51 指名手配
調理台に置いた、小さな画面。
ニュース画面に映し出された自分の顔を見て、イブキは顔面蒼白、今度はもうろくに言葉も出てこない様子だった。
画面に映し出されているのは市警や報道車輛に囲まれた彼女の自宅だ。
イブキは、逃亡したことによって全国指名手配されているらしい。
逃走を手伝った僕や、天藍の名前は出ていない。
天藍の読みが正しかったのか、それとも……。
僕の名前も出ていないところをみると、紅華が何か関わっているという線もなくもない。
「本当に、あんたがやったわけじゃないんだよな?」
ウファーリが問うと、火がついたようにイブキが叫んだ。
「人が死んでるんですよっ!?」
「や……それはそうだけど、あんたたちは最終的には軍人になるわけだろ?」
「バカ言わないでください。自分は殺し屋ではありません! そんなことしたって一文の得にもななないのにっ」
金のためなら殺人でもやりそうだな、と思ったことは伏せておく。
報道によると、殺された議員というのは、人権派を
報道では、イブキを犯人とする根拠については機密事項として伏せられていた。
「証拠を掴まれているのが、致命的だな」と天藍。
「それって、確かなの? 殺人に使われたのが銀麗竜の竜鱗だっていうのは……」
「わからないが、根拠もなくクヨウ捜査官が動くとは思えない」
「もし、イブキじゃないとしたら竜鱗をどこで手に入れたんだろう」
「それが問題だ。銀麗竜は特殊な竜だ。間違いなく長老竜ではあるが……鱗を手に入れるのは至難の技だ」
銀麗竜は五年前、雄黄市を襲った強大な竜だ。
生命力が高く、再生力は他より頭ひとつ抜きん出ている。
その特徴は、強力な《息吹》にある。
「奴は体内で高温を発生させ、溶けた金属質の鱗を噴き出して攻撃する。竜鱗は他の種族にくらべ熱に弱く、高熱の息吹を受けてほとんど採集できなかったと報告されている」
溶けた金属の息吹……。
そんなものに人が触れたら、どうなるか。
考えただけでぞっとする。
壊滅した雄黄市は悲惨な状態だったに違いない。
「完全な状態で確保できたのはたった三枚。適合者もイブキひとり」
適合者ならば、竜の再生力を利用して竜鱗を創りあげることもできる。移植のためには使えないが、天藍のように攻撃手段として使うには十分だ。
そして、現在の状況では、銀麗竜の鱗を手に入れるためにはこの方法しかない。
「もともと三枚しかないからこそ……イブキは竜鱗を移植されたともいえるがな」
「イブキは、そんな凶悪な
「やろうと思えばやれるだろうが、元の竜が熱に対する防御方法を持たない以上、多大な苦痛をともなう。今のところ、カガチ先生からは禁止されている」
そうか。再生能力で補っているだけで……竜自体は、熱には弱いんだ。
「にしても、そんな状況じゃ、イブキを疑うなって言うほうが無理だな……」
他に竜鱗を手に入れる手段は無くて、イブキだけがこの竜の適合者。
どう考えても、彼女が犯人だ。
そして。
リブラを殺したのかもしれない……。
でも、違う。
リブラを殺したのは彼女かもしれない……でも、だとしたら、僕を殺したのは誰だ?
僕は殺されたとき、女王国にはいなかった。
日本という、異世界にいたんだ。
イブキが犯人だとしたら、彼女は異世界に行く方法を知っていなければ、おかしい。
「天藍……」
「なんだ?」
「僕は、紅華に会わなくちゃいけない。ウファーリのことも……イブキのことも、僕にはどうしようもない。だけど、彼女なら……紅華なら、別だ」
怖くて、空しくて、怒りでいっぱいで、逃げ出したけど。
でも、もう逃げ続けることはできない。
「……こうなった以上、正攻法で天市に入ることはできない。名前は明かされていないが、俺もお前も、市警に追われる身だ」
「それだよな」
ニュースが切り替わる。
文字が読めないので情報が読み取りにくいけれど、週末の予定みたいだ。
式典があるといっている。
「これ、病院でも見た……」
確か、大竜侵攻の追悼式典だったはずだ。
そして、紅華も来るって。
これだ。
チャンスは前髪を掴めとかいうけど、まさにそんな気分だ。
ここで、紅華と会う。
それしかない。
そのとき。
『ツバキ……』
声がした。オルドルの声だ。
首をめぐらすと、シンクにたまった水に、その姿が微かにうつる。
オルドルは、理由は不明だが、水を媒介にして魔法を使う。
水がなければ、その気配を感じることもないわけだが……。
『逃げろ』
「なんだって?」
『キミは感じないのか? 近くにいるよ。こっちを捉えてる』
「なにが……」
『青海文書』
このとき僕は、その言葉の意味や、重大さを察知することはなかった。
*
ちょうど、オルドルが異変を察知したそのとき。
三人の男たちが、酒場を出た。
彼らは安酒のにおいを全身にまとい、下卑た話題を引きずっていた。
酒を飲むくらいしか、うさをはらす術のない人種なのだ。
仲間のひとりがいつまでも追ってこないのを不思議がり、振り向くと、そいつは店の扉をじっと睨んでいた。
「おいおい、どうしたんだ? ウファーリが気になってるのか? やめときな、母親はあいつを娼婦にするつもりは無いんだとよ」
「そうじゃないよ……ウファーリなんか、まだガキだ。それに、おっかない」
もうひとりの仲間は、飲み過ぎたらしくブツブツと不気味な独り言をつぶやきながらどんどんと先に行ってしまう。《あぶく銭》がどうとか、みんな消えちまった、ということを延々と呟いているのだ。
気味が悪く、残りの二人は今日は奴には近寄らないでおこう、と決めていた。
「店の奥に、ガキがいたんだよ」
「ガキ? ウファーリのダチかなんかだろうよ」
「そうじゃなくて……どこかで、見覚えがあってさ……」
「おい、そんなことどうだっていい。行こうぜ」
路地の角を曲がったところで、男は足の下に奇妙な感触を覚えた。
立ち止まり、しゃがみこむ。
そうしなければ、闇色のアスファルトの上に何があるかもわからないほど、暗い路地だった。
「ああ……! 思い出した! あいつ、いつか、街のほうでよ。お前がぶちのめしたガキだよ。青い、いい服を着てさ……! 身ぐるみはいでやろうとしたんだけど、妙な魔術を使いやがって……なんでこんなところにいるんだ? なあ、おい……」
仲間二人の返事がない。
「魔術が使えるんなら、貴族の子弟かもしれないぜ。捕まえて、小金をせびるってのはどう……」
男は言いながら、他のふたりと同様に角を曲がった。
そして立ち止まった。
他のふたりよりも夜目がきく。それが、彼に恐ろしい光景を見せた。
仲間たちは、路地に仰向けに倒れていた。
体の真ん中から、大きな銀色の、菱形の何かを生やして。
それが心臓を貫いていて、二人はとうに死んでいるんだ――気がついたときに逃げれば、何かが変わっていたかもしれない。
だが彼はその場にへたりこんだ。
足が震えて、動けない。
その目に、別の存在もうつる。
「いけない子たち、ですわね」
女の声だった。少女だ。
「こんな夜に、こんなところで遊んでいるなんて。狼さんに食べられてしまいますよ。貴方がたに罪はないけれど――――死になさい」
男は恐怖していたが、目は、あるものを捕えた。
白い十字の、小さなバトンにみえた。
「《昔々、ここは偉大な魔法の国》」
少女は告げる。
「《あるところに美しい娘がいました。娘の名はサナーリア》……」
その声は、声ではなく、音でもなかった。
細かく震え、反響し、世界に伝わり、人知を
《呪文》となる。
男は逃げようとした。だが、不可能だった。
その胸には、銀の鱗が刺さっていた。
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