50 なんでこんなに無力なのかな

「離せ!」

「出て行って、何をするつもりだ?」


 天藍が小声できいた。

 責めてるわけでも、問い詰めてるわけでもない。

 ただ純粋に問いかけている声音だ。


「あいつをこらしめて、客をひとり減らすのか? それがウファーリのためになると本気で思っているのか?」

「それは……!」

「無理強いされているわけじゃない、放っておけ。あれも、あいつの仕事のうちだ」


 感情のこもらない言葉に、僕はかっとなって拳を握っていた。

 気がつくと天藍を殴っていた。

 拳は胸のあたりに当たった。人を殴ったとは思えない、鋼みたいな感触がする。


 天藍は平然としていて「気は済んだか?」と聞いてくる。


 避けようと思えば、いくらでも避けられたはずだ。

 わざとだ。

 わざと、怒らせることを言った。それで、僕の怒りが向かう方向を変えさせたんだ。

 そして気がつかされる。

 これじゃ、まるで感情のコントロールができない、子供だ。


「人を殴るときに」


 天藍が僕の拳を払いのける。


「親指を拳に入れるのはやめろ。最悪、折れる。それから、拳はすぐに引け」

「ご忠告どうも……。風に当たってくる」


 僕はジャガイモの入ったバケツを抱えて、空き地に出た。



 ウファーリは学院を退学になった。

 当然、奨学金は支払われない。これから先、学業を続けていくなら、収入の確保は大事だ。家の仕事の手伝いをするのは、当然かもしれない。

 小さな電灯が辛うじて、空き地を照らしている。

 ジャガイモの皮むきは、一向に進まない。

 ナイフが滑って、左手の親指の付け根を突き刺した。

 血が出て、流れ落ちていく。

 そんなことも、大したことがないように思えた。

 女王国に来る前なら、大騒ぎしていたかもしれないけど……こんなの全然、大したことじゃない。

 横合いから無骨な手が伸びて、ジャガイモを拾っていった。

 嫌味なくらい、薄く器用に皮を向いて行く。


「イヤミかよ」

「下手過ぎる」

「もしかして……料理とか、できるわけ……?」


 顔がよくて運動神経抜群、さらに料理までできるとか……。


「するわけないだろ」


 異常に刃物の扱いが上手いだけらしい。

 天藍は僕と同じく地味な服を着ていた。フードがついていて、派手な髪色はすっかり隠れてしまう。

 なお、僕は袖を折ったりしているのに天藍は結構、サイズがあっているらしい。

 なんだか悔しい。

 しかも、あれだけ苦労したジャガイモの皮むきがあっという間に終わってしまう。


「……お前って、凄いよな」


 自然と口から言葉が出ていた。


「何でもできるし、強いしさ」

「たとえ強くても、ウファーリの退学処分が取り消せるわけではない。結果は同じだ」


 反論は、できなかった。

 その通りだ。


「いつまでも無力を嘆くのは《逃げ》でしかない。今、できることを考えろ。……こんなことを言うのはしゃくだが、お前の魔法が無ければ、市警をくことはできなかった」


 正確には、僕の魔法ではないけど……。

 励まそうとしているんだということは、理解できた。

 的を射た言葉に胸が痛むよりも、この状況に驚く。

 王宮で出会ったときは、いつか天藍とふたり並んで、こんな話をすることになるんだって、思いもしなかったな。


「それを言うなら……天藍はさ、僕らについて来て大丈夫だったのか? 百合白さんに迷惑がかかったりとかは……」

「まったく影響がないわけではない。が、表だって糾弾きゅうだんされることもないだろう」


 まあ、流石に、この国のお姫様だもんな……。

 とか考えていたが、どうやら違うらしい。


「今の竜鱗騎士団は姫殿下のものではない」

「え?」

「騎士団は本来、女王もしくは王姫が持つべき力だ」


 そういえば。いつか、灰簾理事が天藍に言っていた。

 騎士団を動かすのはやめろ、今の天藍に、その資格は無いんだと。


「そういえば百合白さんは、王位継承権が無いんだよな? ということは……」


 理屈でいえば、天藍をはじめとする騎士団が今だに百合白に従うのはルール違反だ。

 だが、書館のイネスや、アリスがそうだったように騎士団の若き団長、天藍アオイは国民に人気がある。百合白もそうだ。

 つまるところ人気者の騎士団長が王位を失った姫につき従うのは《美談》なのだ。


 王位を失った悲劇の姫君に、忠誠を貫き通す騎士。

 まるで騎士道物語を体現しているかのような二人。


 そういう《感動の物語》において、二人の仲を引き裂こうとしている紅華は悪者にしかなれない。

 だからこそ紅華は、騎士団が百合白を守護することを表だっては止められない。

 自分の正当性について声を上げれば上げるほど、国民感情が悪くなるからだ。

 だから……今回、僕たちがしでかしたことは、かなりマズイ部類のことだが、わざわざ市井の殺人事件のことなんかで逃亡者の一団に天藍がいることを表沙汰にしたりはしない。

 たったそれだけのことで、国を二分する大問題に火をつけることはない、そう踏んでの逃走劇だった。

 天藍の口から語られたのは、大体そういう理屈だ。


「そんな、ムチャクチャだよ……」

「無茶を通さなければ、姫殿下をお守りすることはできない」


 竜鱗を移植して、竜鱗魔術に適性がありすぎるとわかった時点で、天藍アオイの意志はあってないようなものなのかもしれない。

 彼が百合白さんを守りたい気持ちは、見ていればわかる。


 でも一度、情勢が変われば……。


 それまで百合白姫を守れといわれていたのに、彼女が王位継承権を失ったから、次は紅華。

 そんなふうに、ころころと命令を変えられてしまうんだ。


 強くても、何でもできるわけではない。


 そのことが、すとん、と僕の中に落ち着いた。

 天藍でもそうなんだ。

 強くても、魔術が使えても、どうしようもないことがあるんだ。


 それに……。


 僕は思ったより冷静だ。

 今、天藍が話したことは……公園で、彼がカガチの側につかなかった根本の理由ではない。まだ、何か、僕の知らないことがある気がした。


「とにかく、なんとかして、この状況を切り抜けないと」


 自分に言い聞かせるように、言った。


「状況はあまりよくない。武器も失った」


 天藍が後ろをみる。

 折れた彼の剣が立てかけてある。


「二人とも、来てくれ」


 上から、声がする。

 ドレス姿のウファーリが、こちらを見下ろしていた。

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