66 非晶質な檻

「質問してもいいかな? あなたの部下は人形だったの?」


 ゴミのように積まれている人形の山を指さす。

 ドレスのほうがうなずいた。


「その通り。任務しごとの性質上、あまり人員を増やしたくない」


 仕掛けは教えてくれなかった。

 タネを教えてくれるマジシャンはそうそういないということだ。

 でも、とにかく公園で僕たちと争ったのは彼女がつくったゴーレム、ホムンクルス……フラケンシュタインもそうか? たぶん、それらのようなものだったということだ。

 信じられないけど、彼女は魔女なんだ。

 竜鱗魔術でも天律魔法でもない、本当の魔術を使う女性だ。


「これらの魔術を研究以外の用途で用いることは違法ですが、私が魔法捜査官である限り、女王によって許可されています。何かほかに質問は?」


 僕は最初、白衣のほうがホンモノではないかと考えていた。

 わざわざ昇降機に乗って、地下に降りて、ここまで連れてきた理由がそこにあるんじゃないかと考えたからだ。

 用件を伝えるだけなら人形だっていい。

 でもクヨウ捜査官に《来客とは顔を突き合わせて話をしなくてはいけない》という常識がそなわっているかは疑問だし、単に人目につく上階を避けたかっただけかもしれない。


「もしも外したら、君たちをまとめて逮捕する」


 ドレスのほうが端的に述べる。

 その手にはいつの間にか手錠が握られていた。


「当てた場合も情報と引き換えに逮捕、というのはどうでしょうか」


 白衣のほうも手錠を所持している。


「交渉として成立してないじゃないか!」


 白衣の方が指をパチンと鳴らすと、連動して開いていたはずの入り口がしまる。

 それと同時に天藍が短剣の柄に手をかけた。


「こういうのはどうだ? 両方を斬りきざみ、死んだほうが人間だ」


 短気すぎる。

 でも、天藍の瞳は注意深く相手の動向を探っていて、相手の反応を誘っているようでもあった。


姑息こそくな魔術師を相手にするときには、それは間違った方法だと言わざるを得ない。私が死んだところでその扉が開くとは思わないことだな。竜鱗騎士」


 彼女たちはおどけたように肩をすくめた。


「天藍、君にはわからないの?」

「二人は巧妙こうみょうに偽装されている。しかも、奴の用いる魔術に関する知識が圧倒的に不足している。判別するには時間がかかる」

「どれくらい?」

「30分……」


 それだけ待っていてくれる相手には思えない。


「公園で対峙したときは、竜の感覚器官をも誤魔化せるような防御魔術がかけられているようには思えなかったが……」


 天藍の灰の瞳が縦に開く。

 竜の瞳で、ドアノブの内側に鍵のマークがつけられているのを見つけた。

 何かの魔術の細工だろうか。

 もしかすると、オルドルなら……と僕は思う。杖に手をかけ、耳を澄ます。


『髪の毛一本』と声が聞こえた。


 僕は前髪をつまみ、引き抜く。

 小さな痛み。

 そして、僕は、右目に痛みを感じてうずくまった。


「!」

『目を開けてごらん』


 そっと目を開けると僕の隣には天藍ではなく、ひたいから角を生やした少年が立ってた。

 口もとに髪の毛をひと筋くわえている。

 そして目の前には全く別の世界が広がっていた。

 ここは倉庫ではなくだ。

 網は魚をる網目のようで、その中に僕と天藍は絡め取られている。

 よくみると、その目の構造は不規則だった。


『共感を通して登場人物と同化する特性を利用してやれば、青海文書はこういう使い方もできる。端的にいうと、これがボクが見てる世界ってコト。ここは彼女の支配する空間で、結界のナカ』


 髪の毛一本を代償に支払うことによって、視覚を共有しているということか。

 どうやら、この網はクヨウの魔力でできてる。

 その構造は複雑怪奇だ。

 強いて言えば教科書に載っていた不規則な原子の配列に似ている。


『ズバリ、出入り口のマークはフェイクだネ。この網目を編んでいるのは彼女たちの問いかけそのもので、ボクらが問いかけに縛られる限り、ココからは出られない仕組みになってる』


 オルドルは手を伸ばして網目の結び目を一つ千切った。

 切れた箇所は流れるような動きで修復されてしまう。

 オルドルは手の中の結び目を広げる。そこには二人の女の切り絵があった。

 つまり、答えなければ出られない。

 オルドルは切り絵を放り出し、網目に手足をかけてジャングルジムのように登り始める。


『術の構成は実に巧みだね。色々なジャンルの魔術がミックスされている。もしかすると翡翠女王国での魔術はそういうものなのかもしれない。竜鱗魔術ならばムチャクチャに破壊することもできるだろうが、そうなれば、この建物全体が崩壊するよ。少なくともボクならそういう仕掛けにする』


 でも、もしそうなったら、彼女は僕たちとは交渉しないだろう。

 これは竜鱗魔術の使い手ではなく、僕への挑戦なんだ。


『もし、体を貸してくれたら……ボクが華麗にこれを解いてあげてもいいケド、どうする?』


 彼は天井のあたりから逆さまにぶら下がりつつ、ニヤリとわらった。


『ボクは《物語》から自由になりたい』とオルドルは乾いた声で囁く。『自由になるための肉体が欲しいんだ』


 僕は落ち着いて、考える。

 この構造が問いかけそのものだとしたら……問いかけを破壊するにはどうすればいい。


「……その必要はないと思うよ、オルドル」


 オルドルは少し間の抜けた表情をしていた。

 鳩が豆鉄砲をくらったような顔、だ。


「いったい、誰と喋ってるんだ?」とクヨウがいぶかし気な表情を浮かべた。


 極めてどうでもいいことだが、彼女にはオルドルの声が聞こえないらしい。

 さて、彼女の魔術を破壊しなければ、ここからは出れない。

 あまり気乗りはしないが僕はひとつの答えを用意した。


「天藍……もしも間違えたら、あとのことは君に任せてもいいかな」

「あとのこと?」

「僕はクヨウに捕まる。君はなるべく被害を出さないように脱出してほしい、そしてイブキのことをよろしく頼む」


 きっとクヨウはまだイブキのことを諦めてない。

 僕たちをとっちめて、彼女の居場所を聞き出したいはずだ。


「イブキのためか? 違うな。何故そこまで……犯人にこだわる? リブラの死は、お前にとってどんな意味がある」


 今度は僕が苦い表情を浮かべる番だ。


「説明したとしても、君には……わからない」


 僕はクヨウに向き合う。


「僕は逮捕されない。なぜなら、前提条件が間違ってるからだ」


 その言葉を発するのは、勇気が必要だった。

 僕は真上をにらんだ。

 オルドルは左右非対称な顔で、面白くなさそうにしている。


「どちらも人形で、ここにクヨウ捜査官はいない!」


 がちゃん、と硬質な音が響いた。

 瞬きをし、開けると、網目の世界は消えていた。

 目の前には二人のクヨウがいて、白衣のほうは作業机に向かっている。

 机の上で、フタ付きの硝子がらすの器が砕けていた。

 足元を見ると白墨チョークで複雑な紋様が描かれている魔法陣がある。入ったときには無かったはずだ。

 天藍が慎重にドアノブに手をかけると何の苦労もなく開いた。

 どうやら正解みたいだ。


「どうしてわかったの?」

「わからないよ」

「なんだと?」


 僕はほっと胸をなでおろす。


「でもこの回答が正解でないと、僕らは逮捕されてしまう」


 そういうと、一拍置いてクヨウ捜査官たちが笑い声を立てた。


「なるほど、マスター・ヒナガ。面白い男だ」


 どちらが人形か、当たっても当たらなくても逮捕される。

 それなら、第三の答えで問いそのものを破綻はたんさせるしかない。

 もちろんそれは冗談にしても、彼女の魔術が《問い》に発するものであり、その魔術を魔術で以て打ち破ることができないなら、僕にできるのは《問いかけそのものを無かったことにする》こと、それだけだ。

 そしてそんなことができる答え方は二つしかない。

 彼女はどちらが人間かと聞いたのだから、前提条件が間違っている――つまり、どちらも人間か、どちらも人間でないか。

 正しい答えがわかったわけでも、確信があったわけでもなかった。


「よく看破かんぱした。流石は学院の教官に選ばれるだけはある」


 僕にとっては、これは単なる詭弁きべんでしかないが。

 彼女が僕の評価を勘違いして上げてくれるなら、否定はしないほうがいいだろう。


「問いそのものを無効にさせたいなら、なぜ、どちらも人間だという選択肢を捨てたのか聞かせてくれるかね」

「天藍がどちらも殺す、とあなたを脅したとき、動揺しませんでした」

「鉄仮面だと考えなかった?」

「もし僕だったら、壊されて困るものを部屋には置いたりしない」


 入ってくるのが竜鱗魔術師だとわかっているなら、とくにだ。


「今では稀少な魔術師どうし、我々は協力すべきかもしれません。不本意ながら」


 そう告げながら、彼女は白衣の懐から煙草の入った紙箱を取り出した。

 一本を咥えて、火をつけるしぐさを、思わずまじまじと見つめてしまう。


「どうしたの?」


 煙を深く吸いこみ、吐き出す。たなびく紫煙。

 その向こうで人形はにやりと笑う。

 人形が煙草を吸う必要はない。


 ……本当に人形だろうか。


 クヨウ捜査官、一筋縄ではいかなそうだ。


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