに帰った。
全身がぐしゃぐしゃになって、洗濯機の中に着ていた服を全て放り込んでスイッチを押すと、下着姿のまま椅子に腰かけて、ステレオのリモコンを操作してコールドプレイをかけ、かばんの中の煙草を探した。見つけると、手ごたえのない箱の中に、空洞が広がっている。僕は買い足しに行くかどうか迷った。せっかくこの大雨から逃れてきたばかりだというのに、また水浸しになるのはいかにも馬鹿げていたが、それよりもとにかくこの音楽を聴きながら煙草が吸いたかった。僕はこの頃には立派な喫煙中毒者になっていたのだ。
適当なTシャツとハーフパンツを身に纏い、小銭を持って外に出た。一応傘を手に持っていたが、相変わらず差しても無駄な勢いの雨が殴りつけてくる。
そして徒歩三十秒の場所にあるあの煙草屋の前で、あの老婆が膝をついて俯いていた。傘もささず、アスファルトに額をこすりつけて、土下座の状態で雨に打たれていた。小さく丸まって、まるで風呂敷包みから人間の頭が飛び出しているような光景だった。
僕は立ちつくしてその様子を茫然と見つめた。見てはいけないものを見た、という直感が脳裏を反射的に横切り、僕は踵を返しかけたが、一声かけて無事を確認するのが道理だろうと考えた理性の声が勝った。僕は老婆に駆け寄って、雨がどかどかと叩きつける中で身をかがめ、大丈夫ですか、と声をかけた。やかましい大雨だったが、意識があるなら十分聞こえるはずの大声だった。しかし反応はない。
僕が肩をゆすり、大丈夫ですか、ともう一度声をかけても同じだった。更にもう一度声をかけてダメなら放っておくか、救急車を呼ぶかどちらか決めよう、と思った時、ゆっくりと老婆の体が動き始めた。
老婆は膝をついたまま体を起こし、上空を見上げた。彼女は口を開け、雨を顔面に受けながら、眼を閉じた。
「鎮まりたまえ」
老婆はそう呟いた。鎮まりたまえ、そう何度も呟いた。
僕はそのセリフよりも、彼女の表情に気を取られていた。老婆の笑顔以外の表情を見たのはこの時が初めてだった。無表情だ。顔色は異常に白く、僕は彼女が今にも死んでしまうのではないかと思った。
「この雨はしばらく待てば止みますよ」
僕はそう言った。老婆は首を横に振って、止みはせん、と答えた。
「わしらを押し流す。わしらはみんな死ぬ」
ここから離れて、屋根の下でお祈りしましょう、と僕が言っても、老婆は頑として動かなかった。この煙草屋の前でなければ老婆の祈りは天に届くことはないようだった。老婆は再び額を大地に突いて、ぶつぶつと祈り始めた。
僕は仕方なく、身をかがめて、持っていた傘をさして老婆の背の上に差しのべた。僕自身は雨に打たれたままだったが、既に体は衣服と肌の境界が感じられなくなるほど水浸しになっていたから、これからどれだけ雨を防ごうと大した意味はなかった。それよりも僕が考えていたのはビデオカメラのことだった。アパートに戻り、カメラを持ってきてこの状況を撮影するべきではないかと。そしてすぐに、それが愚かな考えだということに気が付いた。こんな雨の中では僕の安物のカメラはすぐに故障してしまうだろう。僕はどうしようもなくなって、雨がやむまでじっと老婆の背に傘をさし続けた。
僕の予言通り、雨は三十分足らずで小雨降りになっていった。しかし永劫とも思える三十分だった。僕は傘を閉じると顔面を両手でぬぐい、思い切りくしゃみした。既に日没の時刻を回っていた。雨の音の代わりに、静かな風の音があたりを包み、雲が上空を高速で流れていくのが見えた。
老婆は立ち上がろうとして、腰が上手く上がらずに尻もちをつき、背中の方に倒れこんだ。僕は彼女の肩を抱えて体を起こし、さっきまで足を曲げっぱなしだったのだから急に立ち上がらない方がいい、と言って、地べたに座らせたままにさせた。
老婆は無言だった。どうしてこんなことをするんですか、と僕は尋ねた。
昔、雨の日に人が死んだので、と老婆は答えた。
「祈りが足りなかったので」
僕は首を横に振った。何も言わずにただ首を横に振った。
更にしばらくして、老婆が立ち上がると僕は、煙草を売ってくれと頼んだ。キャビンのスーパーマイルドと釣りの二十円を受け取った時、老婆の表情はいつもの笑顔に戻っていた。アパートに戻るとコールドプレイがかけっぱなしになっていて、僕はタオルで全身を拭くと、深く煙を吸い込んだ。翌朝、僕はものの見事にひどい風邪を引いて、二日間家の外に出られなかった。
それからというもの雨になると、僕は必ず煙草屋の前まで出かけて行った。するとやはりそこに老婆が土下座の姿勢で祈りを捧げていた。激しい雨の日も静かな雨の日も、老婆は同じ姿勢だった。僕は傘を差したままカメラを回して彼女の姿を少しだけ映し、持ってきたビニールシートを彼女の背にかけてアパートに帰った。
燈と僕が会って話す頻度は週に二回か三回と言ったところだった。そのうち一度は彼女が踊る様子をカメラに収めたが、後の一回か二回は、特に目的もなく会話をした。僕たちは大学の構内を歩きながら話したり、喫茶店で話したり、図書館で小声で話したりした。時々は互いの家に行ったが、そんな時は大体映画を見たり、音楽を聴いたりして、会話というよりは二人で時間を消費する風だった。
燈とは、映画の趣味も音楽の趣味も合っていた。僕の側からすればということだが。正確に言えば、燈の趣味を大体僕は気に入り、僕の趣味は彼女にあまり受け入れられなかった。僕が最も好きな映画は相変わらずスティーブン・スピルバーグのままであったのが、彼女にとってはスピルバーグは世俗のくだらない軽薄さに身をやつし過ぎているように見えたのだった。僕はそれは違うと説明した。
『シンドラーのリスト』以前のスピルバーグは、己の欲望と大衆の欲望を完全にコントロールしていた。自我を超える映画を作っていたのだ。自我の無い映画ではなく。彼の夢は僕たちの夢であり、彼の達成は僕たちの達成だった。彼の映画の特徴は、僕たちを映画の中に完璧に連れていくことだ。それは彼以外の、他の誰にもできなかった。ここには子供の頃の僕たちの記憶が永遠に封印されている……
燈は僕の話を全く聞いていなかった。その代わりに僕に山中貞雄や溝口健二や長谷川和彦や成瀬巳喜男の映画を見せた。僕はどれも気に入ったが、これらとスピルバーグが本質的にどう違うのか、実は僕には全く分からなかった。
何度もそうして互いの家に通ううちに、彼女が僕のことを気に入っていることは分かって来た。好きだったのかどうかは分からなかったが、少なくともセックスしても良いと思っていることは分かっていた。彼女は僕のぴったり隣に座り、肩を寄せて話をした。そしてその眼は潤んでいるとまでは言わずとも、僕の瞳を真正面から見つめていた。
僕はと言えば、あまり深く考えていなかった。互いの家に通うということはそういう可能性があるということだと分かってはいたし、何しろセックスは僕以外のほとんど全ての大学生の最も一般的な習慣なのだ。しかし燈はこの時僕のたった一人のプライベートな同世代の知り合いで、既に僕の中で特別な存在になっていたのだから、そのたった一人とわざわざセックスによって更に結ばれなければならない積極的な動機が見出せなかった。いつかそうなるにしても、できる限りそのことは考えないようにした。
理屈で考えれば、僕たちはそうするべきではなかった。僕たちは友達だったのだから。僕は燈のことが好きだった。しかし恋はしていなかったし、愛してはいなかった。そこまで強い性欲も感じなかった。その状況でセックスをすれば僕たちの関係が砕けるだろうということは、論理的に明らかだった。
しかし、セックスというのが論理的なものなのかどうかを僕は知らなかった。論理を超えて何かが起こるかもしれない、という可能性は捨てきれない。その可能性は僕たちの関係をより良いものにするだけの効果を持つのかもしれない。それとも逆に、全く何も起こらないのかもしれない。たかが勃起した海綿体を経膣内に挿入することが、人間関係に致命的な影響を及ぼすと考える方が幻想なのかもしれない。結局僕が深く考えないようにし、また彼女を深く拒まなかったのも、その未知の可能性が原因だった。
夏の終わりの夜、僕の家で映画を見た後にその時がやって来た。
二人でスタンリー・キューブリックの「バリー・リンドン」を観た後、燈はシャワーを貸してくれ、と言った。そして二十分後、バスタオルを巻いて部屋に入って来た彼女は、黙って明かりを消した。いきなり真っ暗になった部屋で、慌てて意味もなく立ち上がった僕は、燈に抱きつかれてベッドに押し倒された。彼女は僕の口の中に舌を差し込み、熱い息を吐きかけた。彼女の体は柔らかく、普段僕が使っているボディソープとシャンプーの匂いに包まれて、いつもとまるで別の生き物のように感じられた。
彼女は僕の服を脱がし、体をまさぐった。僕たちは無言だった。僕の方には言うことなど何もなかった。何してるんだよ、とか、本当にいいのか、とか、あるいは体を褒める何らかのコメントとか、何を言っても彼女の全身から伝わる熱気を邪魔してしまう気がしたからだ。いつかそうなるかもしれないと予期はしていたが、僕の気は動転していた。彼女の勢いが僕の予測を遥かに上回っていたからだ。暗闇の中で微かに見える彼女の眼は、金塊を見つけた鉱夫のように血走っていた。さすがにこの状況をカメラに収めようという発想はこの時の僕には現れなかった。
僕たちは互いに完全に裸になって抱き合った。燈は僕の髪を撫で、胸の中に頭を抱きしめた。僕が彼女の細い背中を撫でると、彼女は微かな声を上げた。
「あなたが好き」
燈はそう言った。細く、窓の外で吹く風の音に紛れて消えてしまいそうな声だった。そして僕の体中に口づけ始めた。
僕は天井を見上げ、彼女の唇を肌に感じながら、同時に、胸の奥に刃物が突き刺さるような痛みを感じた。僕の眉は歪み、全身が虚しさに包まれた。そして僕の脳裏に夏が現れた。彼女と別れてからの数年間、これほどはっきりと彼女の顔を思い出したのは初めてだった。暗闇の中で、睫毛の一本ずつまでくっきりと見えるほど、彼女が僕の目の前にいた。その顔はもちろん、十五歳の時のままだった。僕の性器は全く勃起していなかった。燈がどれだけ触れても無駄だった。むしろ彼女が近づいて触れるほど、僕の性器は不能になっていった。
やがて燈の手が止まり、彼女は僕の肩に額を当てて動かなくなった。
僕はついに口を開いて、ごめん俺が悪いんだ、とだけ言った。全くその通りだったからだが、言ってから後悔した。しかし、それ以外には何も言う言葉が見つからなかった。この瞬間とは、何を言っても最悪な気分にしかならない瞬間だったのだ。
僕も燈も、打ちのめされていた。熱気は完全に消え去り、かつて二人の間を覆ったことのない沈黙と暗黒が、じわじわと汗の間でうごめいた。脳裏から夏の顔は既に消え去り、僕の頭と胸の中には燈に対する罪悪感しか存在しなかった。
そして状況は僕が危惧したとおりに推移した。僕と燈はそれからぷっつり会うことが無くなってしまったのだった。公園に行っても彼女の姿はなく、大学のキャンパスは広すぎてすれ違うこともなかった。彼女のメールアドレスは知っていたのでパソコンを使えばそこに連絡できたが、送るべき文面が全く思いつかなかった。
僕は燈の履修している授業を幾つか聞いていたから、時間を合わせて教室に行けば、おそらく会うことはできた。だが行けなかった。周りに人がいるところで、狼狽した男子学生に声をかけられる彼女にとっての迷惑さ加減も気にかかったが、何より問題は僕の中に言葉が全く見つからないことだった。僕は彼女のことを友達だと思い、彼女は僕のことをそう思っていなかったのだ。僕に何が言えるのだろう。
大学二年の終わり、僕は映画を撮るのを止めた。小さな液晶板に映る風景を見つめ続ける行為には完全に飽き、どこへ行くにもビデオカメラを持ち歩く自分自身にもほとほと愛想が尽きていた。ハードディスクの中に溜まった映像素材は二度と再生されることはなく、行き場もなく机の下に転がったままだった。
そのため僕には本格的にやることが何もなくなった。二年間かけて誰よりも真面目に授業に出席し続けた結果、僕は卒業までの単位を既にほとんど取り終えていた。卒論に向けたゼミが始まるのもまだ先のことだ。三年生になると、僕の居場所は大学に存在しなかった。もともと存在しなかったのが、ようやくはっきり事実として現れたとも言える。大学の構内のそこらじゅうで桜の花びらが舞い散り、新入生たちが晴れやかな表情で校舎を行き来する。サークルの新歓コンパの呼びかけが聞こえてくる。果てしなく遠くから聞こえてくる。
僕は週に三日か四日は原付に乗って遠出した。東西南北どの方向にも向かっていったが、最も多くの場合に目的地としたのは、東京だった。上野動物園の近くの駐輪場にバイクを停めると、そこから山手線に乗って東京を巡った。秋葉原、新橋、品川、恵比寿、渋谷、新宿、池袋と回って、上野に戻ってくると、バイクに乗って真夜中過ぎにアパートに戻った。中でも足しげく通ったのは新宿と渋谷と池袋だった。別に何かをするわけではなく、ただ歩くためだ。この三つの街にはいつ行っても恐ろしい数の人間がいた。特に週末の夜にもなると、人の波に押し流されて道端で立ち尽くすことすらままならない。これほど多くの人間が存在するのに、僕のことを知っている者は一人もいない。僕が知っている人間も一人もいない。僕は、すれ違う人々が何を目的にこの街にやって来たのか想像しようとした。友達や恋人と遊びに、仕事をしに、買い物に、あるいはどこかからどこかへ移動する途中の通りすがりに。理屈ではそれは分かるのだが、何のためにそんなことをしなくてはならないのか、そして実際に具体的には彼らが何をしているのかが全く想像できなかった。彼らは僕と同じようにただこの街を歩くためだけにどこからともなく大量に集まって来たように感じられた。
僕がやっているのは果てのない時間つぶしだった。夜が来ても、明日の朝が来ても、状況は一向に変わりがない。僕は誰でもいいから誰かに会いたかった。三人の友達や、燈はもちろんのこと、かつての「あの人たち」にも会いたかった。だが彼らはみんないなくなってしまった。殺されて、姿を隠して、そして、僕の目が彼らを見つけられなくなって。
次第に僕の睡眠時間は短くなり、それもほとんど昼間に寝るようになったため、夜が主な生活の土台となった。つまり暗闇と静寂だ。それはどちらも、自分の内なる声と強制的に向き合わさせるものだった。その声は非生産的な事実を僕に告げていた、お前は同じことを繰り返している、何十回も何百回も同じことを繰り返している。お前はここから永久に抜け出すことはできない。お前は誰も、愛することも憎むこともできない。
そんなことをわざわざ繰り返し確認していても仕方がない。
大学三年の秋になると、僕は一つの意志を定めていた。それは、一刻も早く社会に出て働きたい、ということだった。誰とも出会わないこの環境に身を置き続けるのはもう限界だった。聞こえてくるのは自分の声ばかりで、そんなものに耳を傾け続けたところで何も生まれはしない。自分のことなど考えていたくない。
僕は他の全ての学生がそうするように、リクルートスーツを身に纏って企業の説明会に足を運んだ。毎回原付で東京に通うのは骨が折れたので、高速バスに乗って二時間かけて行き、セミナーを受けたりグループワークをやったりした。誰も彼も同じ格好をして似たような髪形をしていて、僕自身があまり自分と他人との見分けがつかなかった。僕は不思議だった。企業の担当者はこの匿名的大集団の中からどうやって数人なり数十人なりを選び出すことができるのだろう。誰が経営方針にふさわしく誰がふさわしくないか、誰が優秀で誰がそうでないか、どうやって分かるのだろう。
しかし分かるものなのだ。その証拠に試験が始まると、僕は次々と選考に落ちていった。全く箸にも棒にもかからなかった。空前の就職氷河期が到来した今、学生時代にサークル活動や学業での成果が何もない僕を人事担当が採用する理由は何もなかった。それどころか僕には友達すらおらず、普段は人と会話さえしていないのだ。面接で話していても、果たしてこれが目上の人間に対する正確な言葉遣いなのか、自分でもあまり自信が持てなかった。
「学生時代に最も打ち込んだことは何ですか?」
「映画を撮ることです」
「どんな映画ですか?」
「特に内容はありません。風景を映したり、犬や猫を映したり、近所の煙草屋のおばあさんを映したり」
「それはどういうテーマや目的で? それをどこかに応募したりした?」
「特にテーマも目的もありませんでした。ただ映画が撮りたかったんです。それに、完成しなかったので応募もできませんでした」
そこまで話すと普通の面接官は呆れてしまい、次の話題に移るか、面接の切り上げに入る。テーマも目的もない人間、そういう人間があっさり内定をもらえるほどこの競争は優しくなかった。
始まる前からそうなることは覚悟していた。数千人の中から選ばれるのは常に数十人のみで、僕は自分がその数十人の側にいるなどと考えたことは一度もなかった。落ちるのが当たり前なのだ。しかし今更短期間で何らかの輝かしい実績を上げることも、自分の人格を急に変えることもできない。自分を変えるのが無理なら相手に期待するしかない。つまり、どうにか僕のような人間で妥協してくれる物好きな会社を見つけ出すしかなかった。骨が折れ、憂鬱な作業だったが、僕は毎日がりがりと手書きの履歴書を書き続け、しわの目立つリクルートスーツを着て面接に通った。
僕は片っ端から試験を受けた。メーカーやマスコミや商社やITなど手当たり次第に、金融や保険などの業務内容が僕には想像さえできない業界以外は端から端までだ。幾つか選考をこなす上で分かって来たのは、あらゆる会社は僕の本音など全く求めてはいないということだった。考えてみれば当たり前で、僕が考えていることなど僕自身にも正体のつかめない漠然とした焦りや恐怖といったネガティブなものでしかなく、行きつくところは無目的とノンテーマ、ノーコンセプトでしかない。僕自身さえ求めていないものを面接官が求めるわけがない。つまり上手く嘘をつくことが肝要だ。おそらく僕以外の就職活動をする学生にとってはそれは自明のことだったのだが、僕はそうした常識を知るまでに長い時間を要してしまった。ともあれそうと気付いた僕は自ずから、「学生時代に打ち込んだこと」の修正を行った。要は、完成していない映画の内容を頭の中で改竄したのだ。映画は「虚構の春」というタイトルで学祭で公開したこととし、居もしない同級生や後輩たちをスタッフや役者として登場させ、僕は脚本兼演出兼監督として数々の困難を乗り越えて完成までこぎつけた、ということにした。どこに出しても恥ずかしくない、完璧に近い「学生時代に打ち込んだこと」だ。映画は学生たちや教授たちにも評判となり、打ち上げの夜の別れ際に皆で泣いた記憶は学生時代の最高の思い出です、と僕は語った。
「私はそうした経験を御社での仕事に生かしたいと思っています。人と協力して何かを形にすることや、誰かに何かを伝えることは素晴らしいことだと思っています」
そうした話は自分でも驚くほどすらすらと語ることができ、一切矛盾は生じなかった。
無論、多少虚しい気持ちにはなった。学生生活の終わり、普通ならばこれまで学んできたことを発揮するはずのタイミングで、自分の言葉がほとんど全て嘘になったのだから皮肉ではあった。だがそんなことはほとんどどうでも良かった。最早そんな感情は僕にとって無用なナイーブさだった。とにかく社会の片隅に引っ掛かって生きていくことを僕は望んでいた。社会や他人が僕を求めているのではなく、僕がそれらを求めているのだ。僕は、それが何であれ、目の前の物事を受け入れたいという意志に満ちていた。僕は予測した。入口の段階で既にこうして難儀しているのだから、この先は僕にとってもっと空虚で、嘘に満ちた将来が待っているのだろう、と。それに論理的に考えて、今まで他人との付き合いがほとんど存在しなかった人間が社会に関わろうとするときに、そのままの態度でいられるわけはなかった。すぐには無理かもしれないが、僕は変わらなくてはならないのだ。
僕は中堅どころの印刷会社から入社の内定を得た。実に六十五社目のことだった。
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