46 黄金の魔法

 昔々、ここは偉大な魔法の国。


 竜に攻められた王国は、滅亡の危機に瀕していました。

 竜と魔法使いは互いに相容れぬ存在で、魔法使いは竜の吐息に触れただけで死んでしまうのです。

 ですから、魔法使いはこうすることにしました。


 竜を、皆殺しにするのです。


     *****


 はるか上空に、巨大な黄金の剣が現れた。

 光を受けて怪しく輝くそれが、突如、つなが切れたかのように落下してくる。


 轟音が、ふってくる。


 ジェット機が真っ逆さまになって地面に墜落してくるような、大気の絶叫。

 噴水を叩き割り、石畳をえぐり、地面に突き立った。

 砂埃と爆風がやむと、そこに巨大な、黄金の剣があるのが見てとれた。

 着地の衝撃のせいでだいぶひしゃげているが、柄の部分に細かい紋様が彫り込まれているのが見てとれる。

 その場の全員の視線を釘づけにするほど禍々しく、あまりにも現実離れしすぎた光景だった。

 だが、呆けてばかりではいられない。

 なにしろ、同じものが何十と雨のように降ってくるのだ。

 市警の車輛の屋根を貫通させてへし折り、地面に大穴をあけ、公園から強制的に更地へと変えていく。

 カガチも戦闘区域から離脱する。

 我さきにと逃げはじめる市警察の職員たちの背後から、波のようにせりあがった灰色の土煙が襲い、飲み込んでいった。

 悲鳴と混乱を引き裂くように、狂乱の広場から行き場を失った噴水の水があふれ出た。

 逃げ惑う市警職員に紛れて、白い影が走り抜ける。

 天藍と、後に続くのはイブキと……。


「ヒナガ先生、大丈夫ですか!?」


 そう、僕だ。


 僕は滂沱ぼうだと血を流す右手を押さえて、必死に痛みをかみ殺している。《魔法》を使った代償に爪を二枚、剥がされたのだ。


「血を落とすな。クヨウ捜査官は呪術系の魔術師だ。体液一滴からでも、地獄のはてまで追跡されるぞ」


 天藍はハンカチを割いて震える僕の右手に巻き付けた。


「通常、竜鱗騎士は治癒魔術は使えん。耐えろ」


 痛みには慣れてきたけど、運動不足のせいで追いかけるのが結構つらい。

 イブキも泣きそうになりながらついてくる。


「尾行がついてるな……」


 天藍が不意に空を見上げる。

 滑空する一羽のからすがいる。

 赤い瞳に足が三本。

 そいつは、こちらの視線を受け止めると《ギャア》と鳴いた。

 天藍は走りながら、足元に結晶を生成する。

 そして軽くステップをふみ、振り向き様に地面から結晶の刃を放った。

 烏は串刺しになり……影のように、消えて無くなった。


「《式神》だ」


 気がつくと、あちこちに同じような鴉が飛んでいた。



 天藍に案内されるまま進んでいくと、景色が凄まじい勢いで変わっていくのがわかった。

 さっきの公園は、美しく整理整頓されたオフィス街のただ中にあった。

 しかし、今は路地に入り込むたびに、何もかもが汚くなっていく。路面は汚れ、建物には油がこびりつき、目つきの暗い人物や乞食同然の体をした老人、野良犬なんかとすれ違う。若いやつもいるけど、ほとんど半裸だろってくらいダメージの入ったズボンとか、全身刺青いれずみとか、あり得ない部位のピアスとか……なんていうか、普通の不良がまだかわいく思えてくるほど、気合いが入ってる。

 今までみた翡翠女王国の風景とは全然違う。混沌としている。

 いわゆる、貧民街というやつだ。

 痛みで頭がボヤけた僕にも、ようやくわかりはじめた。


「ここなら市警の連中もよりつかない。俺たちを追うためだけに……このあたりを拠点にしてるならず者どもの機嫌を損ねたくないだろう」


 つまり、ここは、警察だって立ち入るのをイヤがる危険地帯だってことだ。

 周囲には貧乏人しかいなくて……僕だって、さほど金持ちってワケじゃないけど、ボロボロの上着を羽織はおったガラの悪そうなやつにジロジロ見られているのはわかる。

 とくに天藍は、ここではものすごく浮いてる。


「……チッ、ここまでだ」


 彼はそれとは別の理由で舌打ちした。

 僕たちは大きな通りに出た。

 往来にはホームレスっぽいすすけた服を着た大勢の男女が、たぶん、大した理由もなくたむろしてる。

 ほぼ同時にサイレンの音が近づいてきて、車輛が通りの入り口を塞いだ。反対側も。

 ホームレスの連中は、驚いて逃げ始める。


「待て!」


 べつの路地に入ろうとして、僕は天藍に掴まれた。

 背筋がぞくりと震える。

 いやな予感。

 地面が細かく振動し、アスファルトが揺れる。

 そこから太い樹の根が飛び出してくる。

 そして、あり得ない成長速度で……呆れるほどの大木が行く手に生い茂り、道路をふさいだ。

 オルドルがやってみせたような、ニセモノの銀の樹木じゃない。

 ホンモノの、生きてる木だ。

 そして、目の前に、厄介な人物が立っていた。何食わぬ顔で。


「さっきは驚きましたな、マスター・ヒナガ! 噂は耳にしていましたが……まさかそれほどの使い手だとは思いませんでしたよ!」


 これは、マスター・カガチの竜鱗魔術だ。植物系。イブキにしたみたいな、小細工だけじゃない……。


「見直してくれたついでに、逃がしてくれるとありがたいんですけど?」

「それはできない相談ですなあ……せっかく、手加減をせずに戦える相手が目の前にいて、何の気兼ねもしなくていい戦場があるというのに、ここで引くのは野暮天です」


 そう言うカガチの顔をみて、僕はぞっとした。

 笑ってる……けど、笑ってない。

 この国にきて、彼だけはマトモだと思ってたけど、ちがう。いや、冷静で、誠実で、ちゃんとした大人だっていう面があるのは本当だ。

 でも、全然違う別の面を隠し持ってる。

 杖を強く握りこむ。


「先ほどのような技が、二度、通じるとは思わないことですな」


 カガチが剣を抜いて近づいてくる。


「私のことも、忘れないでほしいなあ。孤独で泣きたくなったり……は、全然しませんけどね?」


 後ろを振り返る。

 路地の入口にゴシックドレスの女がいた。

 さっきの惨劇を切り抜けて来たにしては……傷ひとつない。

 全身が代替可能なパーツで出来た、人形なのかもしれない。


 もしかしたら、部下っぽいやつらも……。


 打つ手なし、という言葉が頭に浮かぶ。

 天藍は剣を折ってしまい、徒手空拳。

 それでなくとも、カガチに押されっぱなしだった。


「もう……終わりですね」


 そう言って肩を落としている、イブキは魔法すら使えない。

 緊張が頂点に達する。


「ちょっと待って。相談タイム!」


 僕は必死に、手を前にかざした。

 じりじり、距離を詰められる。


「なんて、ダメだよね……!」


 僕の右手には、瓶が握られてる。

 広場に、ゴミとして捨てられてたものだ。

 その中には、噴水の水が入ってる。

 緑色のガラスに、ゆがんだ影みたいな僕がうつってる。


『準備はできてるよ、椿』


 額から角を生やしたばけものが、にやりと笑った。


『キミにしか使えない、黄金の魔法をみせてあげよう……』


 何かに気がついたカガチが、鋭く踏みこむ。

 速すぎて見えない剣先が、瓶を真っ二つに斬り裂いた。

 でも、もう遅い。

 こぼれた水滴は、空中に静止する。

 

 僕の心に《怒り》があるのを感じる。

 オルドルと同じ怒りだ。

 

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