68 僕たち仲良し

「天藍がお世話になっています。先生にご迷惑をおかけしていなければいいんですけれど」

「いやあ、どちらかというと、世話されているほう……なんだけど。それに、僕といっしょにいる間は百合白さんの警護もできないわけで」

「マスター・カガチからお話はうかがっています。どうぞ気になさらないでください。それに、あなたと行動を共にするようになってから彼はいつになく楽しそうで、そのことがうれしいのです」


 僕はじっと天藍の横顔を見つめた。

 うん、すばらしく出来のいい氷の彫像みたいだ。

 残念ながら、変化は認められない。

 僕を殺しかけたときと同じだ。


「無表情にみえますけど、よくみるとけっこう変わってるんですよ。眉のあたりとか」


 百合白さんは無邪気そうに指で示して教えてくれるが、超々高度な間違い探しみたいだ。


「いつも通りだと思いますけど」

「そうですか? 天藍は幼い頃から私につきっきりですから、同年代の友人と呼べる方も少なく……息抜きをする良い機会だと思ったのですが……」


 プリンセスは、しょんぼりとした表情でうつむいた。

 この男が無表情なのは決して姫殿下のせいではない。

 が、心優しい彼女は自分の無力さを嘆いている。

 この可愛い人が無表情鉄仮面野郎のせいで心を痛めている状況は、全くもって許し難い。

 僕は声を潜め、しょげかえる姫君をどうすることもできず、おろおろしている天藍を肘で突く。


「ほら、百合白さんに何か気のきいた一言でも言ったらどうなんだよ。うまくフォロー入れてやるから」

「な……何を言えばいいんだ?」


 天藍は本気で、なんにもわかっていないらしい。


「仲良しごっこだ、笑顔でな。百合白さんが気を使ってお前を自由にしてくれてるのはわかってるんだろ?」

「……嘘をくのは姫殿下に対して不誠実では」

「これは罪の無い嘘ってやつだよ」


 僕はにっこりと笑って手本を示す。

 口角の上げ具合も、目の細め具合も、計算され尽くした笑顔だ。

 それなりに爽やかに見えるだろう。

 僕は無駄に抵抗する天藍の肩を抱き寄せる。


「――さっきのは冗談ですよ、百合白さん! 最近、僕らは結構息があってきたとこなんです。なあ、そうだよな?」


 白い首筋に鳥肌が立っている。

 こいつ……そんなに僕が気に入らないのか。いい気味だ。


「本当ですか……?」

「あ……ああ、その通りだ……」


 天藍はガッチガチに固い表情で言う。笑顔は既に引きつりまくっている。

 一抹いちまつの希望を得て、桃色の瞳に光が戻る。

 かたくなに他者を受けいれない少年が周囲の理解とか友情とか絆によって更生するとかいうチープ過ぎる物語を信じているなんて、彼女も子どもっぽいところがある。

 しかし、天藍からさらなる屈辱くつじょくの表情を引き出すには、とても役に立つ。


「昨日も二人で竜を倒したんですよ! 凄いチームワークだったよなア、天藍!」


 百合白さんから見えない角度で浮かべた僕の笑みは、舌なめずりする悪魔のそれだ。

 こいつは、自分の力に圧倒的に自信があるし、他人を信頼してない。

 とくに、戦いの場では。

 天藍にとっては戦場で他人と協力するのは屈辱の極みなのだ。それを、こんな風に言われて、しかもそれを肯定しなけれならないなんて、その悔しさは尋常なものではないはずだ。

 しかし。

 瞬間、絶対零度まで、下がりに下がった冷酷そのものの天藍の表情を僕は見逃さなかった。

 屈辱過ぎて一周まわっておかしくなっちゃったかな?

 彼はそのあと完璧な笑みを浮かべた。

 稀有な清廉せいれんさと、騎士の高潔さを兼ね備えた神秘の微笑だ。


「その通りだ、ヒナガツバキ――いや、マスター・ヒナガと呼ぶべきか」


 爽やかに言いながら、天藍のブーツのかかとは僕の足の甲を踏み抜いていた。


「――――――!!!」

「昨日の戦いは、あなたの力添えが無ければ切り抜けられなかっただろう。ようやく、俺にもマスター・カガチの言うところの……クっ……協調性が身についてきたようです。マスター・ヒナガの力添えによって……!」


 途中、悔しさに唇を噛みながらも、踵をグリグリ押し込むことで何とか言いきった。

 僕は逃れられない苦しみに、必死に悲鳴を押し込みながらもだえる。

 足の甲の真ん中は人体の急所のひとつだ。踏み抜くと激痛が走るんだ。

 護身術の本にそう書いてあったし、今まさに真実だと証明されたところだ。


「本当ですか、ヒナガ先生……?」


 桃色の瞳が僕にも肯定こうていを求めてくるのがわかるが、返事をするにはちょっと痛すぎる。


「本当だよな?」と、天藍。


 鬼か。


「あっ、ああ――うぐぅっ……本当だっ……!」


 ちくしょう、という言葉を飲み下す。


「この機会を与えてくださった姫殿下には、感謝してもしきれません」


 調子に乗って嘘を重ねる天藍の肩を、更に強く掴み、頭突きをする勢いで頭どうしを寄せる。

 近距離に奴の肩がビクリとふるえ、鳥肌はさらに広がる。

 逃げようとするが、必死に食らいついた。


「……僕たち、ほ、ホントに仲良しだ、よな……?」


 天藍の瞳には殺意が宿っていた。

 僕に触れられているのがイヤで仕方ないらしく、右手の指先が短剣に伸びかけているのを左腕が制するという二重人格みたいな様相をていしている。


「よかった……」


 百合白さんは、こっちの密かな攻防を知らずに瞳をうるませ、指先で目尻に浮かんでいる涙をぬぐっていた。


「一時はどうなることかと思案しましたが、心を許せる方ができたのですね。どうぞ、彼を導いてくださいね、マスター・ヒナガ」

「よ………よろこんで!」


 悲鳴のかわりに、僕は力いっぱい叫ぶ。


「天藍も、女王国が誇る竜鱗魔術の力を先生に役立てて頂くのですよ」

「………………おおせの…………ままに…………!」


 僕たちは睨みあう。

 お互い、心はひとつだ。

 たぶん、初めてひとつになったと思う。

 いつか殺してやる。



 奉仕院は、どうやら慢性的な人手不足に悩まされているようだ。

 そこかしこの病室に学院の制服を着た学生たちの姿があった。僕よりも年上のだ。

 彼らは医療魔術を専攻する学生たちで、将来の医師や看護婦の卵。

 彼らはここで奉仕活動をしながら、実地で医術を学ぶ。

 普通科の生徒たちは暇を持て余している入所者の話し相手や、雑用をこなしている。

 百合白の姿をみると、患者たちは気さくに話しかけてくる。


「人気者ですね、百合白さん」

「いえ、そんなことはありません。私がここに受け入れられるようになるまで、ずいぶん時間がかかりました」


 いつも優しく穏やかで、こんなに可憐な女の子ならどこに行っても人気者だと思っていただけに、意表を突かれた。


「やはり……先生は、ご存じないのですね。私は、ここにいる方々に、取り返しのつかないことをした張本人のようなものなのですよ」


 彼女は寂しそうな表情を浮かべていた。

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